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華那……たった十円の奇跡  作者: 梓理(あずおさ)
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第五十一章 後始末

「人の子を大怪我させておいて顔も見せないなんてどう言うことだっ」

 電話の相手は相当に怒っている様子だ。

「失礼ですが、どう言うことでしょう?」

「あんたなぁ、自分の子供が何をしたか知らんとは言わせないぞ」

「ですが、お話の内容が全く分かりませんで、うちの子が何かしたんですか?」

 利昭は絹江から何も聞いていなかった。つい先日デートをした時は上手く行っているから何も心配はないと言っていたが。

「あんたと話しても(らち)が明かんな。学校に明日一〇時に来てくれ」

 そう言って電話は切れた。


 利昭は困った。突然の電話だが先方は相当立腹の様子で会って話を聞かねばならないと思ったが、明日は事業方針と人事を決める大事な会議があって部下のためにも絶対に外せない。咲恵がいたら代わりを頼めるんだが、今更頼めない。仕方なく絹江に連絡をして明日の代役を頼んだ。


 利昭から学校に出向くように頼まれて、絹江はここは利昭に自分をアピールする良い機会だと思って出かけた。

 学校に着くと前に会った翼の担任の教師を訪ねた。そこに人相が悪い男が居た。

「あんたが母親か?」

「いいえ、加藤の代理の者です」

「おいっ、人をなめてんのか。本人が来なくてどうする。何の用で来たんだ? オレは保護者に出て来いと言ったはずだ。あんたには用がねぇ」

「先生よぉ、悪いが校長を呼んでくれ。それとあんたには用がねぇから帰ってくれ」

 絹江はこの手の男は苦手だ。黙っていると教師が、

「橋本さんでしたっけ、済みませんが加藤さんにご連絡頂いて至急お越し下さるように伝えて下さい。このままでは学校側も対応できません。あなたは帰って頂いて結構です」

「加藤は今日外せない会議があって来られません。私がお話をお聞きします」

 それを聞いた男が大声で怒鳴った。周囲に居た教師たちも何事かと一斉に男を見た。

「バカヤローッ 何様か知らねぇがあんたたちは加害者だぜ。なんなら校長だけじゃなく警察にも来てもらおうか」

 教頭が出てきた。

「加藤さんの勤め先の電話番号は分かりますか?」

 教師が番号を書いたメモを渡すと直ぐに電話をかけた。


 翼の学校の教頭から電話を受けて利昭は仰天した。絹江は何も知らせてくれなかったが、相手の息子は頭に四針も縫う大怪我をして今日も病院らしい。怪我をさせたのは確かに息子の翼だと分かった。昨日の男からの電話は大げさな脅しだと思ったが事実らしい。


 会議の途中利昭は理事長に急用ができたと断って役所を抜け出た。学校に着くと、教頭と翼の担任教師が待っていてくれた。

 教頭に謝罪した後、教師に伴われて病院を訪れたが退院した後だったので相手の家を訪ねると雑貨を扱うやや大きな商店の裏だった。どうやら表の商店主らしい。相手の両親が揃った所で、利昭は平身低頭謝った。

「あんたが直ぐに謝りに来ておれば何も文句を言うつもりはなかったがな、聞き分けができん訳の分からん女を寄越すからオレも頭に来たんだ。治療費と慰謝料を払ってくれればそれでいいよ。あんたの息子が悪いわけじゃねぇ。あんたの育て方が悪いんだ。少し前まではあんたの息子は良い子だったよ。うちのとも親しくしてもらってよ」

「言いにくいですが、治療費慰謝料合わせて……」

「ああ、金の話だな。二百五十、そんなもんでいいよ」

 二百五十と言えば二百五十万円だ。利昭は金額が妥当なものか分からなかったが、後遺症など後々のもめ事がないようにするため希望通り支払おうと思った。

「分かりました。恐れ入りますが振込先を教えてくれませんか? 本来は直接現金を持参すべきですが申し訳ありません」

「ああ、そうしてくれ」

 男はメモ用紙に信金の口座番号を書いて寄越した。

「息子のことですが、これからもよろしくお願いします」

「奥様を亡くされたそうですわね。男手で子育ては大変でしょ。以前は塾に通ってないのに良く勉強が出来て大人しいお子様でしたからうちのドラ息子のいいお友達でした」

 母親の方がそう言ってくれて利昭はほっとした。旦那の言う通り自分の育て方が悪いのだと素直に受け取った。


「翼ちゃんは私から良く言い聞かせて叱っておきましたわよ。最近悪くなったと先生は言ってましたけど、反抗期に入ったのかしら」

 利昭は咲恵がいなくなったのが子供たちに影響をしているのかと薄々感じていたがそれを絹江に言うわけにはいかなかった。翼をどんな風に叱ったのか知りたかったがそれも言いそびれた。


 学期末に受け取った翼と雛の成績表を見て利昭は驚いた。予想以上に悪く、教師のコメントの裏に家庭環境の変化が原因ではないかと察するような内容が書かれていた。利昭にとってはどうしようもないことだ。

 翼が起こした事件以来、絹江は一週間に一度か二度しか利昭の家に来なくなった。食事の支度をするでもなく、部屋を簡単に掃除する程度だ。夕方帰宅した子供たちに小言を言い終わると家を出た。毎回叱るので翼も雛も家に帰るのが嫌になって寄り道してなるべく遅くに帰宅することが多くなっていた。


 雛は最近しっかりしてきて朝食の支度をしてくれるし、学校から帰ると掃除洗濯もするようになった。母親が居ないので自然にそうなった。利昭は食事の下拵(したごしら)えや掃除洗濯は絹江がやってくれているものと思っていたが改めて絹江に様子を聞いたことはなかった。


 そうこうしている間に、翼は中学生になり、雛は五年生になった。休日出勤が増えて子供たちと接する機会が減って、子供の様子は絹江を通して聞くしか方法がなかった。早めに帰宅した夜、

「今度家族揃ってディズニーランドに行かないか?」

 と誘ってみた。

「あの人も一緒でしょ」

「そうだね。四人で楽しく見て回ろうよ」

 すると雛が、

「おばさん大嫌い。パパだけおばさんと遊んできたら?」

 と行かないと言い出した。

「どうして?」

「パパ、何も知らないんだからぁ。あたししょっちゅうオバサンにお尻を叩かれてるの。恥ずかしいったらありゃしない。ひどい時はお尻を(つね)るのよ」

「ほんとか?」

「あたしがウソ言ってると思うの。ほら」

 雛はパンツをめくってお尻を見せた。赤い(あざ)が何カ所にも付いていた。利昭は言葉を失った。絹江が時々叱っておきますと利昭に話していたのはこのことか。

「僕もオバサンと行くなら遠慮するよ。あんな人と行っても楽しくないよ」


 雛は今でも時々咲恵に電話して会ってもらっていた。だが、会ったことは誰にも言わなかった。咲恵は雛の母親のように悲しい話も楽しい話も良く聞いてくれるし、抱きしめられた時の温もりが雛の心を慰めてくれた。雛の話を聞いて、咲恵はたまに翼を呼び出して悩みごとの相談に乗った。翼は咲恵には素直に色々な話をした。咲恵は子供たちが不憫で可哀想に思ったが、自分の立場では何もしてあげられないもどかしい気持ちになった。


 時は流れて、梅雨が明けた頃利昭と絹江の結婚式の予定が進んでいた。利昭にとって絹江は妻として満足な女性ではなかったが、利昭には他に選択肢がなかった。

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