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The Ultimate World  作者: 鳥羽餅誉
今世紀初の混沌のはじまり
3/6

序章

1.


講義「社会の歴史」


「私たちが今生きている社会は、現代からおよそ20年ほど前から急速に発展した情報管理社会ですね」


初老の穏やかな口調で講義をする矢代やしろ先生。大学の大教室の左側はブラインドのついた窓になっている。そこから外の、都会の街並みが覗き、快晴の空が陽の光を大教室に筋を落としている。


「平成の頃の街並みと違って、公共の施設や道路、商品、貨幣など、様々な生活に関与するものが大きく変わっていきました。まず見た目は比べ物にならない程ガラリと変わって行きましたね……」


朝の1時限目から社会のことを言われても、頭に入るわけがない。


「再び、高度経済成長を迎えた日本にも最新のシステムと技術が回り始め、都市から計画的に街の設計が見直されました。首都東京は先陣を切るようにその姿を巨大な終わりの見えない無数のビル群で溢れかえさせ、そのほとんどが横の繋がりを必要としビルを真横に倒したような立派な連絡通路で連結されました……」


肘をついてぼうっとしていた俺は隣にいるれんが書き込んでいるノートを見て、


「え~、まだ今の社会を淡々と説明してるだけじゃないかぁ」


先生は、現代はネオン輝く夜景が、とか、輝きを放ち林立するビル群はサイバーパンク的未来都市、だとか言っている。俺たちが生まれてすぐに、東京のほとんどが計画的に作り替えるためのシートで覆われていた。そして2、3年程度で今の姿になった。こんなにも急速に日本の姿が変わるのは初めてで、つい数年前まで姿の異なった日本で暮らしていた人々にとってはとても興奮することらしい。俺たちは昔の日本を知らない。ここが俺たちの暮らす街だ。ただ、先生はどちらかというと今の日本を話すとき、冷めている。


蓮は表情を変えないまま、


「社会の歴史で、今の社会をわざわざ丁寧に説明してるんだ。昔の社会と比較するためで、これからその20年前の社会を説明するんだろ。学生掲示板とかオーグに今日の講義内容載ってただろ」


鳶色の眼はノートに向いている。書き込みながら。


「オーグ」とは、一昔前のパソコンといわれた機械と同じ役目を果たすものらしい。今時はアクセサリーのように腕に巻き付け、立体的に空中に情報を表示するそれは、インターネットや自分の身体の健康管理情報を引き出して調べたり、ホログラムで自分の服装を気軽に変えることが出来る。ちなみに俺は今日、遅刻しそうになったので実はパジャマの姿のままだ。ホログラムで私服を装っている。大人達は、いや、矢代先生という壮年の人たちからすれば恐ろしくて(恥ずかしくて)ホログラムに頼ることが出来ないらしい。それから朝俺は寝坊している。オーグの指示があっても。どうにもオーグは気色が悪い。他の学生は真面目でなくてもオーグの言われるままに過ごし、この朝一でも講義に集中している。オーグによるアドバイスは習慣なのだ。俺のようにオーグの恩恵があってもだらしない生活をする奴を聞いたことがない。


俺は少し顔と目線を上げて考える。


「あ~、そっかぁ、そうかもなぁ……。あ、いや、掲示板とか見てないけど」


すると、クスリと小さく笑って奈那美ななみが、


友綺ともきは今日も眠そうだね。そういう寝惚けた顔いつ見ても可愛いよっ」


「か、可愛いとか言うなよっ。そんなん言われてもウレシくない」


「照れちゃって~、そういう所も可愛いよ~」桜色のなびく肩までのミディアムヘアは窓からの陽光でキューティクルが満ちている事が分かる。白い肌に桜色はとても目立つ。その丸く開けた薄い唇に仄かに色気を感じてしまった。そしていつからか、紅紫色の煌めくその透き通る瞳に見つめられると胸が高鳴ってしまう。


照れ隠しに腕で頭を覆い隠して机に突っ伏す。


「……とまあ、そんなわけで私共から見た今の東京は人間の情的にどこか何となく寂しさがあって……、外観なんかは摩天楼まてんろうで、まさしくディストピア作品に出てくる世界そのものですね。それでは、本題に入りますが、20年前の日本は……」


俺は講義を聴く気になれず、伏せたままぼうっとする。


社会か。変わったんだよな。俺にとって変わったことといえば、


社会を揺るがしたな。俺と光義みつよしが被害にあったあの事件は。


行方不明となった旧友、光義の事を思い出す。まだあの頃は、現代まで社会が発展していなかったような気がする。平成とあまり変わらなかったような。


大学に通い始めた今でも、あいつのことは忘れられない。心のどこかでまだあいつは、俺の知らない所で生きているんじゃないか? と、そう考えずにはいられない。

施設での生活は苦しかった。生活というのは少しへんか。実験動物にでもなったような。酷い時間しかなかったそんな毎日。

そんな毎日。から、解放されたあの日、子供を誘拐と変わらない形で施設に収容した大人達は国の特殊部隊に施設もろとも制圧され、研究資料も取り上げられたらしい。

 6ヶ月という半年もの間、俺を含めた100人近い大勢の子供達は実験の契約、内容という言葉に利用され、違法に誘拐されたらしい。

その実験は、仮想空間を使った、今の時代ではありえない洗脳の関わる倫理的問題が内容だったらしい。

それらが本当なのかどうかは分からない。

保護の後、入院先の病院の待合スペースにあるテレビがそう言っていた。もちろん大々的に報道された。新聞の一面をそれで埋め尽くしていた。

あの頃の出来事は何も思い出せない。半年もの長い間、知らないところで生きていたなんて。残っている記憶は、ただ栄養を摂取するためだけの味のない食事と宗教観念じみた説教……それくらいだ。

記憶が無くなったのは、ナノマシンと病院での処置による健康維持としてなのか、それともトラウマとしてなのかは分からない。

光義と一緒にいたのは覚えている。だけど、解放されてすぐ光義は、また社会からいなくなった。今度はもっと長い。全て小学生の頃に体験したはずだから、もう6年以上は経っているに違いない。

どうして消えたんだろうか。救出されてから、一度も会っていない。


忘れられる訳がない。光義と俺は親友だ。あの施設で出会って、助け合った。慰め合った。でも、どんな関係だったか、何を話したか、どれくらいの時間を共有したのか、何も思い出せない。多分、お互いに生きる事のカバーをし合っていた気がする。


警察の方でも光義の捜査は打ち切りになってもう3年ほど経つ。大体2、3年捜査していたわけだけど、それが長いのか短いのかは分からない。


「ノート見せてやるから、講義に集中しろ」


ふと、蓮によって現実に引き戻された。そうだ、俺は今、講義を受けているんだ。朝からの講義が集中できない言い訳、光義との記憶の事から頭を切り替える。


「大学の自由は自分で責任持つんだぞ~」


「わ、分かってるって。単位を取るくらいはするよ。蓮は頭がいいから勉強出来るんだろうけど、俺は昼型なの」


「昼型なんて聞いたことないよ~」


奈那美にツッコまれる。


「別に頭の質はお前も俺も一緒だと思うけどなぁ。俺の場合は努力をしてるから単位を取るし、成績も優秀なんだよ」


「ま、まだ、1年も前期が終わっただけだし。いつも通りみたいな言い方すんなよ」


そういえば蓮は高校で同じクラスになってから一緒なんだよな。奈那美とは中学からだけど。

蓮は相変わらず真面目だ。高校の頃から蓮が赤点をとったことは俺の記憶の限り一度もない。そして、男の俺でも二度見してしまうほどの美男子。褐色の色っぽいツヤのあるロングストレートに、逆三角型の面長な輪郭。鼻筋は細長く通り、理知的なその眼は鳶の色。クセのない王道なイケメンだ。やっぱりイケメンは好かれるのか、高校ではチョコも告白もかなり経験している。チョコをもらっても付き合うことは結局なかったけれど。蓮が言うには、容姿は確かに優れている方が良いけれど結婚となるにはまた別の話だ。一緒に居て楽しい、心地良い、命を懸けて守れる人でないとダメ。らしい。顔が良くても、好みの性格が優先だそうだ。付き合ってお互いを知らなければ、そんなことは分からないと思うけど。

