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其の二

cousin

「どうかしたか?」


 草をより分けて進む二人だが柑菜は村に近付く程、辺りを気にして見回している。

 不思議な物を見るようにしている柑菜に霧塔は優しく声を掛けた。


「ん? ん……何処を見ても初めてみたいで、やっぱり何も感じないなって」


 村で過ごした記憶がなくても、訪れたら懐かしむ事や何かを呼び覚ますものに出会えると考えていた柑菜は、当てが外れ肩を落としている。

 何故自分には村での記憶が無いのだろうか?

 と思い出そうとする度に受ける偏頭痛含め、期待を寄せていたようだ。


 腰の高さまであった草を抜けると霧塔は、前を歩く柑菜の右手を自分の左手で握った。

 そんな霧塔に柑菜は村へ向けていた視線を戻すように、少し前を歩き白いシャツに広がる肩幅の先、夕日に照らされる顔を覗いている。


「急じゃなくても、ゆっくり思い出せば良い」


 振り向かないまま前を見据えて歩く霧塔は、夕日だけではない赤みが顔にあるように見える。

 普段、何処となく冷たい印象がある霧塔の言葉に柑菜は驚きながらも、嬉しいのか口元には笑みがあった。


「うん。そうだね」


 無愛想な霧塔らしい気遣いを受け入れるよう、その手を強く握り返している。

 お互い付き合っているとはいえ、まだキスを数回交した関係で深くは知っていない。霧塔が柑菜に合わせているのか、距離を置いていた。


 友達や兄妹のような曖昧な関係である。今回の鴉朱村への旅行で少しはお互いの距離が縮まる、そんな期待も僅かに柑菜は考えていたのだ。

 やはり恋人としていたいのか今、目の前を歩く霧塔に心が高鳴るのを照れ隠している。


 茅葺き屋根の家は遠目で見ていた時より、近付き見れば玄関先は荒れて野花が行く手を阻んでいる。

 雨風にさらされ白塗りから黄ばんだ土壁も剥がれ落ちたりしていて、人の気配は窺えない。

 廃墟同然である。


 間隔を空けて建ち並ぶ家を見ても、同じ状態であるのが解った。粒手の砂利石を踏みしめながら二人は奥の道へ進んで行く。

 辺りに外灯らしい物はなく、今沈む夕日が去れば暗闇が訪れてしまう。その前に人の住む民家に入る必要があった。


 程なく歩いて廃墟を通り過ぎた頃、木々が一段と道を囲む辺りに鮮やかな赤と白混じりの浴衣を着た子供が見えた。

 二人が近付くとその子供も、その姿が見えたのか道の真ん中で手を振っている。

 黒髪におかっぱ頭という肌の色白さもあり、古風な日本人形のようである。


「葵お兄ちゃん!」


 後、二・三歩という距離で女の子は履いた黒い下駄を小気味好く鳴らして、霧塔へ両手を広げ抱きついてきた。

 少し勢いもあり、反動を受けながら霧塔は立ち止まり、抱きつく女の子の頭を撫でている。柑菜は暫くその二人の様子を見ていた。


「元気にしていたか? 鈴」


 自分の名前を呼ばれた女の子は、夕日のためか本来の遺伝のものか色素が落ちた薄い茶色の瞳孔をしており、二重の大きな目を輝かせて笑っている。


「鈴は元気だよ。そっちの人は誰?」


 霧塔の腰に抱きついたまま、横目で側に立つ柑菜を見上げている。

 まだ無垢さが残る九から十二歳に見えた鈴に、柑菜は優しく微笑んだ。


「私は柑菜。天宮柑菜っていうの。よろしくね鈴ちゃん」


「天宮?」


 鈴は霧塔の体を跳ねるように離れ、同じ視線になるよう屈み話す柑菜の顔を不思議そうに見ている。

 さっきとは違う鈴の様子に柑菜も気付き、何か気になる事があるのだろか?

