第一章「軍師始動するは月夜の防衛戦」
朱に染まった炎の森に立つ、六つの影。
宝石をジャラジャラと下げた派手なローブを身に纏った青年が、先ほどの声の主だ。
「フレッド、大丈夫なの?いくらアンタが腕の立つ戦術師っても、限界あんでしょ?」
ぱたぱたと薄く透明な四枚羽を羽ばたかせている小さな少女が言った。
この少女、は異形の一つではあるものの、基本的には人畜無害な種族、妖精族である。
「大丈夫に決まってるだろ?でなきゃあんな事言わねぇって。」
くだけた口調で青年…フレッドは言った。
口振りはひょうひょうとしているものの、自信は確かなものが有るようだ。
「…俺は、与えられた指令をこなす。それだけだ。」
フレッドの隣に並ぶ、身の丈二メートルは有ろうかという巨躯がぼそりと呟く。
低いながらもよく通る声だった。
「ボクも!フレッドちゃんの言うことなら、聞いたげる!」
こちらは幼い少女の声。
見た目十六に満たないほどの幼さだ。癖の強い銀髪を、強引にポニーテールにしている。
「全く、これから戦いに行くって言うのに、暢気なものね。ま、いつもの事だけど…」
車椅子に乗っているウェーブのかかった金髪の女性が冷ややかに行った。
ポニーテールの少女が頬を膨らませる。
「ボクだって、ちゃんとやるもん!ちゃんとできるもん!」
「ああ、もう、二人とも喧嘩はその位にしときなよ。頭が痛くなる。」
二人の間にいた青年が、見かねて仲裁に入る。
ボサボサの頭で目が隠れているが、声色から
「やれやれ」
といった表情が分かる。
「はいはい、その辺で終了。指揮官がおいでなすったみてぇだぞ。」
フレッドの言葉で、一同が静まる。
ポニーテールの少女だけは、拗ねたようにそっぽを向いて頬を膨らませていたが。
サーライルは、駆けつけてみて己が目をも疑った。
異形に対抗する策が有ると叫んだ者が、まさかこんなに若いとは思ってもみなかったからだ。
「どうもどうも。俺の名はフレッド・コマンドチーフ。お見知り置きを。」
どう見ても、ただの派手な青年だ。
本当に大丈夫なのだろうかと不安に駆られる。
「…私はサーライル。サラディンの町の守護兵団長を勤めている。貴殿の心遣いは感謝するが、見ての通り、戦況は絶望的だ。これを打破する策とは如何様なものか、会うなりいきなりでぶしつけではあるが、お聞かせ願いたい。」
「こちらも、出来る限り早く手を打ちたい。自己紹介はまた後ほどとして、策の方の説明をしましょうか。」
フレッドの幼い笑顔に、不安を隠しきれないサーライル。
そんな事はお構いなしに、フレッドはどんと地面に腰を下ろすと、サラディン周辺の大まかな地図を地面に書き始めた…────…
「人間共が後退をはじめたぞ!」
「攻め入れ!町の者達を血祭りにあげろッ!」
「今日から町は俺たちのものだッ!」
口々に騒ぎ立つ異形の波。
サラディンの戦士達が逃げるように後退を始めたための士気の高まりだ。
一気に異形の波は森を抜け、途中にある渓流に架かった一本橋へとなだれ込んだ。
橋の上には残存のサラディン守護兵団が陣を張っている。
「成る程、橋の上に最終防衛を張ったか。だが、無駄だ!」
「押し通せ!奴等はもう虫の息だ!」
怒濤の進撃、津波さながらの勢いで一斉に橋へと群がる異形の軍勢。
しかし。
先頭が橋の中央に差し掛かったときだろうか?
突如橋を支える太いワイヤーが断ち切られ、橋が崩れ落ちる!