まあ、お堅いというのだろう。でも、ただ勉強が出来るだけじゃなくて、知識も豊富で、それに今の社会をよく捉えていると思う。一緒にいて安心するし、付いて行きたいと思える。実際、頼りにしてるし。それにクールでカッコよくて男として憧れる。カリスマがあるんだなと感じる。

奈那美はさっきも言ったけど、中学からずっと一緒だ。何でか、よく話すし、いつも身近にいる。普通は仲の良いグループで男子と女子に別れているものだけど。奈那美が他の子と話しているのをあまり見たことがない。気が合うから今も一緒なんだな。

蓮も奈那美もルックスのレベルが高すぎて、自分の平凡すぎる顔立ちに自信が無くなる。何でこんな友達が自分に出来たんだろう。


と、2人とも講義に集中している。ちょっと居場所がない気がして落ち着かない。ソワソワする。俺も講義に集中しないと。


シャーペンを持ってノートにとりあえず黒板の内容を写し始める。


2.


午前の辛い講義も終わり、今は正午。食堂に来ている。

俺は人間観察が趣味だ。と言っても世間体を気にし始めて、結果的に人を観察するようになったのだが。

世間体を気にし始めたのは何でだろう。名誉に憧れて良い大学に行こうと漠然に思った。この俺が。今でも変わらずお馬鹿というキャラクターを、属性を持った俺が。

塾を親から通わせてもらって、しばらくは必死に勉強できた。結局は、ラクに楽しく生きれるのは頭の良い奴で人生の勝ち組なんだとどこかで、あの誘拐事件での操る大人達や蓮の姿を見てそう実感したような気がする。

あと追加で大きく「名誉」も。というよりブランドに惚れていたんだと思う。

薄い覚悟で簡単に破れた。覚悟はあると思っていた。のに、勉強することの意味が分からなくなってきて、精神が弱ったのか、頭が良くなるなんてどうでもいいと思ってしまった。

だから、中途半端な覚悟で中途半端な学力しかなくて、大学も中途半端になってしまった。後悔も親に申し訳が立たないと思うこともあったけど、大学も後期に入ってだんだんとそれも消えていった。しばらくは本当にやり直そうと今の大学生活と葛藤したこともあったのに。今は俺も穏やかだ。あの頃に比べて。逃げたんだな俺は、と今思う。


まあ、今の大学生活も馴染んできて、悪いと思うことは無くなった。これも良いと。今はただ、努力をやり通せた時しか結果は来ないと確信している。努力した、だけでは意味がない。やり通した時のみ結果が来る。そう、それにやる気があれば何でも出来る。この世に出来ない事なんてないって思う。やる気さえあれば。

塾で他の生徒と勉強している時、思った。自分以外に努力している人達が現代でも子供の中にいる。きっと自分なんて比じゃないくらい今、勉強しているんだと。それが恐いとも思った。

そして勉強の場でそんな事を考えている奴は多分、俺1人だと。だからなんだと思う。人間観察を塾の、高校の頃から無意識的にしていつの間にか染みついた。


人の会話や仕草を見て自分と同じように感情や理屈で動くんだなと思う。この何もない社会で平凡に見える過ぎ去ってゆく人達にも、俺みたいに考えて、物語があって、今を同じ様に生きているんだよなって思う。そして俺の通うこの大学の中にも、俺の学科より偏差値の高い学科がありそこに属している学生がいる、と、頭の片隅に消えそうな程度の意識ではあるが。


学生も教授も会話を楽しんでいる。どれにしようか、選べると野菜摂らなくなるんだよな、ほとんどオーグでメニューを示してくれるじゃないか、から、教授達のいつも講義で扱っている自分の考えについての楽しそうな話し合い、学生達の、自分の健康についてライフサポーターの指示をどれだけ守れたか、など。

定食は栄養価をメインに考慮し、味は後から足したといった感じのものばかり、それでもほとんどの学生達はオーグに示された様々な定食を指示され摂取している。他には、鯨のソース和え、サポートランチ、唐揚げ丼、ラーメン、カレーライスとかある。まあ、普通だな。

俺は蓮と出会って感化されてから、オーグの指示を受けずに好きなものを食べるようになった。今まで考えたこともなかったが、健康より生きている意味だ。社会に迷惑をかけない程度だが、好きなように自分の命を生きる。だから、今日も唐揚げ丼だ。前の日も頼んだし、その前の日も頼んだ。


日差しがガラス張りの天井と壁から、食堂の学生、教授達、メニューの食べ物を時々、眩しいくらいに照らしている。建物から着るもの、テーブルやイスの白が輝く。晴れたこの日に、運良く窓際の席が空いていた。


「そういえば知ってるか? 1年前の人殺しのゲーム」


蓮がメニューのトレイをテーブルに置いてそう言った。誰ともなく。何気ない日常会話のように。そして褐色の長い髪が揺れる。


「うん、ニュースで見たよ。TUWって言ったっけ」


奈那美が答える。


「そう、そのTUWっていうゲームなんだけど」


席について、俺ははしをとる。いただきます。


「1年前に全世界に配布されて当時は規制なんてすぐには出せなかったから、誰でもHMDにダウンロード出来たらしい。そもそもアースネットを占拠したって言ってたけど、規制がかけられたということは、一時的だったということなのか」


そういえばそんな人殺しのゲームが一時期話題になったっけ。受験勉強で忙しくてゲームなんて手は着かなかった。


「あれさ、今も死亡者が増えてるみたいなんだよな。特に10代の子供とか」


「え、子供もやってたのか?」


驚きだ。あんな奇妙なゲーム、誰かが好んで遊ぼうとするんだろうか?しばらくは規制なんて出来なかったっていうんだから、放置されてる間に有名になって手に取る人が増えたんだろう。たまたま手に取った子供達は不幸にも人殺しのゲームに捕らえられ亡くなったのか。

というか、食事中に殺人の話題を出すだろうか。ちょっと行儀悪いような気がするけど、まあ、曖昧で誰も何も言わないしな、これくらいだと。


「ああ、ゲームに食いつくのは特に子供が多いしな。でも、人を殺すのに何でゲームなんだろう。わざわざ、ファンタジーゲームでモンスター倒したり、冒険したり、街があったりと細部に至るまで造り込みが現実と変わらないくらいだそうだ。1人1人にゲーム解放の試練としてストーリーまで作られているらしい。殺すならそのまま一方的にやった方が確実なのに、何をさせたいんだろうな」


んー、ただでさえ子供の人口率が低いっていうのに、ただそれだけじゃなくて保育園、幼稚園、児童養護施設、学校が減っていって対応出来てないっていうのに。


「酷い話だよね。私、新聞で知ったけど今、子供の教育機関の入る率が低いんだって。子供はうるさいから近所に学校や幼稚園を建てるなって大人が増えてるらしいよ。勉強をする機会がないから、モラルもなければ育つ環境もなくて大変になってるみたい。愛で子が育つことが出来て今の社会も続いてるっていうのに。大人は子供に対して身勝手すぎるよね」


