第十七章「再び現れしは魔を払う光」
「みんな、よく頑張ってくれた。」
あらかた片付き、森の消火も終えた後、フレッドが労いの言葉をかけた。
「ふん、何にもしてない癖にさ。よく言うよ。」
フィオが生意気を言うが、彼女自身そうは思っていなかった。
フレッドの策が有ったからこそ、効率良く戦いを進めることが出来たのは言うまでもなく、またフレッドがあの時…犬頭人の村で力を使わなければ、フィオを一とするメンバーが本気で掛かる事も無かっただろう。
各々が持つ暗い過去、そこから付けられた名前…出来れば使いたくないものだ。
フレッド達の旅の真の目的にも、禁忌としなければならないのだから。
「それにしても、気になることが一つ有るんだよな。」
「最後の一人…だね。」
カムイの言葉に頷くフレッド。
そう、最後の刺客がまだ姿を見せていないのだ。
「怖じ気づいて逃げたんじゃないの?金で動いてる訳だしさぁ、無理して死ぬ必要無いじゃない?」
フィオの言うことも、まぁもっともである。
しかし、フレッドは何やら嫌な予感がしていた。
「まぁ、兎に角さっさと出払いましょ。もう全滅させたでしょ?」
こんな所に留まっても時間の無駄、とパールレインが出口に向かおうとする。
夜はもう明けそうだ。
一睡もしていないし、子供のコリンはもう『おねむ』である。
「そうだな。出てこないならこれ以上ここにいても無駄か。」
賊は全滅、暗殺者も向かってきた者は決着をつけた。
フレッドがきびすを返したとき。
「…待て。」
グラットンの静かな声が響いた。
「何かが…おかしい。」
何かを察知したようだった。
不気味なほど静まり返った遺跡…と言うより瓦礫の山に、緊張が走る。
静寂…
不意に、コトン、と小さな音がした。
一斉に振り返る。
しかし、そこには無惨に斬り裂かれた賊の死体が有るだけ…?
また、コトン。
カタカタと、石が転がり揺れる音がする。
一体何が…?
「うわっ!」
不意にカムイが足を滑らせて転んだ。
虎型のライカンスロープ、バランス感覚に優れているはずの彼が、転ぶ…!?
次の瞬間、彼の体は逆さまに吊り上げられた!
何が起きたか、解らなかった。
死んだはずの賊が、カムイの足を掴んで宙吊りにしたのだ!
そのままもの凄い力で床に叩きつけられるカムイ。
衝撃が大きかったのが予期せぬ出来事に受け身を取り損ねたか、血の塊を吐く。
「きゃああぁぁぁあ!!」
コリンが悲鳴を上げた。
「おおお、お化け〜!!ヤだ、怖いいぃぃい!」
急いでフレッドの影に隠れる。苦手だった。
カムイが足を掴んでいる手を切り落とした。
しかしその手は、カムイの手を締め付けて放さない!グラットンが何とか力ずくで引き剥がしたが、まだぴくぴくと動いている。
「どう…いう…ことなんだ…?」
咳込みながら立ち上がるカムイ。
見れば、辺りに散乱していた骸の山がムクムクと起き上がり、浮浪者の足取りでこちらに向かってくるではないか!
「禁呪、ネクロマンシーね…」
パールレインが舌打ちした。
魔力で仮の命を与え、意のままに操る古代魔法の一つだ。
何故失われた魔法を使えるのか解らないが、これで最後の一人が出てこなかった理由が解った。
賊に紛れて立ち上がるのは、盾を持った巨躯、鉤爪の女闘士、暗器鋼線の優男、弓使いの男の姿…!
体が真っ二つに裂かれようとも、首を飛ばされようとも、黒こげに焼かれようとも、四肢を封じて喉を貫こうとも、空間ごと消さない限りは起き上がり、襲ってくる!
昏倒しそうになったコリンをカムイが支えた。
「…どうする…フレッド…!」
かつてない敵を前に、重い表情のグラットン。
しかし彼は既に剣を抜いていた。
退路は…無い。
どこもかしこも死体人形で埋まっている。
「…パールレイン、魔法で消せるか?」
「馬鹿言うんじゃないわよ!この数よ!?」
確かに、空間除去の魔法を使えば勝利は容易い。
しかし、あれは多大な魔力を使う代物だ。
パールレインの魔力は低くないが、あれをこの数相手に撃っても焼け石に水だ。
「コリンは役に立ちそうにないし、剣も炎も効かない…どうすれば…!」
四方八方から近付いてくる賊と暗殺者の骸をグラットンとカムイ、フィオが相手取る。
しかし攻撃の効果は無く、進軍は止まらない!!
