頂へ
ゲツヤはこのことをレミーナたちに告げることにした。
魔物たちが集団でこの先に待ち構えているということを。
ここで他の3人がさらに絶望の一途を辿るようであれば、ゲツヤはたった1人で先へ進む覚悟を決めていた。
だがそんなゲツヤの心配は杞憂に終わった。
一番早くに声を上げたのはメーナであった。
絶望的な状況の中、幼さを残す、その甘えるような声を耳を動かしながら笑顔で声をあげたのだ。
「お、ようやくボクの究極火魔法の活躍かなぁ〜?」
そのメーナの楽観的で、絶望など微塵も感じさせない一言に続けるように
「あたしの反射魔法も活躍を見せる時が来たようだニャ!!」
アティスも今の状況に相応しくない明るい声でそう述べた。
初見では女の子と誰もが間違えるであろう、その見た目、その口調、その声で。
この2人の子供たちの言葉が、絶望に染まり暗くなっていたレミーナを元気付けた。
今回の一件でゲツヤは初めてこんなにも冷静さに欠けたレミーナを見てきた。
出会ってから今まで感情を殆ど出さずに抑え込んでいたレミーナだが、その抑制が今全くもって機能していなかった。
「ええ……そうですね!!レミーナもこの剣を試す時が来たようです!!」
先程までの暗い顔を払拭して、レミーナはその腰に下げている剣に手を当てた。
サザンカ到着後、ゲツヤとサリアが街中を散策しているときに購入したものらしい。
なかなかの業物らしく、その名も銀嶺突剣。
刀身に上級氷魔法を宿す世にも珍しい魔道具だそうだ。
魔道具はこの世の至る所に存在する迷宮という場所に眠っている宝物である。
誰が作ったのか分からないその迷宮は魔物たちの巣となっており、その危険地帯から宝物を見つけて一攫千金を夢見る冒険者が後を絶たないらしい。
効力に比例し、高額であったこの剣をレミーナがどうして購入できたのか。
それはメイド時代に貯めに貯めていたお金、それら全てを使うことにより購入できたそうだ。
ゲツヤはレミーナの復活を確認した後、山の頂上、つまりはピュロン山の魔物たちとの決戦に臨んだ。
ピュロン山頂上付近の岩場、そこには今までからは想像もつかない統制された動きが魔物たちにあった。
探知魔法でゲツヤが探った限りでは300匹を超える魔物がいる。
腕が鳴る、そう思えているうちに決着をつけるべくレミーナは奮戦した。
平静を装っているものの、未だ情緒は安定していない。
それはレミーナ自身が1番わかっていた。
メーナたちのお陰で明るく振舞えてはいるものの、崖っぷちに立っているだけであり、少し押されるだけで簡単に落っこちてしまう。
心の弱さ、それがレミーナにはあった。
彼女は腰に下げた銀嶺突剣を引き抜く。
銀でできた半球型の鍔には美しい細工が施されており、空の日の光、地面の雪の光、それら2つを反射し、煌びやかに輝いている。
鍔の先にある薄く細いその刀身が放つ光は、打つべき敵の首に狙いを定めているかのようだ。
刀身が纏うその冷気は触れるものを瞬時に凍結させる。
レミーナの心の闇と相反するこの輝きを浴びた剣をしっかりと手に握る。
手にしたその軽い剣で舞うように道を阻む障害を斬り伏せて行く。
レミーナが今まで使っていた木刀や、安物の剣とは全く異なるその重量。
軽い、途轍もなく軽いのだ。
その軽い剣を携えてあたかも鳥になったかのようにレミーナは戦場を舞う。
右から迫る魔物の振りかざされた右腕を切り裂く。
なんの抵抗もなく、刃は魔物の体に侵入していく。
流血の間も与えず、斬った箇所から瞬時に凍りつき、すぐさま体の自由を強奪していく。
斬られた痛み、凍った痛み、その2つに魔物は後退する。
裂傷、凍傷。
血に飢えた魔物でも後退りするその威力。
