「拾い子」 der findLing ハインリヒ・クライスト原作 親子の因果応報譚
クライストをドイツロマン派に入れることは躊躇される。
この人は本来ロマン派ではない。
劇作家としてきおくされるべき人であろう。
クライストが始めて日本に紹介されたのは森鴎外の訳であろう。
「水沫集」明治25年刊行にはあの有名な『舞姫』と共に、クライストの「悪因縁」(サントドミンゴの婚約)と「地震」(チリの地震)が収められている。とはいえ、
今これを読むのはほとんど不可能に近い。絶版で本が手に入らないから読めないというのではなく、そうではなく、
旧かな旧漢字のオンパレードでトテモ読めたものではないからである。
明治の人はよくこんなものをよんだものよ、と感心するしかない。小難しい旧漢字の羅列である。これは相当コタエル。
「水沫集」にはホフマンの「スキュデリー嬢」(玉を抱いて罪有り)も治められている。
恐らく、ホフマンにしろ、クライストにしろ、これが本邦初訳であろう。
「ペンテジレーア」「こわれ甕」「ハイルブロンの少女ケートヒェン」など、
それらを論じる力量も私にはないので、というか、劇に余り興味がないので、
ここでは彼の特異な一面が発揮されたサスペンスムードの短編小説を取り上げたい、
この人ほど短編を理解していた人はいないというほど構成テンポ筋書きがきっちりと展開している。
彼の短編は8篇有ることが知られているがどれもアップテンポな急展開の構成となっている。息も継がせぬというスタイルである。
その中では、「サントドミンゴの結婚」「チリの地震」「ミヒャエルコールハースの復讐』「ロカルノの女乞食」などがよく知られているが、
「拾い子」
私がここで取り上げるのは「拾い子」der findlingである。「捨て子」という邦訳題名もある。
他の短編同様簡潔単純な展開で、起こったであろう異様な事件の顛末を、何の感傷も交えずに
明快に語っているという構成である。
さて発端は、こうだ。
ローマの富裕な商人アントニオピアーキー老はある日商用でラグーザへ息子とともに行くことになった。
年若の妻エルビーレを残して11才の息子と出かけたのであった。、
しかしそこはたまたま、伝染病がはやって入れない。そこで折り返して戻ろうとした時、
馬車を追ってくる一人の少年がいた、
そして、追いすがり自分は病気で父母もいない、どうか見捨てないでくれと泣いてすがるのだった。
ピアーキーはそれを振り捨てていこうとしたときその少年は突然気を失って倒れる。善良な老人に哀れみの心がきざした。
しかし、やがて、官憲の命でこの3人は隔離されて病院に収容されてしまうのである。
何日かして、開放されたとき息子は亡くなり、浮浪児の少年ニコロとピアーキー老だけが生き残ったのであった。
息子の死を見取った老人は、その浮浪児を引き取って息子の代わりに連れ帰るのであった。
こうして物語は思いもよらぬ展開へと連なっていくのであった。
エルビーレはこの子を可愛がりまた老人はこの子を後継者として育成してゆくが、この子は
やがてその成長と共に遊び人の性格をあらわにしてくるのであった。
身を固めようとして、連れ添わせた妻を置いて、女アサリに明け暮れる毎日。問題を起こしてはピアーキーの面目をまるつぶれにし、果ては折角娶わせた妻も産褥で子供ともども死んでしまうことに。妻の葬儀の日にも女遊びにうつつを抜かして雲がくれする始末。。
それでもまだ悪行を止めようとはしない。
そして老人とこの養子の間はますます険悪になっていくのであった。
そんなおりエルビーレの少女時代のトラウマに気付いたニコロはそれを悪用してエルビーレを
発作を起こさせて殺してしまう。これでうるさい、ピアーキー老に復讐しようとしたのだ。
怒った老人は早速遺産相続の権利書を破棄して、激高のあまり、
ニコロをちからづくで押し倒しなぶり殺しにしてしまったのである。
そして自首して牢獄につながれたのである。しかし、いかなる僧の赦免も拒否した、
ピアーキーはこう言ってはばからなかった。
『私は天国など行きたくない。地獄のそこまで行ってそこにいるニコロにこの世では足りなかった復讐を遂げるのだ」
3日間毎日、、僧が行って説得しても無駄だった、仕方なく、教皇は罪の赦免なく、死刑の執行を命じたのだった。
一人の僧も付き添わず、人々は極くひっそりと、デルポポロ広場に彼をつるした。
クライストの描く主人公は皆、みなものに取り付かれたような破滅型である。
「ケートヒェン」は一度見初めた伯爵を追って、まるで憑かれた様に万難をはいして愛した男を追い求めるし、
「馬商人コールハース」は不正な貴族に復讐するために正義の旗を振りかざして気が狂ったように自滅してゆく。そのために何千という人が戦乱に巻き込まれて死んでいくのである。
ある日のこと、、馬商人ミヒャエル・コールハースは領主のために何の理由もなく馬2頭を横領される.しかし、彼の訴えは却下され,その上彼の妻は一兵卒に犯されて死んでしまう。.
復讐の鬼と化した彼は,盗賊団を結成して、、、
領主を庇護するものは,人ならば殺し町ならば焼く.
彼がライプツィヒをまさに焼かんとした時仲裁に入った男のお蔭で馬の代価はとれたが,結局、彼は死刑に処せられる.
クライスト自身、凶脳の果てにピストル自殺したことを思えば仕方のないことではあろう。
この短編der fintlingの邦訳は私の知る限り、
集英社、世界短編文学全集3昭和38年刊『ドイツ文学19世紀編』にあります。