地龍の猛威をくぐり抜けて
地龍。
四肢を地にドッシリと構え、その背に生えた大きな翼をたたみ、ピエタ山の山頂に悠然と佇むその巨体は、自分の住処を奪わんとする襲撃者の襲来を今か今かと待ち構えている。
山中の魔物たちを総動員させて戦わせてみたものの、こちらに向かってくる気配から失敗に終わったことが分かった。
「グルルルル……」
しかし、全くもって恐怖というものはなかった。
魔物たちのお陰だろうか、こちらに向かってくる人間の気配がすこぶる弱い。
その気配、まさに風前の灯火。
自身の強さへの絶対的自信に合わせ、その気配の弱さは地龍に勝利を確信させていた。
「ようやく……ようやくだ!!」
息を荒げながらも銀髪の少女、レミーナは歓喜の声を上げる。
そう、レミーナたちは遂にピュロン山の頂上に辿り着いた。
サリアを治せるかもしれないファルマコ草、それが手に届く位置まで遂に辿り着いたのだ。
ただこの目の前に佇む巨大な山のような魔物さえいなければ……
レミーナの膝は笑っていた。
メーナは本能的に身の危険を感じたのか、今までに見せたこともないような真剣な表情で牙を剥き出しにしている。
にもかかわらず襲い掛からない。
相手との力量の差が攻撃を躊躇わせている。
アティスはすぐさま防御魔法、反射魔法のどちらでも使えるようほとんど残されていない魔素を練っている。
誰1人として動けない、蛇に睨まれたカエルとはまさにこのことであった。
地龍、ルナヒスタリカ王国を含め大陸の全ての国で災害級に指定されている魔物。
その山のような巨体の通る先は何も残らない。
放つ業火は全てを焼き払う。
龍種、特に基本5属性を統べる5体の龍はその全てが災害級に指定されている化け物。
その化け物の一柱が蟻を見るかのようにレミーナたちを見下ろしている。
災害級、それは一匹の存在が国家崩壊を招く恐るべき力を持つ魔物を示す基準のようなもの。
ルナヒスタリカ王国の四大聖騎士でさえ1人では討伐が難しいと言わしめるほどの化け物。
それが災害級、その災害級がレミーナたちの目の前に佇んでいるのだ。
まるで天がレミーナたちを嘲笑しているかのようなこの状況。
ようやく絶望から立ち直ろうとしたその時に絶望のどん底まで落とされた。
だがレミーナは絶望などしていられない。
どんな困難であろうともここまで乗り越えてきたのだ。
「災害級だかなんだか知らないけど、お嬢様を救うため、トカゲ一匹に手こずってなどいられない!」
地龍を倒しファルマコ草を手に入れなければ、その思いがレミーナの絶望を少しばかり抑える。
今まさに、災害そのものとの戦い……いや一方的な蹂躙が始まろうとしていた。
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神撃氷魔法、それにより生じた巨大な氷槍群、太陽の光でキラキラと輝くその槍は探知魔法の位置情報をもとに、生存する魔物に狙いを定めている。
頭上に突如発生した氷塊に魔物たちは目を奪われていた。
中には危険をいち早く察知し、回避行動を取ろうとしたものもいた。
しかし、遅かった。
ゲツヤが突き刺した人差し指を下に下ろしたその瞬間、天の氷槍は魔物目掛けて急降下した。
轟音を伴い、空を裂き、肉を断つ。
生々しい肉が千切れる音が鳴り、魔物の腹から鮮血が飛び散る。
それが100、200と重複している。
だがそれはほんの一瞬の間の出来事であった。
ほんの数秒後には轟音が止み、辺りに静寂が戻る。
地に突き刺さるその巨大な氷柱の1つには凍った内臓がブラブラと下がっており、その先にある氷像は恐怖と絶望を1つの顔に表している。
目前に迫る自らの死を前に、本能のままに動く魔物たちは怒りの矛先すら向けることを許されない圧倒的強者へ、恐怖そして絶望しか抱くことができなかった。
