つかの間の休息
2つの可愛らしい声が響く。
それらは2人の美少女から発せられたものであり、その声を聞いて振り向いた人々は誰しもその声の主たちから目が離せなくなる。
1人は長い金髪が特徴的なスレンダーな美少女で、もう1人が肩にかからないほどの銀髪が綺麗な胸の大きな美少女。
「わあ〜!綺麗な街並みね!」
「確かに美しいですね!」
その美少女たち、サリアとレミーナは街の美しさにうっとりしている。
5メートルの円形の壁の中、家々が綺麗な円に沿って並び建っている。
その円の中心には街の役所が建っており、それは華美な装飾は施されていないが素朴な美しさが滲み出ている。
また、ところどころに美しい赤い花の花畑が風に揺れているのもよく目にとまる。
そんな風情あふれる美しい街、その名もサザンカ。
ゲツヤたちが辿り着いた場所、最初の祠がある街である。
つい先ほどまでうっとりしていたはずのレミーナが急遽我に帰る。
「では、早速当分の宿を探しましょう。」
しっかり者のレミーナは今まず何をすべきであるのか、それをしっかりと把握し、的確な指示を出した。
「えぇ!?」
だが、的確な指示を下したのもつかの間、理知的な彼女の声は次の一言を述べるときにはすっかり間の抜けたものへと変貌していた。
サリアは既にそこにはいなかった、 ついでにゲツヤも……
それらイレギュラーの発生がレミーナの意表を突き、1人で宿を探す羽目になったのであった。
サリアはゲツヤの手を引き、サザンカの街を散策している。
その姿はどことなく楽しげだ。
「宿探しはレミーナがやってくれるから、私たちは存分に街の探索をしましょう!」
なんと勝手な、と思いつつもゲツヤ的には概ね同意である。
初めてきた街に対して、好奇心旺盛のサリアはジッとしてなどいられなかったのだろう。
今もこうしてズンズンと進んでいく。
手を引かれ、強引に連れてこられたゲツヤであったが、満更でもなかった。
「ほんと、面白いくらい家が綺麗に並んでるな……」
ゲツヤも少なからず新天地に興奮していた。
珍しく自分から口を開いたゲツヤを見て、サリアはニッコリと微笑む。
「ふふっ、ゲツヤも気分がいいのね!」
「まあ、悪くはない……」
正直なところ、初めてゲツヤと意思疎通が出来た気がしてサリアは舞い上がりそうなほど喜んでいた。
しかし、そのことにゲツヤはまったく気づかなかった。
「ん、あそこで騒ぎが起きてるわ!」
サリアの指差す方向、そこには2人のゴツい青年が激怒している姿があった。
怒りの矛先は目の前で堂々と青年たちと向かい合う1人の少女である。
「何だお前!?急にぶつかってきたくせして謝りもしないで、態度がデケェんだよ!!」
少女にぶつかられたらしい青年の片割れは、悪怯れることのない少女に苛立ちを覚えている。
だが、その少女は青年の怒声にまったくひるむ様子が無い。
「あんたがぶつかってきたんでしょうが!!」
それどころか、青年に怒声を返すほどである。
実際のところは少女が悪かったのだが、その堂々とした態度に周囲の人間にはあたかも本当のことを言っているかのように思われている。
「ふざけてんじゃねえ!」
怒りが限界点に達した青年は拳を上げ、少女に向かって振り下ろそうとした。
「やめなさいよ、男の人が寄ってたかって小さな女の子をいじめてどうすんのよ!?」
とっさに飛び出したサリアは青年たちの前に立ちはだかった。
「何だ、邪魔すんならお前もブン殴るぞ!?」
突如乱入してきたサリア、しかしその姿を見ても青年は拳を収める様子はない。
だがその動きも次の瞬間にはピタリと止まっていた。
「やめとけ……死ぬよ?」
いつの間にか青年たちの間に入ったゲツヤが青年2人の首にダガー、呪剣をそれぞれ当てている。
勿論、どちらも鞘は付けたままではあるが。
「く……くそっ、覚えてやがれぇぇぇ!!」
青年たちは急いでその場から逃げ出した。
何も悪くはなかったのだが、不幸なことである。
青年たちが逃げ去ったのを見届けると、サリアは少女の肩を掴む。
「大丈夫だった?」
そう優しくサリアは声をかけた。
「ありがとう、いくらボクでも乱暴されたらおしまいだからね〜。助かったよ!」
少女は何事も無かったかのように答えた。
それからサリアに礼を述べ、もう1人の恩人の方へと目を向けたそのとき突如その身体を硬直させた。
「ありが……えぇ!?」
急に少女は頬を赤に染めた。
(えぇ!?すっごくカッコいい人なんだけど!!)
