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第十五章「その名語るは忘れぬ者のため」

世界地図で見て最も北にある大陸、カンドラット。

大陸の東端に位置する港町フレンシスは貿易都市としても名を馳せており、首都に次ぐ大都市として有名である。

人が入りにくい極寒の土地ではあったが、それでも世界でも指折りの大都市に発展している。

毛皮や質の良い木材、鋼材が産出され、また数多く存在する古代遺産が生み出す巨万の富で、財を築いている国。

その恩恵を受けての発展ぶりであった。


コリン・カストラトは、この街で産まれ育った。

父エリオーン、母カロリーヌの間に産まれた一人娘で、街の守護隊長、必中必殺の弓使いとして名を馳せる父の為に、街ではちょっとした有名人であった。

両親の溺愛ぶりもかなりのもので、余所様が見たら赤面するほど。

これ以上無い位の愛情を注がれて、コリンは育った。

純真無垢で甘えん坊な性格になったのも、偏に両親のお陰だろう。

ただ、その純粋さが仇となることもあったけど。

誰とでも仲良くなり、老若男女問わず元気な態度の彼女は人気者で、お菓子を買ったらおまけが付くなど最早当然。

服屋が彼女の為に古着をただでよこすなんて事もしょっちゅうだった。


父は信頼厚く、強さも兼ねる守護隊長。

母は穏やかで優しい。

街のみんなも暖かい。コリンは不自由無く暮らしていた。



ある時コリンは大好きなお母さんと入浴中、母の背中に何やら妙な物が有る事に気付いた。触ろうとしても、手では触れられない。

青白い光の様なもので構成された其れは、何だか翼みたいに見えた。

「お母さん、それなぁに?」


好奇心から訊いてみた。

解らない事は納得出来るまで追求する性分だったが、彼女の『納得』は非常に単純なので、適当にあしらうことも出来るのだが。

「これはね、私達の一族では『光の翼』って呼ばれる物なのよ。」


カロリーヌは優しく答えた。

俗に『有翼人』と呼ばれる異形の背に有る、出入可能な、光で構成された翼である。

これを出している間は空を舞い、風を操ることが可能と言われている。

大体が蛮族として恐れられている種ではあるが、こうして人間の街に住み、人間と子を成す者も居る。

「羽根があるの?じゃあ、お母さんはお空を飛べるの!?すごーい!」


目の前の不思議な翼を見ながら、コリンがはしゃぐ。

母はそんなコリンに優しく微笑んだ。

「でも…街のみんなには内緒よ、コリン。お母さんが有翼人だと分かったら、お父さんが偉い人に叱られちゃうから。」


続いて釘を刺す。

他人の秘密など、次の瞬間には悪気無くもばらしてしまうコリンだが、親の言いつけは絶対だった。絶対に守る。

はーい、と元気に答えて、湯船に飛び込んだ。



コリンが十歳の誕生日を迎えた日。呼んでもいないのにコリンの友達以外にも父の友人、母の友人、守護隊の皆、近所の知り合い等が集まり、大掛かりなパーティになるのは毎年の事だった。

