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第六章「報われぬは思いか行動か」

「たっ!助けてくれっ!」

走ってきた犬頭人の若者は、牢の前に走りながらこう言った。

その形相は必死。一体何が起きたのか?

「どうした!?」

牢にしがみつくフレッド。

「賊…賊が…!」

息を切らせながら、若者が言う。

「なっ!?そんな馬鹿な!」

賊達は、この集落の場所を知らないはず。

レリックと出会ってから幾分かの時間が流れたとは言え、知って一斉行動するには早すぎる。

それに、物音一つしていないのに、いつの間に、どうやって攻め込んだというのか!?

「そこをどけ!」

グラットンがフレッドをはねのけながら大剣を振るった。

鉄格子はいともたやすく歪み、飛ばされる。

グラットンは二の句を告げず、集落の中心に向かって走り出した。

フレッド達もその後を追う。

まさか…いやしかし、何故──…!!フレッドが走りつつ思考を巡らせる。

賊達がどうやってこの場所を知ったのか、どうやって音も無く襲撃出来たのか…考えられる理由は一つしかない。

「魔術師の仕業ね…それも、かなり高位の。」

パールレインが答えを出した。

場所を知り、周囲の一切の音を遮断し、恐らくはフレッド達の存在も知ったその業は、魔術の力を以てしたものだろう。

「私に察知出来ないなんて、悔しいけど…!」

魔力を持つ者は、周囲の魔力を察知する術を持つ。

察知出来ないのは、魔力を行使した相手がそれだけ強大な力を以て遮断したという事。パールレインが唇を噛む。

「賊程度の中に、とんだ逸材が居たってのも妙だな…」

確かに、ならず者の集まりである集団に高位の魔術師が居るとは考えにくい。となると…

「…話は後にしろ!」

グラットンが叱咤する。

焦りと、彼自身の持つ思いが交差し、怒りを生み出しているのだ。

その怒りは、賊に向けられるものなのか、其れとも自身か。

村に突入した瞬間、突然景色が一変した。

光を遮断していたのだろう。

遮断されていた音も、耳に届くようになる。

パチパチと炎が木造の家屋を浸食する音、賊共の雑踏と雄叫び、歓喜の声。

逆に、犬頭人達の慟哭や叫喚、断末魔。

「嫌だッ!死にたくな…!」


「た、助け…!」


「どうか、どうか子供の命だけ…!」

声はいずれも途中までで途切れていく。

理由は… 口にするのもおぞましい、悪寒の走る理由。

「こっちは四頭目だ!」


「俺はもう七頭だぜ!」


「雑魚共を乱獲して報奨金は山程だ!皆、ガンガンやっちまえ!」

辺りに転がっているのは、首の無い死体の山。

若者、老人、女子供…果てには、乳飲み子までも…!

