そらからきたもの
女の子が、空から降ってきた。
目の前で起こっている事が、現実感がなさすぎて信じられない。仕事から帰ってきて、いつも通りのわびしい晩酌をしていた。そんな時、天井をぶち破って彼女が降ってきた。
頭には大きなヘルメットをかぶっていて、顔は分からない。それでも女の子だと分かるのは、その格好だ。
顔は隠しているのに、着ているのは布の面積がとても小さいマイクロビキニ。四捨五入したら裸だろう、Tバックのお尻は穴が見えてしまいそうだ。
なぜ、こんな事になった?三十分前までは普段通りだったはずだ。
仕事からの帰り道、軽トラに機関銃を載せたチープ・テクニカルをあちらこちらで見た。今日はやけに数が多い。ピックアップトラックを使わずに軽トラを武装させるのが貧乏くさい。
ミニバンやボロくて古い高級セダン、軽トールワゴンもあちこちに止まっている。
どれも車高を下げてLEDでライトアップしてある。窓はどこも真っ黒。唯一透明なフロントガラスから見える車内は人気海賊漫画のマスコットやら白いモフモフとした物やらで飾り立てられ、やけにファンシーだ。大音量で音楽がかけられ、ひどくうるさい。
車の周囲には髪を汚く染め、ジャージやスウェットの上下を着てクロックスのサンダルを履いた男女が小銃を空に向けて派手に発砲している。
都市蛮族どもだ。仕事がなく、暇を持て余した気性が荒い人間達の集団。スラムに潜み、銃器で武装して略奪を繰り返す現代の野蛮人達。
普段なら少数で辺りをうろついている連中が、今日に限って大勢で集結している。ショッピングモールでも襲撃するのだろうか。それとも壁の向こう側、聖府の施設でも襲うつもりなのか。
そそくさとアパートへの道を急ぐ。奴らに絡まれたりしたらたまらない。道路にはゴミは殆ど落ちていないのに、死体は転がっている。おそらく、都市蛮族を取り締まりに来て返り討ちにあった警察用スレイバーだろう。
駆け足に近い速足で歩いていると、道路の清掃人にぶつかる。
「す、すいません」
反射的に謝ると、人間ではなかった。いや、正確には人間だったもの、スレイバーだ。
スレイバーとは、早い話がゾンビだ。映画の怪物のように死体が蘇った訳ではない。特殊な処置により意思を奪われ、ただ命令通りにしか動けない、ブゥードゥーのゾンビに近い存在だ。 現在では能力が無いとみなされたり、子孫を残せそうにない人間をそのまま生かすのは資源の無駄とされ、スレイバーへの改造が進められていた。
金がない無職や高齢独身の者は次々とスレイバーへ改造された。スレイバーになるのが嫌なら自殺するしかない。最も自殺しても死体を人工筋肉の材料に使われるだけだが。それも嫌なら都市蛮族となり聖府と敵対しながら生きるか。二つに一つ、それがこの素晴らしい世界だ。
蛮族の一人が旧中国製の81式小銃でスレイバーを面白半分で射撃している。撃たれても、虚ろな表情で作業を続けるスレイバー。
その光景にぞっとする。死んでも尊厳を奪われ続ける。今の仕事を辞めたりクビになったら、僕もああなる。もちろん、都市蛮族ではない。スレイバーの方にだ。
やっとの事で帰宅し、アパートのドアを開ける。澱んだ空気の、汚い部屋。散らかったテーブルの上の物をどかしてビニール袋から取り出したコンビニ弁当を並べる。
コンビニ弁当と唐揚げ、そしてピールを並べる。ピールとは第五のビールと呼ばれる物で、小便にアルコールを混ぜただけと揶揄されるような安酒だ。本当ならもっといい酒を飲みたいが、懐事情がそれを許さない。発泡酒どころか、本物のビールなんて夢のまた夢、だ。
隣の部屋から、男が怒鳴る声と子供の泣き声、女の叫び声が聞こえる。いつものヤンキー夫婦の喧嘩だ。文句を言いたいが、怖くて出来ない。
それに加えて今日は空がバラバラとうるさい。航空機のローター音だろうか。さっさと晩酌を兼ねた夕飯を食べて寝よう、と割り箸をとる。明日も仕事なのだ、さっさとうるさいのは我慢しよう。そう思った瞬間、轟音が部屋に鳴り響き、天井が崩れてきた。そして、現在に至る。
その少女はフラフラとして、足元がおぼつかない。落下の衝撃が原因だろうか。それより、目を引いたのは彼女の身体にチカチカと紋様のような物が点滅している事だ。頭の上には光る円盤のような物も出たり消えたりしている。これは一体なんだ。
「うるせえぞ、こらぁ!」
隣のヤンキーが扉をがんがんと叩いている。夫婦喧嘩の八つ当たりに来たのだろう。ガチャガチャとノブを回して開けようとしているが、当然鍵をかけているから開かない。
どう対処しようか困っていると、ぱんぱんと乾いた音と金属がぶつかり合う音が響いた。発砲されてる!?こんな事で撃ってくるのか、あいつは!?
