第五章「悲しきは異形か人間か」
少年はレリックと名乗った。
馬車に揺られる間、彼は色々なことを話し、フレッド達と随分打ち解けたように思える。
特にレリックはカムイによく懐いた。
直接助けてもらったということだけでなく、彼のことを自分の事のように思い、解釈し、考えてくれる優しい態度からでも。
「ほんと、その時は笑ったよ。」
「あっははは!その後、その友達はどうなったの?」
「それがさ、そいつがまた…」
パールレインはうんざりしている様子だったが、他愛のない話しでも真剣に聴く態度は、流石温厚なカムイ。話は更に弾んでいく。
馬車は暗い森を疾走しているのに、馬車の中は明るいものだ。
「しっかし、こんな森深くに集落ねぇ…不便そうだわ。」
フィオがぼそりと呟く。
確かに便利と言える土地ではないが、そうせざるを得ない理由がある。
レリックがフィオを睨みつけた。どうやら聞こえていた様だ。
「俺だって、町に住めればどれだけ楽になるかって思うよ。でも、それが出来ないからこうやって、森の中なんかに住んでるんじゃないか!」
フィオだって異形だ。それはよく分かっている。
しかし、妖精というのは小さい体に愛らしい顔、性格にやや難が有るものの、人畜無害というのが定説。
異形を特に嫌う者相手となれば話は別だが、一般的に『嫌われない異形』である。
逆に犬頭人達は、人狼などの半獣人…ライカンスロープと同じ扱い。
人間よりも卓越した能力を持ち、また人を襲って肉を喰らうものと勘違いしている者が殆どだ。
実際の所はそうではなく、犬頭人は人間と能力的に大差なく、野蛮な行動を取る者はむしろ人間よりも少ない温厚な種族だ。
同じ『異形』と呼ばれるものでも、外見の違いだけで判断され、要らぬ誤解や差別を受けるのが現状。
異形に対する知識を持つ者が乏しいのが実状だ。
「わ、悪かったわよ。」
バツが悪そうに顔を伏せ、馬車の外へ出ていくフィオ。
グラットンの肩か天井にでも座るつもりだった。
「悪ぃな。あいつ、悪気があって言ってる訳じゃないんだ。」
フレッドがフォローを入れる。
「フィオちゃんは、考え無しで口が悪いだけ、だよね?」
コリンもフォロー…なのか?
フィオがぱたぱたと戻ってきて、コリンに拳固を見舞う。
「痛ぁい!ボクはフレッドちゃんから聴いたこと言っただけなのに〜!」
涙ぐみ、頭をさする。
妖精の拳固など痛くもないだろうと思うが、フィオは並の妖精とは違う所が多々ある。結構痛いのかもしれない。
コリンの言葉に頷くと、今度は無言でフレッドを殴り飛ばしてまた馬車を出ていった。
フレッドも涙ぐんでいるところを見ると、やはり其れなりに威力のある一撃のようだ。
「コリン、ばらすなんて酷ぇぞ!」
「フレッドちゃんが言ったことをそのまま言っただけだもん!ボクは悪くないもん!」
ね、そうだよね、と言わんばかりにパールレインを見やるコリン。
彼女のこういう時の逃げ場は何故かいつもパールレインだった。
ふぅ、と短い溜息をついて。
「まぁ、フレッドが悪いんじゃないの?子供に秘密なんて守れるわけ無いんだし、コリンに隠し事なんて無駄よ。」
どーだ!と胸を張るコリン。フレッドは渋い顔。
パールレインは多少の嫌味を混ぜたつもりだったが、コリンには通用しない。
良いか悪いかだけで判断しているためだ。
「あ、そろそろ着くよ。彼処に門が見えるだろ?」
暫く馬車を走らせた時、レリックが遠くを指さしながら言った。
よく見てみると、確かに木々の間から、木製の門の様な物が見て取れる。
「…さて、どうなるかね。」
何故か不安な面持ちのフレッド。
彼が気にしているのは、仕事の事ではなかった。
「何でこうなるのよぉ!」
フィオが地団太を踏んだ。無理もない。フレッド達が集落に立ち入った瞬間、犬頭人達が一斉に取り囲み、有無を言わさず牢に放り込んだからである。
まぁ、突然人間がやってきたのだし、当然の行動とも言えるが。
フレッドが危惧していたのはこの事だった。
「やっぱこうなったか。予想はしてたけどな。」
「…どうする?破ることも出来るが…」
牢とは言っても、自然の洞窟に柵を設けただけの簡素な作りだ。
柵も、難の変哲もない鉄製のもの。特別魔法が掛かっているわけでもない。
この程度、グラットンの怪力を以て破るなり、フィオの炎で溶かすなり、パールレインの魔法で吹き飛ばすなりすれば、簡単に突破出来る。
しかし…
「いや、それじゃ駄目だ。逆に村人達の不安感を煽る。一番良いのは、レリックが巧く事を通すなりして誤解が解けるのを待つことさ。」
よっこらしょと寝転がりながらフレッドが続ける。
「同感だわ。まぁ、処刑でもされそうになったら、その時は無理矢理破って逃げるだけよ。何しに来たか分かんなくなっちゃうけど。」
車椅子の魔術師が、珍しくフレッドに続いた。
「…そうだな。」
大剣を地面に置き、グラットンも座る。
静かな時が長く続き、辺りに夜の帳が落ち始めた頃。
ようやく一人の犬頭人の若者がフレッド達の前に現れたのだった…