カゲミネ・ゲツヤの戦利品
トカゲを木っ端微塵に消し飛ばし、ゲツヤたちは遂に目的物のファルマコ草のもとへと辿り着いた。
天にそびえる山。
その頂には純白の雪が降り積もっている。
その中にクルクルとその身を曲げ、渦状になっている草はポツリポツリと点在し、積もった雪からヒョコッと顔を出している。
ゲツヤの仲間は瀕死状態。
すぐさま草の中から一本を引き抜いた。
土魔法で金属製の鍋に似たものを作り、その中を水魔法を使って水で満たし、ファルマコ草を入れ、火魔法でグツグツと煮込んだ。
こうすると、ファルマコ草の成分が水に溶け、その水が高等治癒薬になる……とメーナたちの父親が言っていたのをゲツヤは覚えていた。
ファルマコ草を煮込む中、特に重症なレミーナが苦しそうに呻き声を上げている。
(やはり俺だけでピュロン山に行くべきだったのだろうか。いや……そんなことあいつらが許す訳もないな……)
何か便利なレミーナ、食事は朝昼晩と三食作ってくれ、洗濯や宿の予約など旅の中でも一生懸命に働いている。
死なせる訳にはいかなかった。
ゲツヤは炊事洗濯などというものは一切できない上、したくもなかった。
これから先もレミーナが引き受けてくれるのであらばそうしてもらいたいというのが本音だ。
この世界に来て、ゲツヤが毎日を退屈することなく生きてこれたのもサリアやレミーナのお陰なのだ。
「2人とも絶対に死なせはしない……」
ようやく完成した高等治癒薬をレミーナの口へ流し込む。
タラタラと口から溢れてほとんど飲めてはいないだろう……
これで大丈夫なのだろうか、その不安はすぐに解消された。
次第にレミーナの顔色は良くなり、呼吸も荒々しいものから徐々に落ち着いたものへとなっていった。
アティスはほとんど無傷といっても過言ではなかった。
ただの魔素切れだ、一晩眠れば治るだろう。
問題はメーナであった。
身体がボロボロ、それは高等治癒薬ですぐに良くなるだろう。
魔素切れが深刻であった。
普通は魔素切れになってもある程度は生命維持のために残されている、アティスのように。
しかし、メーナは本当に全魔素を消費していた。
高等治癒薬ではやはり魔素は回復しなかった。
魔素回復にも自ずと魔素が使われる、そのためにも身体に少しは残されていなければならない。
どうしたらいいのか……
(この趣味の悪い少女、何が良くてこんな俺に懐くのか、理解に苦しむ。)
友人など誰もいない、できることは殺すことのみ。
そんな彼は誰にも好かれないし、好かれてはならない。
そして……好いてもいけない。
(ああ、俺は人を好いてはダメだ、その筈だったのに、こいつらのことを多分少しばかり好いている。)
この世界に来た途端に頭に入って来た莫大な情報、その中に完全な魔素切れの治療法は載っていなかった。
ゲツヤは考えに考えた。
1つ、使えそうな情報はあった。
魔法の原初、それは属性などは無く、ただ身体の魔素を圧縮してエネルギー弾として飛ばすというものであったらしい。
そしてその応用で自らの魔素を他人に与えるという邪教の儀式があるらしい。
一か八かの勝負、ゲツヤはそれに賭けることにした。
「最悪、失敗したときもどうにかなるしな……」
そう思いながら、ゲツヤは右の掌に魔素を集中させた。
辺りはすっかり暗くなっていた……
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ここは天国なのだろうか、すごく身体が軽い。
景色が眩しい、空気も澄んでる。
楽園、ここにゲツヤもいたら完璧だ。
「ん、なんで私はゲツヤ君のことが好きなのでしょうか?
そうそう、私を地龍から守ってくれたのよ!
