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其の四

elementary school

まだ人通りがある痕跡が草花の踏みしめ具合いで解り、獣道を進んだ先。傾斜が終わったのか少し拓けた道に出た。

 平行に体が保てる目線には、先程までいた鴉朱村の様子が眼下に広がっている。


「柑菜。あそこに屋根が見えるだろう? あれが小学校だ」


 一息入れる霧塔が柑菜の背後で、眼下の鴉朱村とは反対方向を指さしている。

 その声に振り返り、指さす空を見上げた先に茶色い木造建ての校舎が森の間から見えていた。


 拓けた場所からは整備されたように草花が抜かれ、剥き出しの黄色い土道が続いている。

 その道を二人は辿るように再び歩き出す。暫くすると前方から錆びた物音が聞こえてきた。


 その音が気になり、霧塔の背後を歩いていた柑菜は覗き込むようにして横から顔を出す。

 視界には前方から白い自転車に跨り、ゆっくり進む人の姿が映り込む。


 自転車は二人の前まで来るとブレーキ音と共に止まり、乗っていた男が声を掛けてきた。


「珍しい顔だな。客人かい?」


 気さくそうな顔をみせる男は、都会でも見慣れた薄い青色の半袖の服と黒いズボンを履き頭には黒い帽子がある。

 警察官だ。

 錆びた車輪から歪な音がするのを聞き慣れた様子で気にも止めず、二人の顔を珍しそうに覗き込む。


「昨日、この村に来ました。霧塔家にお世話になっています」


 霧塔は簡単な会釈を交している。“霧塔家”の名前を聞くと警察官は“あぁ”と事情を知る様子で、頷く。

 余り遅くなると灯りがこの辺りには無いため、早目に家へ戻るようにと促した。そして、再び自転車に跨り二人の横を通り過ぎて行く。


「私達の事、鈴ちゃん達から聞いたのかな?」


 手を振りながら立ち去る警察官の後ろ姿を見ながら、柑菜は不思議そうに頭を少し傾ける。


「小さな村だからな」


 再び霧塔は歩き出す。

 柑菜も元通り向き直して、その後ろを歩く。見上げる空は薄く赤みがかかり出している。

 鴉朱村の小学校の敷地内には中学校も一緒に建っている。村にいる子供の数も昔から少なく、運動会など何かの催しは一緒にしていた。


 二人が訪れた時もそれは相変わらずのようで、古びた校舎が二つひっそりと存在している。

 今回の同窓会は“小学校”でとあったが、卒業式も合同のため、当時の小中同卒生が集まるのだろうと思っている。


 二人が懐かしむように小学校の両開き扉前に佇む。何年経つのか、柱から壁までは古めかしい木に年輪と傷が浮かびあがる校舎。

 柑菜は校舎を見ても村で過ごしていた頃の記憶が戻らず、少し残念そうにするが直ぐに顔を緩ませている。


 年代的な歴史を感じる物には興味があるのだろう。古びた両扉を開くと玄関先になり、四角い下駄箱が高さ五段程で広がって列をなしている。

 その間を通り抜けるように二人は前へ進む。途中、足元で光る何かを見つけ柑菜は立ち止まり拾いあげた。


 霧塔は足音が止まったのを気にして柑菜の方へ振り向く。柑菜の手には白い髪留めがあり、それを眺めている。

 近付く霧塔が、その髪留めについて問う。柑菜にも何故、これが落ちているのかと首をかしげ霧塔の顔を見上げた瞬間。


「あっ……」



 柑菜の顔が一瞬、怖ばる。その視線は霧塔の顔にではなく、その背後の存在に向け。

 霧塔はその様子を見て直ぐに振り返った。そこには、色白の若い女性が立っている。


 校舎内に入り込む夕日が映える長い髪を肩まで伸ばして。白いワンピースに、手には鞄を大事そうに抱え込む。


「誰も来ないのかな? って思ったけど、貴方達も同窓会で来たの?」