奈那美はちょっと悲しそうに言う。

俺も蓮も奈那美も児童教育学科だ。小学校や幼稚園の先生を目指す学科。奈那美は小学校の先生になるつもりで入った。奈那美も子供に関する問題を知っていたみたいだ。ちなみに「新聞」とは一昔前に紙だったデッドメディアの新しいものだ。今ではそれぞれのオーグに毎日更新され、メールで主なニュースを2、3行程度知らせてくれる。ちょっとしつこいと思うが昔からの習慣だからすでに馴染んでいる。

俺は、自分の身に関係のない話だから相槌をうつしかなかった。だけど、人殺しはひどく嫌悪感がでる。仲良くできるのに同じ種族を殺すなんて、気味が悪い。頭がおかしくなる。それと、子供に関する社会の問題はヒドイ話だと思った。大方、忙しければ大事な事でも無視を決めつけて良いと思ってるんだろう。そういう大人を俺は軽蔑している。忙しいと自分の事しか考えられないのは俺も良く知っているつもりだ。経験があって、それでも俺の責任じゃないから後悔の仕様がないと思い続けている。それでも納得していいとは思えない。嫌なものは嫌だし、そんな「人間の悪」を納得して気持ちのいいものだとはとても思えない。多分、何時いつの時代の人たちも悩まされてきた「人間」の悪の部分の1つだと思う。子供の頃は「大人」という響きに誠実さや、憧れを持っていたものだ。

まさか「うるさい」「鬱陶しい」という理由だけで反対するとは、なんて小さい器なんだ、という感じだ。

まあ、だったら朝からの講義でも集中して成績優秀で修めて、身の回りを気にしなくて済むくらい忙しくない優秀な大人になれって話だけど。


そんなことを考えつつも俺の箸の手は進んでいて、食べていることを意識した時には、数個しか乗ってない貴重な唐揚げの1つを一口分に綺麗に残した米と一緒に箸で掴んで持ち上げているところだった。旨いものを食べ続けていると、旨いのが当然として味の把握を無視して、他の事を考えるんだろうかとくだらないことを思った。そして、それを頬張る。うん、やっぱり唐揚げ丼は旨い。


3.


昼食をとって、午後の講義も終えた今、それぞれが自分達の家に帰るために大学の最寄り駅で別れた。

都心は人が混んでいて、毎日のように今日も地面が見えない。最寄り駅近くはいつもこうだ。番線の違う蓮と奈那美とはここでいつもお別れ。

オレンジとしか言いようのない純粋なオレンジが、都心の事務的な硬い印象を受ける寒色な風景を、穏やかな、今日も1日が終わろうとしている暖色に変わっている。俺のように若い学生や、仕事で動き回っている大人で溢れている。耳の裏側、付け根のすぐ側を1本指でも、2本指でも、4本指でも抑えて何もない空間に言葉を吐き出す人々。耳がおかしくなって自分の声が聴こえるかを確認しているのでは

ない。耳小骨を抑えて相手の声を聴くため、雑音を消そうと努力しているのだ。人混みのなかでの電話は今でもキツい。

そんな人混みを、ビルとビルを横倒しにした様なビルで繋げアーチになった建物と数えきれない高層ビルが覆い、空中のホロ電子広告が時々、通りかかる人々をブルーのライトで照らす。高層ビルの合間を縫うように建てられた3階建ての立体道路と、存在を主張する雲で先っちょを覆い隠した天を貫く巨大な電波塔、見下ろしたそれらが地面と背の低い建物を含め影で覆っている。建物や道のありとあらゆる隙間から眩しいオレンジが差し込んでいる。


駅に着くまで、肩をぶつけ続ける。中々歩を進められないのはストレスだ。


ようやく駅のホームまで辿り着いた俺は、夕焼けってどうしてこんなにも綺麗なんだろうな、と、電車の運良く空いていた、内側が陽のオレンジに染まっていた車両で席に腰を落とし、窓の向こうの景色を振り返りながら見つめた。人はまばらだ。

しばらくそうして、オレンジに見入ってぼうっとしていたら、何故だか哀しくなった。

この電車は俺の住むアパートがある埼玉までの進路を行く。ホームドアの前でナノマシンのID認証を受け付けるこの古い路線も、新型のID認証機にもうすぐ置き換わるらしい。駅までも、カメラでその人のIDの信憑性を確認するようになる。通行できればそのIDがどこで乗車し、どこで降りるのかを記憶し乗車運賃をその人の電子マネーから自動的に引き落とすようになるらしい。手間のかからない駅。


ただ、そこを通り過ぎるだけ。


電車はゆったりと、都心を離れていく。電車は田舎でもない限り、運転席はない。もはやモノレール。

1日の終わりを告げるオレンジは、懐かしさを思い出させる。

また、光義のことを思い出す。考える。深い哀愁あいしゅうに覆われる。






なあ、生きているのか。


お前、今どこにいるんだ。


俺は生きて、つまらない世界を友達と過ごしてるぞ。


俺とお前は親友だろ。いや、それ以上の何かだろ。


いるなら返事をしてくれよ。






何でだ。何で記憶もないのに、またお前が出てくるんだ。記憶の限り何もないはずなのに、どうして忘れられない。どうして頭から離れないんだ。何なんだ、このモヤモヤは。


すっきりしないよ。


亡霊でも追いかけているのか。そんな絶望がイヤで逃げたいのに、忘れたいのに。

すっきりして忘れたいから、頑張って思い出したい。でも得られるものがない。そうして忘れたころに、また思い出す。


「イヤな感じだな……」


突然、左腕のオーグが何かを受信したのを音で知らせる。

ん?何だろう。ライブ中継みたいだ。

周りの乗客もオーグからの受信が来たみたいだ。次々にオーグから情報を映し出す人達。受信拒否をしていたのか、車内で何で鳴るんだよ、と顔をしかめたサラリーマンもいる。


「こんにちは、諸君」


映し出されたのは、黒い背景に「VOICE ONLY」の赤い文字だけ。


「この中継は我々、TUW運営会社がアースネットを奪いオーグ新聞社のライブ放送を借りて行っている」


何だ、これは? アースネットを奪った? おそらく、30代の低いがはっきりと聞き取れる声がそう告げる。声にノイズはかかっていない。


「我々TUW運営会社は知っての通り、去年の12月にデスゲームを公開した組織だ。諸君にデスゲームの招待状を再びプレゼントしようと挨拶をしにきた」


今日の昼に話題になったあの人殺しのゲームだ。


「その前に、TUWで亡くなった全世界150万のプレイヤーにお詫びする。まことに残念だった」


何がお詫びするだ。自分達が殺したんだろう。それにしても150万って。本当なのか? 話し声が起こる。


「こちらのトラブルで入手規制がかかってしまい、諸君に一時の不満が出てしまったことは申し訳ない。そこで、再配布のお知らせだ。世界各国の政府ホームページにTUWのダウンロードボタンを設置した。お金を取られない、課金制のものもない無料なゲームなので安心してダウンロードして頂きたい。唯一の、個人として生きる価値のある世界だ。ぜひ、このパックス・マネジメントで生きる人々に手に取って頂きたい」


あのゲーム気になってたんだよね、ダウンロード出来るって。お前本気で言ってるのか?


まだ高校生の少年が2人、そんな会話を俺の横でする。


「この世界で生きながらに死んでいると思ったことはないか? この世界が自動化していくことに絶望したことはないか? 自分が管理しつくされる息苦しいこの世界から抜け出したいと思ったことはないか?」


謎の男が声を張る。感情がたかぶっているみたいだ。


「腐敗したこの世界よりあちらで学べ、人間たちよ! このままではいずれ世界は滅ぶ。人類の文化は消える! 在るべき思考は技術で奪われ、在るべき命の源は人間の欲望へ、善良の心と思考は地を這って野垂れ死んでいく!


生きること!

繋がりを持つこと!

