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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter2:サザンカ動乱
19/88

憤怒は絶望へ、そして絶望は憤怒へと

  襲撃は幾度となく続いた。


 白装束の集団は何度倒しても次から次に湧いて出て来る。


 レミーナの右腕が回復して、苦戦する事なく戦えるようにはなった。


 だがいくら闘っても終わりの見えない敵の襲撃。


 何度も何度もゲツヤが神撃メシア魔法で全滅させても、すぐまた大量の敵が増援としてやって来る。


  一体何度目の戦闘だろうか……


 既に数えきれないほどの戦闘をこなしてきたレミーナたちは魔力も底をつき始め、体力も空っぽ、いつ敗北を喫してもおかしくはなかった。


  残された体力を振り絞りレミーナはその左手に握りしめた銀嶺突剣フロスト・レイピアを振り下ろす。


  最初の襲撃時とは比べ物にならないほどの剣速の遅さ、もう剣を振るう力すらレミーナには残されていなかった。


  ゆっくりとその身に迫る攻撃、それを避けて白装束の敵がレミーナの腹部目掛けて小刀を突き刺そうとする。


  柔らかい腹部を切り裂こうとするその小刀が腹を抉り、侵入することは……なかった。


  金属音が鳴り小刀が弾かれる。


防御魔法プロテクション


 アティスの咄嗟に放ったその魔法は、済んでのところでレミーナの命を救った。


「あ、ありがとう、ございます……」


  アティスから見てもレミーナは限界であった。


  アティスとメーナが後方支援に徹している中、レミーナはたった1人前衛をここまで勤め上げてきたのだ。


  かといってアティスらがレミーナの代わりに前衛となれば力不足で命を落とすことは明白である。


  アティスは平常に保ちつつも、内心は自分の力不足に憤怒していた。


  同じくメーナも遠距離魔法しか使えないことを嘆く。


  近距離では魔力を練る一瞬が命取りとなる。


 危険地帯に自ら飛び込むことのできない自分の力量の無さに歯がゆさを覚えていた。


  彼女らが20人ほどの敵集団に苦戦をしいている中、敵の大多数を引きつけた後に全滅させたゲツヤがレミーナたちのもとへと合流した。


  ゲツヤが先ほど戦闘行為を行った場所は一面に隕石の衝突でもあったかのような凸凹が大地に刻まれている。


  神撃土魔法メシアガイーラによるものだ。


  白装束の敵軍は巨石に押しつぶされ身体の至る所が千切れ、臓物や身体の一部といった様々なものが地面に転がっている。


 辺り一帯血の海となったその地獄のような光景からゲツヤの魔法の威力がいかに凄まじいかが分かる。


 そんな蹂躙を行って戻ってきたゲツヤが目にしたのはメーナの首元に迫る小刀であった。


 ゲツヤ以外に誰1人として気づいていない。


  かといって敵がメーナに近すぎるため遠距離魔法で迎撃もできない。


  ゲツヤは最高速度でメーナの首と小刀との間に自らの腕を伸ばした。


 防御魔法プロテクション、それで自身の腕を強化し防ぐことこそが最善策であるとそう判断した。


「プロテクション……」


 ゲツヤの呟きとともに、小刀はメーナの首でなくゲツヤの左腕に命中した。


 咄嗟の出来事にメーナを始め、アティスも、レミーナも……そして、ゲツヤ自身すらも状況を掴めなかった。


  小刀の侵入、それとともに天を舞ったのは一本の腕。


  夕日に照らされるその腕からは真紅あかい液体が滝のように流れ出る。


  飛ぶ腕だけではなく、斬り取られた部分からも流れ出るその血はゲツヤの拍動に合わせて体外へと放出されている。


 ゲツヤの左腕、それが存在した場所から壮絶な痛みが襲いかかる。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


