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華那……たった十円の奇跡  作者: 梓理(あずおさ)
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第三十四章 美津彦

 新道美津彦(しんどうみつひこ)は工業高校を卒業すると神奈川県東北部の中堅の電子部品メーカーに技術者として入社した。入社当時は従業員一〇〇名足らずの中小企業だったが、輸出が好調な映像機器用部品のお陰で業績を順調に伸ばしていた。入社して間もない一九七三年秋、オイルショックが勃発して経済界に嵐となって吹き荒れ対ドル為替相場は二百六十円代から一気に三百円代まで暴落したが、輸出中心だったため業績への影響は少なく、多忙な日々を送っていた。美津彦がようやく仕事に慣れてきた一九七九年夏、S社から発売されたウォークマンが爆発的に売れ始め、その部品の一部を担う会社の業績は更に伸びて、従業員は三百名以上に膨れあがりその頃美津彦は係長に昇進した。

 

 毎日深夜近くまで残業している美津彦のテーブルに[お仕事お疲れ様]と書かれたメモをクリップで留めた紙袋が時々置かれていた。袋の中にはおにぎりが入っていたり、サンドイッチが入っていたりした。

「誰が置いて行ったんだろ?」

 最初は何だか気持ちが悪くて食べずにそっとゴミ箱に捨てた。毒入り饅頭を連想したためだ。そんなことが何回か続いたある日、メモに初めて差出人の名前が書かれていた。

 長谷部澄子と書かれていたのだ。[捨てずに食べて下さいね 長谷部澄子]

 美津彦が知らない名前だ。

「誰だろう? 下請けの人かなぁ」

 正門の守衛室に電話をして夜誰か入門しなかったか聞いてみた。

「男なら三名いますが、女の来客はなかったです」

 仕事が多忙で長谷部と言う名前の女性を調べている暇がなかった。しかし、夜食の差し入れは時々ではあったが続いていた。美津彦は相変わらず食べずにゴミ箱に投げ込んだ。

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