働くこと!


これらの真意を忘れた社会では人類は破滅する!

大人の尻拭いを嫌っている場合ではない! アイデンティティを、自己の指針を失い、機械に委ねていい道理はない! 我々は機械でもヒトでも畜生でもない、人間だ! 我々人類は全ての罪を背負い、現実を変えなくてはならない! デスゲームで、喜び、怒り、悲しみ、泣き叫べ! 魂を奮起してみせろ! 自分が人間であると証明してみせろ! 世界は私たち究極世界運営委員会が変える、お前たちは生き方、答えを導き出せ!

真の崩壊に出会いたくなければ成長を止めてはならない! 生きた証を消し去ってはならない! 命をかけて築き上げた歴史は、我々に遺された最後の遺産だ!」


沈黙する。


「来たる時を持ってお前たちが成長した時に、我々究極世界運営委員会を倒したその時に……」


オレンジの夕陽に照らされた車内は時間が止まったかのよう。


「……解放を約束しよう」


「諸君のゲーム参加を期待している、では」


オーグはここで情報の開示を終わらせる。


何だ今の? すごい熱弁だったな。これ世界でもちゃんとした冒険RPGの中で一番しっかりとしてるんだぜ。規制を破って造られたからな。まともなゲームはこれしかないって。このゲームがまともか?


色んな声が車内に行き交う。何故か誰も、謎の男の話については触れない。それよりもゲームだというみたいに。


ゲームよりも、今の演説に俺は驚いた。世界の息苦しさ、アイデンティティ、それらの単語に何か来るものがあった。

ずっと、退屈していた。楽しいと、心の底から思うことがなかった。不便ではないが、足りない。むずがゆい思いをしていた。

でもそれが、自分で決めて動き人生を考えることだと今まで気付けなかった。


このゲームで何かを見つけられる。そんな気がした。

でもこれは人殺しのゲームだ。最悪の場合、俺は死ぬ。ゲームの中の恐いモンスターに殺されるだろう。いや、オンラインだと言っていた。もしかしたら、同じプレイヤーに殺されるのか? そんなことはない。協力してあの世界を耐えぬくんだろう。


人殺しの世界。そこに生きる価値があると、謎の男は言っていた。人を殺すことに価値なんてないだろうけど、生きる意味を見つけられるかも。


目的の駅のホームに停車した電車。俺は電車から降りる。車内はTUWの話が収まっていなかった。


俺は自分のアパートまで、人通りの少ない通りを1人歩く。電車を降りれば空は暗く、夜になっている。夜空にはほんの少しの消えいりそうな星々。


困ったな、すごく魅力的だ。あのゲームなら生きる実感をくれそうだ。少し、興奮してしまった。話を聞いただけで不謹慎にもワクワクしてくる。

時々、思った。生きる実感がない人生で自殺をしようかと。何もないのに、何をして生きればいいのか分からないと。結局、自分を殺せるほど、勇気が足りなかった。


でも、そんなネガティブに生きるなんてこと、したくなかった。

そんなときにこのゲームが来た。死ぬかもしれない恐ろしいゲーム。

死の恐怖を味わえるかもしれない。生きていると感じられるかもしれない。何かを爆発させることが出来るかもしれない。


俺の頭の中で色んな覚醒が起こった気がした。鮮やかな色で自分を色付けされていく。その色が俺に染み込んでいくのを感じる。自分しかいない状況になって、頭の中を色んな電気が走る。刺激が走る。


誰もいないのが幸いだ。きっと俺の顔は、誰にも出来ない表情の、興奮に酔いしれた醜い笑みが貼り付いていただろう。


2階建てのアパートの、コンクリートの階段を上る。足取り豊かに。ズボンのポケットから鍵を取り出し、古い鍵穴に通して、ナノマシンの個体識別IDを指先から鍵穴横のパネルに押し付ける。パネルが青く光って鍵を回す。中に入ってドアを後ろ手に閉めて、靴を乱暴に脱いで、灯りの点いていない、自分の部屋まで駆け込み、HMDとオーグを繋げる。HMDの電源がつき、オーグはゲームのダウンロードサーバを立ち上げる。顔の目の前にインターネットが現れる。そのままネットでHMDのゲームがダウンロード出来るわけではない。ダウンロードサーバのタブは、起動すればあとは邪魔なので自分の脇にどける。

確か、政府のホームページにあるって言ってたな。あった。開くとトップページが現れる。「ようこそ、こちらはより良い時代を豊かにする。日本の「政府」でございます。」と書かれたメッセージが出てくる。画面を下にスクロールすると。「ゲーム『The Ultimate World』のダウンロードはこちら」とあり、その下に「Download」と書かれたボタンがあった。そのボタンに指を置く。と、そのとき、思い出す。


今日の昼の、TUWの会話だ。そういえば知ってるか? 1年前の人殺しのゲーム。うん、ニュースで見たよ、TUWって言ったっけ。そう、そのTUWっていうゲームなんだけど……


あの後も少し続いたゲームの話。


……向こうで死ねば、こっちでも死ぬ。1ヶ月にゲーム内の10日間以上をプレイしないと個人情報の公開。それも、平和なこの世の中でも死を意味する。一瞬にして自分の命が終わるんだ。何年もかけて成熟してきたこの命が終わる。本当に、単純に。あっさりと。向こうの都合で。


TUWで亡くなった全世界150万のプレイヤーにお詫びする。


つまり、それだけの数の命が消えた。俺と同じ人間が。


そして、ボタンに手を掛けた指は、自殺をしようと自分の命に手を掛けようとしたあの時の恐怖を思い出した。


恐くなった。


絶望した。


そしてうつむく。


ダウンロードボタンに指を置きながら、離す前にタブをもう片方の手で閉じる。


インターネットが閉じて灯りの点けていない部屋は真っ暗になる。俺は床に膝をついて、そしてうずくまった。頭を腕で抱え込んで声にならないうめき声をあげた。胸に込み上がったものを吐き出すように。


恐怖に怯えた。大量の死者を出したゲームに恐れた。自分の命があって、血を巡らせているんだと感じた。心の臓がバクバクと動いているのが分かる。涙がとめどなく溢れ続ける。真っ暗な視界を涙で揉みくちゃにされ、さらに視界がぐちゃぐちゃになる。喘ぎ声が止まらない。息が苦しい。顔も耳も熱い。胸が焼ける。

死に怯えて、生きがいであろうものから手を離した。それに絶望した。でも死ぬのは恐かった。やっぱり、命を実感出来ないところにいつも生きがいが置いてある。決して手の届かない、死の恐怖という絶壁の上にある。生きがいのない世界で死ぬことも。生きがいがありそうなゲームにも。


俺は馬鹿だ。ただのマゾヒストだ。死に急ぎ野郎だ。





死ぬのは恐い。


4.


あれから何日たったのだろう。


より多くの人達に知ってもらうために、一般普及されているオーグの機能を使ったんだろう。

残念ながら、いや俺にとってはその反対もあって正直どんな気持ちでいていいか分からないけど、中継していただけあって犯人およびおそらく犯行グループは捕まっていないらしい。テレビがそう言ってた。


オーグがあの後、俺にライフサポーターによるメンテナンスを申請する許可を求めていた。いきなり感情的になるんだから当然か、と思った。はやく危険を回避しろと。人間らしくなることはいけないことなんだろうか。


もしかしたら俺はあの時、命を捨てる決断を勝手に考えていたのかも知れない。蓮や奈那美、両親にだまって。自分を育て見守ってくれた人たちにどうしようもないことをするところだった。なんて。


ああ、そうさ、光義が気になるっていいながら、自分の欲望で命がいつ終わってもおかしくないゲームに手を出そうとしたんだよ。

何してんだ、俺は。光義のことをスッキリしたくて生きてるっていうようなものなのに、記憶が曖昧なら、本当は気にかけてなんかいないんじゃないだろうか。

いや。

そもそも光義を探していたか? 一度でも。探すために、俺は何かしらの行動をしようと考えたことがあったか?

