第十四章「その名語るは自らを戒めるため」
自由気ままな妖精族にも、階級と呼ばれるものが、一応存在する。
場所によっては稀に妖精の村も在り、それなりの賑わいも有る。
フィオが産まれたのは村として確立していない所ではあったが、妖精の森と呼ばれる地であった。
陽光が降り注ぎ、自然溢れる、どこか幻想的な雰囲気のある森だった。
フィオは、その地に生を受けた。
気ままに遊び、暮らし、時には人間にいたずらをしたりしながら日々を送っていた。
ある時彼女は、自分の力が他の者より勝っている事に気が付いた。
妖精は元々力の強い種族ではないし、振るえる力は初歩魔法程度のいたずら用。
しかしフィオは木々を焼き払い、一面を焦土と化させる程の力を持って生まれていた。
妖精の階級は、その能力によって変わる。
フィオが与えられた階級は、『タイタニア』…妖精女王の階級であった。
妖精の中でも力がずば抜けて高い者にしか与えられない最高のものであるが、フィオには妥当な階級とも言える。
風の力、水の力、土の力、色々な力を持つ妖精だが、炎は一番主流、言うなれば汎用な力。
強い者は自然を操り天から雷を落とすことも出来ると言うが、フィオは其れ等を凌いだ。
「アンタ達、そこどいて。」
タイタニアの階級を得た幼いフィオは、森の中の覇権者とも言えた。
彼女が食べ物をよこせと言えば両手一杯の食べ物が家に届く。
どこかへ行けと言えばその者は森を出ていくだろうし、死ねと言えば本当に自ら命を断つ者も居るかも知れない。
要するに、やりたい放題だった。実際、
「どこかへ行け」
だの
「死ね」
などと言ったことは無いのだが。
進路の先に居る妖精達が、フィオの為に道を開けた。
ふふん、と鼻を鳴らして通る。
幼い彼女をタイタニアの階級からちやほやし過ぎた周りの妖精が彼女の性格を作ったと言っても過言ではないが、フィオは正に女王そのものの性格に成ってしまっていた。
周りの妖精達は、フィオの我が儘に付き合うことに、ある意味慣れてしまっていたが。
それに、フィオはまだ幼い。
途方もない難題を押しつけることはない。
周囲の目は暖かかった。
子供の我が儘など、妖精ではむしろ当然の事であった。
妖精の持つ気楽さのお陰である。
しかしフィオは、自分の力を制御出来ないところが有った。
いたずらのつもりで、森に入った人間が煙草を吸おうとしていた所に火を付けて…煙草全てを燃やそうと考えていたところ、誤って焼死体を一つ作ったこと。
釜戸の火を焚くときに釜戸その物を消し炭に変えたこと。
他にも色々な失敗例が有る。
幼さ故に力加減が分からないのだろう。
フィオ自身も力を抑えたつもりでも、予想以上の結果に成ることがままあった。
ま、いいや、と開き直りはするものの、このままでは良くないと考えることもしばしばであった。
ある日の夜、妖精の森で大掛かりな異形狩りが勃発した。
妖精の森とは言っても、妖精だけが住んでいる訳ではない。
他の異形…人間に害を成す、荒っぽい異形も居る。
しかし異形狩りは、大人しい異形達も標的にされるものだ。
一番の雑魚である妖精も、勿論獲物となる。
近隣の王国から大量の軍隊が派遣され、森に火を放ち、狩りを開始していた。
「みんな、逃げて!あいつ等こっちに来てる!」
フィオが泣きそうな顔で他の仲間達を逃がす。
フィオに倒せない相手ではなかったが、数が多い。
本気でやれば仲間にも被害が出ること必至である。
仕方の無いときにはやるつもりだったが、まだ退路は断たれていない。
「あっちにも!」
「こっちにもいるぞ!」
他の仲間達からの声も聞こえた。
完全に包囲されている。
木の上に逃げようにも火の手が回ってままならいない。
「人間め、馬鹿なことを!」
「くっそ、どうする?」
「まだ死にたくないよ…」
様々な声が上がってはいるが、皆フィオの方を見ていた。
少したじろぐフィオ。
困った。どうすれば良いのか彼女には分からない。本気を出せば、仲間もただでは済まないだろう。しかし、期待と救いを求める眼差しが彼女を見つめているのも事実。
「フィオ、お前タイタニアだろ!何とかしてくれよ!」
「このままじゃ、みんな死んでしまうわ!」
すがる仲間達。更に困る。しかし、この状況下で危機を脱する方法は一つだった。
「…みんなは遠くに離れてて。本気、出すから。」
フィオの言葉を聞いて、各々が逃げるなり、土の力で防護壁を作るなりする。
かつてフィオが本気を出したことは無い。
どれほどの規模の大火炎が生じるか、彼女自身にも予測不可能だ。
フィオが、静かに目を閉じた。
───…その日以来、みんなの態度が変わり始めたのに、フィオは少しずつ気付いていった。
あの日、フィオの出した『本気』は思わぬ結果を生んでしまったのだ。
抑えきれない力の暴走とでも言おうか。
フィオの放った力は地獄の業火。
人間に放たれた火を炎で圧し潰し、更に森そのものまで灰にした。
勿論、襲ってきた人間も。
其れだけなら良かった。
