遠い道のり
サザンカ街道。
そこはルナヒスタリカ王国の首都コルトニアやピュロン山につながる人々の往来の激しい場所。
だが、今というときは普段の様な賑やかさは微塵も感じられず、そこを駆けるのは少年少女たち計4名だけであった。
彼らは真っ直ぐサザンカへ向かう。
その先に待つ脅威に気づくことなく……
先ほど伝えられたアティスの情報通り全く人通りがないことをゲツヤたちは実感する。
ルナヒスタリカ王国きっての主要街道であるここ、サザンカ街道に人がいないことなどまずあり得ない。
だが1つ情報と違う点がある。
それは謎の集団による街道の封鎖があるという話だ。
そのような者たちの姿は一切見当たらなかった。
ゲツヤを除く3人の心には不安だけが立ち込める。
当然このような異常事態に借りられる馬車などなく、今はひたすらに走っている。
ゲツヤの飛行術で進むという提案もあったが、先日体験したその術の強烈さを体験したレミーナが猛反発した。
少しでも魔素を温存しておいたほうがいいという口実でその提案は却下となり今現在に至る。
ゲツヤは風魔法を追い風の如く用いて、加えて身体強化魔法を使い全員の速度強化を行う。
これによる速度の向上により半日もしないうちにサザンカに着くことができるであろうという計算だ。
タイムリミットへの焦りと、未曾有の事態への不安で誰も一言も口を開かずただ黙々と脚を動かした。
脚を一歩踏み出すたびに追い風が吹く。
強すぎず、弱すぎないその風は身体を軽くしている。
既に街道に入って1時間近い。
今のところ何も起こらないのをみると、特に危険はないのだろうかという疑念がレミーナたちの脳裏によぎり始める。
そのときだ、アティスが急遽声をあげたのは。
「あ、危ニャーい!」
ゲツヤたち全員の前に半透明の障壁が生じる。
その反射魔法の向こう側では突如として爆煙が捲き上る。
咄嗟に放たれた反射魔法、それが無ければ今頃ゲツヤ以外は灰になっていただろう。
突如襲ってきた火球、威力から見るに上級はあるその魔法は何処からかゲツヤたちに襲いかかってきたのだ。
そして、それを嚆矢に氷柱、岩、水弾、風刃が一斉に迫ってくる。
どれも中級以上はあり、それが数にして100以上。
その全てがゲツヤたちめがけて放たれている。
「上級水魔法!」
レミーナが咄嗟に相殺するための上級水魔法を放った。
威力の低い中級の魔法は消失に成功したものの、レミーナの水流は、まだ多く残る敵の魔法の1つ、上級の氷柱に相殺される。
それと同時にメーナ及びにアティスがレミーナに続けて魔法を放つ。
「上級火魔法!」
「防御魔法!」
メーナの掌から放たれた火炎は魔力の質もあってか同じ上級魔法をも消失させる。
そのまま火炎は一直線に敵陣付近に命中。
しかし、こちらに向かってくる魔法の多くは未だ防げていない。
アティスは全員の防御力を上げるべく防御魔法を放った。
空を覆うほどの数多の魔法が轟音を立てて接近、そして遂には相殺しきれなかった魔法が着弾する。
魔法の命中とともに爆音が街道に鳴り響く。
幸い、防御魔法のおかげでゲツヤを除く3人にほとんどダメージはなかった。
ゲツヤは勿論無傷であった。
だが、安心するのもつかの間、着弾の衝撃により巻き起こった砂煙の中から全身を白いローブで覆い顔が確認できない集団が襲ってきた。
誰もが皆、右手に小太刀、左手にナイフの様なものを持っている。
「メーニャは下がってニャ、ここはあたしたちがやる!」
アティスが咄嗟のことにも冷静に対処し、遠距離特化のメーナを下がらせようと指示を出す。
レミーナは彼女の離脱を援護すべく腰に下げた銀嶺突剣を引き抜く。
だがそう上手くはいかない。
如何せん数に差がありすぎる。
魔物とは異なり連携して襲いかかってくる人の集団。
それらはレミーナに身動きを取らせまいと次々と襲いかかってくる。
確かにレミーナの実力であれば1人1人ならなんとかなるが、5人以上で一斉攻撃を仕掛けてくる。
正直なところ、この白いローブの敵は1人対1人でやっとな程には強い。
それが5人である。
人のことなど気にしておられず、レミーナはあっという間にピンチに陥った。
レミーナが銀嶺突剣で1人の首を跳ねる。
その瞬間に上級水魔法で残りを遠ざける。
レミーナは自信を中心に水流で円を描き、敵の接近を防ぐ。
だが遠ざけた敵がレミーナに向かって投げたナイフ、避けようとしたものの、それが一本レミーナの肩に刺さった。
「あっ、ぐっ……」