今思い返して見れば何もない。本当はどうでもいいんだろうな。何もなくて、うじうじすることに拍車がかかっていただけなのかもしれない。


結局、他の人たちと何も変わらない。目がいくものに次から次へと手を出して、考えてること、やってること無茶苦茶だ。本当に何をしたくて生きているんだろう。分からない。

誘拐されるは、そこで光義に出会うは、蓮に出会うは。その度に息苦しいと実感できるようになっていく。満たされることはないまま。


何で色んなことを考えられるようになったんだ。分かっている。

何でここまで解決したいと思うのか。分からない。


それでも俺は何も行動しない。考えてることを無意識に止めてる普通の人と変わらない。


つまり俺は、半端者というわけだ。知ってるくせにいつまでもぼうっとしている。中途半端な馬鹿。


今日の帰り道も蓮と奈那美はTUWや小学校教諭になるための話をしている。なんだ、ここにいるじゃないか。ゲームも思うところはあるが、それより将来の話だ。小学校教諭なんて今にも無くなりそうなのに、大学に目指す学科があって、その学生もなる気でいる。昔から学び舎に通う人達はこうだったらしい。今じゃ大学でないとそんな人は全くいない。俺は違う。勉強したから、とりあえずここにいる。それだけ。何かに本当に打ち込んだことなんて一度もない。


あ。


また、暗くなってる。今の俺の持つべきキャラクターは明るいバカじゃないか。ポジティブに生きることは大事だって、蓮に教わったのに。

ポジティブに考えるのは気持ちいいと心の底から分かっていたはずなのに、気が付けば暗いことばかり考えている。多分、表はそのキャラクターでいられてると思うけど、内面はどうしてもそうはいかないな。なかなか根っこのネガティブはしつこいもんだ。


ばったり。この言葉がふさわしいくらい、突然に赤部あかべ刑事に出会った。


「友綺君かい?」

「え?」


懐かしい。過去の誘拐事件以来だ。あれから何年もたって大きくなっているのに俺のことを覚えてくれている。向こうも突然の出会いに驚いてるみたいだ。


「そうですけど。赤部さん?」


「ああ、覚えていてくれたんだね。嬉しいな」


出来る男の頼りになりそうな優しい笑顔。でもあの頃より更に熱血がたぎっているというか、生気がみなぎっているような。ただでさえ単純な正義感をエンジンに俺を救ってくれた熱い刑事が、更に男らしくなっている気がする。


思わず俺は微笑んでしまった。こんな世界でも、生きてますってオーラが溢れる人がいたな。何か安心した。心が落ち着く。


「どうかしたかい?」


赤部刑事は不思議そうにこちらを覗く。


「あっ、いえ、なんでもないですよ」


「そうか、あ、立ち話もなんだし、ここで会ったのも何かの縁だ。すぐ側に私の行きつけの喫茶店があるんだがお茶でもどうだい。久しぶりに話しがしたいな。そちらのお友達も良ければ一緒にどうかな。私が出すよ」


そこで蓮が、


「いえ、もう立派な歳なので自分の分は自分で払いますよ」


微笑みながら赤部刑事が、


「なら、ここは大人の立場を立ててもらいたいな」


「……それもそうですね。では遠慮なく」


蓮も微笑み返す。


蓮と奈那美は今日、俺と同じで特に用事もなかったので付き合うことになった。


「そうか、あれから忙しくて友綺君の様子を見に行ってあげられなかったからな。元気そうで何よりだ」


「そんな、赤部さんは刑事で忙しい身なんですから、僕の事は気にしないでください」


定型文に見える言葉も、赤部刑事が使うと本当にそう思ってくれているんだ、と思ってしまう。この人は誰に対しても誠実なんだろう。


俺が目指していた有名大学が側にあるこの通りは、その大学があってか洒落しゃれている。いくつもあるカフェのうち、静かな通りでなく賑やかな大通りにある2階の今時のカフェがお気に入りのようだ。

コーヒーを久しぶりに頂いたけど旨い。コーヒーとしての苦味のなかに酸味と甘さが活力を与えてくれるような不思議な刺激がある。

刑事としてはリフレッシュしたい時に持って来いなんだろうか。ただコーヒーに含まれるカフェインが薬物指定の候補に上がっているので、コーヒーが飲めなくなってしまうのではないかと心配しているらしい。赤部刑事はここのコーヒーと大通りの賑やかな風景が気に入ってこの店の常連になったらしい。自分達の守って来ているものがこんな風に毎日を楽しんで生きているのを見るのが良いらしい。

やっぱりいい人だ。こんな大人に憧れる。こんな人に平和を守ってもらっていると思うと安心する。


赤部刑事は俺と光義が謎の組織に半年もの間囚われて実験動物のような毎日を送っていたところ、警察の特殊部隊として助けてくれた。命の恩人だ。あの時、赤部さんにはどれだけ救われたことか。


「今の生活はどうだい? 楽しんでいるかな」


「はい、結構充実しています」


「......そうか、それはよかった」


しばらく静かになる。


何か難しい顔をし始めた。


何か変なことでも言ったっけ。


「そうだ、アドレスを交換しよう。大事な話しでお友達には悪いけど話せないことなんだ」


「友綺に関わる大事な話しなんですか」


蓮が突然聞いてきた。


「ああ、そうなんだ。悪いけど関係者以外には聞かせられなくてね。友綺君」


「はいっ」


何だろう。


「今でも光義君のことを気にしてしまうかい?」


そうか、いきなりだな。曇った表情でも見せてしまったのか。


「はい、未だに忘れられません」


「分かった。じゃあ、メールで後日会うことにしよう。その時に話すよ」


「光義を見つけたんですかっ?」


「慌てないでくれ。見つけたというよりも見かけたといった方が正しいから、確証を得たわけではないんだ」


「教えてください、どこにいるんですっ?」


「まだ何も明るくなったわけじゃないんだ。後日、話すよ」


「俺もその大事な話しというのを聞きたいです」


蓮がまたも話しに加わる。


「俺や奈那美は友綺とただの付き合いで一緒にいるわけではありません。大切な友達です」


「じゃあ、尚更お友達の目の前で話すわけにはいかないな。ただの付き合いでもそうでなくても話すつもりはないけどね」


蓮は詰まらせたみたいだ。


「いいかい。君たちは友綺君の大切な友達なんだろう? であるなら、安全な所で見守っていてほしい。繋がりがあるなら、切ってしまうようなことがあったら意味がないんだ。分かってほしい」


「そんな言葉を聞いたら、抵抗したくなりますね。友綺を1人にしたくありません。危ないことはさせたくない」


「......こっちにも色々あってね。最終的には友綺君に決断してもらうから、まだ何とも言い難いけど。危険な目に合わせるつもりはないよ。そこは安心してくれ」


蓮は黙る。


「じゃあ、そろそろ時間だから私は失礼するよ。お代はここに置いておくね」


「あ、ご馳走様です」


2人も礼を言う。


赤部刑事は店を出て行く。


ありがとうございました、と店員の元気な挨拶が聞こえる。


「なあ、友綺。大事な話しってなんだ? 光義って誰だ?」


「ああ、光義ってのは前に話した誘拐事件があっただろ? あの時に出会った同い年の男なんだ。大事な話しっていうのは俺にも分からないんだよね」


「そんな話し今まで聞かなかったぞ」


「ごめん、必要以上に話すことでもないかなって思って......」


まあいいか、俺たちも店を出よう、と蓮は言って立ち上がった。


会計を済ませた後で蓮は帰り道に、俺の今後の予定を聞いてきた。俺は思い出したように


「んん〜、月曜と、水土が空いてたかな。なんで?」


「最近遊び行ってなかっただろ? たまには3人で何処か行こうかなってさ」


蓮は明るい顔になっている。そういえばそうだったかも。


「いいよ。じゃあ後で連絡くれ」


「分かった」


「じゃあまた」


「またね」


俺たちは3人とも駅の前で別れた。


そうか、光義を見つけたのか。会えれば抱えていたモヤモヤも解決するはずだ。ついにだな。

部屋に帰ってきた俺はデスクの上のHMDを見て


「あの時は危なかったな。ゲームに手を出さなくて良かった」


本当に取り返しのつかないことをするところだった。もうすぐ光義のことが解決する。

気分が晴れたらどうなるんだろう。こんな薄い世界でも赤部刑事のように生き生きとした人生が見つかるだろうか。


楽しみだ。もう少しで何かから抜け出せそうだ。


5.