少女はゲツヤに一目惚れしたのであった。
長く黒い髪が左目を隠している、あまり高いとは言えない背丈、そして何よりそれらの見た目に合った中性的な美しい顔立ち。
それらが少女の理想の男性像にぴったりと当てはまったのだ。
「ボクの名前はメーナ、14歳です。ボクのことを助けてくれてありがとーお兄さん!」
感謝の念を述べながら、メーナと名乗ったその少女はゲツヤに抱きついた。
14歳とは思えないほど小柄なメーナの頭には猫の耳のようなものが付いていた。
「あら、メーナちゃんは獣人なのね!」
「そだよー!」
獣人というのはこの世界では人間の次に多い種族で亜人の中でも特に人間社会に溶け込んでいる種族である……とゲツヤの脳内には刻まれている。
「ねぇ、お兄さん?ボクの頭、撫で撫でして〜!」
絶賛甘え中のメーナの要求にとりあえずゲツヤは応じ、撫でる。
「はにゃにゃ、もっともっとぉ〜!」
その光景を見ながら道行く人々は微笑んでいた。
しかし、その場で2人だけ微笑んでいない人物がいた。
1人は目の前にいるサリアであり、もう1人はゲツヤたちを発見したレミーナであった。
サリアはゲツヤに抱きついているメーナに対する嫉妬を露わにしていた。
サリアが小さいメーナに対し何も言えないでいると、氷のように冷たい声が聞こえてくる。
「ようやく見つけたと思ったら、何をしていらっしゃるのですか!?」
レミーナの一言でサリア、ゲツヤ両者の顔が青ざめた……
それを察したのかメーナも咄嗟に抱きつくのをやめたのだった。
レミーナにこっぴどく叱られた後、レミーナが1人でとった宿に一行は向かった。
しかしそこに何故かメーナも付いてきていた。
さらにそれだけに止まらず、ゲツヤの手にギュッとしがみつくメーナを見てサリアは嫉妬心を露わにしていた。
「いらっしゃいませ!あ、先ほどの方ですニャ?あたしがお部屋まで案内しますニャ。」
宿屋に到着すると、1人の店員が歓迎してくれた。
小さいながらもしっかりしていそうな宿の店員の少女はゲツヤたちを部屋まで案内した。
その少女にも猫耳があることからゲツヤはサザンカには獣人が多いのかと推察する。
しかしその推察が正解とは限らないことをすぐにメーナが証明するのであった。
「お兄ちゃーん!ただいまー!」
メーナがお兄ちゃんと呼び、飛びついた先には宿の店員の少女が立っていた。
メーナと少女(?)の2人を除くその場の誰もが驚きを隠せず、目を見開いている。
「メーナ、おかえりー!ん、このお客様たちと知り合いニャの?」
「そだよー!」
それを聞いた少女、もとい少年は妹の知り合いだというお客様であるゲツヤたちに自己紹介をした。
「すみません、妹の知り合いの方だとは知らずに。あたしの名前はアティス、よろしくニャ!」
少年アティスのその見た目からは想像できない事実にサリアとレミーナは何度もまばたきをしている。
ゲツヤは最初から分かっていたためそこには驚きはしない。
しかし、自身の推察を外すまさかの兄弟という事実には驚いたが……
皆とは別のことで驚いているゲツヤのその右手にはメーナがしがみついていた。
レミーナがとった宿、宿場「テーラー」は獣人一家が経営する小規模ながらも人気のある宿である。
この日はたまたまキャンセルが一件はいり、そこにレミーナがタイミングよく来たおかげで宿が取れたそうだ。
「ねぇねぇゲツヤ、ボクもここに一緒にいていい?」
椅子に座るゲツヤ、その上にメーナがちょこんと座ってそう尋ねる。
「別に構わないよ……」
ゲツヤは 淡白にそう答えた、これが騒動に繋がるとも知らずに……
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ゲツヤたちは宿に荷物を置き、日中まるごと街を歩き回った。
美しい街並みや、サザンカ特有の食べ物などを見たり食い歩きしたりと観光を満喫した。
そして日が暮れる前、ゲツヤたちは宿へと戻った。
夕食は宿が提供する料理であった。
流石人気の宿、料理がすこぶる美味である。
サザンカは近くに海があり、そこから取れる新鮮な魚介類を用いた料理が並んだ。
それは普段から美味しいものを食べて来たサリアやレミーナの舌すらをも唸らせた。
多種多様な料理が並ぶ中、ゲツヤは見覚えのある料理を1つ目にした。
鍋……それはこの世界にきて未だ一回も見ていない、珍しい料理。