 少女のように甘い感じの声が校舎に響き渡り、無邪気な笑顔を見せる。二人には見覚えのない顔であった。


「俺は霧塔葵。こっちは天宮柑菜」


「私は蒔野都です」


 蒔野と名乗る女は二人に送られた招待状を同様に所持しており、確認させるように鞄から取り出す。


「誰も来ていないの?」


 柑菜は校舎奥を気にした様子で仕切りに見回している。予定時間は四時からだが、二人が着いた時には十五分前。

 霧塔と柑菜は、まだ来る者もいるのではないかと、そんな風に蒔野を見ながら考えていた。


 到着したばかりの二人は少し中の様子を見たい事もあり、土足のまま上がり入る。蒔野も付き合い、校舎内を一緒に歩き出す。

 ある程度の事情を蒔野から聞き、三人は一階にとどまる事にした。正面口から近く、様子が解るために。


 職員室の扉を開き入ると、人気を失った空間が寂しげに夕日を窓から受け入れていた。

 霧塔は扉付近のスイッチを入れると、何度かついたり消えたりしながら天井の蛍光灯が光を取り戻す。


 奥に進むと、用紙や本など物が机上に散乱している。適当に座れる椅子を探して、埃を払いのけ腰を下ろした。

 柑菜は職員室内を珍し気に物色し始めた蒔野を眺めながら、霧塔に小声で聞く。


「同じクラスにいたかな?」


 柑菜には蒔野の記憶がなかった。正確には思い出せないでいる。霧塔も記憶が曖昧で解らないと答え、蒔野の様子をじっと窺う。

 二人の会話が耳に入ったのか物色を止めて、蒔野は二人の側に座った。背もたれに力がかかるのか、歪に金属が擦れる音が不気味に響き渡る。


「私、中学では三年一組だったわ」


 蒔野も二人と面識がない事には違和感があり、鞄から招待状を取り出し見せた。

 そこには同様の内容が綴られているが二組表示の二人と違い、クラス表示が違っている。


 蒔野は柑菜の顔を見つめて、来るまでに誰かそれらしい人と出会わなかったのか訪ねた。

 柑菜は二人で一時間近く登り歩いてきたが、他にそれらしい人とは出会わなかったと言う。


 “そう”とはにかみながら笑顔で答える蒔野に対し、柑菜は何処か安心感を覚え始める。

 窓に付けられた白いカーテンが揺れ、風の入り込む校舎内は時折、木造のためか不気味な音が聞こえていた。


 柑菜はその度に鼓動が少し早まり、早く帰りたいと考える。

 今、知り合ったばかりとはいえ、同じ年代の女性と話しで紛らわすには丁度良かったのだろう。


「私、トイレに行きたいわ。柑菜さん付き合ってもらえる?」


 蒔野は椅子から立ち上がり柑菜を待っている。二人が来る前より少し早目に着いてからは、玄関先で待っており我慢をしていたという。

 柑菜も不気味な校舎に一人は行きにくいのは解り、一緒に行く事にし立ち上がって霧塔を見た。


 それに応えるように頷くと二人を見送り、霧塔は正面扉の出入りを見張るために一人、職員室に残った。

 二人は職員室の扉を出ると、正面出口とは逆方向の左廊下奥へと歩き出し始める。


 一階のトイレは、廊下の突き当たりを更に左に曲がった校舎角にあるらしく、表示が天井から吊り下げられていた。

 古びた木造の廊下からは歩く度に軋む音がし、薄灯りの蛍光灯が天井より規則的に並び二人の足元を照らし出す。


「柑菜さんと霧塔くんって恋人同士?」


 柑菜の顔を覗き込むようにして笑顔で歩き話す蒔野。どこでも聞く普通の会話に校舎内の不気味さを和らげる。

 柑菜は“一応”と照れ臭そうに答えた。霧塔から同窓会に行く話しを聞いた時は半、デート代わりのような感覚で嬉しかったのも事実だ。


 何気ない会話をする内に二人はトイレ前に着いた。真っ暗な中を入り口の右側にあったスイッチで明るくする。