  誰もこれまで一度も聞いたことのないであろうゲツヤの苦しみ。


 痛みのあまりの咆哮。


 それはその場にいた全員を震撼させた。


  アティスは咄嗟にゲツヤの腕を斬り落とした張本人の首を鉄爪で抉り取り、メーナは近くに迫っていた敵に上級火魔法ウルフレーラを放って焼き払う。


  そして、レミーナは自身の荷物からいち早く高等治癒薬ハイポーションを取り出し、ゲツヤの傷口に振りかける。


  途端に止血され、傷も塞がった。


 だが失われた左腕は元に戻らない。


 最大戦力の深手もだが、最愛なる人の苦しみ、それがレミーナを絶望へといざなう。


  だが、絶望した後レミーナにはすぐに次の感情が沸き起こった。


  それは元凶に対する憤怒。


  全てを飲み込まんとする荒れ狂う大河の様なその感情はレミーナの理性すらも呑み込んだ。


「よく、も……よくもゲツヤ君をぉぉぉぉぉ!」


 怒りの触れるまま、右手に持つ銀嶺突剣フロスト・レイピアを振りかざす。


 つい先程まで体力が尽きていた人間とは思えないその動きは、怒りのあまり痛覚が鈍ったことによる芸当であった。


「ちょっ、何考えてるの!? 危ないニャ!!」


 あくまで冷静に判断するアティス。


 彼はレミーナの行動に制止をかけようとするも、歯止めがかかる気配は感じられない。


 それどころかアティスの隣にいたメーナさえもが単騎突入をしていた。


「ふ……ふざけるなぁぁぁ、究極火魔法アルティマフレーラァァァァ!!」


  メーナは残り少ない全魔力を総動員させ掌から業火を放つ。


 感情の昂りから制御を知らないその業火は辺り一帯を火の海へと変えた。


 メーナの猛攻に撤退しようとする敵集団にレミーナが斬りかかる。


 逃げ遅れた者は灼熱のうちに皮膚を溶かされ、肉を焦がされ、骨を焼かれる。


 うまく逃げた者も、身体を切断そして凍らされ、その命を散らしていく。


  メーナ、レミーナの最大限の攻撃。


 それにより敵は撤退した……かに思われた。


 そう、またしても敵の援軍が迫ってきていた。


 ゲツヤは痛みに我を失い、ただひたすらもうそこには存在しない左腕に触れようと右手を動かす。


 満身創痍のゲツヤ、そして敵陣突入している2人を守るべくアティスは魔法を放つ。


  ゲツヤに数名の敵勢が襲いかかり、それを防御魔法プロテクションで防いだ……そのときだ。


  敵陣で歓声が上がる。


 白装束を真っ赤に染めた1人が腕を天に掲げている。


  そこを中心にざわめきが起こっている。


 その手に持つのはアティスの最愛の妹、メーナの首であった。


 一瞬だ、アティスはほんの一瞬だけメーナから気をそらした。


  その僅かの隙に、ちょうど魔力の尽きたメーナ目掛けて複数の投げナイフが迫り、背中に何本も突き刺さった。


 それによりメーナが怯んだと同時に、首元目掛けて小刀が振り下ろされた。


  白装束を染めたその赤い血はメーナのものであった。


  顔には涙すら流さず、殺されたことにも気づいていないのか、憤怒を顔に写し瞳孔を開いている。


  首から放された小さなその身体は踏み躙られ、泥塗れに汚されている。


 アティスの目から涙が零れ落ちる。


(どうして、なんでメーナが……)


