悟の誘い
「真奈!」
(今日も熱い)
青い空、白い雲。窓の外は溶けてしまいそうな日差しが照りつけ、セミたちが競いあって鳴いている。
「真奈ちゃーん!」
(そういえば高校野球もそろそろ開幕と言っていた。汗を流しながら白球を追う球児たちは暑さに耐性があるのだろうか?)
「おーい!」
「真奈ちゃっ!ブベッ!?」
真奈が青春球児たちの生態について考えていると、ゴスッと音がして目の前が明るくなった。真奈の足元に男子高校生らしき塊が横たわっている。その塊の横に仁王立ちする女子高校生が1人。
「もう!悟はしつこいのよ!真奈が相手にしてないのわかってるでしょ!暑苦しい!真奈もうざいってはっきり言ってやりなよ!その方が悟のためだって!」
「うーん、うざくはないのよね」
真奈が闘魂燃える女子高校生にそう答えると、足元の屍が復活した。
「ほらみろ!真奈は俺のことが好きなんだよ!明石の方がクソうぜぇよ!」
「うーん、でも好きでもないかな。ただ暑苦しいだけ。泉のことは好きよ」
真奈の一言に再び屍とかす男子高校生ー悟と、にんまり笑みを浮かべる女子高校生ー明石泉。対極的な二人の反応を見ながら(ああ、今日も平和ね)と思う真奈だった。
真奈と悟、泉は県立椎高等学校に通う2年生でクラスメイトだ。
先週から夏休みなのだが、夏期集中セミナーのため全校生が登校している。このセミナーに参加するかどうかで内申点が変わってくるらしいのでみんな必死だ。
だがそんなセミナーも今日で終わり、ようやく夏休みを楽しめるということでクラス内は浮わついた雰囲気だった。悟もそんな雰囲気を全身で味わっていたようで、最後の授業が終わった直後から真奈の席の前に立ちはだかり、チャラチャラとしつこく話しかけてきていたのだ。
「悟って黙っていればかっこいいのに、残念ね」
「真奈ちゃーん!心が痛いよー!でもかっこいいのにって言った?うれしい!」
「はいはい、顔面スキルマックスの残念M男くん、用事は?」
真奈が問いかけると、悟は急に真剣な顔になり話し始めた。
「実は真奈と明石に頼みたいことがあってさ。うちの実家、店をしてるじゃん?そこの売り子さんが急にやめちゃって困ってるんだ。だから手伝ってくれないか?バイト代はもちろん出すから!」
真奈と泉のことを神仏のように拝む悟。真奈がどうしようかと思案していると、泉が驚いたように声をあげた。
「えっ!?悟の実家ってけっこう人気で、みんなバイトしたがってるよね?いつも断るの大変そうだったじゃない。どうしたの?」
「うーん…俺も詳しくは知らないんだけどさぁ…」
そう前置きしてから始まった悟の話は、不思議なものだった。
もともと悟の実家ーショップマッシュは女子高校生、女子大学生に人気のバイト先で常にスタッフは充実していた。ショップの制服がかわいいこと、オーナー夫婦が優しく超過勤務代がきちんと支払われること…そして何よりショップは霊山と名高い椎山の麓に位置しており、ショップを含む椎山周辺がパワースポットとして人気であることが一番の理由だろう。
実際、ショップでバイトし初めてからラッキーなことがあった、運が向いてきたという体験をした者は多かった。そんなこともあり、ショップのバイトは定着率が高く和気藹々と仕事を楽しめる環境が整っていた。
しかし、2ヶ月ほど前から1人、また1人とバイトをやめる者が出始めた。最初は求人を出すとすぐ新しい者が来ていたが、1ヶ月もすると人が集まらなくなってきた。そして最近になりとうとうバイトが1人もいなくなってしまったというのだ。
霊山は今もパワースポットとして人気であり、ショップ自体も今でもとても集客率がよく、オーナー夫婦だけでは対応できず困っているという。
そこまで話し、悟はしんみりと言った。
「ホントなんでこんなことになったのか…俺は高校の近くで一人暮らしさせてもらっているから、最近になるまで気がつかなくてさ。オフシーズンは親父とお袋の2人でなんとか店を回せるらしいんだけど、夏は無理みたいなんだよね。俺にできるのは、お前らにバイトを頼むことくらいなんだよね」
「うーん、不思議な話ね」
真奈はそう言って考え込んだ。
(環境的に何一つ変化していないにも関わらず、バイトをする者だけがどんどんいなくなる、か。これは実際に行ってみないことには分からないか?)
