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異世界転移は孤独な私を笑わせる  作者: 鈴谷 卓乃
Chapter2:サザンカ動乱
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広がる不安

「な……なんですってー!」


  突如放たれたその焦燥感を含んだ口調の言葉は述べた人間に計算外のことが起きていると悟らせるものであった。


  発した人、ボブヘアーのその少女は150センチほどの身長、その髪は銀色で夕日を浴びて美しくなびいている。


  その顔は優しい顔をしており、万人が美少女と認めるであろうその美貌に本人は気づいていないのか、服装を気にしてないかのように見える。


  以前その職務に就いたことがあったのだろうか、丈夫そうなメイド服、その上に軽めの鎧を身につけている。


 レミーナ、それが少女の名である。


 ここはピュロン山の麓にある小さな集落、そこにある小さな宿屋であった。


  ファルマコ草を入手し、山を下って来た彼女らに残された時間はあと2日半であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゲツヤによる魔物掃討。


 そして無茶とも思える下山方法、全員に浮遊魔法ウィールをかけてそのまま風魔法ウインラで下るというその方法が下山時間の短縮につながった。


  高度な補助魔法である浮遊魔法ウィール、その消費魔素は膨大なもので究極アルティマ級に匹敵する。


 それを人数分使うのだ、常人にはまず不可能であろう。


 それゆえ、この方法をゲツヤが提案したときは、その場にいた全員がゲツヤの魔素切れ及び、制御不能による地面への激突を怖れていた。


  いかにゲツヤと言えどもそこまでのことはできないのでは?


 しかし、そんな仲間たちの心配など意に解せず、ゲツヤはその方法を提案してすぐに強行した。


 結果は成功であった。


 あまりのスピードにレミーナは怖がり、涙目になっていたが……


 もちろん降りた後ゲツヤに待っていたのはレミーナからの叱責であった。


「ひどい、ひどすぎますよゲツヤ君……怖かったですよ!」


 そう言ってゲツヤの胸をポカポカと叩いていた。


「そう、ボクは面白かったけど?ありがとうゲツヤ!」


  レミーナの言葉を全面否定し張り合うかのように言葉を被せたその少女は14歳という割には背丈が130センチ程しかなく、明るい茶色の髪に猫耳が生えている。


 その少女メーナはゲツヤがしてくれた事への感謝を述べ全面肯定していた。


 優しく擁護してくれたメーナの頭をゲツヤは優しく撫でた。


 それを待ってましたとばかりにメーナは至福の笑顔を浮かべてゲツヤを見上げる。


  その光景を不満げな目でジーッと見ているレミーナに対し、メーナは嘲笑を送った。


「なっっ!?」


  2歳下の少女、しかし立派な恋敵である彼女にレミーナは嫉妬全開であった。


「ゲ……ゲツヤ君!レミーナも、レミーナの頭も撫でて下さい……」


 言っているうちに恥ずかしくなり徐々に声が細くなっていく。


  しかし、それに応えゲツヤはレミーナの頭も優しく撫でる。


  顔を赤く染め、幸福で口元をだらしなく緩めるレミーナの表情は普段の凜とした彼女からは想像ができないものであった。


「はぁ、またイチャイチャイチャイチャと……」


 メーナとよく似ている、少しメーナより優しい目をしたその少女……もとい、少年はこの集落の人たちに少し話を聞きに行っていた。


  そんな雑務を進んで引き受けるのも、この3人が暇さえあればすぐにイチャイチャしているからだ。


 どうやらゲツヤにその気が全くないのを見ると、それに気づいてすらいない2人が哀れに見えてくる。


 とは言っても出発前にイチャイチャしていて、帰って来て見るとまたすぐにイチャイチャし始めていることに呆れる他なかった。


「そんなイチャイチャしてる場合じゃニャいよ!」


 アティスのその一言でメーナとレミーナは我に返り真剣な表情へと戻った、ゲツヤの側からはぴったりとくっついて離れようとしないが……


「それで、どうしたんだ……」


 ゲツヤは静かにそう尋ねた。


  ゲツヤの中でアティスは非常に優秀という評価であった。


 その場その場の状況を冷静に判断するアティスは仲間たちの中でも心配をあまりかけない。


 そのアティスがこれほど焦っている。


  汗をダラダラと流し、急いで戻って来たようである。


「帰路が、サザンカまでの街道が通行止めになってるニャ!」


 その一言で場は一瞬で凍りついた。


「な……なんですってー!」


  レミーナは絶叫した。


  旅においてスケジュール管理を行うのはレミーナの役割であり、メイド稼業で磨いたその腕は確かなものであった。


 そしてこの誤算はレミーナの時間計画を大幅に狂わせるものであった。


  街道の封鎖、それが意味するのはサザンカまでの道のり、片道半日が片道最短2日になるということ。


  しかも、あまり整備されていないその道を通るとなると様々なトラブルが想定される、それを考慮に入れると、あと2日半でサザンカに到着できるかは危ういところであった。


「どうして、どうして封鎖されてるんですか?」


  街道の封鎖、そんなことは滅多に、本当に滅多に起きるものではない。


  そんな異常事態、一体どれほどのことが起こっているのだろうか?