私のピンチに颯爽と駆けつけてくれた。
生まれてから一度も誰にも助けてなんか貰えなかった。
皆んなが私を忌み嫌い、存在そのものを抹消しようとしていたから……
サリアお嬢様のおかげで私は笑えるようになった。
そして、今度はゲツヤ君のおかげで人を好きになれた。
こんな幸せは無かっただろう。
最後に人を、ゲツヤ君を好きになれてレミーナの人生は最高なものでした。
さあ、天国の扉を拝みましょう!」
そういってレミーナはその閉じた瞼を開いた。
「真っ白、天国の地面は真っ白なのか、雲の上にあるってことなのでしょうか?違う、雲の白とは違う、雲はもっとこうフワッてしてるもの。陽の光を反射してる……雪?」
レミーナが起き上がろうにも何かが乗っかってるのか重い。
何が乗っかっているのか……
「え……ええぇぇぇぇぇぇ!!」
ゲツヤ、そうゲツヤがレミーナの上に伏せている。
(そうか、助かったんだ、そして倒れた私をずっと隣で看病してくれてたんだ……疲れて私の胸に伏せてるけど、全く……え!?……胸っ!?)
「キャァァァァァァァ、何枕にしてるんですか!!」
乾いた音がピュロン山の山頂に響いた。
「痛っ……」
ゲツヤの右頬は真っ赤になっている。
だがそれ以上にレミーナの顔は赤かった。
せっかくの良いシチュエーションも最後の一押しで台無しであった。
「何考えてるんですか!まったく!」
「気づいたら寝てた……あと、思ってたより大きかった……」
再び乾いた音が鳴って、ゲツヤの左頬も赤く染まった。
「『何考えてるんですか?』って感想を聞いたわけじゃないです!!」
レミーナは涙目だ。
(男の人に初めて触られた、酷い、酷すぎる……あれ、嫌……なのかな? )
だが、その涙が嬉し涙ではないことは分かった。
「ごめん……」
ゲツヤが深々と頭を下げてる、今までそんなことなかったのだが、誠心誠意込めて謝っている。
その表情は無表情……というよりも、真面目な顔である。
その顔はレミーナに悪気は無かったってことを伝えてくれた。
「こ……今回だけは許してあげます。次に勝手に触ったらいくらゲツヤ君でも容赦しませんよ!」
真っ赤なレミーナの顔、怒りで真っ赤なのか、恥ずかしさで真っ赤なのか、それとも……
感情がこんがらがって何を考えてるのか分からなくなってきていた。
「ま……まぁ、言ってくれたらゲツヤ君にだけ特別に許してあげてもいいですけど……。」
(な……何を私は呟いてるんだ。え!?でも本心なのかな、どうなのかな?もう訳わかんないよ……)
混乱したレミーナが本心なのか呟いたその一言にゲツヤはこう答えた。
「なんて言ったの……?」
ゲツヤのそのあまりにも都合の良い耳にレミーナは苛立ちを覚える。
「もういいですよ!!」
「気になるんだが……」
レミーナは真っ赤な顔のまま、その場に立ち上がった。
まだ、やるべきことは残ってるのだから。
そのときだ、魔物はいなくなったはずのこの場所でレミーナは殺気を感じた。
その殺気から放っているものが相当な実力を持っていると瞬時に把握できた。
少し離れた岩陰からこちらを睨むその小柄なものは、頭についた右耳をピクリと動かした。
「ず……ずるい、ゲツヤとイチャイチャして!!にやけてるしさ!」
その殺気の元はメーナだった。
無事であったことに安堵するも、何故彼女がそこまで嫉妬に狂うのか理解できなかった。
「に……にやけてるの?」
メーナの放ったその言葉、それによりレミーナの顔はますます赤くなった。
すぐさま彼女は荷物から鏡を取り出した。
(ああ、すごく幸せそうにだらしなくにやけてる……こんな顔じゃゲツヤ君の方なんて見れないよ!)
自分の顔の見苦しさに羞恥心を抱き、そんな顔ではゲツヤを見れるわけもなく、レミーナは咄嗟に伏せた。
「レミーナ姉ちゃんはそうやって伏せてるといいよ!」
そう言ってメーナはゲツヤの左腕にしがみついた。
「ねぇもうさっさと山を降りちゃおうよぉ。そろそろ兄ちゃんがファルマコ草を取って帰ってくるだろうからさ。」
どうやらアティスがレミーナが寝ている間にファルマコ草を採集しに行っているようである。
レミーナは自身が目覚めたのが最後であったということを理解した。
(じゃあ、ずっと寝てた私と一晩中ゲツヤ君は一緒に居てくれたのかな!?)