 妹の死に心を痛めていると、再び歓声が巻き起こる。


「くっ、あぁ……」


  レミーナの服、その胸元が少しずつ、少しずつ赤く染まっていく。


  胸から侵入したその小刀は背中から突き出ている。


 レミーナの口からは大量の血が吐き出され、その目からは光が消える。


 誰から見てもその命が今にも尽きようとしているのは明白であった。


  それでもなお剣を構えるレミーナ。


  だが満身創痍のその身体からあっという間に首が落とされた。


 地面が真紅に染まり、残された胴体は無残にも崩れ落ちる。


  周りを囲んでいた集団が、その崩れ落ちた身体に小刀を突き刺して、抜き、そしてまた突き刺す。


 刃が侵入する度、その役目を失った赤い血が飛び散って血の海を形成する。


  アティスは深い悲しみ、そして絶望に打ちひしがれて、呆然と立ち尽くす。


 抵抗する力すら沸かない。


 そんなアティスも次第に敵に取り囲まれた。


  あぁ、自分も同じ道を辿るのだろう。


 そう悟ったアティスには不思議と恐怖は無かった。


 早く殺せ、それがアティスの最後の願いであった。


  無抵抗の幼い身体、その首を小刀が断ち切った。


 切断音が虚しく鳴り渡る。


 ひどく切れ味の良いその小刀はアティスの首をすんなりと切断し、僅か15歳の男の子の命をいとも容易く刈り取った。


  アティスの最後の表情は無残なものであった。


 瞳からは溢れんばかりの涙が零れ落ち、悲壮な目をしているにもかかわらず、口元には笑みが浮かんでいた。


  「敵3人を討ち取った、残るはただ1人である」と白いローブの集団は、ゲツヤのもとへと迫った。


 アティスの首が落とされたそのとき、ようやくゲツヤは今起こっている惨劇に気がついた。


 もう左腕の痛みなど感じなかった、ただひたすらに胸の奥に火がついたかのように身体が熱かった。


 サリアの赤息病発症から続いていた正体不明の荒れ狂う感情が臨界点に到達していた。


 ゲツヤは無惨に斬り捨てられたアティスの亡骸を回収する。


 近くに集まっていた敵の攻撃などものともせず、ただ沈黙し、表情を浮かべずにその遺体を抱え上げる。


 右拳は力強く握りしめられている。


 次にゲツヤは敵の攻撃を避けながら元はメーナであった肉塊のもとへと駆け寄る。


 踏み躙られて汚れきったその身体、それをゲツヤは抱きかかえる。


 会ってから僅かの間であったが、自分に懐いてくれた人間だ。


 そんな子が……そんないい子がこうして命を落としたのだ。


  ゲツヤは自分の唇を噛み締め、歩みを進める。


  迫る小刀を何事もないかのように避ける。


  そして辿り着いた先は、僅かであったがここまで旅をともにしてきたレミーナのもとであった。


 首を切られ、何度も刃の侵入を許したその身体はもはや原形をとどめておらず、血の抜けきった身体は真っ白になっていた。


 綺麗だった銀髪は土や彼女自身の血で汚れきってしまっている。


  哀しみ……そんなものはない、今まで感じたことがない。


  だが新たに芽生えようとする感情は明らかに昂ぶっている。


 自分を慕ってくれていたレミーナの遺骸を抱き上げ、そしてこのような惨劇を招いてくれた残虐なる蟻に向け、呟く。


神撃闇魔法メシアヘルーラ……」


  まだ赤く染まっていた夕陽の空が突如闇に包まれた。


  その漆黒は光の侵入を許さず、そしてありとあらゆる近場の生命を剥奪していく。


  闇が晴れ、辺りが再び赤く照らされる。


  周囲5キロ、その範囲にいた生命体は全て、闇が晴れると同時に操り人形の糸が切られたかのように、生気を奪われ、地面に倒れ伏した。


  闇魔法ヘルーラとは即死魔法。


  未完成故の制御不能な大量無差別殺戮魔法。


 あまりに殺すことに特化し、その威力に反して制御不能な面から禁術指定されている。


 その実態はある種の特殊な魔素の放出。


 闇魔法ヘルーラにより生じる魔素、それは周辺の魔素を喰らい自らの糧とする謂わば生きた魔素。


 仮にこれを制御できるものが現れたとすれば、現在の魔法学における常識が覆るともいわれているほどだ。


 生きた魔素、別名捕食魔素(トロゴ・スティヒオ)はその名の通り周囲の魔素を喰らうだけでなく、その身に宿す。


 闇魔法の原理は捕食魔素(トロゴ・スティヒオ)に包まれた生命体が全ての魔素を引き抜かれて死に至らしめているとされている。


 話は現実に戻り、ゲツヤの放ったその禁術はサザンカのほんの一歩手前まで迫り、潜んでいた敵を含め、多くの動植物を葬った。


 たった1人残されたゲツヤは唯一残された仲間を求め、1人歩みを進めた。


 いつの間にか空は闇に包まれている。


 毎度のごとく空を飛び、サザンカに着いたゲツヤが目にしたものは、出発前からは想像もつかないほど荒れ果てた街並みであった。


 至る所から火の手が上がっており、残されたのは焼き焦げた家々。


  メーナたちの宿も例に漏れず焼き尽くされている。


  焦りを覚えたゲツヤは急いでサリアの待つ病院まで飛んだ。


  幸いなことに病院に火の手は上がっていなかった。


 地面に降りて病院の入り口に立ったゲツヤ。


 その中からは死肉の臭いが風に乗って運ばれてくる。


  病院の中、そこには首から先が無い人間であったものが無数に転がっている。


  何故こんなにまで死体を見るたびに感情に変化がもたらされるのか……幾度となく他人を殺めてきたゲツヤは自身の心情の変化に納得がいっていなかった。


  病院の最奥の部屋、赤息病の患者が詰め込まれたその病室にゲツヤが辿り着いたとき……事態はとっくに終息していた。


 この病室も例に漏れず、死肉の臭いに包まれ、元患者の眠るベッドには大きな赤いシミがついている。


 左から4番目、そこに眠る金髪の少女は苦しみを顔に浮かべて、深い深い眠りについていた。


 苦しむ顔は地に転がり、眠る身体はベットの上に置かれているという有様ではあったが……


 悲しみを感じないのは感情がないからであろうか、それともゲツヤにはやり直しが効くからであろうか。


 だがこの事実は変わらない。


 左腕の消失、仲間の消失。


  そして、元凶の消失。


 ゲツヤは自らの手で元凶を滅ぼすべく、誰もいない暗い病室で人生初、自ら叫びをあげた。


時魔法セーブ・ループゥゥゥゥ!!」


  その瞬間に仲間を殺されて胸は痛めないが、犯人を自らの手で滅しようとする殺人犯を中心に世界が、時間が逆行した。












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