「うおおぉぉッ!」
気合い一閃、グラットンが骸を剣の腹で薙払い、吹っ飛ばす。
カムイもフィオも、近付いてくる者に先駆けて両足を切り落とし、動きを少しだけ遅らせている。
しかし、その程度で止まる筈も無く、吹っ飛ばされた者はまた体勢を立て直し、脚を斬られた者は床を這って、じりじりと包囲網を狭めている。
フレッドは考えを巡らせていた。
今、俺に出来ること…
動かせる駒を全て使って出来ること…!!
「パール、術者の場所を特定してくれ!」
「えっ!?」
突然言われて、少し驚くパールレイン。
「早く!」
パールレインがこくりと頷き、魔力の出所をサーチし始める。
「グラットン、カムイ、フィオ、出来るだけ時間を稼いでくれ!」
「…解った。」
「了解!」
「アンタもさっさと策練りなさいよ!」
気合いを入れ直し、死者達を跳ね除けていく三人。
コリンはがたがたと震えている。
「コリン、もう少しなんだ、グラットン達に加勢してくれ!」
「えぅぅ…フレッドちゃん、酷いよぉ…」
べそをかきながらも、コリンも弓を構えた。
まだ遠くに居る賊の足を狙い、床に張り付けにしていく。
すぐに矢は抜かれるが、効果は確実に上がっていた。
しかし、やはり進行は止まらない。
巨体の半身が槍を突き出してきた。
魔力で強化されたその筋力から放たれる一撃は、閃光のスピードだった。
避けきれず、カムイの左脚を貫いた。
「っぐ!」
奥歯を噛みしめ、槍を引き抜く。
鮮血が床に落ちた。その間にグラットンが巨体を吹き飛ばす。
鉤爪の女も獲物を振り、フィオの鎌を止める。
炎で腕を焼き焦がすが、効果は全く無かった。
よろよろと起きあがったカムイが当て身で押しやったが、時間稼ぎには到底なりそうにない。
まだまだ襲ってくる生ける屍の波。
有効な攻撃手段が無く、おまけに強化されているから厄介だ。
じりじりと、確実に円が狭くなってくる…!!
「…解った!遺跡の最頂部分、この上だわ!」
パールレインが叫ぶ。窮地の為に全魔力を注いでの探知だった。
もう魔力は無い。フレッドに全てを託す。
「解った!みんな、後は頼む!」
フレッドの言葉に、パールレインが目を剥いた。
「まさか、アンタ…!」
其れ以上はフレッドの耳には届かなかった。
フレッドが倒れたその瞬間、淡く緑に光る光線が無数に広がった。
グラットン達の間を抜け、光線は賊や暗殺者の成れの果てを焼き焦がし、消滅させていく…!
「馬鹿ッ!アンタ、分かってるの!?」
昏倒したフレッドに怒鳴るパールレイン。
黒と白の翼を持つモノが、今正にフレッドから『抜け出た』のだ。
翼の先に隠されたそのモノの顔は…フレッドの其れだった。
そう、この破壊の使者はフレッドそのもの。
光線を撒き散らしながら、フレッドは空へと上っていく…
光線になぎ倒された者達は、灰になって消滅していく。
まるで、天使が呪われた屍を浄化しているかの様に…
そして、退路を開くようにして放たれた一条の光刃が床を這い、その一列に居た死者を薙払って消滅させた。
「逃げろ…という事…か…!?」
グラットンが上っていくフレッドを見た。
その表情は、どこか笑っているようにも見える。
そのままフレッドは天井まで到達し、止まることなくすり抜けていった…
「コリン、パールレイン、フィオ、カムイ、皆俺に掴まれ!」
大剣をしまい、パールレインとカムイを小脇に抱えるグラットン。
コリンが急いでグラットンの背に掴まり、フィオもコリンの服をぎゅっと握った。
「しっかりと掴まっていろ…!」
新たな死者で退路が閉ざされる前に、グラットンは機工の脚を解放した。
振動音が大きくなり、両脚から蒸気が噴き出す!
呼吸していないようにも見えるフレッドの体はそのままに、ブーストを発動させて一気に死者達をかいくぐった!
そのまま外に勢いよく飛び出すも、まだ止まらない。
そしてグラットン達が随分賊のアジトから離れた頃…
淡い緑色の光を伴う爆発が、遺跡の真上で起こったのだった。
その規模たるや凄まじく、辺り一面に太陽光にも似た光が包み込む…!!