第五章 子供の人生
旦那の敏夫と相談して華那を養女とすると決めて手続きを進め始めたものの、華那の両親と華那の親子関係を自分たち夫婦の一存で断ち切ってしまってもいいものだろうか? 考えてみれば自分たちは恐ろしいことをしているのではないかしらと君子は思った。自分がお腹を痛めて生んだ子供の人生ならば親が子供の人生を決めたとしても許されるような気はするのだが、華那と特別養子縁組関係を結んでしまうと、戸籍上華那の生みの親は存在しなくなるのだ。けれども、無邪気に遊ぶ可愛らしい華那を手放したくない気持ちが勝って、難しい問題には目を瞑った。
華那との特別養子縁組の手続きは滞りなく終わって、華那が君子の子供になって間もなく、華那は小学校に上がった。
華那はすっかり明るさを取り戻し、学校の教師の評価も良かった。お友達もできて、時々お友達を家に連れてくるようにもなった。
小学校ではお稽古事をしている子が多かったが、君子の家計ではお稽古事をさせるほどの余裕はなかったから華那は学校から帰って宿題を済ますと商店街を遊び歩いた。
月日が経つのは早いもので、華那は小学校六年生、一つ上の姉は中学生、長男のお兄ちゃんは中学3年生になった。上の子たちの成績は中位だったが、華那は成績が良くクラスで一位、二位を競うほどだった。君子は実の娘咲恵を叱りつけた。
「華那は宿題を済ませてから遊びに行くのになんで咲恵は宿題をほったらかして遊びに行くの? そんなだから成績が悪いのよ。少しは華那を見習いなさい」
「ママ、華那が街に出てどんなことしてるか知ってるの? 華那の全てを知ってから文句を言えば」
「そんなことは結果を出してから言いなさい。華那は結果を出してるでしょ。先生の評価もいいんだから」
「ママは実の娘よりもらいっ子の方を贔屓するんだからぁ。やってらんないよ」
女の子も中学生になると、口論では母親に負けてないのだ。
子供を育てる上で姉妹を比較して一方を叱ると、姉妹の心の中に亀裂ができてしまう。そんなことが続いて、年上の咲恵は陰で華那を虐めるようになった。最初の間は遊ぼうと外に連れ出して、突き転ばしたり叩いたり華那の洋服をわざと汚したりしたが、次第にエスカレートして大切にしている物を捨てたり、ランドセルの中に虫を入れたり陰湿な虐めを繰り返した。それでも華那の成績が落ちることはなかった。華那は姉の咲恵がやっているのを分かっていたがやられても黙って我慢していた。
そんなある日、華那が咲恵の虐めに抗い咲恵と口論している内に寺の参道の階段付近でもみ合いになり華那が押した弾みに咲恵は階段から転げ落ちてしまった。頭から血を流して倒れている咲恵に、
「お姉ちゃん、大丈夫」
と声をかけたが反応がない。華那は泣きながら近くにいた大人に助けを求めた。