「コリンちゃんの誕生日なら祝ってあげないと。」


そう言って、皆がやってくる。

行きつけのお菓子屋さんから特大のケーキが届き、蝋燭が十本立てられる。

プレゼントも勿論山ほど届き、コリンにとっては一年で一番幸せな日であった。



しかしコリンには、今回この十年間で一番のプレゼントが有った。

言うなれば、神様からのプレゼント。


盛大なパーティも終わり、夜になって母親とお風呂に入る時。

「コリン、それ…!」


カロリーヌが、何かに気付いた。コリンが背中を見やり、あっと声を上げた。

「ボクの背中…羽根が生えてる!」


肩甲骨の辺りから、小さな翼が覗いていた。

青白い光に纏われた、小さな小さな翼が。

「やったあ!これでボクも、お母さんと一緒だね!」


はしゃぐコリン。

綺麗で、美しくて、ずっと憧れていた母の翼。其れが自分の背にも有る。

「コリンにも、光の翼が…」


一瞬、悲しい表情をよぎらせるカロリーヌ。

しかしすぐににっこりと微笑んで、コリンの頭を撫でた。

「良かったわね、おめでとう、コリン。」


少女にとって、これは最高のプレゼントだった。

みんなから貰ったお菓子や玩具や本なんかとは違う、もっともっと素晴らしい贈り物。



しかし、コリンはこの事は内緒だと言われた。

羽根が付いた事は、家族だけの秘密だと。

親の言うことは絶対だった。絶対に守る。



コリンの翼は混血の為か一回り小さく、空を飛ぶことは出来なかった。

しかし風を操る能力は受け継がれており、竜巻や暴風雨を喚ぶことは出来ずとも、それなりに圧のある風を吹かせることが出来た。

その力を使っていたずらしよう等と思わないところがコリンらしい。

それに、力を人前で使うことは親から禁じられていた。



しかし、運命の日はやってくる。


誕生日から数ヶ月経った後だった。



突如、街に巨大な竜巻が接近した。

異形…有翼人の襲撃である。

富を狙っての強襲は今までに何度か有ったが、今回のは規模が違った。

守護兵団総出で有翼人の討伐に当たる。

「カロリーヌ、コリン、私に何があっても家に居るんだ。危険を感じたらすぐに逃げるように。」

いつも以上に緊張した面持ちで、エリオーンが言った。

「お父さんが負けるわけないもん!悪い人たちをやっつけて!」


コリンの応援に破顔し、頭を撫でる。

しかしすぐに面持ちを直し、弓を取って出ていった。



有翼人の数はそう多くはなかったものの、風使いの能力は強大であった。

エリオーンの放つ閃の矢はほぼ確実に標的を射抜いていくが、他の兵は強風の為にまともに矢を放つ事もままならない。

上空からの手槍や弓の攻撃で押されている。

誰の目から見ても、勝てそうになかった。

近接武器では相手に届かず、遠隔武器もなかなか当たらず。

かなりの苦戦を強いられていた。

「皆怯むな!頑張れ!」


エリオーン自身、厳しいものだと解っていた。

しかし、街の皆の為、愛する妻と娘の為、負けられない。


ばたばたと倒れていく守護兵達。

数では圧倒していた筈の守護兵団も、半分以下になった。


その時だった。


何本撃ったか解らぬ矢をまた弓に構えたとき、突如竜巻が起こった。

竜巻は有翼人の軍勢を飲み込み、吹き飛ばしていく。

生き残った守護兵達は何が起きたのか解らなかったが、エリオーンだけは解っていた。


街の門の上に浮かぶ女性の影。妻、カロリーヌの姿だった。

翼が空を薙ぎ、空を飛んでいる姿の…





異形を妻に迎えたと知られ、日の経たぬうちにエリオーンは審判にかけられた。カロリーヌも同じくである。


結果は、公開処刑。

守護隊長でありながら異形を街に入れ、あまつさえ結婚までしていたという事実から成る結果であった。


コリンは元より産まれただけで罪はないという両親の必死の申し立てにより、処刑は免れた。

他国への出国命令が出されるに留まったのは、エリオーンの守護隊長としての地位が有ったからかも知れない。


しかし、両親の処刑だけは揺るぎようがなかった。



コリンは何も解らぬままだった。

母親が家を飛び出す前に

「何が有っても家から出ないで」

という言伝を忠実に守っていた。

しかし、三日経っても戻ってこないことに不安が走り、ついに彼女は家を出た。

探しに行こうと思って。


しかし、今日は街のみんなの態度がどこかおかしい。

いつも挨拶してくれるおじさんもおばさんも、遊びに行こうと誘ってくれる友達も、優しいお姉さんもお兄さんも、遠巻きに歩き、睨み付けて早足で去っていく。

不安が増した。なんでみんな、そんなに冷たいのか?

「ねぇねぇ、おじぃちゃん!」


道行く老人を呼び止める。ぎろりと睨まれたが、コリンは続けた。

「なんでみんなボクを睨むの?お父さんとお母さん、知らない?」


黙っていたが、しばらくして枯れた口を開く。

「お前さんの母親は、有翼人の仲間だったそうじゃないか。父親も母親も、明後日処刑される。そういう事じゃ。」


短く言って早足で去っていく老人を、コリンは呆然として見つめていた。


処刑…?