「うぅおおぉォォオオッ!」

グラットンが絶叫を発し、大剣を構えて走り出す。

「待て、グラットン!」

カムイも抜刀して疾る。

表情は険しく悲しげではあるが、静かな怒りを感じて取れる。

「酷い…馬鹿な人間達のせいで、こんな… こんなッ!」

フィオも鎌を持った。今までにない猛火が鎌を取り巻いている。

「フレッドちゃん、何なの…?何が起こったの!?ねぇ、犬の人達は!?ねぇ、ねぇッ!」

コリンは混乱していた。

フレッドだって混乱している。

予想外の出来事では済まされる事ではない事態に陥ってしまっているのも、自分の考えが甘かったせい。フレッドはそう考えていた。

「…ボク、許さない!絶対ッ!こんなことした奴等を、一人残らずやっつけてやる!」

コリンも、目を潤ませながら参戦する。

「…俺の誤算だった…!まさか、こんな事になるなんて…!」


「アンタは行かないの?軍師でしょ!」

パールレインが、自己嫌悪に陥っているフレッドをひっぱたいた。

「落ち込んでる暇が有ったら、一人でも多く助ける策を考えなさいよ!自分達が今いる状況で何が出来るかを考えるのがアンタの仕事でしょう!しっかりしなさい!」

それだけ言うと、パールレインも燃える集落へと身を投じていった。

「…くッ!」

フレッドは、奥歯を噛みしめた。

堅く握った拳から血が流れる。

満場一致での仕事は、巧く行っていた。

今までずっとそうだった。そう、今までは───…

「ッがああぁアァァア!」

賊共を散らしながら、グラットンが走る。

頭の中には殺意と嫌悪しかなかった。

賊達は鬼神の如き巨躯の姿を見て取るや、逃亡を開始している。

グラットンは、彼等を逃がす気など毛頭無かったが。

全員、殺す。

眼前に居る賊を叩き斬ろうとした、その時。

ガギィン!何かがグラットンの刃を止めた。

グラットンの怪力を以てして放たれる必殺の一撃を止めるとは、何者か!?致死の白刃を止めたのは、大きな盾。

そして、其れを持つ山の様な巨体だった。

その身の丈はグラットンをも越える。

盾は大剣を弾き、体勢を崩したグラットンに槍が延びる。

グラットンは体を捻るようにして其れをかわしたが、右肩に浅い傷を負う。

大剣の刃が盾に触れた瞬間、巨体は絶妙なタイミングで盾を引き寄せ、グラットンの一撃の放つ衝撃を和らげたのだ。

そして、間髪入れずに急所を突く閃光の槍撃。

この巨体、並の使い手では無さそうだ。

「…貴様も、殺すッ!」


「やってみろ。…お前に出来るのなら。」

グラットンが突撃する。

盾使いの男を斬断せんが為に。

カムイは足を止めた。

感じ取ったからだ。近くに居る、かなりの使い手の存在を… そして、殺気を。

「隠れてないで、出て来なよ。僕は今、お前を斬りたくて仕方ない。」

カムイの目が座っている。

グラットンの怒り、殺された犬頭人達の思い、相手に対する怒りと殺意…いつもは優しいその瞳から、空気を振動させるほどの気が放たれている。

「そんなに怖い顔しなさんな。人間に害を成す異形を斬った。其れだけのことで。」

宙から声が聞こえた…頭上!反応したカムイが、宙からの強撃を受ける。

鋼のぶつかり合う高い音が空気を裂いた。

弾かれて地面に降り立ったのは、血のような紅の装束を身に纏った女性。両手には鉤爪を持っている。

「私の一撃を弾くなんて、結構やるじゃないか。」


「…その爪で、一体どれほどの犬頭人の首を取った?」


「…さぁ?数えるのも面倒。」

口端に笑みを浮かべる。寒気が走るほどの残酷な微笑を。

「…今度は、自分の首が無くなるよ。…覚悟。」

カムイが疾風の如く駆ける。

対する女性もまた、疾っていた。

瞬速で交わされる閃が、夜の闇を斬り裂く。

鎌から走る炎の刃は、逃げる賊の群に届く前に威力を失っていく。

「待ちなさいよ、アンタ達!ちょっかいなんかじゃ済まないんだからね!ぶった斬ってやるんだからッ!」

四枚羽で風を切りながら走るフィオ。

しかし、なかなか追いつけない。

小さい体で、且つ大鎌を持った状態で前進するのには、やはり限界があるのか。

歯軋りするフィオに、不意に声が届く。

「射程距離は大凡十五メートルか…」

ぴたりと止まるフィオ。

声がした方を睨む。

声の主は、一本の大木の枝に腰掛けていた。

背の高い優男風。顔色が病的に青白いのが印象的である。

「はンッ!気持ち悪い!そこから降りてきなさいよ!切り刻んだげるから!」

優男はクククと肩で笑うと、右手を揚げて…降り下ろした。

キラリと何かが光る。

危険を感じたフィオがその場を離れた瞬間、地面が割れた。

魔法とは違う…物理的ななにかが、大地を切り裂いたのだ。

「その鎌と炎で私を切り刻んでみなさい。近付く事が出来るのならね。小さな戦士殿。」

