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華那……たった十円の奇跡  作者: 梓理(あずおさ)
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第三十八章 資産作り

 株式売買で何とか儲けてみたい。美津彦は毎日そんな事を考えていた。平日会社で勤務中は部長職は結構多忙だ。だから明けても暮れても相場、相場と言うわけにはいかないが、ネット証券会社を通じて株式取引を始めると、昼間仕事の切れ目の空き時間を利用して密かに相場を覗くことはできた。部長席は一般の社員の席より少し奥まった所にでんと構えており、誰かが故意に覗き見しない限り他人に机上のパソコンの画面を覗かれる心配はない。席を外す時は必ず仕事用の画面に切り替えたから部内の誰も美津彦が時々株式相場をチェックしているなんてことを知らなかった。

 休日自宅で相場の一覧表をアップしてじっくりとローソク足と出来高表、それにチャート(株価推移グラフ)を銘柄毎に調べてみた。ローソク足とは一日の株価上下の振れ幅を示す棒グラフ線で株式取引をしている者なら誰でも知っている。

 それで分かった事は銘柄によっては毎日上下大きく株価が変動するものがある。

「株式売買で儲けるってことは高く売って買値より安い値段で買うか、安く買って買値より高い値段で売り抜けるってことだよな。こんな単純なことがどうして上手く行かないんだろ」

 美津彦は書斎で独り言を言いながら更に相場表を調べてみた。そこに襖が開いて妻の澄子が顔を出した。

「お隣から月餅を頂いたの」

 お茶と月餅を乗せたお盆をテーブルの隅に置くと、

「また相場ね。あなたお金儲けが下手くそね。たまにはあたしにお小遣いくれるくらい稼いで下さらない」

 といつもの皮肉が出た。

「分かったよ。そのうち儲けて見せるから楽しみにしててくれよ。邪魔だから戻っていいよ」

 と澄子を追い払った。


 色々相場表を見ている内に、毎日九時~十時半に殆どの銘柄がその日の高値を付け、後場、つまり午後の相場は値下がりしている。この傾向は殆どの銘柄が同じ動きをしている。だが日によっては前場は安い値段で推移し、後場徐々に値段が上がり高値引けする。

「何故日によって高値引けになるんだろ」

 それでネット証券会社から毎日送られてくるその日の相場予想記事を読み返してみた。そうすると相場が強く、つまり誰もが買いたいと思うような相場を形成する日は高値引けすることが多いことが分かった。


 美津彦の手持ち残高はたった三十万円程度に減ってしまっていた。だが、不景気で相場全体が低迷しているため、一つか二つの銘柄を買うことができた。そこで美津彦は毎日その日の高値付近で売って、後場値下がりした時に買い戻すようにした。このように毎日売買するやりかたを世の中ではデイトレードと呼んでいる。つまり美津彦はデイトレードを始めたのだ。相場が強いと思われる日は前日買い戻したものを前場に売らずに十五時近くに売る。

 相場は毎日思った通りには動かないが、買値より十円以上上がれば売り、売値より十円以上下がれば買うと決めていた。一日の値動きが大きい銘柄を選ぶと大体思った通りに売買できた。

 ネット証券会社の売買手数料は売買金額が小さければ手数料も安い。だから以前証券会社の担当者に売買を依頼していた頃に比べて売値と買値の差が十円以上あれば儲けが出た。仮に株価五八〇円前後の株を五八五円で売って五七〇円で買い戻せたとすると約二.五%の儲けとなる。売買手数料や取引税を差し引いても二%程度の儲けだ。


 儲かった分は再投資して決して株式以外には使わないようにしてデイトレードを繰り返し一年が過ぎてみると最初の手持ち残高の7.5倍にも増えていた。

 二年目が過ぎた。手持ちの残高は最初の五八倍にも達していた。つまりデイトレードの元手三〇万円だったのが一七〇〇万円を越えていた。三年目には八〇〇倍と少し、手持ちの残高は二億四〇〇〇万円まで増えていた。

「信じられんなぁ」

 美津彦はパソコンの画面に映し出された証券会社の残高表を見て(うな)った。毎日たった十円の勝負なのに千株だと一万円の差になるのだ。もちろん十万株を動かすと百万円の差だ。出来高の少ない銘柄で十万株も売買すると相場が荒れる。だから取引量が増えるに従って銘柄数を増やし分散して小口で売買したり、出来高の多い銘柄に移したりそれなりに苦労をしていた。

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