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脱鼠の如く  作者: 朝森雉乃
序章:ねずみという獣
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我々、ねずみという獣について

 読者諸賢は、ねずみという獣をご存知だろうか。いや失礼、当然ご存知であろう。ご存知であるはずだ。ご存知でなければならない。人間ごときが我々のことを知らずに、なにが万物の霊長であろうか。我々でさえこのちっぽけな脳みそで人間のことを良く知っているのだから、きっと諸賢のねずみ知識たるや筆舌に尽くしがたしというもの、ご推察に余りある。

 とはいえ、もし万が一知らぬ者がいたとしても、それを恥じることはない。それは、知る機会がなかったからかもしれないし、我々も広く世界に分布しているとはいえ、人間ほどには場所を選ばず棲むことも出来ないのだから、ねずみを見たことすらない者もいらっしゃるだろう。

 そこで、念のため説明しておくが、我々は同胞のことをチュダイと呼んでいる。英語で言えばラットである。よく日本人は我々を十把ひとからげにねずみと呼ぶが、これからは是非チュダイと呼んでいただきたい。くれぐれもあの間抜けなマウスども――我々はあいつらをヒイクと呼んでいる――とは一緒にしてほしくない。考えるだけで身の毛がよだつというものだ。

 もちろん、いま英語を借りてラット、マウスと説明したが、チュダイとヒイクの差は単に体格ではない。チュダイとはいえ小柄な者もいるし、ヒイクの中にも馬鹿でかく育って大柄なチュダイをも凌駕するほどになる木偶の坊もいる。基本的に、ヒイクどもは我々チュダイと大変姿かたちが似ていて、言葉も通じれば意思も疎通できる、まるで似通う厄介な存在だ。

 しかし、我らチュダイとヒイクどもには決定的に違うところがある。いわずもがな、我々は高潔であり、あいつらは卑劣であることだ。餌に目がくらんでねずみ取りにかかるのも、猫を馬鹿にして逆上させるのも、あの賎しいヒイクどもである。

 その昔、欧州でペストという危険な流行り病を巻き起こしたのもヒイクだ。断じてチュダイではない。あんな野蛮なことをするなど、ヒイクの仕業でなければ考えられない。しかしあの後、人間たちが我々チュダイをどぶから排斥するようになったのは、嘆かわしい事件だった。おそらく卑怯なヒイクどものこと、チュダイに罪をなすりつけるため、大柄なヒイクだけを動かして人間の目を欺いたに違いない。そうに違いないのだ。

 あの時から、もともと良好ではなかったチュダイとヒイクの信頼関係は、完全に崩壊した。

 ヒイクなど、かびたチーズの匂いにかぶれて三日三晩は寝込めばよいのだ。

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