サザンカを目指して
行商人が行き交う道。
どこまでも草原が平らに広がる道。
心地よい風が吹く道。
それがコルトニア、サザンカ間を繋ぐサザンカ街道という道だ。
今日も一日、平穏なこの道を人々は進みゆく……というわけにはいかないようだ。
普段とは一転、やけに人通りの少ないサザンカ街道、そんな中を一台の馬車が全速力で走っている。
車輪と道を形成する石材とが激しく擦り合う音が幾度となく鳴る。
その音を発している馬車の騎手が必死になって手綱を握りしめ、馬の最高速度を保とうとしている。
風を切るような軽快な音が馬車に迫ってくる。
そしてその音源は深々と馬車の屋根に突き刺さった。
「痛い目にあいたくなかったら、とっとと馬車から降りて来なー!!」
逃げるように走る馬車の後方からやけに野太い声が聞こえてくる。
その品性のかけらも感じることのできない言葉遣いは、発声者の柄の悪さをよく表しているといったところだろう。
そんな彼らの追いかける逃げゆく馬車に乗るは騎手を含め四人。
長い黒髪を携えそのあまりの長さに左目が隠れてしまっている中性的な見た目をした美少年ゲツヤ。
腰まで伸びた美しく輝く金髪をたなびかせる紅蓮の宝石のような瞳を宿す美少女サリア。
白銀の髪を首下で切りそろえている冷静な表情を浮かべ?クールビューティといえよう美少女レミーナ。
賢者になるための巡礼の旅につい先日旅立った三人であるが、その旅は最初の目的地に到着する前に早速トラブルと対面していた。
サザンカを目指すゲツヤ一行の馬車に盗賊一団の馬車が迫っているのである。
馬車はひたすら逃げる、抗戦するという選択肢が微塵もないかのごとく。
では何故ゲツヤたちは抵抗の意思を見せないのか?
答えは簡単。
何故なら、肝心の戦力であるゲツヤとレミーナの二人がすっかり眠ってしまっているからだ。
このような状況の中で未だ眠りを保ち続ける2人に呆れを通り越して感心し始めるサリアであった。
「レミーナは見張りの交代時間で眠る順番だから許せるけど、なんでゲツヤも寝てるのよ!!」
サリアの怒声が盗賊一団の馬車にまで響き渡り、敵方にも動揺が奔る。
だが実のところ今一番サリアの怒りを買っているのはゲツヤなのだ。
何度も叩き起こそうとはした。
だが、ゲツヤは全くもって眼を覚ます気配がない。
レミーナを叩き起こすのは憚られたため、軽く揺すったくらいではあったが……
それにしてもこの男、寝すぎだ。
そもそも、馬車での見張りはレミーナからゲツヤ、最後にサリアという順番であった。
にもかかわらず、レミーナとの交代時にも眼を覚ますことなく、挙げ句の果てにこのような事態でさえ眠り過ごそうというのだ。
呑気に眠っているゲツヤに対し、サリアは怒りの念をあらわにしないわけがなかった。
とゲツヤを起こすことに躍起になっている最中、ついに盗賊たちが追いついてきてしまった。
「ぐへへへ、あの金髪の女は上物だぜ〜!」
一人の盗賊の下品な笑いがサリアに悪寒を走らせる。
15人程の盗賊団は逃げ惑う馬車を襲いたくて今か今かと待ちわびている。
略奪、陵辱、そういった下卑た単語ばかりが彼らの脳裏を過る。
「もう限界です〜、どなたかお助けをぉ〜!」
騎手の嘆きに応える者はおらず、遂には盗賊団の馬車が並走し1人、2人と乗り込んできた。
「おぉ、こっちには銀髪の女もいるぞぉぉ!こいつもかなり上物だ!!」
悍ましい目つきで見られているとはつゆ知らず、レミーナは眠りこけたままである。
「女みてぇな男も1人いまっせ!」
1人の盗賊がそう言って眠りについているゲツヤを足蹴にした。
それがこの盗賊団の犯した文字通り致命的なまでのミスだ。
足蹴にしたその瞬間、今まで一切起きる気配を見せなかったゲツヤはムクリとその身体を起こし、自分を足蹴にした張本人をじっと見つめる。
「んだよ、てめぇ?文句あんのか!?死にたくなきゃ『ごめんなさい、僕がわるかったですぅー』って土下座でもするんだな!」
そう言い放った瞬間、その男は馬車の外に弾き出され、地面に激突し凄まじい勢いで回転した。
その後容赦無く中級火魔法による追撃で焼却され、皮膚が焼き爛れて助けを請いながら絶命した。
「あのガキ、やりやがった!お前らぁぁ、あのクソガキをぶっ殺せ!」
盗賊団の長と思わしき太った厳つい顔の男は、団員をいとも簡単に殺害したゲツヤに対し怒りを表し、号令をかけた。