地面に広がっていた真っ白だった雪。
それは飛び散った鮮血で赤黒く染まっている。
そこについ先程まであったはずの200近い生命、それはとてつもない力の猛威により砕け散った。
命の温かみを失ったその岩場。
そこに唯一残ったその少年の顔には弱者に向けた哀しみと、その身に抱く激情からの嘲笑が浮かんでいた。
一瞬、ほんの一瞬見せた嘲笑。
それはすぐさま無表情に戻る。
脅威的な力の持ち主は急いでこの山最大であろう猛者のところへと向かった。
浮遊魔法、風魔法を最大限に活用したその飛行術で走る2倍近い速度を出し、空を駆けた。
戦場跡、氷像だけが立ち並ぶその場所に冷たく哀しい風が一筋吹き抜けた。
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「反射魔法!!」
魔力の弱まった反射魔法。
アティスの茶髪を少し焼きつつも、地龍の口から放たれた業火を弾く。
「ハアァァァァ!!」
地を蹴り、天に飛び立ったレミーナの一閃が地龍の首を捉える。
銀嶺突剣の一撃。
美しく輝くその一撃は地龍の硬質な皮膚に傷1つ与えられない。
「なんて硬いの、これじゃあダメージを与えられない……」
体勢を崩したレミーナに地龍の前脚が迫る。
回避不可能。
その前脚の振り下ろしはレミーナを確実に捉えた。
鈍い音を立ててレミーナの身体の数倍は太い脚が彼女の身体を吹き飛ばす。
巨腕に弾かれたレミーナの体は地面に叩きつけられ、落下点からは砂煙が上がっている。
咄嗟に身構えたものの、重すぎるその一撃はレミーナに残された体力、それをごっそりと削った。
とどめの一撃、レミーナを潰そうと地龍の前脚が彼女目掛けて降りてくる。
レミーナは生まれて初めて死を覚悟した。
恐怖、その言葉が脳内を埋め尽くす。
走馬灯も流れる余地すらなくひたすら恐怖に身がすくむ。
「ボクのことも忘れないで、ねっ!」
茶髪の猫耳少女、ついさっきまで動けずにいたメーナは溜めに溜めた魔力を解放した。
「究極火魔法!!」
地龍の業火に負けず劣らずのその魔法は大気を焦がし、地の雪を溶かし、今まさにレミーナを仕留めんとする地龍の前脚目掛けて一直線に放たれた。
死ぬか生きるかの瀬戸際、メーナの「死にたくない、死なせたくない」その思いがこれまでにない集中力をメーナにもたらせ、究極級の魔法を完璧に制御させた。
一閃に圧縮されたその膨大なエネルギーは、いとも容易く地龍の体勢を崩した。
「い……生き……て……る?」
今この場に生を持って立っていることが奇跡に思えた。
迫る死からの生還を果たしレミーナはその場に崩れる。
自然と口から笑みがこぼれ、笑っていない目からは涙が溢れる。
その崩壊した表情、死の恐怖を体感したレミーナの表情。
今すぐにでも逃げ去りたい、やっぱり何があっても生きていたい。
レミーナの心は完璧に折れた。
「しっかりするニャ!」
アティスの呼びかけにレミーナは全く反応しない。
いつも凛とした印象のレミーナの顔は完全に崩れてる。
メーナたちも14歳に見えないと多くの人に言われるが(ちっちゃい、幼いとかで……)、彼女たちからすればレミーナも16歳には見えなかった。
メーナたちとあまり歳が変わらないにもかかわらず、冷静沈着であり落ち着いている。
そんないつも毅然とした態度のレミーナが地龍のせいで崩れ落ちる。
だが敵の眼前でそのような様を見せつけるのは死に直結する。
メーナは自身にでき得る最大限のことをすると決意した。
「兄ちゃーーん、レミーナ姉ちゃんを避難させて!」
だが先ほど究極火魔法を放ったメーナ、その身体に魔素はほとんど残ってなどいなかった。
だが今はそんな弱音を吐いてる場合ではない。
少しでもいいから地龍の狙いをメーナに逸らさなければならなかった。
(勝手に借りたけど、レミーナ姉ちゃんの剣、すっごい軽いのね!)
