第十三章 咲恵の恋
咲恵は母から受話器をもぎ取ると、
「もしもし、あたし姉の咲恵です。何度も電話をしたのに出てくれないのはどうして?」
「……」
史朗は答えなかった。
「もしもし、聞いてるの?」
「聞こえてます。華那さんに代わって下さい」
「あたしじゃダメなの」
「困ります」
史朗はこんな場合の応対に慣れてなかった。
「すみません、華那さんに代わっていただけないなら切ります」
咲恵も困った。仕方なしに、
「華那だってよ」
とぞんざいに受話器を華那に渡した。
「もしもし華那です。何か?」
「今夜、僕の所に来れない?」
「お友達と一緒でもいいですか?」
「困ったな。ライブチケットもらったんだけど二枚しかないんだ」
「じゃ、一人で行きます」
山形との会話はもちろん咲恵も聞いていた。
「今夜何時の約束?」
「お姉ちゃんに関係ないでしょ」
「一人で行ったら許さないから。」
「仕方ないなぁ。じゃ一緒に行ってあげる」
結局華那は姉に譲って一緒に出かけた。山形のマンションに行くと、史朗は当惑した。
「チケット、二枚しかないって言ったよね」
「はい。でも姉がどうしても一緒じゃないと許さないって言うから。あたし遠慮しますから、姉と一緒に行って下さい」
いつもそうだ。咲恵に強引に押されると華那は譲ってきた。今夜も仕方なく咲恵に譲った。史朗は不満そうだったが、ごめんなさいと謝って立ち去った。華那は図書館に向かった。八時までなら開いている。
咲恵は史朗に積極的だった。史朗の腕に自分の腕を絡めて駅に向かった。ライブ会場は賑わっていた。咲恵は恋人のように史朗に抱きついてリズムに合わせて燃えた。
積極的な咲恵の行動に史朗は最初は戸惑ったが、華那の姉なので邪険には扱えず、次第に咲恵のペースにはまり込んだ。
深夜、咲恵は少し酔って家に戻った。君子はそんな咲恵を叱ったが、ベッドに入ってからも咲恵は気分が高揚していた。華那はもう寝息を立てて眠っていた。