第三章 悲しみの末
遺体を引き取り葬儀を済ますと、手元の貯金は底をついた。これからどうしよう……。
有華は途方に暮れた。会社からわずかな退職金と慰労金を受け取って一息ついた時、均の生命保険金を受け取った。
この時から、有華は性格が変わったように無口になりいつも虚ろな目で遠くを見つめていることが多くなった。華那を幼稚園に預けてマンションに戻ると掃除や洗濯が面倒になり華那を迎えに行くまでの間、ぼんやりと過ごした。明るくて何をするにも積極的だった面影は消えて、家の中は汚れた衣服が乱雑に散らかり、流しには汚れた食器がそのまま放置されていた。
華那が保育園に通っている時、華那より一歳年上の土田咲恵と仲良しになった。それで咲恵の母親の君子と有華も親しくなり、同じマンションの一つ上の階に住んでいることもあって、いつの間にか行き来が増えて有華がお出かけの時華那を預かってもらうことが多かった。
華那が幼稚園に上がってからもこの関係は続いていた。
幼稚園のお誕生会で珍しく有華の顔が見えなかった。先生と君子は揃って、
「今日はママはどうしたの?」
と華那に尋ねた。
「……」
華那はうつむいて黙っている。
「お出かけされたの?」
華那はポロポロと涙を流して、
「ママ、お休みしてるの」
とか細い声で答えた。
「具合でも悪いのかしら」
先生と君子は顔を見合わせた。
華那に夕飯を食べさせると君子は華那の手を引いて有華のところを訪ねた。玄関を入って、君子は言葉を失った。腐敗した食べ物の臭いが漂い、汚れた衣服がそこら中に散乱していた。寝室を覗くと痩せこけた有華がベッドの上で薄目を開けて軽く会釈した。
「体調を崩されたの?」
有華はそれには答えず起き上がって、
「君子、ごめんね」
とすすり泣き始めた。華那はその様子を黙って見ていた。
翌日君子は有華のところに上がり込み掃除洗濯をして、華那を自分のところに連れて行った。それ以後君子は華那の面倒を見るようになった。
君子には咲恵の他に三つ年上の亮と言う息子がいたが、華那には自分の娘のように接したから華那は君子に懐いた。華那は有華の明るくて積極的だった性格を引き継いで、可愛らしかったから君子の息子とも仲良くしていた。
そんなある日の夜、珍しく君子のところに有華が訪ねて来て、
「しばらく家を空けますのでよろしくお願いします」
と華那が当面使う衣服や身の回りのものを包んだ風呂敷包みを預けて出て行った。
君子が預かった風呂敷包みを開いて整理していると、茶封筒が一緒に入っていた。開けて見ると、よろしくお願いしますと書かれたメモに添えて華那の母子手帳、華那名義の預金通帳、印鑑などが入っていた。通帳には三百四十五万円が入金されていた。
一週間が過ぎても有華から何も連絡がないので、怪訝に思って君子は有華の所を訪ねた。だが施錠されておりドアをノックしても返事はなかった。
「おかしいわね」
君子が戻ろうとすると、隣のドアが開いた。
「あのう、つかぬことをお伺いしますが、岸田さんはずっとお留守ですか?」
「あら、岸田さんは四、五日前だったかしら、引っ越されましたよ」