第三章「道中現れしは汚れし人と汚れ無き異形」
サラディンの宿で一夜を過ごし、馬車を手配してフレッド達は次の旅へと向かう。
町長をはじめとする町人達に見送りにでも出られては出て行きにくいという理由から、明朝すぐに発った。
フィオとコリンの少女組は馬車の中でも寝息を立てていたが。
「もう少しマシな宿を探しなさいよね。ベッドが固くて寝苦しいったら。」
「文句言うなら、自分で探しに行けば良かっただろ?こっちは町中駆けずり回ったんだ。」
朝っぱらからパールレインは毒舌を飛ばす。今までパールレインが満足した宿は無いのだが。
「朝から喧嘩はよせよ、二人とも…」
カムイが止めに入る。
グラットンの様な静かな威圧感が無いため、効果は薄いような気もするが。
グラットンはというと、現在馬車の操縦中だ。
この馬車、町を救ったお礼ということで、格安で売ってもらっている。
本当は無料で良いと言われたのだが、それではあまりにも気が引ける。パールレインは買うと聞いて不満そうではあったが。
「大体ね、フレッド、アンタは…!」
「そういうお前だってなぁ…!」
やはりカムイでは止められないか。二人の口喧嘩は更にヒートアップ…
ガタン!
「わっ!」
「きゃっ!」
「うわっ!」
馬のいななきと共に、馬車が急停車した。
「なんだよグラットン!いきなり止めるな!」
どこかにぶつけたのか、頭をさすりながらフレッドが起きあがる。
「…賊だ。」
馬車の外から静かな声。その言葉を聴いて、フレッドが表情を変えた。
「全く、ついてないな。」
「…いや、俺たちにじゃない。別の旅人か…」
「どちらにしても、俺達が助けなきゃ、なんだろ?馬車を急停車させたってことは。」
「…すまない。」
この辺りのやり取りは、もう慣れたものだ。
グラットンのお節介焼き、とパールレインは言うが、一応仕事のタネだ。
「相手は?」
「…十数人。」
「じゃ、わざわざ策を練る必要は無いな。カムイ、パール、さくっとやってやれ。」
「分かった。」
「私が行く必要も無いでしょ?グラットンとカムイだけで充分すぎる相手じゃない、田舎の賊なんて。」
やはりパールレインは乗り気ではない。面倒なことはしたがらない。
やれやれ、とフレッド。
「じゃ、そういうわけで、頼むわ。」
「はいはい。」
分かってたから、とカムイはにっこり笑うと、馬車の外へと飛び出していった。
ちなみに、コリンとフィオは…
まだ、夢の中だった。
「おい、さっさと案内しな。」
「い、嫌だ!お前達なんかに教えるもんか!」
錆の激しい曲刀を持つ大男に、少年が必死に抵抗している。
少年のその姿…体は人間だが、頭は犬。異形の一種、獣頭人である。
「このガキ、調子に乗るんじゃ…!」
大男が異形の少年の胸ぐらを掴み、宙に吊り上げた。
拳が堅く握られ、少年の鼻っ柱を強く強打する。
「早く言わねぇと、もっと痛い目を見ることになるぜ。」
「誰が…お前等なんかに…!」
目に涙を浮かべながらも、少年はなおも口を割らない。
「このクソガキ…ッ!」
もう一度、拳が堅く握られた。反射的に目を閉じる。
しかし、その拳は少年に届かなかった。
「はい、そこまで。何をやっているかと思ったら、そんな小さい子を、いい大人が寄って集ってリンチかい?あまり良い趣味とは言えないね。」
その声に、少年が薄目を開けた。
少年を殴打する筈の大男の右腕は、肘から先が地面に転がっている。
其れを少年が認識する前に、少年を掴み上げていた左手も、地面に落ちた。
表現のしようもない大男の絶叫が辺りに響く。
「俺の、俺の腕が!」
「残念だけど…」
ずるり。
「首もね。」
どさ。
胴から離れた口からは、絶叫も放たれなかった。
いつの間に。
いやしかし、見事。
賊達の間を疾風のごとく駆け抜け、一閃の元に三所を断つとは。
数瞬、賊達は何が起こったのか理解出来なかったが、頭で理解するより早く、手に持った武器で襲いかかる。
しかし、彼等に少しでも考える余裕を持てる者があったなら、気が付いた筈だ。
どれだけ力の差がある相手を目の前にしているのか。
「…消えろ。お前達の様な輩を野放しには出来ない。」
ぶうん、と縦に振られた大剣が、賊の一人を二つに割いた。
少年は、目の前で起きていることがなかなか理解出来なかった。
人間が助けてくれている…?何故?異形である自分を…どうして?
立っている賊が半数程になってからだろうか。
相手もようやく頭の整理がついたか。
「まずいぞ、こいつら!」
「かないっこねぇ!逃げろ!」
状況を呑み込んだ賊達が情けない声を上げる。
「…逃がす気は無い。果てろ。」
逃げ出す賊達を大剣で制する。
向かいにはカムイの姿。
二人だけで包囲というのも可笑しなものだが、この二人からは逃れられないことを賊達は感じていた。
しかし、そんな時。
「やばい!目を覚ましたぞ!そこから逃げろ!」
馬車からフレッドの焦ったような声が届いた。
グラットンはいつも通り無表情のままだったが、カムイの方は青くなった。
「こっちへ!」
カムイは急いで異形の少年を小脇に抱え、その場から飛びすさる。グラットンも遠退いていた。
その次の瞬間。
上空から何かが雨のように落ちてくる。
それが矢だと確認出来た頃には、賊は矢の雨にうたれて皆息絶えていた。
「ボクの睡眠を邪魔すると、みんなこうなんだからね、もう…」
まだ半分眠っている顔で、コリンが呟く。背の矢筒は空になっていた。
彼女は寝起きが悪い。尋常と言えないほどに。
目をごしごし擦りながら、幼い死神は再び馬車へと戻っていった。
足取りはふらふらしている。まだ眠い様子である。
「全く、恐ろしいね。…さて、君、大丈夫?」
落ち着いたところで、カムイは小脇に抱えたままの少年に声を掛けた。
しかし、返事はない。
「…気絶している。」
「…まぁ、目の前であれだけの血を見ればね。少年にはかなり刺激が強いだろうし、考え無しで悪かったかな。」
獣頭人の少年は、目を回していた。
朝早くからあれだけショッキングな現場を目撃したのだ。無理もない。
ところで、これだけの大立ち回りがあったのに、フィオはどうしていたのだろうか?
「うぅん、フレッド、それはアタシじゃ引っ張れないってば…むにゃ…」
まだ、夢の中だった。