 左に五つ並ぶ扉の一つを開けると和式のトイレであるのが見える。その内の一つは用具入れのようで、水掃きなど立てかけられていた。


 右側の扉付近には顔を映し出す鏡と手洗い場所が。突き当たりには窓が一つあり、裏手の校舎が薄暗く見えている。

 白いペンキで化粧されたトイレは所々黄ばんだり、変色している。


「やっぱり少し臭うね」


 蒔野は鼻をつく異臭に少し眉を寄せ、嫌悪の様子を見せた。夏休み中、人の手を加えられなくなったため、独特の臭いが中に充満している。

 柑菜は蒔野に早く済ませて戻ろうと伝える。首を縦に振る蒔野。


 お互い終われば入り口で待とうと言い、一番綺麗そうな奥の用具入れの隣に蒔野は入っていく。

 その姿を見届け、柑菜も入り口から二番目に入る。見上げた視界にクモの巣を発見し溜め息を溢す。


 早く出ようと済ませ、水流しに足をかけ扉を開く。手洗い場に映る自分の姿は、こんな場所のためか疲れた顔をしているように見え、思わず顔に手をそえ確かめる。

 振り払うように水が流れる蛇口をしめ、トイレから出るが蒔野の姿はまだ無い。トイレ内かと振り返り、その姿を探すように扉を見つめる。


 一人で校舎にいると、何かと想像してしまい怖さを強くさせる。

 早く出て来て欲しいのと、気を紛らわすために一人で蒔野の入った扉に向けて出口より話しかける。


「蒔野さん早くしないと戻っちゃうよ?」


 勿論、冗談である。

 何か言葉を返してくれれば気が紛れる。だが、静寂のままであった。

 柑菜は他にも話しかけたが蒔野から返事が返ってくる事は無い。


 まだ出会ったばかりではあったが明るい印象を持ち、冗談にも付き合うと考えていたため“妙だな”と感じ始める。

 再びトイレ内に入り、蒔野の入った扉前で声をかける。


「蒔野さん大丈夫?」


 お腹の調子が思ったより悪いのか、何かあったのかと心配が頭によぎり始める。だが、返事は無い。

 柑菜は本当に何かあったのか?

 と扉を軽く拳で叩く。

 それでも静寂が破られる声を聞く事は出来なかった。柑菜は扉のノブに手をかけた、その顔は緊張し怖ばりだしている。


「あの、本当に大丈夫?」


 横にスライドさせる鍵付きがある事は中に入った時に知っていたが、開けて調べたいと思う行動から手で掴んでいた。

 汗ばむ手に力が入る。

 意外な事に手前に扉が少し開く。鍵をかけていないのか?


「ごめん、開けるね」


 一声伝え、覚悟を決めたように一気に手前へ開き中を見る。

 そこには蒔野の姿はどこにもなく、入る前に見たままの空の状態であった。


「えっ?」


 何が起こったかと暫く動揺し視線が泳ぐが、我に返り他の扉を開き調べ始める。用具入れ含め、蒔野の姿は何処にも無かった。

 急いで出口前に行き廊下を確認するが、やはり誰の姿もいない。薄暗い廊下をただ無言で歩く。その姿を明かりが寂しげに照らし出す。


 先に戻ったのか?

 そんな考えを巡らし、早足で職員室へ向かい戻って行く。

 二人の時と違い一人では十分、叫び出したくなりそうに鼓動が早まる。


 自分の歩く度に聞こえてくる足音と、軋む廊下の音にたまらない恐怖感が襲い始める。

 五分程で来た距離も何処までも続くように伸びる感じがする。誰かに見られているんじゃないかと辺りを気にしながら急ぐ。


 やがて、職員室前の明かりを見ると駆け寄り勢いよく開く。

 冗談にしても酷いと感じ一言、言ってやりたい思いが強くなる。柑菜は電気の明るさが強くなる職員室に安堵しながら、今まで味わった恐怖感が怒りに変わっていた。

〇登場人物〇


蒔野都

(まきの みやこ)

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