第二十四章 外泊
「咲恵、学校でしょ。早く起きないと遅刻するわよっ」
君子は娘たちの部屋のドアーを開けた。
「おかしいわね。もう出かけたのかしら」
咲恵と華那は同じ部屋だったが、いつも華那の方が早くに家を出るので、夕べ咲恵が帰ってないなんて知らなかった。華那は何も言っていなかった。君子は手早く洗濯物を干して、流しの汚れ物を片付けて家を出た。娘たちが大きくなったので、昼間は近所の商店の手伝いとしてパートをやっている。息子の亮は大学生になってからほったらかしにしていた。
咲恵がホテルで目を覚ました時は窓のカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。辺りを見て、ホテルの一室だと直ぐに分かった。昨夜のことは何も覚えていない。洋服は着たままだ。
咲恵は起き上がるとサイドテーブルの上のメモを見付けた。
ハナさん、支払いは済ませてあります。バイキング朝食の分も払ってありますから、朝食を済ませてからお帰り下さい。ハナさんには指一本触れてないから安心して下さい。
下の方に携帯の電話番号と是非また会おうねと添え書きされていた。ハナはメモ用紙をポケットにしまうと朝食を済ませてチェックアウトした。
学校のカバンは昨日家に置いてきた。仕方なく一旦家に戻って出直した。もちろん学校は遅刻だ。
アイパッドを貸してくれた友達が意味ありげに咲恵の顔を見てウインクした。昼休みは彼女の尋問から逃げられないだろうと思った。直ぐに昼休みになった。
「ねぇ、どうだった? 彼ってイケメンだった? もちろんやったんでしょ?」
予想通り質問攻めだ。咲恵は正直に昨夜の事件を白状した。
「もしかして不倫?」
「そんなことまだ分かんないよ」
「また会うんでしょ」
「ん。もう一度会ってみたい。紳士的なオジサンだったよ」
咲恵はこれ以上話したくなかった。何か秘密を持ってしまったようで、それだけでドキドキした。最初に会った次郎と言うオジサンも魅力的だったが、どうやら大学の同期みたいだったから二股は止めておこうと思った。
こうして咲恵と利昭の付き合いは始まった。家出して神待ちをしたわけではないけれど、似たようなものだ。思った通り利昭は礼儀正しくお茶や食事はご馳走してくれるが、ホテルに誘うようなことはなかった。デートは大抵金曜日の夕方、時により夜遅い時間の時もあったが、遅い時はタクシーに乗せてくれた。家族は小学生の息子と娘が二人だと話してくれたが、奥さんのことを聞くと口を濁してきちんと話してくれなかった。咲恵は次第に利昭が好きになり、奥さんのことはどうでもいいと思った。最初から不倫だと分かっていたから恋愛して結婚するなんてことは考えていなかった。
「子供に迫られてね、今度の日曜日ディズニーランドに連れて行かなきゃならんのだけど、ハナさん付き合ってくれるよね」
「どうしようかな」
咲恵は正直一瞬迷った。利昭だけなら遠慮する理由はないが、子供たちと一緒なんてどう接して良いのか分からないから今ひとつ乗り気になれなかった。
「ダメか。仕方ないな。今回は止めておこう」
残念そうな利昭の横顔を見て、
「あたし行きます」
咲恵はそう言ってしまった。