サリア、レミーナは今日見るのが初めてのその料理に興味津々であった。
「これは、この宿の創始者、つまりはあたしの曾曾曾おじいちゃんが発案した料理、『ニブ』です!」
アティスが「どうだ、初めて見ただろ?」と言いたげなドヤ顔を決め説明を入れた。
「うん、これすっごく美味しいよー!!ゲツヤも食べて食べてー!」
ゲツヤの隣に座り、何故か一緒に食事をとっているメーナもオススメしている。
そんなこの宿一推しの料理をサリアとレミーナはゆっくりと口に入れた。
「何これ?すっごく美味しい!!」
「こ……これは魚介の出汁が取れていて、この口に入れるとホロリと崩れる魚肉、認めたくないですが大変美味しいです」
純粋にその味に喜ぶサリアに対し、料理に絶対の自信を誇る元メイドのレミーナは自分でも作ったことのないその美味なる料理に何故か敗北感を覚えている。
それを見てアティスは胸を張って誇らしげにしていた。
食事も終わり、いざ就寝しようとしたそのときであった。
騒動が起きた。
ベッドが2つしか無く、2人で1つのベッドに眠ることになっていた。
「ねぇ、メーナちゃん!?いい子だから寝るときはパパやママのところに帰ろうか!?ゲツヤも寝れなくなっちゃうし、ね!?」
少し怒り気味の口調でサリアはメーナに言った。
しかし、肝心のメーナはゲツヤのベッドに入り込み、全くもって動く気配を見せない。
「やだやだ、ゲツヤもボクと一緒に寝たいよねぇ?」
うるうると小動物のようなつぶらな目をしてゲツヤへと助けを求める。
「別にいいy……」
「よくなぁーーーーーい!!!!!!!」
承諾しようとしたゲツヤの声にかぶせサリアが叫んだ!!
「だったら、私がゲツヤと一緒に寝るもん!!」
そう言ってベッドからメーナを追い出して、今度はサリアが潜り込んできた。
「ず……ずるい!!ボクがゲツヤと寝るんだよ!?」
メーナが再びベッドに入り込み、サリアとの壮絶な戦いが繰り広げられる。
右へ左へ枕が飛び交い、それが終止符を打たれたかと思えば格闘戦が始まる。
闘争に熱中するあまり、ゲツヤがその余波でベッドから落ちたことには2人は気付いていなかった。
サリアとメーナの争いを少し離れてレミーナとゲツヤは呆れながら見ていた。
そこそこ長い間、サリアとメーナは争いあった。
しかしその長きに渡る戦いにも、ついに終わりの兆しが見えていた。
「わ…私の勝ち…ね…」
「ボ…クの勝ちだ…もんね」
結果は引き分けである。
疲れ果てたサリアとメーナはゲツヤが寝るはずのベッドに倒れ伏した。
互いに「ゲツヤと一緒に寝ている」と勘違いしながら……
「な、ななな……なんで私がゲツヤ君と寝なきゃならないんですか?」
しかしそんな2人は他所に、此方では此方で問題が生じていた。
サリアとメーナが一緒に寝たせいでレミーナはゲツヤの隣で横になっているのである。
ゲツヤがベッドに腰掛けていて、その横でレミーナが寝ている形だ。
しかし迷惑はかけられないし、何より面倒ごとはごめんだ。
ゲツヤは逃げようと試みる。
「俺は床で寝るから……」
ゲツヤがそう言って立ち上がろうとすると、突如レミーナはその身体を引き寄せる。
「床で寝ると風邪ひきますよ?そうなると困るので、今日だけは許してあげます……」
そう言ってレミーナはゲツヤの隣で寝ることにした。
「手を出したら承知しませんからね!」
そんな事はないだろうが、念のためそう言ってレミーナはそっぽを向いた。
その顔は紅葉よりも赤く染まっていた。
「なんで私が……」
皆寝静まった後、ボソボソと文句を言っていた。
満更でもなさそうな口調で。
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レミーナは誰よりも早く目覚めた。
ゲツヤと一緒に寝たことなどなかった、そうするために。
メーナが目を覚まし、違うベッドにゲツヤが1人で眠っているのを見て
「うそ……。さては、ゲツヤと一緒に寝たな!?」
そう言ってレミーナの方を睨んだ。
「そんなことするはずが御座いません。私は1人、床で寝ました!」
朝早く、身支度を終えているレミーナを見てメーナは嘘はついていないのだろうと納得した。
実際のところは嘘なのだが……
それからだ、サリアとゲツヤも目を覚まし、これからまた1日が始まるというときであった。
その平和はいとも容易く崩れ去るのであった。