メーナは小さな駆体を活かして、小回りを効かせて地龍の攻撃を掻い潜る。
彼女にとって最大の攻撃である究極火魔法も効いていない様子である。
(まぁ、自分が火を吐くくらいだから、火は効きにくいのかも……)
などと考察をするものの、父親からの教えである「業務中は雑念を捨てるべし」という言葉を思い出し再び戦闘に集中する。
そこからはひたすら時間稼ぎに徹した。
決して倒そうなどと思ってはいけない。
それで死んでは意味がなく、そもそも何をどう足掻いても地龍に勝ち目などない。
地龍の放つ火炎を避け、その瞬間に迫っていた巨大な前脚の踏み付けを掻い潜る。
外れた前脚は地面を叩きつけ、辺りに地響きと激しい激突音を響かせる。
安堵する間も無く、地龍の尻尾が大気を震わせてメーナを目掛けて一直線。
それを凸凹な地面の隙間に入り込み回避。
一歩間違えれば瞬殺されるその状況。
その中でメーナは攻撃を掻い潜りながら地龍の胸へと何度も剣を振るった。
同じところを正確に、攻撃を避けながら。
それを成し遂げさせるのはメーナの常人離れした集中力であった。
(あとちょっと、あとちょっと……)
全身に残された霞のような魔素。
使いすぎないようにブレーキがかけられて、必要最小限残されたその魔素。
それをメーナはセーフティを解除して集めていた。
一方、地龍はなかなか仕留めきれない蟻に苛立ちを覚えていた。
攻撃の当たらない煩い小蝿、そんなものはこの際無視しよう、当たる羽虫を蹴散らそう、と。
地龍は狙いを変え、少し離れて回復を待つレミーナ、アティスに向けてブレスを放った。
回避はできない、直撃は免れない、そして死は確実。
「ボクがそんなことはさせないもんね!」
そう、それら全てを読んでいたメーナ。
撃てば良くて気絶、悪くて絶命。
2分の1の博打、メーナは気絶に止まることに賭けた。
「これで最後、究極火魔法!」
レミーナたち目掛けて放たれたブレス、それに対抗するために放たれたメーナの究極火魔法。
壮絶な熱量を誇るその2つの熱線は辺り一帯を灼熱へと誘った。
「くっ、ま……まだだぁーーーー!!」
メーナの掌からほとばしる業火。
全身の魔素、全霊の想い、それら全てを込めたメーナ最大の一撃はその想いに応えた。
両熱線の消失、それとともに激突箇所を中心に爆発が起こる。
その爆発は2つの炎の威力、そしてその激突の凄まじさを物語っているようであった。
メーナの命を賭けた魔法、それがレミーナたちの命を救ったのだ。
辺りの煙が収まり、視界が良好となる。
ピュロン山の山頂付近は火の海と化していた。
地龍の後ろは一切火は広がっていなかった。
メーナのすぐ後ろも同じく火の海はなかった。
ファルマコ草、レミーナ、アティス、それぞれ皆無事であった。
「なんとかなったね。賭けは勝った、と思う……」
メーナはその場に崩れ落ちた。
気を失ったその表情は満足げであった。
目標達成。
そう、この絶望的状況を唯一打破するためにメーナにできること、それはカゲミネ・ゲツヤの到着まで時間を稼ぐことであった。
彼女の満足はその目標達成への満足であった。
きっとあと少ししたら着くだろう、すぐそばまで迫っているのが何故だかわかる。
そしてメーナは安心してゆっくりと目を閉じた。
ふと気がつくと辺りは灼熱、レミーナは状況が一切飲み込めずにいた。
「気がついた、レミーニャさん?」
アティスの声を聞き、地龍に殺されかけたことを思い出す。
踏み潰されそうになってそのあとどうなったか、その疑問はすぐさま解消された。
それはメーナがレミーナたちを地龍の火炎から守ったという事実が教えてくれた。
(あぁ、私は死ぬというところで、彼女に助けられたんだな……)
感謝とともに、今の今までただ絶望に身を任せていた事への自責の念に駆らた。
そうして、戦闘中にもかかわらず怠慢真っ只中のレミーナをアティスが応急的ではあるが治療してくれていたのだと悟るり
「ありがとう、もう大丈夫です。」
そう、挫けてなどいられなかった。
サリアの為にも、レミーナのために命を張ってくれてたこの2人の為にも。
最後まで足掻いてやろうとレミーナは決心した。
だが彼女はそう決心した直後、倒れ伏したメーナの姿を目にした。
「メ……メーナちゃん!!」
レミーナのために命を落としたその少女のもとへ駆け寄った。
「私のせいで、私のせいで、私のせいで!」