うるさいぐらいで発砲するあの男に怯えていると、女の子が右手に持っていた十字架のような物をドアに向けて構えていた。
十字架の先から幾条もの光線が放たれる。その光はドアをずたずたに引き裂き、向こう側にいた男も永遠に黙らせた。
天井は崩れ落ち、玄関は先ほどの光線のおかげで半壊状態だ。無茶苦茶だ、何もかも。
「君は一体、なんなんだ?」
震える声をふりしぼって、女の子に質問する。だが、何も答えてくれない。
外が騒がしい。どうやら、表の都市蛮族達が騒いでいるみたいだ。隕石でも落ちてきたと思っているのだろうか。少なくとも、女の子が降ってきたとは思うまい。
彼女はベランダに出ると、再び十字架を下にいる蛮族達に向けた。再び光線が放たれ、テクニカルの一台を爆破炎上させる。火柱が上がり、まるでアクション映画みたいだ。
それが合図になったかのように、外は一気に騒がしくなった。発砲音が一帯に響き渡り、大量の鉄が室内に飛び込んでくる。
床に這いつくばって、声にならない悲鳴をあげる。女の子はというと、膝うちの姿勢で相変わらず撃ち合っている。こっちの迷惑とか考えないのか、あの娘は。
ドタドタ、と玄関だった場所の方からも
蛮族が殺到して来た。かなりの人数のようだが、玄関が狭くて一人ずつしか入ってこれない。
先頭の男が拳銃を撃とうとしているが、女の子は下の蛮族との撃ち合いに夢中で気がついていない。
「危ない、うしろ!」
思わず、叫んでしまった。蛮族どもに彼女の仲間だと思われたらまずいのに。
女の子が振り向くと同時に男が発砲した。撃たれた衝撃で女の子が倒れる。
倒れた女の子の股間が眼に入る。目の前で人が撃たれたというのに、彼女の股間に釘付けになってる自分に嫌気がさした。
死んだかと心配したが、彼女は倒れたまま太もものポーチから拳銃を抜き、自分を撃った男に撃ち返した。
男の顔が銃弾で弾け、今度は男の方が倒れた。仲間が死んで、蛮族達はさらに怒り狂い、興奮している。
次の男がショットガンを撃つ前に彼女は十字架を構え直し、反撃した。ぎゃあぎゃあやかましい連中が黙るまで十字架は光を放ち続ける。とどめと言わんばかりにもう片方のポーチから手裏剣のような物を取り出し、玄関の外へ放り投げる。
投げつけた物のサイズからは想像出来ない爆発が幾つも起こり、玄関の外に動く者がいなくなる。彼女は続いて同じ物をベランダの外に投げ、下にいた者たちを吹き飛ばしてしまった。
騒がしかった外が、あっという間に静かになった。部屋は光線と銃弾で廃墟のようになってしまった。なんなんだ、なんで僕の部屋が戦場になったんだ?
女の子を見ると、撃たれたであろう身体の各所から泡がぶくぶくと浮き出している。シェービングクリームを塗りつけたようだ。
彼女は部屋をきょろきょろと見渡すと、
「すいません、ティッシュ借りていいですか?」
僕が返事をする前に彼女はティッシュを箱から抜き、泡を拭き取った。撃たれたはずなのに、拭き取られたところはきれいな肌があるだけだった。
「はい、すぐに移動します。分かってますって」
女の子が少し怒ったように話している。誰かと連絡をとっているのだろうか。
その間も、彼女をじっと凝視していた。特に胸と股間辺りを。そういえば彼女の肌は濡れたような質感だ。ふと、指で彼女をつついてみた。
ぐっと指を押しこんでみると、肌の表面に透明な何かが貼りついているようだ。これが撃たれても平気な秘密だろうか。
「なに触っているんですか。あと、じろじろ見ないでもらえます?」
不機嫌そうに言われて、慌てて手を引っ込める。下手な事して撃たれたらたまらない。何を考えていたんだ、僕は。
女の子はベランダに向かうと、手すりに脚をかける。そして頭の上の光の円盤が大きく、より強く輝き始めると、そのまま飛び立っていった。
遠くから銃声や爆発音が聞こえる。きっとあの女の子だろう。一箇所だけではないようだから、あの娘の仲間もいるのだろうか。
夢でも見ていたかのように、現実感がない。あの女の子も、荒れ果てた自分の部屋も、外で炎上しているテクニカルやミニバンも。
ベランダの外に出て、景色を眺める。汚い街並みしか見えないが、遠くに少しだけ8KJに墜落した宇宙船の一部が見えた。
部屋に戻り、トイレに入って便座に腰を下ろす。
いつだったか、聖府の広報番組で見た気がする。あの宇宙船の技術を使う女の子の部隊が軍にいる、と。
その部隊は戦争の痛みと悲しみを感じる為に無人兵器が主流の現在、あえて生身で戦う気高い者たちとも言っていた。
あの女の子はその部隊の一人だったのかな、とぼんやりと考えつつ、頭の中はあの娘の艶かしい身体でいっぱいだった。
これからどうしよう。大家になんて言い訳しようか。取り敢えず、出す物出してから考えよう、とズボンを下ろし、彼女のTバックのお尻を思い出しながら性器をこすった。