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第八章「軍師目覚めるは城壁の街」

やっちまった。

俺はまた、取り返しのつかない事態を巻き起こした。

『また』。

過去にもあった。そうだ、あれはあの時、俺がまだ幼い頃…

「…どうして!?あの子は私の大切な…!」


「これがあの子の為だ。あいつは…ここでは生きられない。」


「でも…でも…!」

過去の記憶がフラッシュバックする。

「な、何!?まさか…!」


「これほどまでに強大だったとは…許せ。お前をこの世界に生かしていた私を…!」

…やめてくれ。

「せめて最期は、私の手で…!」

やめてくれッ!!ごちん。

「っったァ!」

フレッドはベッドから飛び起きた。

それと同時に額を何かにぶつける。

ふと気付いて横に目をやると、顔全体を手で覆うようにして、うずくまっているパールレインの姿があった。

「どうした?パール。泣いてんのか?」

痛む額をさすりながら、パールレインに話しかける。

「…フレッド…アンタねぇ!」

すこーん、とパールレインがフレッドの頭を殴り抜いた。

グーである。テンプルに入った。ベッドの上で、こめかみを押さえて悶絶する。

「起きるなり人の頭に頭突きかましてんじゃないわよ、もう!」

ひどく憤慨しているパールレイン。当然だろう。

「ずっと唸ってたから心配してあげたら、こうなんだから。フレッドなんかの心配した私が馬鹿だったわ。」


「だからって、なにも殴ることはないだろ!」

涙目のまま、涙声で怒鳴る。

「それだけ馬鹿みたいに元気なんだったら、要らない心配かけさせないでよね、馬鹿!あの時フレッドが馬鹿みたいに焦って策も練れずに馬鹿やったから悪いんでしょ。馬鹿は馬鹿なりに考えて感謝の言葉の一つでも言いなさいよ!」


「このやろ…ッ!無意味に六回も馬鹿馬鹿言いやがって!」

ふと、ここまで聴いてようやく気付いた。

眉を釣り上げていたフレッドが、真顔になる。

「ひょっとして、お前心配してくれてたの?」

珍しいことも有るもんだと。パールレインの顔が赤くなった。

「わ、悪いの?心配して!」


「いや、普通に吃驚したよ。パールでも、他人を…というか、俺を気遣うことがあるんだなぁっデガフッ!」

パールレインの拳が、今度はフレッドの頬にめり込んだ。

「もう少し寝てなさい!」

頭から湯気でも出しそうな雰囲気のパールレインは退室しようと部屋のドアを開けた。

「そういえば…」

フレッドがパールレインを呼び止める。

彼女は振り向きもしなかったが、一応止まった。

「ここ、何処だ?」


「ダラスの宿よ。」

素っ気なく答えて部屋を出ていくパールレイン。

出ていった後、ドアは大きな音を立てて勢いよく閉められた。

相当ご立腹の様である。

まぁ、仕方ないが。

城塞都市ダラス。

巨大な石造りの城壁が街を囲み、異形や他国の軍勢などを幾度となく退けてきたことで有名な都市である。鉄壁陣と称される重装守護兵団の力も大きく、恐らく此処カイリーン大陸内で最も難攻不落。

街は煉瓦造りの家屋がひしめき合い、美しい小川のような水路や、それに架かる煉瓦の橋などが随所に置かれていて見た目も華やかだ。

一度商店街に足を踏み入れれば、旅の行商人や芸人達が軒を連ね、周囲の目を引きつける。

店舗からは今日の目玉商品を叫ぶ商人の声が聞こえている。

商店街を抜けた先にある工房区では、鉄と火薬の匂いが辺りを包み、鍛冶の鎚音が聞こえてくる。

ここも愛剣の修理や新しい業物を求める戦士達で賑わっていた。



一見すれば、確かに華やかで活気のある街。

しかし、やはりそれだけ明るければ、それだけ暗い部分も有る。


盗賊専門のギルド、麻薬中毒者や物乞いが闊歩する路地裏、地下に有ると噂される、領主お抱えの暗殺者雇用場…


フレッドとパールレイン以外の四人は、現在二手に分かれて情報を集めていた。

グラットンとコリン、カムイとフィオの二人一組に分かれて探るのは…




「…お前、この辺りに出る賊共の事を…聴いたことはないか。」


路地裏で絞め上げたチンピラに詰問するグラットン。

絞め上げた、と言っても彼から手を出した訳ではなく、金目当てにチンピラがナイフで斬り掛かったのを返り討ちにしたのである。

チンピラの顔の左半分が、大きく腫れている。

グラットンの殴り一撃の結果だ。

「し、知らねぇよ、そんなこと!」


「何でも構わない。最近やたらと腕利きの者が賊に雇われた…そんな話でも。」



パールレインがダラスに着く前に提案したのがこの聞き込みだった。

賊ごときの中にあれほどの手練れが何人も居るとは考えにくい。

ならば、報酬などを出して何者かを雇ったのではないか、という事が可能性として挙がる。

犬頭人の集落の存在だけでも分かっていれば、あとは探知魔法でどうにでもなる。

後は狩って報奨金を貰えばいい。

賊にとっても傭兵にとっても好都合な取引ならば互いに文句も無いだろうし、傭兵を雇ったという線で絞ってみる。

もしそうだとすると、賊の助けをする傭兵は限られてくる。

当たるのは、金次第で動く者の代表格…裏の世界の住人達。


ここまでを大雑把に考えた上での聞き込みなのだ。

パールレインの推理力…強いて言えば勘、更に突き詰めれば思いつきは、時として大きな成果を挙げる。フレッドの目覚めを待つ他にやることもないので、四人はパールレインの提案に乗ったのだ。


