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華那……たった十円の奇跡  作者: 梓理(あずおさ)
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第三十一章 妊娠

 待ち合わせ場所に行くと、松葉杖をテーブルに立てかけた史朗がにこにこして手を挙げた。華那はこの瞬間涙が出てしまうと思うほど嬉しかった。

「しばらく会わないうちに素敵な女性になったなぁ」

 今までは妹を見ている目しか感じなかったがこの時初めて華那は史朗が自分を女として見ているような気がした。

「カフオレ頼んだけど何にする」

「あたしブラック」

 店員にブラックコーヒーを追加オーダーした史朗は、

「話が溜まっちゃったな」

 と呟いた。

「あたしも。何から話せばいいんだろ」

「あはは、僕たちそんなにお喋りじゃないのに話が溜まっちゃうなんておかしいね。ところで僕に話したいことあるんだろ?」

 華那はどう話を切り出そうかと思いながら、

「あたしレイプされちゃった」

 と唐突に言ってから顔が紅潮して唇が震え、知らず知らず涙が頬を伝った。少し離れた席の女性がこちらを見ているような気がした。史朗の顔に驚きの眼差しがあった。

「それって本当か? どこで? 相手は華那が知ってるやつか?」

 今度は怒りの表情が史朗の顔に表れた。

「お友達と思い出作りに伊豆に行った時、知らない男性のグループと合流してバーベキューパーティーやって、その時無理に呑まされちゃって意識を失ってしまったらしいの。それでいつの間にか民宿の部屋に担ぎ込まれて、朝起きた時は誰もいなくて……」

 華那は言葉に詰まって泣き出しそうだ。

「レイプされたのは確かなのか?」

「警察に通報して病院に同行してもらって婦人科で診てもらったら間違いないって」

「華那をやったやつは見付かったのか?」

「一応捜査してもらったけど、まだ見付からないみたい」

 史朗はしばらく黙って優しい目で華那を見つめていた。

「で、どうするんだ?」

「どうするって?」

「決まってるだろ。妊娠だよ」

「お医者様は妊娠したと分かったら出来るだけ早く堕ろした方がいいって」

「だろうな」

「ご両親はなんて言ってるんだ?」

「警察で両親には内緒にして下さいって頼んだの」

「ってことは、まだご両親はレイプされたことを知らないんだ」

「ん。このことを姉に知られたら意地悪されるから」

「だろうな」

 君子は華那を引き受けた時から自分の実の娘だと思って育ててきた。だが、その思いがあって、何かにつけて実の娘の咲恵より気を遣ってきた。無意識にそうなってしまっいる自分を第三者が見たら多分差別しているように映るだろう。華那はそれを感じていた。そのため、実の母子なら真っ先に母親に相談するだろう重大な事実を母親に隠した。


 史朗は華那の顔を見ながらじっと考えている様子だ。華那も黙っていた。

「もしもだよ、赤ちゃんができたら堕ろすのか?」

「まだ分かんない」

「華那がもし誰か好きな人と将来結婚したくなった時、子供が居たら不利だよね」

「相手にもよるけど、多分。史朗さんがその恋人だったらどう思う。男性として」

「僕は本当に相手と愛し合っていたら産れてくる他人の子も一緒に愛するだろうな。でも……」

「でも?」

「想像付くと思うけど、僕の両親は大反対すると思う。その時僕が頑張り通せるか今の時点じゃ自信がないなぁ」

「ってことは別れることもあるってことね」

「そうだね。両親がどうしても折れてくれなければ別れてしまうと思う」

「相手の女性にしがみつかれても」

「結婚後の相手の女性の幸せを考えて心を鬼にして振り払うかも。これって怖い話だよね。ドラマなんか見てると良く出てくる場面だけど、実際に僕の問題になったらその場の情に流されて曖昧にすることはないと思う」

「子持ちだと実際には結婚は難しいってことよね」

「最近離婚、再婚が増えてるから必ずしも難しいとは思わないよ。自分たちのことばかり考えずに子供には愛してくれる両親が必要だからって自分たちが犠牲になって結婚をする人も居ると思う」

「華那は好きな人ができたら将来結婚したいんだろ?」

「もちろんだよ。あたし今は本当の家族が居ないから自分の温かい家庭を持ちたいって気持ちあるから」

 史朗はまた考え込んだ。しばらくしてから、

「華那さん、また会おうよ。大切な話だから自分で納得できるまで考えた方がいいよ」

「史朗さん、ありがとう。実はお願いがあるの。はっきり言うと四万円貸してくれない?」

 突然お金の話になって史朗は驚いた。

「急用なのか」

「伊豆の婦人科と民宿から請求書が来てて、あたしお金ないから困ってるんだ。お母さんには頼めないし」

「今手持ちないし、困ったなぁ」

「ダメ?」

「分かった。ちょっとそこまで付き合ってよ」

 史朗は立ち上がってレジを済ませて店の外に出た。華那は慌てて史朗の後を追った。


 銀行のATMコーナーはまだ開いていた。史朗は預金を下ろすと黙って華那に銀行の封筒を手渡した。

「返さなくてもいいよ」


 史朗がくれた封筒には五万円入っていた。華那は封筒をしまったバッグを抱きかかえるようにして家路を急いだ。

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