しかし、フィオの力は幼い彼女に抑えきれるものではなかったのだ。
自分で止めようと思っても止まらない炎。
森を焼き払い、地を焦土と化させ、人も異形もまとめて灰も残らぬほど焼き尽くした。
止まったのは一日明けてからだった。
仲間の殆どを共に焼き払い、森があったことが分からない不毛の土地を作った頃、フィオの暴走は止まったのだった。
その日を境に、生き残った妖精達からの態度が変わっていった。
幼いながらもフィオも気付いていた。
以前の、タイタニアとして見てくれていたときとは違う、恐怖が混じった瞳で見られていたのだ。
かつて妖精女王と呼ばれていた頃と違い、
「奴は悪魔だ」
とすら称する者も出てきていた。
気付かないふりをしていたのは、フィオの性格だろう。
認めたくなかったという事もある。
どうして、みんなを助けるために、みんなが助けてくれって言ったからなのに…確かに、あれだけの力を制御することは、自分に出来る事じゃなかった。
でも…!妖精達が自分を避け、目を合わせないようにしているのに耐えかねたフィオは、自分から、仲間から離れることを決意する…みんなと離れて、それからどうするかなんて考えていない。
でも、自分が居なくなることで、みんなが怯えることが無くなるのなら…と。
「さて、決着つけたげるから、そこ動かないでよ。」
優男に向かって中指を立てるフィオ。
「私は動かない。必要ありませんから。」
フッと軽く笑い、右手を揚げる。
来る、見えない攻撃が。
ひゅっと、風が鳴った。
素早くかわして鎌を構えなおす。
地面を割った様に、また石床も斬り裂く見えない何か。
「もう、せこいわね。何なのよ、アンタのその武器!」
憤慨するフィオ。
微笑のままに右手を横に振る優男。今度は石柱がスパンと斬られる。
「知ったところで貴女にどうこう出来る物でもないでしょう?」
ニヤリと笑い、右手を振り続ける。
床、天井、瓦礫の山がスパスパとなます切りにされていく。
「鋼の糸…どれだけ避け続ける事が出来ますかな?」
暗器鋼線…扱いの難しさ故に、一部の者しか使えない極細の鋼の糸である。
目に見えないほどに削られた其れは、鉄をも斬り裂く必殺の武器と化す。
耐久性も特殊合金の為に高く、引きちぎるのは到底不可能な代物…と言うより、手で引きちぎろうとすれば、逆に指が飛ぶ。
「鋼…成る程ね。」
避けつつフィオは笑った。素材は、金属…!
「ちょっとだけ本気出したげるから、光栄に思いなさいよね。」
フィオの目が赤く光った。
「本気とやらを見せて貰いましょうか?いかほどのものか…」
「ふん、タイタニアを舐めんじゃないわよ!」
言うと同時に、薄い羽が燃えた。
猛烈な炎が四枚の羽にまとわり、二枚の巨大な炎の翼を作ったのだ。
更に炎はフィオを取り巻き、轟々と燃え盛る。辺りの空気が燃焼する…!
「貴女の炎の業は既に見ています。諦めて死になさい。」
フィオの業火に包まれた姿を見ても尚、余裕で構える優男。
「どうかしらね。」
炎は更に大きくなり、フィオの周りで形作る。
その姿は、不死鳥の様にさえ見える。
鎌に伝わる炎も、いつもの比ではない。
鎌と言うよりも炎そのものが鎌の形を作っている。
「残念だけど、その顔も焼けただれて見えなくなっちゃうわよ。」
「そろそろ死になさい。」
優男の右手が再び揚がった。
フィオは構わず突撃する。
振り下ろされた。
しかし、フィオの体を縦に割る筈の鋼線は、彼女に届かなかった…否。
届いていた。しかし、フィオは止まらない!
「何ッ!?」
「金属は溶けるのよ。知ってる?」
もう一度右手を振る。
しかし、やはり当たらない!ジュウ、という小さい音が聞こえたか。
高温の炎が、フィオの体に届く前に鋼線を溶かし、焼き切ったのだ!フィオが灼熱の鳳となり、熱風を裂いて飛ぶ。
鎌が丁度嘴の様にも見え、不死鳥そのままの形を作る!鎌が唸った。
巨大な焔の鳥は優男の身体を貫通して通り抜けた。
鎌から放たれた鋭い炎の槍は、男の腹を丸ごと溶かし尽くしたのだ!
「あ…?」
傷口は無い。
血も出ない。
ただ、そこに穴が空いている。
男の見たその光景は、様々な常識を吹き飛ばすものだった。
何だ、これは。
私の体に何が起こった?整理が付く前に体の切断面から炎が吹き上がり、腹のない男の全身を包み込む。
炎熱の塊と化した男は、断末魔を上げながら床に転がり…灰になる寸前で止まった。
黒こげになった焼死体の顔は、元はどんな男であったか想像すら出来ない。
炎を収めたフィオは、少しだけ悲しげな表情で、しかし呆れた顔で鎌を肩に乗せる。
「小さいからって舐めてたわね、アンタも。全く、ぐのこっちょーだわ。」
ふう、と小さく溜息をつきながら、そう言った。
フィオ・フレアダンス。
『炎を操り空を舞う者』…元々妖精に、セカンドネームなど無い。
しかし彼女はフレッドと出会った時、みんなを真似てそう名乗った。
かつて自分が犯した暴走を二度と犯さぬ為に、過去を忘れず戒めとする為に。
そして、再び『タイタニア』となる為に…