  街道に強力な魔物が出たのだろうか、それとも王族の凱旋でもあったのだろうか……


「ううん、変な人たちが街道を封鎖してる……って遠回りしてサザンカからここに来てた商人の人が言ってた……」


「衛兵の方が封鎖しているのでないとすれば、強制力はないはず……、誰も通ったりしなかったんですか!?」


「通った他の商人さんたちはその場で皆殺しになったみたいだニャ……。」


 皆殺し、どうやらただ事でないことが起こっているようである。


  だが王族の凱旋よりは遥かにマシかもしれないとレミーナは考える。


 何せこちら側はそこそこの実力者、さらにはゲツヤがついている。


「大丈夫です、私たちなら強行突破できますよ!」


  レミーナはそう、自信を持って述べた。


  アティスもそれには同意であった。


  時間的にもそれが一番早いであろうし、ゲツヤの強さは圧倒的すぎる。


 もしゲツヤがやられたりでもしたらそのときは全滅どころか世界が滅ぶんじゃないか……本気でそう思っていた。


  レミーナとアティスからの期待の眼差しを向けられるゲツヤ、しかし自然とできる……そんな気がしていた。

 

  今晩はこの宿に泊まり、2日残して街道突破に取り掛かることにした。


  2人用のベッドに1人で広々と眠るアティスは満足げであった。


  チラッと見たその先には2人用のベッドに3人で寝ている狭苦しい光景が広がっていた。


「ゲツヤ兄ちゃん……ニャんて可哀想なんだ……」


  2人に挟まれ窮屈そうにしているゲツヤを見てアティスは哀れんだ。


  レミーナが右サイド、メーナが左サイドに添い寝し、ゲツヤの両腕は2人がしがみつき不動となっている。


  レミーナはそのまま身体をゲツヤにピタッと引っ付けて、何かと頬をゲツヤの頬と擦り合わせようとする。


  ゲツヤの右腕には柔らかな感触が広がる。


 それをわざとであると主張しているのか、「どう?」と言わんばかりにレミーナはゲツヤに上目遣いを贈る。


  その目からは返事を求められている。


 だがゲツヤはそんなレミーナが望む答えは口にせず、ただただ黙って眠りにふける。


 ここ数日で慣れてしまったこの状態、今ではそんなレミーナも邪魔ではない。


 だがここでゲツヤは一つ違和感を感じる。


 いつもならレミーナと同じようにその小さな身体を擦り寄せてくるメーナが大人しいのだ。


  柔らかな右腕の感触で気づかなかったが、左手に伝わるのはそんなものではなく震えであった。


 右でスヤスヤと幸せそうに眠るレミーナに対し、メーナはブルブルと身体を震わせていた。


  怯えている。


  何があったのだろうか、いつも明るくゲツヤたちを支えてくれるムードメーカー的な役回りのメーナが震えている。


 どうして、何を怖がっているのかそれを聞こうとした。


 だが、自ら言わないということは何か言いづらいところでもあるのだろうか……。


 そんな今までしたこともなかった他者への配慮、慣れないことはするものではなかった。


 ゲツヤは静かに震えるメーナを抱き寄せその頭を撫でた。


  言えないのなら聞かない、ならせめて少しでも安心させようと……


  そのおかげかメーナは震えながらもなんとか眠りについた。


 こうして残すところ2日、夜が明けていった。


  メーナを襲ったのは獣人であることを由来とする直感的な恐怖であった。


 このまま街道を進んではいけない、何となくそんな気がしていた。


 だが大丈夫であった。


 そう寝る時間になるまでは……


  夜になって街道にそれまでなかった強い気配にメーナは直感的に感じた。


  野生の本能ともいえるそのメーナの直感、そこからもたらされたのは恐怖、それも地龍ランドドラゴンを遥かに凌駕する恐怖。


  ゲツヤがいるから大丈夫。


 確かにそうなのかもしれないが、その気配はゲツヤに似た、メーナでは全てを感じ取れぬほどの強大な力を感じたのだ。


  仲間たちに告げようと思った。


  だが、ここで言ってどうなるだろうか?


  道を改めるだろうか?


  否、そんなことは決してありえない。


  なら、下手に不安を与えるわけにはいかない。


 それにあくまで直感、確定など全くしていないのだ。


  それがメーナがこの事を告げるのを躊躇わせていた。


  結局言えずにただ1人で抱え込み震えていた。


  そんな中、震えた自分に気づき、優しく甘やかに安心させてくれるゲツヤ、メーナは彼を信じることにした。



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