「ちょっと!それ、すごく魅力的なんだけど!行く行く!真奈ももちろん行くよね!?」
真奈が結論を出すより早く泉が興奮ぎみに参加表明をした。そしてそれは、事実上真奈の参加も決定したということだろう。
「マジ!?つーか、お前ならそういってくれると思ってたぜ!明石マジサンキュな!真奈も…?」
子犬のような顔で見つめてくる悟に、真奈は大きくため息をついてから頷いた。
「ウオーーーー!真奈も!うちの店に!ウオーーーーッブベッ!」
大興奮の悟。そして屍となる悟。
少し角がへこんだ参考書を鞄に片付けながら、泉がウキウキと話し始めた。
「真奈!あのショップって夏休みは近くのコテージに下宿してバイトするらしいから、色々準備が必要だよね!これから一緒に買いにいこっ!」
「そうね。じゃあ、1時に椎駅で待ち合わせね」
そして数日後、たくさんの荷物を抱えて真奈と泉はショップマッシュへとやって来た。
「いらっしゃいませ~!あら?もしかしてあなたたち、悟の言ってた…」
「はい、明石泉です。こっちは同級生の…」
「竹野真奈です。短い間ですが、よろしくお願いします。」
ショップに入ると優しそうなおばさんが声をかけてきた。ショップオーナーの奥さん、悟の母親の冴子だ。
「あらあら、こちらこそよろしくお願いしますね。いつも悟から話を聞いているのよ。本当にいつもあの子と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとう。さあ、荷物もあるし、隣のコテージに行きましょうか。ついていらっしゃい」
冴子に案内され二人はコテージに入った。
コテージは2階建てで、1階は風呂、トイレ、洗濯場、キッチンなど水回りと20畳ほどのワンフロア。2階は4畳半ほどの個室が3部屋。女子高校生が2人で宿泊するには十分な広さと設備があった。
「洗剤やトイレットペーパーなんかがなくなったらいつでも言ってね。ドライヤーは洗面台の引き出し、掃除機はトイレの横の納戸よ。その他に必要そうな物も納戸とキッチンの戸棚に入ってるわ。お店には朝8時半までに来てちょうだいね。休憩は12時半から14時。夕方17時半にあがりよ。お盆頃は少し残ってもらわないといけないけど、ちゃんとお給料上乗せするからね!」
テキパキとコテージやバイトの事を説明していく冴子。若い女の子の扱いになれているようで、説明ひとつとっても気が利いている。
「さあ、こんなとこかしらね。今日はもう店じまいの時間だからコテージでゆっくりしてね。明日は定休日だからこの辺りを観光してきたらいいわ。悟に案内するよう言っておくから。ロープウェイが動き始めるのが10時だから、その頃に迎えに寄越すわね。楽しんでらっしゃい!じゃあ、また明後日にね」
にこやかに手を降りながら冴子はコテージを出ていった。真奈と泉はそれぞれ個室に荷物を片付け、一息入れることにした。
「ふぅ、なんだかあっという間に夜ね」
「そうだね。ねえ真奈、晩御飯は何にする?」
「今からご飯を炊くとなると少し時間がかかるわね。簡単にパスタとかどうかしら?」
2人がお茶を飲みながら話し合っていると…
『ピーンポーン!』
コテージのドアチャイムが鳴り、2人が出る前に冴子が入ってきた。
「ごめんなさいね、何度も。さっき渡すの忘れちゃって…」
と、冴子が差し出したのは3段の重箱だった。開けてみると天ぷらや煮付け、いなり寿司がきれいに詰められていた。
「今日は来たばかりで疲れてるだろうと思って…さしでかましいとは思ったんだけど、歓迎の意味も込めてお弁当を作っておいたの。口に合わないかもしれないけどよかったら食べてね。」
「そんな!ありがとうございます!とっても美味しそう!」
「ちょうど泉と食事はどうするか話していたところなんです。助かります。ありがとうございます。」
2人の言葉ににっこり微笑む冴子。
「よかった、喜んでもらえて。じゃあ、これを食べて今日は早めにお休みなさいね。疲れてると思うから。」
そう言いながら冴子は玄関を出ようとして、立ち止まった。
「そうそう」
開いた玄関から見えるコテージの前の森を指差しながら冴子は言った。
「あの森には入らないでね…夜は暗くて危ないから…」
その時雲間からちょうど月が現れ、冴子の顔を妖しく艶やかに照らした。
「じゃあ、おやすみなさい」
柔らかい笑みをたたえたまま、冴子はショップの方へと帰っていった。
「野犬でも出るのかな?ちょっと怖いね~!さあ真奈、食べよう!お腹すいちゃった!」
「ええ、いただきましょう。私もお腹ぺこぺこだわ」
泉とキッチンに向かいながら、冴子が最後に言った言葉と微笑みが真奈の頭からなかなか離れなかった。
ともあれ、2人は冴子の手作り弁当をしっかりと食べ、風呂に入り、他愛ないおしゃべりを束の間楽しんで、眠りについたのだった。
そして、夜が明けた。