遠い…距離は三十メートルと言ったところか。再びキッと優男を睨むフィオ。

「待ってなさいよ。すぐにその悪趣味な面を、真っ二つにかっさばいてあげるから!」


「それは楽しみ。」

見えない攻撃に、フィオは特攻する。

地面を裂いた業で、犬頭人達の首も裂いたに違いない。

倒した後は、地獄の業火で焼き尽くしてやる。

灰も残らぬ程に。

フィオがぐっと鎌を持つ手に力を込めた瞬間、彼女を取り巻く炎は一層激しさを増した。

「みんなみんな、死んじゃえ!泣いたって土下座したって、ボクはもう許さないんだからね!」

泣き喚きながら、矢を乱射するコリン。

高速で飛来する矢は賊達を仕止めていくが、一向に数は減らない。

たとえ犬頭人の首が入った袋を持つ者を射殺しても、違う賊が拾って逃げ出していく。

「許さない!許さないぃっ!」

わんわん泣きながら放たれる矢… 其れが次々と射落とされているのに気付いたのは、暫く経ってからだった。


「無駄な矢を撃つのはあまり良いとは言えないなぁ、お嬢ちゃん。」



背後からの声。



まさか、コリンの背後から矢を放ち、彼女に当たらぬようにした上で、矢を矢で射落としたというのか、この男。



短く切った髪、普通の服に煙草をくわえている姿は何処にでも居そうな『気の良い近所のおっさん』といった感じだが、必殺のスナイパーであることは今の妙技で立証済みだ。

コリンと違い、手にしているのはボウガン。

矢の軌道を思うように変えられないために、扱いが難しいとされる武器の筈なのに…底知れない。

「邪魔するなぁ!おっちゃんから先にやっつけちゃうよ!」


「おっと、怖い怖い。まぁ、お嬢ちゃんの腕は大したもんだ。認めるよ。だがね、その程度じゃあ、俺にはかなわんよ。どうしても、ってんなら、俺も手加減はしないがね。」


「そんなの、やってみなくちゃ分かんないよ!ボクの力、見せてやるッ!」

弓を構えるコリン。男は

「参ったね」

と、ぽりぽり頭を掻く。

「んじゃ、ま、死んでも恨むなよ。女の子相手ってのは気が引けるが、仕方ない。」

煙草をプッと吐き捨てると、男もボウガンを構えた。

パールレインが魔法で風に乗る。車椅子を操作してゆっくり進んでいたのでは間に合わない。

車椅子ごと風を纏わせ、地面すれすれを滑走する。

──久々だわ、本気で怒ったのは。

いつもフレッド達に怒るのとは違う、本当の怒り。確かに久々だった。

相手を見つけたら、どうしようか。

魔法で四肢を微塵にするか?其れとも、永久の悪夢でも見せてやろうか?

いや、どれも違う。

そんな生易しい最期にはさせない。

私利私欲の為に、他の者を簡単に犠牲に出来る、そんな屑の最期は…!


ぴくん、とパールレインの耳が動いた。察知したのだ。

近くに居る。自分と同じ、魔力持つ者が。

「流石に感じ取られたか…ここまで近付かれれば。」


「…嫌味のつもりかしら?屑魔術師さん。」


眉を吊り上げるパールレイン。男は目の前にいた。

黒と紅で彩られたローブを身に纏い、フードを深く被っている。

其の為に表情を伺うことは出来ないが、想像はつく。

嘲笑っているのだろう。

「屑…ね。ここまで来てようやく魔力を感じ取ったお前から言われる事ではないが。」


「人間の屑は、力だけで物を言うのね。下品極まりないわ。」


髪をかき揚げて溜息をつく。

「…まぁ、なかなか楽しませてくれそうだけど?その程度の力が有れば。」


「調子に乗るなよ、女。」


男が右手を前に突き出した。

その手から、光の矢が幾多もの帯となって放たれる。

パールレインもまた右手を突き出し、氷の槍を放っていた。

互いの魔法がぶつかり合い、極光を放って消滅する。

「小手調べよ。」


「減らず口を。」


再び双方右手に魔力を込め、突き出す。

今度は男の手からは黒い稲妻が、パールレインの手からは蒼い風の刃が飛んだ。




フレッドは考えていた。先程のパールレインの言葉を、頭の中で反芻する。


──俺が今出来る最善の策は、何だ?

──少しでも、たとえ一人であっても、救うにはどうすれば良い?

──一人でも多く助かる様な、そんな策は…!

目を閉じて、心を落ち着かせる。

軍師にとって大切なのは、何より冷静さと知略を巡らせることの出来る場。

地形を考えろ、相手と自分達の力と技を考えろ。

活路を見出せ、この最悪の状況から…!


フレッドを除く全員は戦闘中。思い通りに動かせる駒は無い…


唸る。


早くしなければ、事態は更に悪くなる。



どうする、軍師フレッド───!

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