深々とナイフが刺さった右肩からは血がダラダラと垂れてくる。
痛みが強く、右腕が言うことを聞かない。
銀嶺突剣を利き腕から持ち替える。
「私に、私に刃を向けるだなんて。く、来るなら来なさい!」
レミーナは再び死の境地に陥ることに恐怖と絶望を募らせるも、なんとか唇を噛んで耐え忍ぶ。
ふと一瞬だけ敵から目をそらすと、アティスが鉄爪と魔法を駆使して善戦していたものの、数の暴力により追い詰められているのが見えた。
メーナは敵が1人も近づくことのできぬようにひたすら魔法を放っているが、それも時間の問題だ。
3人とも窮地に陥った、そのときだ。
辺りの視界を遮っていた砂煙が突如吹いた突風により掻き消えた。
その突風は鋭利な刃となって敵を襲った。
当たった箇所から真っ二つに切断されていく。
血が噴き出し、断末魔が重なり、レミーナたちの側にいた敵は全員絶命した。
「何やってやがる……」
死者へ向けられたその言葉は彼らにとっての死神、レミーナ、アティス、メーナにとっての英雄の言葉であった。
恐らく威力、速度からして神撃風魔法であろう。
そしてそんな魔法を使える人間は彼女たちの知る限りゲツヤ以外にいなかった。
「遠くから魔法を撃ってきた奴らは全滅させといた……」
レミーナらが近接戦を繰り広げる中、その他100人近い敵部隊をゲツヤは1人で壊滅させていた。
これにより戦況は多少なりとも有利となった。
傷ついたレミーナたちはピュロン山で余分に作っておいた高等治癒薬を使い、傷を癒す。
「早くここから離れよう!いつあいつらの援軍が来るか分からニャいから!」
アティスの言う通りであった。
確かに1人であれば確実に消し去ることもできようが、今この場には仲間もいる。
流石に見捨てることはできないとゲツヤは判断した。
ゲツヤたちはすぐさまこの場を離れることにした。
だが遅かった……
既に前方には先ほどの3倍近い数の新手が迫ってきていた。
それに気づくと同時にゲツヤは単騎突入を決行。
だが、それも想定内であったのかゲツヤが去った残りの3人のもとに伏兵が襲撃してきた。
いくらゲツヤであろうとも10分以上は殲滅するために必要である。
レミーナたちはその間、敵の襲撃に持ちこたえなければならない。
だが敵は数にして50。
疲弊した彼女らにそんなことができるはずがなかった。
レミーナの右腕はまだ完治しきらず動かない。
故に彼女は銀嶺突剣を左手に持って敵に斬りかかった。
レミーナが前衛、後衛はメーナ、そして補佐及び司令にアティス。
適材適所のこの布陣は想像以上の力を発揮した。
細やかな動きで敵を翻弄し、腕、脚、胴とそのときそのときで隙のあった部分を斬り裂く。
一撃で仕留められずとも銀嶺突剣による凍傷のダメージは敵を退けるには十分であった。
次々と流血が宙を舞い、地面には斬り取られた腕や脚が重力に従い転がり落ちる。
地面が血液で赤く染まり、レミーナの顔や鎧を返り血が染める。
そんな中、ナイフを投げたり、魔法を撃ったりと敵もあの手この手でレミーナたちを討たんとする。
だが、それをメーナの火魔法がことごとく遮り、かえって敵が炎に焼かれてその命を落としている。
耐魔性が強いのか、ローブが燃えることはなかった。
だが、時にはメーナでも防ぎきれずにレミーナに迫るナイフや魔法もあり、それは全てアティスの魔法が軽減ないし反射している。
これは今考え得る限りでは最高の布陣であった。
後ろからのサポートに安心しながら、レミーナは迫り来る敵の猛威を掻い潜り、そして斬り刻む。
今の彼女に心配があるとすればそれはサリアの死までのタイムリミットと、これほど返り血で汚れたレミーナをゲツヤが嫌わないかというものくらいであった。
そして気がつけば敵は全滅し、辺りは血まみれとなっていた。
「おぉー、ボクたちサイキョーだ!」
「確かにいい連携だったニャー!」
圧倒的な数的不利の状況下で大勝利を収めた喜びは大きかった。
一方ゲツヤはというと……。
前方の敵、300人近くを火剣流奥義・鳳凰炎舞で焼き斬り、全滅させていた。
その手に持つ呪剣は激しい音を立て燃え盛る火炎を纏い、最後の1人を突き刺していた。
刺さった箇所から出ている赤色は果たして血なのだろうか炎なのだろうか。
鮮やかなその赤色は敵の絶命を確認したとともに音もなく消えた。
レミーナたちはゲツヤの元にすぐさま合流し、先を急いだ。
だが時間にして10分も経たないうちに3度目の襲撃が4人を襲ったのである。