しかしながら、もし本当に何らかの形で裏組織の連中だの、ヤバいギルドね戦士などが介入したとあれば、なかなか尻尾を掴めないのが当たり前。

現に、聞き込みも成果を上げていなかった。

只単に予想はずれだったという線も無きにしも非ずだが…


「本当に…知らないんだろうな。」


「嘘言って特する状況でもないだろ!早く離してくれよ…頼む!」


半ベソをかくチンピラ。あまりにも情けない。

しかし、彼は必死。

グラットンの巨体に吊し上げられれば、殺されやしないかと不安になるのも無理はない。

加えて、グラットンはいつものように鋼の面、無表情である。


「そうか。」


どさり、とチンピラの体が地面に落ちた。

自由になった事を確認するや、チンピラは脱兎の如く逃げ出す。

「…コリン、一度宿に戻るぞ。フレッドの身が心配だ。」


後ろから付いてきているコリンに、振り向きながら話しかける。


が。


コリンは居なかった。

先程まで後ろに居たコリンは、グラットンの気付かない内に何処かに行ってしまっていた。


子供特有の、好奇心からくる他のモノへの執着要素と無防備な追跡行動…早い話が迷子である。

しかし、グラットンはさして心配はしていなかった。

コリンなら、悪者に付いていったとしても自分の力で対処、打破出来るだけの力を持っているし…

何より、コリンが新しい街で迷子になるのはいつもの事だったからだ。

特に探そうともせず、グラットンは薄暗い路地を出た。これ以上酒臭い路地に居ても時間の無駄と踏んだのである。




「…本当に知らないのかい?」


こちらはカムイとフィオの二人組。

フィオはカムイが背負う鞄の中に隠れている。

あんな書状が出ていることからも察しがつくが、ダラスの者達は異形を極端に嫌う。

人と交流を持つものも少なくない『嫌われない異形』でさえ、見つけては即座に捕らえて追放、悪いときには処刑すらも有り得る。

フィオもやはり対象となるので、見つかってはまずい。

外出するときには鞄の中で待機する羽目になっている。


カムイ達が訪れたのは、荒くれの集う酒場。

猛犬の細道と呼ばれる危なっかしい路地を進んだ先に在る。

此処では賭博は勿論、殺人依頼や大麻の裏取引が行われており、普通の者は近付こうとしない。


「だから、知らないと言ってるでしょ?仮に知っていたとしても、お前さんに話す理由もない。」


初老のバーテンは、煩そうに顔をしかめながら言った。

「兄ちゃん、悪いことは言わんから、今すぐ帰りな!」


「お前みたいな旅人風情にゃ、此処に用事は無いはずだぜ!」


テーブルでビールを呷っていた二人組が、小馬鹿にしたように笑いながら言った。

鞄の中身が不自然にもぞもぞと揺れたが、気に止めた者は無かった様子。

(フィオ、駄目じゃないか!)

(だって、あんな風に馬鹿にされたらムカつくじゃない!)


何やらひそひそと話す青年に首を傾げながらも、バーテンは口を開く。

「まぁ、あいつらが言うように、ここはお前さんには縁の無い場所だ。早いとこ帰ってくれ。」


あまりにも素っ気ない。

しかし、大人しく帰ることも出来ない。

何らかの情報を隠している。カムイはそう思えて仕方なかった。

暫く間を置いて。

「じゃあ…」


鞄をまさぐり革袋を取り出すと、其れをどん、とカウンターに置く。

「これでどうかな。金貨五十枚。どんな情報でも構わない。」


革袋の中を引きずり出す。

確かに、世界共通貨幣の印が刻まれてある金貨五十枚。

今まで報酬の一部を山分けにしてきた分、仲間内で

「小遣い」

と呼んでいる其れをゆっくり貯めてきた分だ。

本当は愛刀の修繕費等に使う予定だったが、惜しまずカムイは其れを差し出した。


一瞬で酒場が静まりかえる。金貨五十枚…かなりの額である。誰かが生唾を呑む音が聞こえた。


「…奴らは裏の傭兵雇用ギルドから、報奨金の一部を渡す約束で一番の手練れを雇ったって噂だ。

「黒狼」

と呼ばれる腕利きの魔術師だそうだ。

その男の指示の元に、他にも五人雇われたらしいがね。」


知っているのは其れだけだ、と言って金貨をいそいそとしまうバーテン。

カムイは礼を言う代わりに頭を軽く下げ、酒場を後にする。



「おい、親父ィ。教えて良かったのか?相手はすこぶるヤバい連中なんだろ?」


カムイが去った後、荒くれの一人がバーテンに話しかけた。

初老の男はビールをグラスに注ぎながら

「取引となっちゃ、話は別だ」

とだけ答えた。




赤黒のローブの魔術師の他に五人…

残る一人とはまだ対峙していない。


思わぬ質の良い情報に、カムイは満足していた。

自分のポケットマネーは全て失ったが、後悔は微塵も無い。


失ったものは、金貨などでは取り戻せないのだから。



「それじゃ、宿に戻ろうか。今日で三日目。フレッドもそろそろ目を覚ます頃だろうし。」


にっこり笑いながらカムイが言う。

鞄の中のフィオに笑顔が見える筈もないが。

「全く、格好つけすぎよアンタ。」


やれやれといった口調のフィオだが、心の中ではカムイの行動にはなかなか心動かされるものが有ったな、などと思っていた。

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