 と聞こうと思った時。


「もうすぐ日が暮れる。鈴、家まで案内してくれるか?」


 霧塔が遮るように鈴を促した。その言葉で我に返ったように、鈴は元通りの笑顔を二人に見せて先を歩きだした。

 時折、二人の様子を見るように振り向きながら下駄の音を先導のように鳴らしている。


「ねぇ? 霧塔、鈴ちゃんって妹?」


 自分についての事はあえて避け、鈴が“葵お兄ちゃん”と言った部分が気になり、聞く柑菜。

 霧塔は横目で柑菜を見ながら、前を楽しそうに歩く鈴について話し始めた。


「鈴は従妹になる。母の妹、つまり俺の叔母さんの娘だ。鈴はあの通り幼くまだ十歳だ」


 道行く辺りの木々の葉が風に揺られ、ざわめいている。


「初めて聞いたわ。お母さんと村を出たとしか言わなかったから。親族も出て行ったのかと思った」


 目を丸くしながら、柑菜の声が大きくなった。


「鴉朱村で霧塔家は村長の役割を果たしていて、まだ残る民家と共に今は叔母一家が跡を継いでいる。それも後少しの話しだが」


 鴉朱村に行く事が決まり、霧塔は叔母一家に暫くの民泊をお願いしていたのだ。

 柑菜には電車内で知り合いの住む所へ泊まる事を伝えていた。


 その知り合いが叔母宅で村長宅だとは思いもよらず、ただただ驚くばかりの柑菜である。

 やがて三人の歩く前に軒先の灯りが淡く見えだした頃。

 辺りは明るさを失い、闇間に覗かせた月明かりが足元にある白石の砂利を照らし、微かに光るような道が見えた。


「あっ! あそこが鈴の家だよ!」


 一際輝く灯りが、他の灯りに囲まれるようにして奥先に構えている。

 鈴は下駄の音を弾ませて走りだした。振り向き二人へ手を振りながら。


「二人共、あと少しで鈴の家だよ。ほら、早く!」


 遠ざかる声に二人は顔を見合わせ笑っている。あれから何時間も歩き鴉朱村まで来たため、足が疲れ歩くのもやっとであった。

 特に柑菜は少しも疲れた様子を見せない霧塔と違い、何度も立ち止まり足を休めている。安堵したのか柑菜は特に嬉しそうだ。


「やっとついたね霧塔」


「ああ」


 枯れた竹で敷地を囲まれた大きな家の軒先下では、灯りに照らされ鈴が手招きをしている。

 玄関先まで続く四角い敷き石の道を暫く歩き、二人は鈴の前までやってきた。

 柑菜は広い庭先に整えられた松の木も見えて、鴉朱村では豊かな家に当たるのだろうと考えていた。


「いらっしゃい。ここが鈴の家だよ。お母さん達は夜の見回りに行ったから、先に上がって休んでね」


 鈴は両手で格子の硝子戸を開け、二人を招き入れた。中は軒先以上の光があり、二人を出迎えている。

 広い玄関先には清潔を保った白の割烹着姿の家政婦が立っており、二人にお辞儀をすると部屋を案内した。


 鈴は晩御飯のお手伝いをするため、そのまま台所に入っていく。

 霧塔は懐かしいのか辺りを見回して、家政婦から二階を使うようにと聞き奥にある階段を上りだした。

 まだ若い二人を気遣ってか、柑菜には一階の庭と村が見渡せる客間に通された。


「それでは私はこれで。鈴お嬢さんが後からお茶をお持ちしますので、晩御飯までゆっくり体を休めて下さい」


 にこやかにお辞儀をして家政婦は部屋を後にした。柑菜は部屋に鞄を置くと、古めかしい室内を見ている。

 天井は今では珍しい板張りで、床間には綺麗なお花がいけられている。庭先を見ると部屋の明かりが漏れているのが解った。


 淡く浮かぶ月の色のように溶け込む闇間から、虫の鳴き声が聞こえている。

 柑菜は縁側の側まで来ると座り込み、そのまま横になった。疲れもあって、眠りに誘われそのまま両目を閉じた。

 体を埋める井草の畳は庭先から入る風もあり、良い匂いがし柑菜を包み込んでいる。


「柑菜さん、お茶を持って来たよ」


 深く寝入った頃、鈴が部屋を訪ねてきた。手にしたお盆の上には、喉を潤す冷えた麦茶を入れた硝子の湯飲みと、おしぼりが一つ。

 柑菜の寝入る姿を見た鈴はそっと部屋の中に入り、漆塗りの黒机にお盆を置いて側へ近付き、柑菜の顔を覗き込んだ。


「やっぱり……」


 何かを言いかけたその時。鈴の背後で人の気配がした。

 振り返ると見上げる先に霧塔の姿があり、鈴は元通りの笑顔を見せて疲れて寝ていると伝えた。


「そうか。確か隣には布団が敷いてあったな。今日はこのまま寝かせてやってくれ」


 霧塔は鈴から柑菜を遠ざけるように、抱き上げて部屋を後にしようとする。

 鈴は立ち上がり、それが良いと言う一方で何処か昔とは違う霧塔の様子に戸惑いを覚えた。


「ね、ねぇ? 葵お兄ちゃん、鴉朱村には同窓会のため戻って来たんだよね?」


 その声に霧塔は立ち止まった。鈴を背にして、振り向く事なく“ああ”と答え、隣部屋に入って行く。

 抱えられた霧塔の腕の中で眠る柑菜を見送りながら、鈴の顔に笑顔は消えていた。


 鴉朱村では珍しい外部からの来訪者、何かが起こりそうな予感そんな胸騒ぎを鈴は感じ始めていた。

 闇夜の二十時を過ぎた頃、三人を見守るように虫の鳴き声がいつまでも聞こえていた。

鴉朱村、時期は少し早めの夏が舞台になっています。完結頃は季節に合う夏頃にしたいなと思っています。

 ここまで読んで頂き有り難うございました。



〇登場人物〇


霧塔鈴

(きりとう すず)

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