第二章 幸せだった頃
Q大の工学部資源工学科を卒業した岸田均は大学を卒業すると上京して都内の東洋冶金と言う会社に就職した。均が学んだ資源工学科は昔は採鉱学科だったがその後資源工学科に引き継がれ現在は地球環境工学科に変わった。特殊な分野であり教授の紹介もあり、就職難の時代にもかかわらず運良く一発で採用が決まった。
入社後社会生活に慣れた頃、二年後輩で庶務課に在籍する副島有華と出会い恋に落ちた。有華は東北出身で地元の大学の経済学科を卒業したものの、在学中就職活動に相当苦労し、卒業間近にようやく東洋冶金に内定が決まった。均は真面目な青年で学生時代女性と交際したことがなく、明るく積極的な有華の誘いに迷いはなかった。二人が三ヶ月ほど交際を続けたある日、初めて有華のワンルームを訪ねた時、
「僕たち結婚しないか?」
と均が切り出した。恋愛ドラマに出てくるプロポーズのシーンに比べるとまったく味気ないが有華は、
「いいわよ」
と素直に同意した。有華は均の首に腕を回し唇を重ねそのままベッドに誘った。
東京郊外のマンションに新居を決めてから、質素な結婚式を済ませ新婚旅行から戻ると新生活が始まった。毎日二人揃って通勤しようやく生活パターンが決まってきたある日、有華は妊娠に気付いた。
「あたし、できちゃった」
と下腹部を撫でる有華を均は抱きしめた。
菜の花が咲き始めた早春に有華は女の子を出産した。名前は均が考えて華那とした。母子共に健康で出産を機会に有華は退社して専業主婦となった。華那は両親に可愛がられすくすくと成長、あっと言う間に四歳の誕生日を迎えた。親子三人睦まじく幸せに過ごしていたある日浮かぬ顔をして均が帰宅した。
「来週から海外出張を命令されちゃった」
「どこへ行くの?」
「オーストラリアからアフリカに渡る予定。レアメタルの鉱脈探しだから一年以上かかると思う」
「そんなにぃ」
「ん。ある意味宝探しみたいなものだから」
均が出張してから半年ほど過ぎた時、会社の総務部長から電話があった。
「なんとお伝えすればいいか……実は岸田君がスーダン、スーダンは分かりますね。そこで内戦に巻き込まれて亡くなられたと外務省から連絡を受けまして……」
有華は電話の途中から泣き出してしまった。大丈夫ですかと言う部長の声が次第に遠ざかり華那を抱きしめたまま倒れ伏した。