そんなことを考えてるとますます顔が綻びる。
「ファルマコ草、取ってきたニャーー!!お、レミーニャ姉ちゃんも起きたみたいだニャ!」
アティスが帰ってきた。
ピュロン山を降りる、とうとうその時が来た。
レミーナは何度も絶望を繰り返してその度に誰かに支えられて、最後は命までも助けられた。
ここを降りて、サリアを助ければようやく一件落着である。
「じゃあ、ボクたちの勝ちってことで山を降りちゃおう!」
メーナの号令のもと、アティスとゲツヤも歩み始めた。
レミーナは後ろを振り向く。
確かに苦く辛かった、だが……
「ありがとう。」
この山でのことがなければ今のレミーナはなかったであろう。
故にレミーナはそう感謝を述べて、先に行ったゲツヤたちに追いつこうと走った。
「待ってーーーー。」
レミーナはゲツヤの右腕にしがみつき、頬を擦り寄せた。
幸せであった。
一緒にいるだけでも幸せなのに、こうして腕に抱きついたりすると、もう至福のひと時である。
(ずっとこの時間が続けばいいのに……)
「まだ病み上がりだしぃ、このままゲツヤ君にお姫様抱っこして欲しいな〜、なんて言えたらな……」
「いいよ?……」
レミーナは驚愕し、赤面した。
心に思っていた願望が口から溢れていた。
あまりの恥ずかしさに立ち尽くしたレミーナをゲツヤの腕が優しく包み込み、そのまま抱き上げた。
(ああ、もう死んでもいいや……)
「ずるいよずるいよ!ボクもゲツヤに抱っこして欲しい!」
メーナの殺気の込められた視線。
レミーナはそれに哀れみの目を向けて返す。
「なっ、レミーナ姉ちゃんだけずるいよー!」
「背中……、歩くのが辛いなら背中に乗れ。」
ゲツヤの言葉とともにメーナはすぐさまゲツヤの背中に飛び乗った。
(ちょっと羨ましい……まあ、でもお姫様抱っこの方がやっぱいいな。顔も見れるし。)
ゲツヤの強く細い腕がレミーナを抱き上げてる。
(なんて最高なんだ、なんて幸せなんだ!)
あと一歩のところで命を救われたレミーナはその救世主、ゲツヤに対し完全に恋心を抱いていた。
(このまま口づけされて、「俺もお前が好きだ……」なんて言われたりしたら……)
「きゃあ!」
「レミーナ姉ちゃんうるさい!なんか腹立たしいなぁ……」
「メーナちゃんの言うことなんか聞こえません。」
この日一日中レミーナはゲツヤの腕の中で、愛する人の目の前で幸せな妄想にふけってた。
また、妄想にふけるレミーナをよそにメーナはゲツヤに対する感謝の念を深めていた。
(ボクは死ぬはずだった。)
全魔素を使い切ったメーナは近いうちに死ぬはずであった。
究極火魔法3発目、魔素回復用の魔素は残したつもりが、本当に全部使ってしまっていた。
そう、死んでいたのだ。
ゲツヤが助けなければ……。
ゲツヤは初めて会ったとき、見ず知らずのメーナを助けた。
その瞬間、メーナはゲツヤに一目惚れした。
ゲツヤは強く、冷静で、無表情なことが多いが優しい。
そんなゲツヤが再び助けてくれたことでその親愛は深まるばかりであった。
今日一日レミーナがゲツヤを占拠したことには不満を抱きはするものの、「明日はメーナを抱っこする」という約束を取り付けたことにより満足している。
「ボクはずっとゲツヤのそばにいたいよ。」
親愛なるゲツヤ、初恋の相手であるゲツヤに対しメーナは如何なることでもやってのける覚悟を持っていた。
メーナは今までの恩とゲツヤへの想い、この2つからそう決心したのだった。
その後一行は山の中腹で野営をすることにした。
魔物を掃討したことにより、登山と比べて格段に下山は速い。
ゲツヤはレミーナとメーナの態度の変わり様(メーナはさして変わらない気もするが……)に困惑しつつも悪い気はしていなかった。
タイムリミットまで残り3日、ゲツヤたちは多少の安心感を得つつも焦りを覚えてもいた。