がらがらと轟音を響かせながら、橋が谷底へと落ちていく。
「馬鹿な!気でも振れたか、人間め!これでは、自分達まで犠牲に…」
橋に入る前の部隊からどよめきが上がる。
サラディンの部隊は皆橋の上に固まっていたはず。なのに、何故…
「あら、どうしたの?谷底に御用かしら。それとも、落ちていく人間でも見たのかしら?」
背後からの声に、一斉に振り返る異形達。
そこには、車椅子に乗った女性が、嘲笑を浮かべている姿があった。
そして、全滅したはずのサラディン守護兵団の姿も。
「残念ね。さっきのは幻。まぁ、初歩的な魔法を見破る頭も無かったってことかしら。」
「ぐ…ッ!くそ!しかしまだこちらが数では上!押し切るぞ!」
リーダー格の異形のくぐもった叫びが上がるや、再び前進を始める異形の波。
西にも東にも、橋が一本架かっている。
軍勢を分け、東西の橋を目指して進撃を開始した。
しかし、包囲される形での戦闘のため、ままならずに散開する。
西の橋、こちらは縄で繋がれた吊り橋。
危険なため使う者がおらず、放置されて長いが、異形達にとっては町への進撃路だ。
兵はこちら側には追ってはこない。
門前には幾分かの兵を置いてあるため、下手を打てば自分達も衰えた橋の落下に巻き込まれる危険があるからだろう。
ここには幻影の兵士すら無い。
しかし、橋の中央付近に、赤い光が一つ浮かんでいる。
「ほらほら、どしたの?ちょっかい出したげるから、とっとと渡ってきなさいよ!」
赤い光は、どうやら妖精の少女がもつ大鎌(とは言え、人間のサイズから言えば草刈鎌程度だが)から発しているものらしい。
その鎌、炎を纏っている。
しかし、異形にとっては非力な妖精一匹程度、捻り潰すのは造作無い。構わず進撃を続ける。
「やっぱコレなのよねぇ。自分より力がないって思ったらお構いなし。ぐのこっちょーだわ。」
短くため息を吐く妖精。
鎌を思い切り振り上げる。
「残念だけど、通す気無いから。バイバイ。」
振り下ろした。思い切り。
赤い線が一筋疾った。
それが鎌から放たれた炎の刃であると、異形の誰が気付いたか。
くず折れる異形軍の一角。
気付いた軍は頭に血を上らせ、一気に橋へと詰め寄せる。
しかし、全体が橋へと足を踏み入れた瞬間、橋を支えていた縄が切り落とされる。
橋の縄が止められていた崖には、四本の矢が突き刺さっていた。
「残念でした!ボクって弓撃つの上手だから、橋縄だって落としちゃうもんね!」
遙か遠くで、弓を構えるポニーテールの姿を、落下していく異形の軍勢は見ることはかなわなかった。
「二度も同じ手に引っかかるなんて、ほんっとに馬鹿みたいね、アンタ達。」
鎌を肩に載せ、妖精はもう一度、ため息をついた。
東の橋は、西と違って石造りの強固な物。
故に、こちらに来ると予想してか、幾分の兵はこちらに配備されている。
「押し通れ!」
「人間などに!」
いきり立つ異形を迎えるのは、身の丈以上の大剣を構える巨躯と、東方の長剣を鞘に納めたままの青年を筆頭とした部隊である。
「…無理は…するな。」
低い声で其れだけ呟く巨躯。
「分かってるよ。心配無用さ。」
青年も刀を抜き、青眼に構える。
異形達が橋に踏み入った瞬間。
二人が走った。
巨大な剣が空気を震わせながら飛び、異形の前衛を薙払う。
振り抜いてすぐさま軌道を変え、振り上げると同時に異形を谷底へとたたき落としていく。
並の呂力ではまず扱えないであろう巨大剣を軽々と操っては、次々と斬り裂き、叩き割り、すくい上げて谷底へと送っていく。
一方刀を構えた青年は、素早い動きで異形の群の中心に流れ込むや、一閃を流して鮮やかな斬り傷を付けていく。
いや、斬り傷などと生易しいものではない。
ある者は胴を抜かれ、ある者は首を一撃の元に飛ばされ、またある者は両腕を一刀の元に切り落とされている。
力と技の剣技、とでも表現すれば妥当なところか。
やがて異形達は進撃不可能と踏んだか、森へと退却を始めた。
一匹が逃走を始めてからは、もはや蜘蛛の子を散らす様に。
「どうです?こんなもんで。」
戦闘が終わった後、フレッドはサーライルにこう言って、笑った。
「まさか…あの戦況から覆すことがかなおうとは…!」
驚いた様子のサーライル。
その姿を見て、フレッドは再び、子供のような幼い笑顔を見せた。