ゲツヤたちの馬車を止めてゲツヤを殺す、そう算段を立て、先ずは馬車の車輪を壊そうと試みたときである、ゲツヤの腰から銀に輝く刀身が姿を現した。
呪剣、それは襲いかかる盗賊どもを豆腐でも斬るかのようにいとも容易く両断する。
呪剣がその身に触れただけで斬られ、骨まで切断されてゆく団員たちを目にした団長はその脅威的な切れ味に恐れをなして叫んだ。
「てっ……撤退!撤退!!あんな化け物がいるとか聞いてねぇよ!!」
号令のもと、大急ぎで来た道を引き返す盗賊たち。
ゲツヤたちが見えなくなるまで逃げ去り安心したその矢先、彼らの逃げた先の辺り一帯が光に包まれた。
光が収まるとそこには巨大な煙が巻き起こっていた。
下は大きな穴の空いた地面から、上は天空に至るまで登るその煙は盗賊たちの全滅を如実に表しているかのようだ。
これぞゲツヤにおける最大の攻撃魔法の1つである五属万能魔法。
基本5属性を強引に合わせたことで生じる反発力による爆発はゲツヤが最小限に抑えたにもかかわらず盗賊団周囲約500メートルを焼け野原に変えた。
既に守護人になり旅に出ることが達成されている。
故に今のゲツヤに殺人への躊躇など微塵たりとも存在しない。
大規模な魔法の使用への躊躇いは消えた。
ゲツヤはいつものように殺した相手の弱さを哀れむような儚げな瞳で焼け野原を見つめる。
ゲツヤの冷酷さに騎手はおろか、サリアですら唖然としていた。
事が終わり暫くしてから目を覚ましたレミーナは馬車の損壊に驚きを隠さないでいた。
「いつの間に襲われていたのですか!?レミーナ一生の不覚です……」
敵の襲撃の中、いくら一晩中起きて見張りをして疲れていたとはいえ目を覚まさなかった自分をレミーナは責め続けた。
ちなみにレミーナの目覚めるほんの少し前まで、見張り中に寝こけたゲツヤにサリアが怒りをぶつけていたのだが、それはレミーナの知らぬところとなった。
盗賊団の襲撃を退け、サザンカまで後2時間を切ったときであった。
昼食をとろうとサリアが袋からナニカを取り出した。
それはとてつもない異臭を放っており、およそ人が食べるものとは思えない。
「私が作ったのよ。さあ、ゲツヤもレミーナも食べて食べて!」
そう自信満々に言い放つサリアとは打って変わり、ゲツヤとレミーナは顔面蒼白だ。
サリアが作ったというそれは異臭のみならず、見た目からして食べ物ではないとゲツヤは即刻判断した。
「も……申し訳ありませんがお嬢様、私は馬車の揺れで酔ってしまいまして、食欲があまり無いのです」
普段完璧な振る舞いを見せているあのレミーナでさえも身の危険を感じ、見え透いた安っぽい嘘をつくことで精一杯らしい。
「そう、残念ね……それなら仕方ないわ!」
そう言うとサリアはレミーナの分であろうその物体をゲツヤの分と一緒にゲツヤの方へと向けた。
「夜寝て、さっきも寝てたゲツヤは気分なんか悪く無いわよね!?なにせずっと寝てただけなんだもの!」
盗賊団のときのことを根に持っているサリアは威圧するかのようにその物体をゲツヤに手渡した。
退路は断たれた。
ゲツヤは覚悟を決め、包装を剥がして手に取ったその黒く粘着性のある物体を飲み込んだ。
それを哀れむような目でレミーナが見守っている。
レミーナのその目が死にゆく人を送る目であることをゲツヤはしっかりと感知していた。
ゲツヤは思う、許すまじと。
ゲツヤの口の中を臭さと不味さ、そして謎の食感が襲った。
それはこの世界に来てから最もゲツヤを苦しめた。
ゲツヤは何度も死を覚悟した。
そう覚悟させるほどの不快感が口の中……いや、そこに留まらず全身にまで襲いかかる。
だが、流石に吐き出すのはまずい。
ゲツヤは意を決して喉に力を入れる。
そして全てを飲み込んだその瞬間、辺りの景色が揺れ始める。
とてもじゃないが立ってなどいられない、いやそれどころか目を開けていることさえ苦しい。
ゲツヤの視界は暗転した。
「美味しすぎて気絶しちゃったのね!」
自分の料理を食べ気を失ったゲツヤを見て、サリアは楽観的にそう言うのだ。
一体どれほど自身の料理の腕に自信があるのだろう?
そしてその自身は一体どこからやってくるのだろう?
レミーナは自分がそれを食べることなく済んで心底ホッとしていた。
そんな阿呆らしいことを繰り広げているうちに一行がサザンカに到着するまで間も無くといったところに差し掛かっていた。