やはりあの金貨30枚の値段は伊達ではなかった。
先に進もうとすると、すぐさま正面から蛇のような魔物が襲いかかろうとしてくる。
レミーナの喉元を目掛けて鋭い牙を剥き出しにし、その牙からは緑色の液体が滴っている。
噛まれたら即死、それくらいの強い毒が含まれた牙だと瞬時に判断する。
レミーナはその魔物の噛みつきを上に飛んで避け、落下と同時に首を斬る。
その蛇のような魔物は首を斬られるその瞬間、レミーナを睨み、そのまま凍りついていった。
その時間、僅か2秒。
彼女を毒殺しようと目論んだ魔物は、一瞬のうちに首がもげた氷の彫像と化した。
眼が一際日光で輝いていたのは死の恐怖で流した涙のせいなのだろうか、そんなことを考えているレミーナの耳にメーナの声が入り込んでくる。
「ちょっとー、みんな離れててーーー!!」
メーナの避難勧告、レミーナはすぐさまアティスの元へと駆け寄った。
事前に言われていた危険信号。
それはメーナが自身の最大魔法を使う合図だ。
コントロールがまだ完璧ではないらしく、下手したら味方も巻き込むほどの威力らしい。
「究極火魔法ァァ!!」
その叫びとともにほとばしる業火。
辺り一帯をその業火が包み込んだ。
「反射魔法」
アティスがレミーナをその業火から守る。
たったの14歳、その歳で究極級をここまで制御できているのは彼女の才能を示していた。
普通、究極習得でさえ5年の特訓が必要で、それを制御するとなればさらに10年はかかると言われている。
レミーナがメーナの才能に驚いている最中、炎と煙は次第に収まっていた。
炎が消え、視界良好となると、そこには50匹ほどの魔物が焼け死んでいた。
肉が焦げた臭い、辺りをその異臭が包む。
それは究極火魔法の威力の高さを物語っていた。
何が起きたか分からぬまま死んだ魔物。
咄嗟に逃げようとして背を向けて死んでいる魔物。
一矢報いようと寸前まで来て爪を高々と振り上げている魔物。
多種多様な死に様を魔物たちは見せていた。
突然の味方の大量死に魔物たちは動揺を隠せないでいた。
「ふへぇ………」
しかし、これほどまでの魔法、消費する魔素はとてつもなく、後1発これを放てば魔素切れを起こすであろう。
それほどまでにメーナは疲弊しきっている。
動くのがやっとなほどの疲弊、それは魔素切れが近い証拠だ。
究極級など、宮仕えの魔術師で1日に2発撃てれば良い方なのだ。
それからすると、メーナは魔素容量に関しても凄い才能の持ち主である。
それでも未だ半数以上魔物たちは残っている。
疲弊したメーナを後退させ、レミーナたちは魔物の阻む道を開くため突撃した。
そうして、小1時間ほど彼女たちはひたすら魔物と激突を繰り返した。
倒しても倒しても次から次に襲い掛かる魔物たち。
ゲツヤ以外の3人にはダメージが着実に刻まれていった。
上級水魔法を40発近く放ち、レミーナの魔素も枯渇している。
何度受けたか分からない魔物の打撃は彼女の体力を殆ど奪い去っていた。
必死にレミーナたちのサポートに回っていたアティスも魔素欠乏になっており、あと2発反射魔法を使えば確実に魔素切れを起こすほど消耗していた。
このままでは拉致があかない。
そんなとき、レミーナたちとは別方向にいた魔物の大群を蹴散らしてきたゲツヤが到着した。
「先に行っとけ……」
そう言い放つとゲツヤは残った魔物たちの中心へと単身飛び込む。
レミーナたちがここまで疲弊している中、一切傷はおろか、疲れすら見せないゲツヤは単騎突入を決行したのだ。
全魔物の注意を引き、レミーナたちの進む道を確保する。
あと200匹はいるであろうに……
しかし、実際はそれしか現状打破の方法がない。