「こんにちは」


「やあ」


今、友綺と赤部さんがデパートの広場で出会った。大きな円形の吹き抜けから太陽の光と涼しい風が流れ込む。人が沢山いる。赤部さんは知らない男の人を連れている。ちょっと柄が悪そうな近づきにくい人だ。


「こいつは私の同僚で昂坂こうざか 雅斗まさとっていうんだ」


ちょっと柄の悪そうなコウザカさんは


「こいつが情報収集に使える奴か。もやしみたいなハートしてそうだな。ホントにこんな奴で大丈夫なのか?」


ちょっと友綺のこと、もやしって言った? この人。


「あ、はい、春谷はるたに 友綺っていいます」


友綺がちょっと困ってる。いきなりもやしって言われたら傷つくよ。何考えてるんだあの人は。


「いきなり失礼なこと言うなよ。これから共に行動するかもしれないんだから」


私と蓮は友綺の大事な話というものを聴くため、本人に気づかれないように後をつけてきた。私は最初こういうような真似はしたくないって言ったんだけど、蓮は友綺が大切なら絶対聞くべき話だ、もしかしたら危険なことに関わるかもしれない、と真剣な顔付きで言うのでこうして後を追ったわけだ。広場のおそらくホログラムの噴水であろうものの腰かけに座った友綺たちの反対側に、私たちも腰かける。

蓮が友綺に用事を聞いた訳は、バイト以外にあまり外に出かけないことから、外に出た時点で赤部さんの約束しかないと考えたかららしい。蓮と一緒にこの一週間は友綺のアパートの側をうろうろしていた。今までに見たことのない真剣な表情で説得されたものだから予定を変えて付き合ったわけだけど、とても疲れた。近くの店で暇を潰したり、ナノマシンの悪影響の少ない憂鬱感情コントロールをするツールを使ったわけだけど。これで何ともなかったら本気で蓮を一生恨む自信がある。どれだけ、地獄な時間だと思ってるんだ。

でもあのコウザカっていう人は、情報収集に使う奴かと聞いた。頼りにするのには抵抗があるというようなことも言ってた。もしかしたら蓮が言っていたことは……


「悪いね、昔からこうなんだこいつは。早速本題なんだけど、光義君はあのTUWというゲームをプレイしているみたいなんだ。こいつがゲームでの調査中にみかけたらしい」


「本当ですかっ?」


「ああ、本当だ。随分とスカしてお前みたいにデカくなってたから、最初は気付けなかったが、イカしたスキルでそいつのプレイヤーネームを見つけたときビンゴって思ったよ」


イカしたスキルとは洒落た言い方だけど、要は警察の仕事の内なのだろう。


「でもまあ、あのゲームをやってるって言っても居所が掴めてねえからな。接触するのに困ってるんだ」


「あ、あのどうして今になって光義を探し出したんですか? 捜索は打ち切りになったんじゃ……」


「別にお前の頼みで再開したわけじゃねえ。こっちにもTUWっていう大きな問題に取り掛からなきゃいけなくなった時、アイツが出てきたんだ」


「……。……そうなんですか」


「友綺君。その、光義君と会いたいかい?」


「はい、それはもちろんですっ」


「君もわかっているとは思うけど、TUWは殺人ゲームだ。もし行くというのなら、これからずっと昂坂を側に置くことにするけど、君は君自身で覚悟を持たなければいけない。あのゲームに手を出せばプレイし続けるためのルールに縛られるからね。実際にテレビでも伝えている通り、あそこは本物の死がある。多分、人類史でも今世紀最大のストレスになると思うよ」


「行きます、当然ですよ。覚悟はあります」


しばらく静寂な時間が流れる。私の思考は一瞬停止した。


友綺があのゲームをプレイする。


冗談であってほしい。


何でそんな無責任なことを言えるんだろう。蓮や私がいながら、そんな大事なこと勝手に決断するなんて。


お願いだから側にいて。


また手の届かないところに行くつもりなの? 私の事考えもしないで。


友綺が有名大学を目指していた時、辛かった。真面目に勉強に取り組む姿はとても生き生きしていた。見てて誇らしくて、いやそれよりも真剣な姿に憧れた。更に気持ちが募った。でも同時に私じゃ、越せそうにない壁を一生懸命登ってる気がして胸が苦しかった。蓮も昔から勉強が出来たから一緒に離れていくんだろうと思った。そこで孤独を感じた。私は友達が蓮と友綺しかいないんだ、とも思った。

友綺が有名大学を落とした時、心底良かったって安堵した。ホッとして体に力が抜けて座り込んでしまった時、友綺に心配された。期待を裏切るようなことして悪かったって悔しそうな顔をしてた。私は涙まで流してた。違うの。私は友綺が落ちたことに嬉しいって感じたの。お願いだから軽蔑して、って何度も心の中で訴えた。嬉しいけど悔しい、純粋に応援できないでいた自分が醜いって、自分を思いっきり否定した。


でも、それでも。また私から離れるなんて、そんなの耐えられない。体が強張る。


「そうか、君は光義君に対して昔から執念深かったね」


「はい、他にやることありませんし。でも僕に言う必要はあったんですか? どうして教えてくれて、その上で会わせてくれるんですか?」


「ん? それはまあ、友綺君がいた方が効率が良くなるはずだからね。じゃあ、早速家に帰ったらTUWをダウンロードしてくれないかな。明後日には昂坂も手が空くみたいなんだ、その時にプレイしてくれないかな。詳細は……」


友綺がいた方が効率がいいとはどういうことなんだろう。それだけなら自分たちで探せばいいじゃないか。


コウザカさんが先に口を開く。


「明後日の水曜日、午後5時くらいにはプレイしてくれ。降り立つ大陸は日本だ。そしたら、まっすぐ北にある『アドーミネムの宿場町』の入り口に来い」


「えっ、えっとぉ……」


「おい、急にそんなこと言われてもわからんだろう。すまない、今のはTUW内の話なんだ。ゲームをはじめにプレイしたらまず、自分を設定する場面からで。これは今後自分を示す変更不可の大切な情報になるから真剣に考えてほしいものなんだ。大丈夫、名前とか見た目を決めるキャラクタークリエイトみたいなものだから。そしたら降り立つ場所を聞かれるから日本と同じ形のエリアに指定してほしい。降り立ったら30分ほど歩いて北にある今言った『アドーミネムの宿場町』につくから、そこの入り口を入ったところで待っていてほしい」