お父さんとお母さん、死んじゃうの?

なんで?どうして?

ボク、どうすれば良いかわかんないよ…!



とぼとぼと歩いて家路をたどる。

頭の中は、さっきの老人の言葉で一杯だった。



家に帰ると、守護兵の一人が待っていた。

コリンの姿に気付き、駆け寄ってくる。

「君の両親は裁きが下った。詳しい話をしようと思うが、家にあげてくれるか?」


ちょっと前には、両手一杯の誕生日プレゼントを持ってきてくれた人だった。

今は冷たい目でコリンを見下ろしている。

こくん、と頷き、家に招き入れる。



コリンは納得がいかなかった。

お母さんは街を助けたのに、お父さんは街を助けるために頑張って闘ったのに、どうして殺されなきゃいけないの?

何度そう訊いても、返ってくる言葉は

「街の規則と裁判の決定だから」

の一点張り。

それでもコリンは納得出来なかった。

「街の規則なんて知らないもん!お父さんとお母さんは悪くないもん!」


わんわん泣きながら男の体をぽかぽか叩く。

冷たい表情ではあったが、どこかいたたまれない様子でもある。

「私も、貴女の父も母も尊敬していました。しかし、私にはどうすることも出来ません。」


嗚咽を漏らすコリンにそう言って、男は家を出ていった。


お父さんとお母さんが死んじゃう。

大好きな街のみんなに殺されちゃう。


涙が止まることは無かった。眠れもしない。



泣き通して夜を明かし、次の日はずっと守護兵の監視付きで家に閉じこめられ…



処刑の日を迎える。



コリンはまだ幼い。親の死など見せたら壊れてしまうかも知れない。

だから処刑場には連れていかれず、そのまま港へと連行された。

寂れた日だった。

街に人影は無く、雑踏も何も聞こえず、空はどんよりと曇っていた。


三人ほどの兵に連れられて、小さな船に乗せられる。


このまま故郷に戻ってこれなくなる。

お父さんもお母さんにも、もう会えない…


二日眠れなかったためにコリンの顔は酷くやつれていた。

処刑を知った日から、一言も喋っていない。

何も喉を通らない。


絶望と、悲しみが少女を取り巻いていた。

どちらとも、コリンには縁遠い言葉である。

普段の彼女を知る者が見れば、別人の様にも見えるだろう。


「さぁ、乗るんだ。」


兵の一人が促した。

ボートには食料などが積まれているだけで、コリン以外に乗る者は無い。


お父さん、お母さん…!