たった1人で地龍に立ち向かい、その短い生涯を終えた少女の亡骸を前にし、レミーナを自責と悲しみが襲った。
ボロボロと涙をこぼしてその場に崩れたレミーナを、そのレミーナの悲しみを死んだメーナの兄、アティスの放った一言が払拭した。
「メーニャは息してるよ?」
「へっ!?」
そう、メーナは息をしていた。
脈もあり、しっかり生命を保っていた。
「よ……よがっだぁぁぁ」
驚きと共に収まった悲し涙、それが嬉し涙となって再び瞳からこぼれ落ちた。
「確かに、こうなったのは私のせいでもあるけど、元凶は許さない!」
メーナの死……もとい気絶の元凶。
地龍。
ついさっきまでレミーナを絶望させていたその災害そのものにレミーナは怒りを向けた。
こちらに迫ってくるその巨体にレミーナは突撃する。
その手に持つ銀嶺突剣は火の海を反射して赤く光り、今の彼女の心境を如実に表していた。
地龍の胸に刻まれた小さな刀傷、何度も何度も同じところを正確に斬りつけて付けたであろうその傷目掛けてレミーナは剣を振るう。
右方向から地龍が首を伸ばしてレミーナを飲み込もうとする。
声を荒げ迫るその牙、飲み込まれる寸前にその牙を掴み、急いで空中で方向転換をし、避ける。
飛び込んだ先にある地龍の胸元、そこの傷目掛けて銀嶺突剣を突き刺す。
「グギャァァァァァ」
胸の痛みに地龍は咆哮する。
地龍は長らく疎遠となっていた痛みとの再会に、天に向かって吠えていた。
痛みの元凶、それを目掛けて前脚を振り下ろす。
当たれば即死、相手は体勢を崩している。
勝利を確信した。
「水魔法!!」
レミーナの詠唱と共に発生した水流、それが彼女の身体を運ぶ。
地龍の前脚、一度レミーナを絶望させたその一撃を水魔法を応用させ水流に身を任せて見事に避ける。
ゲツヤとの戦い、ゲツヤとウェルギリウスやクテシフォンとの模擬戦、それらを経験して自らの力不足を感じたいたからこそできた芸当。
前脚から逃れた先に、地龍の業火が放たれようとする。
今にもレミーナを焼き払わんとするその業火は放たれることはなかった。
地龍が息を深く吸って火を放とうとすると、刻まれた胸の刻印が痛む。
その一瞬の隙をついて、レミーナは地龍の胸に刺さった銀嶺突剣を引き抜く。
凍りついたその傷は確実に深くなっていた。
「よしっ……」
戦えている、その実感がレミーナに喜びをもたらした。
メーナを痛めつけた元凶、それを退ければファルマコ草が手に入ってサリアを助けられる。
そんなレミーナの淡い期待は脆くも崩れ去った……
銀嶺突剣を引き抜いたレミーナを地龍の尻尾が襲った。
大気を震わせるその一撃、意識外からの攻撃は防御をまともにとっていなかったレミーナを吹き飛ばした。
「ぐ……あぁ……」
レミーナの口から溢れたのは弱々しい声、そして紅蓮の雫。
その身を包むは頭からもたらされる灼熱。
じりじりと身を焦がすその熱は徐々に勢いを増していく。
瀕死となったレミーナ、しかしその目には希望の光が消えずに輝いている。
だがその輝きを消そうと地龍の灼熱の火炎がレミーナに迫る。
「最後ニャ、反射魔法!!」
レミーナに迫っていた火炎。
死への誘いはアティスの最後の魔素で放たれた反射魔法によって弾かれた。
自分の命も危ういこの状況で、アティスは自分よりレミーナを守ろうとしてくれたのだ。
魔素切れでその場に崩れ落ちるアティス、レミーナはボロボロの体を引きずってアティスのもとへ駆け寄った。
まだ諦めるわけにはいかなかった。
そう断固たる決意で目先の災害、地龍を睨みつける。
その鼻先からは火の粉が吹き出ており、次の火炎を放とうとしているのが手に取るようにわかった。
(あぁ、ここまでか……)
不思議と怖くはない。
ただまだ幼いメーナとアティスをも殺そうとする理不尽な災害、それに対する憎しみと志半ばで死を遂げる事への悔しさだけがそこにはあった。
「申し訳ありませんでした、お嬢様……」
(懺悔は済ませた、さあ私を焼き殺すがいい!)
地龍が放った豪炎はこれまでのものと一線を画する威力であった。
それを見て今まで手を抜かれていたのだと確信する。
(なんともまあ、最後まで私に絶望を届けようとする。)
死を悟ったレミーナはその目をギュッと閉じた。
(あぁ、熱さを感じない。死んだんだな……天国、いやお嬢様を救えなかった愚かな私は地獄かな?)