「分かりました。『アドーミネムの宿場町』の入り口付近ですね」


「ああ、よろしく頼むよ」


ああ、本当に行ってしまうんだ。本当に死んじゃうんだよ。なんでそこまで。


光義って人がいるから。誘拐事件で何があったんだろう。


友綺がお礼を言って、離れていく。あの歩みはゲームのためのものだろう。


友綺が行った後、赤部さんとコウザカっていう人は


「お前、本当にいいのか。あの小僧を気にかけてたじゃねえか」


「ああ、できるならあの子にはもう辛い思いはさせたくないと思っているよ。でもね、あの子はずっとあの事件から生きることを辛いことだと感じているんだ。何もすることがなくて鬱になっていると思うんだ。そして考えるのは光義君のことばかり。よほどあの事件が、友情を芽生えさせたみたいでね」


そんなに思いつめてたんだ。普段は明るいから、そんなことを考えていたとは思わなかった。時々、悲しそうにしていたのは気付いてたけど。


「それに、お前も聞いた通り、友綺君は光義君と同じ誘拐事件の被害者で互いに特別な友情を築いてると上も認知している。言い方は悪いが光義君を引き寄せる餌になると判断した。光義君と接触できれば更にTUWのシステムに近づけるはずだ」


「ふ~ん、そういうことか。相変わらず仕事熱心だな」


するとそこで蓮が突然立ち上がった。


私たちのいた方と反対側に歩み寄る。何?


そっちは赤部さんとコウザカさんのいる方じゃ。


「君は……」


「この間はどうも、コーヒーおいしかったです」


私は蓮を止めるために追ったが、間に合わなかった。


「誰だ? お前ら」


「あ、こんにちは……」


「確か君たちは、友綺君と一緒に居た……」


「俺は、有間ありま 蓮です。こっちは辻村つじむら 奈那美です」


赤部さんはしばらく無言でこっちを交互に見ていた。


「感心しないな。場所と時間を改めた意味がない」


「別に貴方に感心されようが関係ない。友綺をゲームに誘導しましたね」


「今さっきの話を聞いていただろうが、それに嘘はない」


「関係ありません。俺は友綺を死なせようとした貴方を許さない」


気まずい空気だ。蓮は昔から謎めいていて、それで行動力がある。


「俺も連れて行って下さい。友綺を1人にしたくない」


え? 蓮も行くの?


「だから昂坂がいるんじゃないか」


「初対面の人が友綺の側に1人いるだけなんて不安すぎます」


「彼はTUW内を調査する警察の特殊チームの1人だ。並の人間よりあのゲームでの立ち回りに優れている」


「俺は前にも言いましたがただの友達じゃありません。あいつに付いて行く理由があるんです」


「だからこそ駄目だと言ったはずだが。それに付いて行く理由がどうであれ、あんなゲームに被害者を無駄に増やすつもりはない」


「俺はあの誘拐事件の被害者です」


時間が一瞬止まったような気がした。赤部さんとコウザカさんは眉をひそめたような。


「今何と……。被害者にそのような名前は無かったはずだが」


「本名ではありません。俺の本当の名は、式崎しきざき 優真ゆうまです」


え? 偽名?


赤部さんとコウザカさんは驚きを隠せないようだ。一体、過去に何があったというんだろう。赤部さんは目つきを変えた。


「君もあの側にいたな。随分と性格が変わったもんだ」


「あの後も色々とありましたから。俺もTUWで知らなきゃいけないことが出来ましたし。言いたいことは言ったので、これで失礼します」


蓮が立ち去りかける。私は色んな衝撃で動けなかった。


「待つんだ」


赤部さんが蓮を引き留める。


「その名前は作ったのか、それとも持ち主がいたのか?」


コウザカさんが恐い目つきで蓮を詰問きつもんする。


「それは言えません」


「なら、同行してもらわないといけないな」


これが住所泥棒ということだろうか。蓮も廃棄区画の人だったということ? 何で今、そんなことを考えているんだろう。


蓮がさげすんだような目で赤部さんを見つめた。


「あの頃は警察としての役目を果たせなかったっていうのに、随分と成り上がりに夢中になったもんだ。その考え方は普通逆じゃないですか」


赤部さんは息を詰まらせた。


「あの時、友綺は俺らにとっての大きな支えだった。光義や俺だけじゃない、あの場にいた全員がそうだ。変えてくれた。俺らの希望だった。


友綺が俺らから離されるまではな。

あいつは見えなくなるまで俺らの……。


あいつらに連れ去られた後の友綺は明らかに異常だった。性格もまるで別人。何かが抜け落ちた。弱々しくなった。今の友綺がそうだ。

あんたら警察がノロノロとしている内に変わっちまった。

輝いてたのに。今の友綺にはそれがない。

あんたらが規律なんてお利口に守ってる内にあいつは変わったんだ。

あんたらは救いたいと思っただけで動けなかったんだよ。所詮周りの奴らと同じだ。


分かったら俺の邪魔をしないでください。それに俺も付いて行った方が安心ですよ。俺はコウザカさんよりも友綺を守れる自信があります。自分のためにプレイすることはあっても、何よりも友綺を死ぬつもりで守りますから。それしかありませんし」


少し経って、


「それと赤部さん、この間言ってましたね。あそこの喫茶店がお気に入りだと。コーヒーのリフレッシュできる刺激と大通りの幸せそうな人々を見るのが好きだって」


そういえばカフェに入ってすぐに、そんな話から始まったんだっけ。


「あれ、本気で言ったんですか?」


赤部さんはまた驚いた。


しばらく赤部さんは躊躇ためらった。そして、かぶりを振って、迷いを消すように振って蓮を見つめた、その時、コウザカさんに手で制された。


「お前が熱心なのは分かるが、俺はこいつの気持ちが分からんでもない。今の俺らは仕事をこなすよりも人間でいられるか試されている」


蓮は振り返って私の目を見つめて、


「友綺はゲームをプレイするつもりだぞ」


私は、どうしたらいいんだろう。


「お前が好きな友綺は本当の友綺じゃない。それでも俺はあいつを元に戻そうという考えは変わらない」


また離れていくんだ。今度は蓮も。本当に。


「友綺が好きなら今度こそ離れるべきじゃないと思う。お前はどうする? 俺は行く。自分とあいつのためにな。お前も行くなら、なるべくお前も守るよう努力はするが、それなりの覚悟は今後必要になってくるぞ。友綺の側にいたいならな」


蓮は歩き出す。


私は、死にたくない。そんなこと考えたこともなかったからどうしたらいいかわからない。


死にたくない。


離れたくない。


計っても同じくらいの。


でもそれ以上に、自分に嘘をついて人生を無駄にすることが恐い。友綺や蓮に出会って、大学で亮子りょうこに出会って、嫌なことから目を背けてきて、自分には何もないことが分かった。いかに自分が考えて決断することをしてこなかったか痛感する。そして周りのこの社会に生きる人達も考えていることを止めていたと気付く。ナノマシンと無駄な利益を求めた情報管理社会。


じゃあそれなら、苦しくたっていい。何もないよりはマシだ。ほんのちょっとでも、満足出来るかもしれない、そんな感慨に触れられるなら。


「私も蓮と同じです。友綺に付いて行きますっ」


案外、悩むのはいいことかもしれない。


案外、立ち直るのも早いかもしれない。


だってどちらかしかないんだから。


私は蓮のもとへ駆ける。


「あそこで立ちすくんでいるんだと思ってた。案外、早いのな」


「うん、私は強いからね」


そうと決まれば蓮と私で友綺を支えなきゃね。


「分かってるとは思うが、俺のさっきの話は友綺には内緒だぞ」


「うん」


6.