「早く乗るんだ。」


なかなか動こうとしないコリンの腕を掴む。

しかし、ふりほどかれた。驚く兵達。

「…ヤだ…」


「今更何を言うんだ。お前はもう、ここには居られな…」


「ヤだッ!」


ぶうん、と風が鳴った。コリンが風を喚んだのだ。

使うなと言われていた。

しかし、両親を助けたいと思った瞬間に、コリンは約束を破ることを決意したのだ。

強風に煽られ、兵達が桟橋から海に投げ落とされる。

その瞬間に走り出した。

処刑場が何処なのかは解らないが見当はついていた。

目指すのは、父が通っていた守護兵詰め所。

「待て!行ったらお前まで…!」


海から何事か叫ぶ声が聞こえたが、聴かずに走った。

兵達もすぐに海から上がって追うが、強烈な向かい風でなかなか追いつけない。

コリンには激しい追い風が味方していた。



走った。ひたすら走った。髪はぐちゃぐちゃに乱れ、涙で汚れた顔。そんなことも気にせずに走った。



たどり着いたのは石造りの堅固な建物。

警備をしている兵士をふりほどき、中で待機していた兵士達の間をすり抜けながら走った。

警備兵がずらりと並ぶ大きな扉を見つけるや、強風で兵を薙ぎ倒してそのまま扉を破る。


「コリン!?」


「どうしてここに!?」


父も母も、そこに居た。

縄で手を後ろ手に縛られ、足にも枷を付けられ…今正に、父の首に剣が打ち下ろされようとしている瞬間であった。

「お父さ…!」


白刃が煌めいた。


首が胴を離れ…

血が咲いた。


「あ…!」


呆然となり、腰砕けになってぺたんと座り込んだ。

まだ十歳の少女には、この上無いショッキングな光景だったに違いない。

「あ…ああ…!」




慟哭が天を突いた。なんとも言われぬ悲痛な叫びが町中に響きわたる。



コリンはそのまま失神し…

次に目覚めたのは、海に流された船の上だった…




コリンはやはり苦戦していた。

矢は矢で落とされ、それ以上に放たれる矢をかわしていく。

「お嬢ちゃんの腕前じゃ、俺には勝てない。前にも言ったよな?」


余裕綽々の男を、コリンは恨めしそうに睨みつけた。

「ボクが本気だせば、そんなこと無いもん!」


「さっさとその本気とやらを出さないと、死んじまうぞ?」


今度は放たれるボウガンの矢を、矢で射落としてみせる。

「ボクの本気、みせたげる!後悔してももう遅いもん!」


言い終わると同時に、ひゅう、と風が吹き抜けた。

矢を放つ男。

素早く五本撃った。遊びに付き合う気は既に無く、殺すつもりだった。


しかし矢は軌道を変え、コリンの体ぎりぎりを避けて虚空に消えた。

ボウガン使いの眉がぴくりと動いた。

はずすわけがないのに、何故当たらなかった?

コリンが矢をつがえた。五本同時に放たれる。

だが、全くの出鱈目矢である。コントロール一切無しの運任せの矢だった。

難なくかわす。

「どうやって俺の矢をかわしたか知らんが、大量の矢を撃つくらいなら誰でも出来る。お嬢ちゃんの本気ってのはそんなもんかい?」


「違うよ〜だ!」


続いて矢を連射するコリン。

リキャストの時間も矢のスピードも変わっていない。

また難なく撃ち落とされてしまう。

「悪いが、そろそろ終わりにするぜ。」


ボウガンを連射する。

そのスピードはかなりのもので、矢の壁が飛んできているように見えるほどの乱れ撃ちだった。


しかし、矢は全てコリンの目の前の床にたたき落とされ、或いは命中するぎりぎりで掠りもせずに遺跡の奥に消えていく。

「一体何が…!?」


言いかけて、男はあることに気付いた。

風も無いのに、コリンのポニーテールが揺れている。

そして、彼女の背にある青白い小さな羽根。

「お父さん、お母さん…ごめんなさい。」


視線を落として悲しそうな顔をするコリン。

男がその姿を見た瞬間、両肩に鋭い痛みが走った。

彼の両肩は、二本の矢で貫かれていたのである。…背中側から。

次に、両脚。また背後からの矢…!

「ぐっ!」


膝を付く。既に両手両足は使い物にならない。筋肉を矢で切られたか、動かない。

風を操りって飛来物を床に叩き落とし、もしくは体の横に流して、自分の射った矢の軌道を変えたのだ。

最初に射った五本の出鱈目矢が強襲しているのだった。

「ボクは、もうみんなを守れるくらい強くなったと思ってた。でも、犬の人達はみんな死んじゃった。だからボクは、おじちゃんを許さない!」


最後の一本が、男の体を貫いた。

喉の中央を狙い違わず射抜かれ、男は声もなく絶命していた。

煙草が床に落ちた。

「お父さん、お母さん、また約束破ってごめんなさい…」

天井を見つめて目を閉じて謝る。

約束を破るのはいけないことだという両親の言葉を、コリンはできるだけ守ってきていた。


親の言うことは絶対だから…




コリン・スナイプハント

『狙い違わぬ弓使い』…


かつて父が言われていた二つ名を、コリンはそのまま名前にした。

フレッド達の真似をして考えた…もとい、考えてもらった名前だった。

大好きだった父と母の全てを忘れないために。

そして、両親の様な、皆から尊敬され、愛される人間になるために…

他のと比べて、えらく長くなってしまいました。それだけ設定に困った…じゃなくて、思い入れが有るんですよ、コリンには。ってことにしといて;´д`)

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