そう思いながらレミーナは閉じた目を開いた。
陽の光が差しこみ眩しい。
そこに映っていたのは肩まで伸びた黒い髪。
その持ち主は身に降りかかる灼熱をものともしない、いや先ず当たってすらいない。
レミーナにも同じことが起きていた。
黒い髪の持ち主は究極風魔法で強い風の流れを作り、炎の進路を強制的に変えていた。
レミーナは確信した。
(あぁ、こんなことができるのはゲツヤ君しかいない)
「大丈夫か……?」
レミーナと同じ16歳の少年は、美形で童顔、そして男性にしては少し高めの声で彼女の安否を尋ねた。
「はい、なんとか生きてます……」
安心したのかレミーナの眼からは再び涙が溢れていた。
カゲミネ・ゲツヤは彼女の命を奪わせず、そして彼はレミーナの心を奪った。
山頂到着、その瞬間にゲツヤの目に入ったのは巨大なトカゲとボロボロの仲間たちの姿であった。
ゲツヤの正体不明の荒れ狂う感情はさらに増大した。
その矛先は目の前に立ちはだかるトカゲ。
そのトカゲが口から放った温風がレミーナを襲う。
まずい、瞬時にそう思ったゲツヤは究極風魔法でその温風を防いだ。
ボロボロではあるが、全員命は無事だと確認する。
そして、3人を倒したであろうトカゲを睨む。
呪剣を抜き、ゲツヤはトカゲ狩りを始めた。
確かにこのトカゲの一撃は重い。
ゲツヤでも喰らうことは望ましくないだろう。
だが、遅かった。
技術もない魔物、ただ力を振り回すだけのその攻撃はゲツヤには当たらない。
少しずつだが、トカゲに苛立ちが出ていることをゲツヤは認知する。
ただトカゲの足元目掛け歩くゲツヤ、歩いてるだけの敵に攻撃が全く当たらない。
「悔しいか?目障りか?腹立たしいか?」
感情の振れるままゲツヤはトカゲの足元へ歩みを進める。
ゲツヤの周りを温風で囲もうとするトカゲ。
勝ち誇った顔をしたそのトカゲの表情はゲツヤの勘に触る。
ゲツヤすぐさま究極土魔法で巨大な岩壁を創り、その温風を防いだ。
トカゲはすぐさま次の攻撃に取り掛かる。
その尻尾を振り回し、ゲツヤを叩き潰そうとする。
「これくらいじゃなきゃ火とは言わせねぇよ、温風トカゲ……」
迫り来る尻尾目掛け、ゲツヤは最小限に抑えた魔法を放つ。
「神撃火魔法」
ゲツヤの掌から放たれた獄炎は辺りの空気を焼き、トカゲの尻尾に直撃した。
「これが火だ……トカゲ。」
トカゲの尻尾は焼き爛れ、その後焦げて、最後には跡形もなく焼失した。
圧縮したその神撃火魔法はトカゲの顔に絶望をもたらした。
焼けたのでもない、焦げたのでもない、消えたのだ。
その破壊力の差にトカゲは慄き、後退する。
この場を離れようと背にたたんだ羽を広げ飛び立とうとしている、それをゲツヤが逃がすわけなかった。
ここでゲツヤの中でトカゲは羽虫と化した。
命の限り立ち向かう精神すら持たないそれはトカゲと呼ぶにもおぞましい。
トカゲに失礼というものである。
ゲツヤはその羽虫を落とすべく、呪剣へと魔力を込めた。
火、水、氷、風、土、そしてレミーナたちを傷つけたことへの激情を込めた。
全魔法剣術を極めし者のみが使うことができる極技・星竜一閃。
5属性全ての力を備えたその万物を破壊する魔力。
剣を触媒にすることで初めて制御を可能とする五重の魔法。
ゲツヤの右手に持つ呪剣、その刃は5属性全てを纏い虹色に輝く。
その刃を羽虫目掛け振り下ろす。
極技・星竜一閃
一生懸命に羽ばたく羽虫目掛け、ゲツヤの虹色の斬撃は放たれた。
地を震わせ、空を裂くその一撃は命中とともに辺りを黄金の光で包み込み、空の羽虫を一刀両断した。
羽虫は火に焼かれ、水に滴りそれが氷結し、風に切り刻まれ、岩が深く刺さり肉をえぐられ、空中に大量の赤黒い液体をばら撒いて、そしてその両断された肉塊は脆く崩れて跡形も無くなった。
ここに災害級の魔物、地龍が滅せられた。