HMDとオーグを繋げインターネットを開く。あのページの、あのボタンの前にいる。


警察の人が一緒にいるんだ。それも赤部さんが信頼している人。

何でそれだけで、恐怖が和らぐんだろう。赤部さんに救われたからだろうか。


つい勢いで返事をしてしまった。でも後悔してるわけじゃない。


警察も光義を探している。俺が行けば、会えるはず。


光義があのゲームをプレイしている。警察がついてる。それだけで、あとは自分が覚悟を決めるか選択するだけになった。他に何もない。理由は充実した生き方をするため。それで充分。

プレイすればクリアするまで終わらない。でもそんなことは関係ない。俺にとって充実出来ればそれでいい。自分の人生に、死が視野に入るようになった。ただそれだけ。それでもって、ナノマシンのまやかしで満足なんて出来ない。ファンタジーゲームをプレイするんだ。きっと、こんな薄い世界よりよっぽど濃い世界だ。そうさ、それだけ見ていればとても楽しそうじゃないか。


覚悟は決まった。ボタンを押してTUWをダウンロードする。


といっても、本当に怖くないのかと問われれば、やはり想うところはある。

このゲームが現れてから、批評の嵐だ。ネットの中でも、現実の会話でもよく聞く。ぶつける場所がないから、とりあえず口に出す。

今世紀最大規模の犯罪だと。人がありのように簡単に潰されると。ストレスが高すぎて失神すると。

人々は昔に比べてこの社会のせいでストレスに対する免疫が弱ったらしい。

今までもよくこの社会は大げさに騒ぎ立てたものだが、今回もそれと変わらない。絶望と地獄を必死に表現する言葉や文字の連なりがネットと現実をかき回す。人々をかき回す。ストレスが、そういう季節だと言うように。


軽快な呼び鈴がなる。こんなときに誰だろう。


玄関の前で外の様子を、モニターで確認する。

蓮が立っていた。隣には奈那美もいる。何で今ここに。

俺はオーグのTUWをダウンロードしていた表示を伏せて、ドアを開ける。


「よっ」


蓮が、いつも通り遊びに来る時と同じ様子で挨拶する。


「どうしたんだ? 奈那美まで」


「上がるぞ」


蓮に続いて奈那美も上がり込む。


「あの刑事だけじゃ不安だろ? 俺らも付いて行くよ」


何を言ったんだ?


「何の話だ?」


するとそこで奈那美が、


「この間友綺の後をつけて、ゲームをするって話を聞いたんだ」


え?


「お前、デパートの広場で赤部刑事とコウザカって男に会っただろ」


つけてきた、って。あの話を全部聞いてたのか?


「どうやって……」


「辛かったが、一週間お前ん家を見張ってた」


一週間も見張ってた? 何でそこまで。


「長い付き合いだろ? お前を放っておけるわけない」


「そうだよ。私たちがいるのに、1人で危ないことしないの」


甘い。間違ってる。


「お前らなぁ。これは遊びじゃないんだぞ。本当に危険なゲームなんだぞ。この間このゲームの恐ろしさを話してたばっかりじゃないか。俺なんかのために、あんなもの手出すな」


「悪いけど、俺も奈那美も、ほら」


そう言って蓮と奈那美はHMDと、オーグからTUWのダウンロード履歴を取り出す。


TUWをダウンロードしている。何てことを。


「何で……」


どうして俺なんかのために。そこまで。


「言っただろ? お前が気になって仕方ないからだ」


「1人で勝手に突っ込まないでよね」


「……はあ、何言っても仕方ないよな」


実のところ仕方なくはないが。それでも、仕方ない。


「昂坂さんはお前らまで来るって知ったら……」


「話は通した。お前が行った後すぐにな」


相変わらずとんでもない行動力だな。

俺は興奮した。2人のことを想って叱るよりも、嬉しさを大きく感じた。そして、若干のこれからの不安も、今までの友がいることで消え去ったような気がする。根拠なんてないのに何よりも頼もしい。


こんな友はなかなかいないだろうな。恵まれてる。いや、恵まれてるとか恵まれてないとか、そういうことじゃないな。


「友綺はバカなんだから、私たちがいなきゃダメでしょ?」


はあ、全く。元気が出てきたよ。


「分かった。昂坂さんにあまり迷惑かけるなよ」


「それはお互い様だねっ」


「じゃあ早速プレイしなきゃな。ここでやろう」


俺は2人を居間に通し、自分の部屋からHMDを持ってくる。途中で電源が切れないように、それぞれが充電コードをコンセントとHMDに繋げる。


「そろそろ17時になるから始めるぞ。あっち側の世界に出て来た所で集合だ。いいな、日本エリアだ」


ソファの真ん中が俺、隣を蓮と奈那美が深く腰を落とす。それぞれが手を繋いで、


「じゃあ、行こうか」


了解を得て、頭に被せ電源のついたHMDに、意識を向ける。HMDの中、メニューに目が行く。視界の先の俺の部屋がぼやけてその上にアイコンが並ぶ。目の動きで操作しTUWを開く。起動を見届ける。


TUWが始まる。これから。


「ユーザー認証を完了しました。アプリを起動します」とメッセージが出てくる。


目を閉じて、ゲームに意識がいくために構える。


メニューと違って意識を完全に切り離される。白い光が視界を覆う。両手の繋いだ感覚がなくなる。


真っ白だ。床も壁も天井も、あるのかないのか分からない。地面に足が付いて立っていることが分かるので、おそらく床はあるのだろう。気付いた時にはそうだった。まず足の感覚から。


目の前に文字の書かれた白いパネルが現れた。「Thank You for Playing!! Welcome to The TUW!!」と表示される。


頭の中に女性の指向性音声が流れ始める。「ようこそ、ザ・アルティメット・ワールドへ」


そこで自分がその場でアバターの身体を纏っていることに気が付く。顔も体格も普通としか言いようのない。


「まずは、貴方のこの世界での分身となる冒険者を設定して頂きます。これは貴方を示し、区別する大切な情報です。再設定は出来ませんので慎重に入力して下さい」


白いパネルが次のパターンに移る。既出の文字が溶けて消え、新たな説明がじわじわと、しかし緩やかでなく浮かび上がってくる。

「貴方のキャラクターメイクを設定して下さい」と表示される。

上から「全身パターン」、「顔」、「胴」、「腕部」、「脚部」とある。それぞれをタッチしてみたが更に細かく、眼の輪郭、鼻筋、唇、アゴの形、腕や脚、胴の長さ、太さなど気が遠くなりそうなほど詳細な設定を求められた。

一番下に「現実サイズに合わせる」という項目があった。全身パターンも覗いてみたが、膨大な数の既成キャラの例が表示され非常に悩まされたのでそれを押してみた。すると、いつ測られたのか、顔を含めた身体の上から下まで光の輪を通って、現実の俺と一寸の違いもなく再現された。

普通の男性ユニットから、俺に変わる俺。うん、これが一番しっくりくる。

次にジョブの選択が現れる。これもズラリとスクロールしきれない数が現れて戸惑う。結局はこの世界で生きていくことに変わりはないのだから、面倒だ、という理由で、RPGゲームの定番、普通の直剣をもつ剣士にした。

次に名前を入力する欄が現れる。HMDに登録していた本名から自動的に入力されたのか、既に「トモキ」と入れてある。オンラインゲームに本名を使うのはどうかと一瞬思ったが、蓮や奈那美、昂坂さんに迷惑がかかるし、それに考えるのは面倒だと思ったので「トモキ」のままで次に進める。


「これで設定は終わりになります。ここから先は旅立つことになるので編集不可になりますが、よろしいですか?」と新しいパネルと同時に女性の音声が流れる。待たすのも悪いと思って「OK」を押す。


「春谷 友綺様。冒険者トモキとしてTUWの参加を歓迎します。それでは、いってらっしゃいませ」新しいパネルと女性の音声が俺を導く。


光義を探す。


俺の人生を探す。






大きな冒険の始まりだ。

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