ゲツヤの無事を祈りながら、レミーナはアティスとメーナを連れて山の頂上まで全力疾走した。
後ろを振り向くと、先へ進むレミーナたちに襲い掛かろうとする魔物たちを一撃のもとに葬り去るゲツヤの姿があった。
闇雲に突撃しても命を落とすだけの状況。
魔物たちはレミーナたちへの追撃を諦め、目前の圧倒的な強者を倒すべく、ゲツヤを倒すその機会を伺っていた。
レミーナたちが先へ進み、見えなくなった頃、ゲツヤはたった1人で200匹ほどの魔物と対峙することになった。
一匹一匹と戦い合っていては日が暮れる、そう思ったゲツヤはレミーナたちを遠ざけ、大規模殲滅をすることにした。
アティスの反射魔法ではゲツヤの魔法は防ぎきれない。
ならば先に進ませておくしかあるまい、そう思いつつもゲツヤには分かっていた。
頂上に待ち受ける魔物がレミーナたちの手に負える敵ではないということを。
そのため、今すぐにでもこの200匹ほどの魔物を掃討しなければならなかった。
魔物たちもゲツヤの力量がある程度わかるのか、チャンスをひたすら待ち微動だにしない。
ゲツヤは一先ず探知魔法で魔物一匹一匹の位置情報を取得し、それを記憶。
100匹ほどは未だ岩陰や空洞に隠れていることが判明するも、ゲツヤがこれから使用する魔法の前ではそんなものは無力に等しい。
かつてコルトニア郊外での検証の際、とてつもない威力を発揮した魔法、その1つを使うのだから。
緊張感に包まれたこの空間、ゲツヤは取得した位置情報を頼りに、この時の止まったかのような空間を再び動かした。
「神撃氷魔法……」
ゲツヤはその呟きのような詠唱のもと、勝利を確信した。
レミーナたちは頂上に生えるであろうファルマコ草、サリアの赤息病を治療できるかもしれないその草を求め、ひたすらに走っていた。
レミーナを含め、メーナもアティスも魔物との連戦でボロボロだ。
正直なところ、走っているだけでやっとなくらいである。
これでまだ魔物がいるのであれば全滅もあり得る、それほどまでに疲弊していた。
それでもレミーナが動けるのはひとえにサリアのためであるからだった。
(サリアお嬢様の命のためとあらば、このレミーナ、命にかえても尽力致しましょう)
レミーナたちが必死に頂上を目掛けて走っていたその時、後ろの方からとてつもない魔力を感じた。
その膨大な魔力がゲツヤのものであることを3人はすぐさま気づいた。
遠く離れた後方、正にゲツヤがいるであろうその上空にキラキラと太陽光を反射する氷柱。
直径1メートルにもなるその巨大な氷の槍は数にして200以上……それが下方を向き、今か今かと発射の時を待ち構えていた。
「す……すごーー!!あの魔力、神撃級!?しかも、あんな完璧に制御してんの!?」
「た……確かにこれは強すぎニャ!!」
メーナはともかく、普段冷静であるアティスまでもがその強大な魔力に驚愕していた。
2人の驚きはもっともであった。
神撃級は今のルナヒスタリカ王国の宮廷魔術師のトップクラスでようやく使用できるほどの代物。
それをここまでコントロールしている。
それはこの世界において、ゲツヤ以外にできる人がいるのか分からないほど凄いことである。
少なくともレミーナの知る限りでもゲツヤを含め数人しか存在しない。
レミーナのゲツヤに対する武力面においての信頼は深まるばかりで、とどまることを知らなかった。
その魔力の高さから1人残したゲツヤの安全は確認できた。
神撃級の魔法なら流石に負けることはないだろう。
そう確信を得たレミーナたちは、今すべきことを成し遂げるため、 振り返りひたすら山頂を目指した。
この先にさらなる絶望が待っているとも知らずに……




