第六章 喧嘩のあと
生まれて初めて華那は救急車に乗った。
「お姉ちゃんごめんね」
サイレンの音にかき消されるほどの小さな声で華那は叫び続けた。
病院で救急治療室に担架に乗せられた咲恵が運び込まれて治療室のドアが閉じられると、華那ははその場にへたり込んだ。間もなく知らせを聞いて母と亮兄ちゃんがやってきた。
「階段から落ちたんだって?」
君子の問いに泣きじゃくりながら華那は頷いた。
咲恵の怪我は予想以上にひどかった。全身打撲の他に頭部を強く打っていて医師は、
「明日検査結果を見てからお話ししましょう」
と言った。
どうしてこんなことになったのか君子に色々聞かれたが華那は答えなかった。答えれば長い間続いた咲恵の虐めについて話さなければならなくなるが、華那は何も話したくなかった。
咲恵が回復するまで一ヶ月以上かかったが、退院した時には傷口は塞がり元の元気を取り戻していた。だが、この時から君子は咲恵を叱らなくなったせいか、咲恵は華那を虐めなくなった。しかし、咲恵と華那はお互いに殆ど口をきかなくなった。
華那が高校に進学した時、長男の亮は大学に進学した。一流大学ではないが、経済学部にストレートで合格した。亮は咲恵にも華那にも優しかったから華那は亮には心を開いて接していた。