其の六
the location of the missing makino
二階も先が見えない暗闇に包まれており、霧塔の懐中電灯の明かりだけが淡く浮かび上がる。
一階と同様に一つ教室を開いては蒔野の名前を呼び、探し歩く。
二人は長い間、暗闇にいたため、目も慣れはじめていた。歩く廊下にさし込む月明かりは、教室の扉側を照らし返している。
各階にある教室はそれ程多くなく、七つ程であった。迷う事なく進み入る霧塔。その手を握る柑菜も一緒に、教室内に入り蒔野の姿を探す。
二階全てを回り終わる頃。蒔野の姿はここでも見当たらず、引き返す事になった。
静まり返る校舎に二人の足音が不気味に響く。柑菜はふと、外窓を眺めた。
月の浮かぶ様子が見えた先、三階角辺りの校舎が見える。外と同じく暗闇があるが、何かの明かりが一瞬、柑菜の目に映り込んだ。
その明かりに柑菜は驚きの声を漏らし、足を止めて動かない。霧塔を握る手が歩く事を引き止める。霧塔は、そんな柑菜の様子に気付いた。
ただ、外窓を眺め続ける柑菜。
その視線の先を追い、同様に三階を眺める。だが、明かりは霧塔の目に映る事はなく、深い暗闇だけが映る。
「どうかしたか?」
再び柑菜の顔を覗き込むようにして、話しを聞く霧塔。
三階に一瞬見えたという明かりを確かめるために、二人は三階の階段へ向かう事にした。
校舎はL字のような建物で、柑菜は角の方で明かりを目撃している。
先程の事もあり、緊張が和らぐ事はないが、ずっと握る手の温もりに何処か安堵する。柑菜は少し顔が緩み、笑顔を取り戻していた。
「まずは、柑菜が明かりを見た方を調べるか?」
「うん」
三階に着いた霧塔は一息入れるように、柑菜の顔を眺める。頷く柑菜を確かめると、再び歩き始めた。
二階と違い、三階の窓からは月が間近に迫り、大きく映る。
やがて一つの教室前に来ると、二人は立ち止まった。霧塔は勢いよく、その扉を開く。
二階の時と同様に教室内やベランダと、懐中電灯で照らすが誰の姿も見当たらない。
一瞬の見えた明かり。目の錯覚もある。
柑菜はばつが悪そうに表情はかたく、黙り込んでいる。
そんな柑菜の手を優しく引き、再び移動する霧塔。違う教室を調べるために。
今だに行方の解らない蒔野。何故トイレから姿を消したのか?
柑菜は、同窓会にも段々と疑問を抱き始めていた。卒業以来、中学校時代のクラスメイトには会っていない。
引っ越してからは、地方へ行った事もあり、現在の住所は誰も知らないはず。
それなのに何故、招待状が届くのかと考えていた。まだ学校へ訪れてから、不可解な事に短時間で出会ったため、闇の不気味さも加わり疑心暗鬼になり出している。
そんな柑菜の心中とは裏腹に、蒔野の姿を探すために次々と扉が開かれていく。
順に二つ・三つ・四つ・五つと開いた時。柑菜は、先程までの静寂とは違う気配を教室内から感じた。
鳥肌が立ち、思わず足を止める。霧塔は手を引くが、微動だにしない柑菜に引き戻される。
驚き、柑菜の顔を眺める霧塔。その目に、渋る表情を浮かべた柑菜が映る。
「気分が悪くなったのか?」
「う、うん……」
月明かりの照らす廊下は、教室内より明るさが残る。
霧塔は柑菜に待つように言うと、一人教室内へと入っていく。廊下に残された柑菜は、なるべく明るい位置に佇み、怖さをまぎらわす。
数分の事とはいえ、やはり真夜中の学校は不気味。教室の窓越しから、霧塔の持つ懐中電灯の明かりが淡く映る。
その移動する様子を外から眺める柑菜。早く戻って欲しいと願い静かに見守っている。
明かりが中心辺りまで移動した時、懐中電灯の明かりが、二・三度、点滅した。
柑菜は緊張し、息を飲んだ。やがて、明かりが消えてしまった。
「霧塔、大丈夫? 電池切れちゃったの?」
動揺の色を隠せない柑菜の声は、少し震えていた。
扉の方へ近付く。
中は暗闇。柑菜には何も見えない。少しずつ体を中へ入れ、霧塔の姿を探す。
消えた中心へ目をやると、床に転がる明かりが一つ。柑菜はゆっくり近付き、その明かり、懐中電灯を手にした。
霧塔の持っていた物。柑菜はくまなく教室内を照らしたが、霧塔の姿を見付ける事は出来なかった。
廊下に出て同様にくまなく照らすが、霧塔の姿は何処にもない。
霧塔の名前を呼ぶ。
闇の静けさに脅える声が木霊した。
再び、柑菜の喉元が鳴る。
まだ調べていない残された教室へ足を向けて、一人で霧塔や蒔野を探す事にした。
見当たらない二人。
一体、二人は何処へ消えたのか。広い校舎を一人で探し歩く事に、限界を感じ始める。
再び一階へ足を向け戻る事にした。その顔には冷や汗が浮かび、表情は険しい。職員室前まで戻った柑菜。
二人がいる事を祈り、勢いよく開く。だが、人の姿は何処にもない。肩を落として正面、出入り口へ移動した。
下駄箱付近にも二人の姿は見えない。柑菜は何度も振り向きながら、外へと出た。
暗闇の中、一人では広く感じる広場の校舎前。数分待つと、柑菜はその場から離れた。来た道を急ぎ足で引き返す。
早く、霧塔家に戻り、二人を捜索してもらうために。
一人で探すには広い学校。まして、不気味さが増し柑菜の頭痛を酷くさせていた。
夕暮れ時、途中で出会った警察官との場所まで来た時。辺りの草むらが激しく揺れ、その音で柑菜は足を止めた。
懐中電灯をその方向へむける。辺りの闇を取り除く明かり。
「誰? 霧塔? 蒔野さんなの?」
微かに震える声。
柑菜の懐中電灯を持つ手も震え、明かりが揺れていた。
その先に、白い服が映り込む。明かりが徐々に上半身を撫でるように辿る。
そこには、うつ向き加減の黒髪、おかっぱ頭の少女が。
その見覚えある姿に息を飲む。声を上げようとした瞬間、強い光が視界を遮った。眩しさから一瞬目を瞑る。
両目を再び開いた時、少女の姿は消えていた。安堵する間もなく、その直後、柑菜に酷い頭痛が襲い始めた。
あがる息。
上手く呼吸が出来なくなり、その視界が歪み、体が地へ崩れ落ちる。
意識を失った柑菜。
側を転がる懐中電灯。その明かりの先に、人影が映り込む。無防備な柑菜へと、迫る人影が。