第十二章「その名語るは虚無を払うために」
「グラットン、何もお前が悪いわけではないのだ。しかし、お前はこの村には居れぬ。分かってくれ。」
グラットンの何倍もの身の丈…五メートルは有るだろうか。
巨人族の老人がグラットンに告げた。
グラットンが十六になる前日の朝、彼は巨人族の村の長の元へと呼び出されたのだった。
巨人族とは異形の一つ、人間に恐れられはするものの、博識で温厚、争いを好まぬ『知識と力を持ち合わせた種族』として有名である。
また、無骨な外見と違い手先も器用で、古代に失われた『機工』の技術を現代に継ぐ種族でもあった。
しかし、巨人族の村には厳しい戒律が三つ有る。
一つ。『巨人族の知識、技術を他種族へ語り継ぐことを禁ず』一つ。『村の者は村から出ることを禁ず。一歩たりとも外界に足を踏み出した者は、村への出入りを禁ず。』一つ。『忌み子を授かりし者は即刻子を殺すべし。もし生かした場合処刑はやむなき事とし、また子は村を追放すべし。』一番目と二番目は、巨人族特有の知識や技術を外界に伝え、悪用されることを防止する戒律。三番目のものは、巨人族の古い言い伝えから来るものであった。『巨人族の忌み子、十六の時を経たりて我らを消滅せし魔と成らん。彼の者の両手は我らの全てを破壊し、両脚は大地を無へと帰すだろう。』消滅とは、全ての破壊とは何を指すのか。一族の死か?はたまた知識や技術の消失か?詳しくは分からない。しかし、巨人族はこの言い伝えを頑なに信じ、護ってきた。グラットンの母親は彼がまだ幼い頃に処刑され、彼の父もまた『忌み子』に生を与えてしまった自分を責め、自害していた。何故グラットンが『忌み子』なのか… 其れは、彼の姿を見れば一目瞭然である。彼は、純血の巨人族であった。しかし、彼の身の丈は普通の人間を一回り大きくした程度。巨人族特有の翡翠の瞳も無く、彼のものは黒。巨人族共通の褐色の肌も違っていた。『忌み子』がどんな姿形をしているのかは分からないが、グラットンの姿は明らかに周りと違っていた。決定付けるものは何も無い。だが、彼は『忌み子』として認識されるには充分すぎるほど違っていた。
「長老殿…」
族長の隣に居た若い巨人族の男が、辛そうな族長を促す。
両親を失った彼を育ててきたのは、族長その人であった。
これから行おうとしている事に抵抗が有るのだろう。
「グラットン…覚悟は出来ているか?」
ややあって、族長は言った。
自分に対する問いにも聞こえる。グラットンは無言で頷いた。
「…彼を『機工室』へ。」
族長の右手が揚がった。
同時にグラットンを一人の巨人が掴み上げ、族長の家を出ていく。
何故俺は他の者と違っているのだろう。
皆と同じ血が流れているのに。
グラットンは、幼い頃から思っていた。
『忌み子』などという言い伝えさえ無ければ、少し周りと違うくらいで済んだはずなのに。
しかし、他の種族と比べて、巨人族は極めて保守的で、他族嫌いだ。
やはり、言い伝えなど無くても淘汰されていたのではと考えると悲しい。
しかし、もう。
関係なくなる。
機工室とは、その名の通り、巨人族の英知、機工技術が詰め込まれた場所である。
中では既に四人の技師が、グラットンの到着を待ちわびていた。
「忌み子に大いなる制裁と封印を。」
技師の一人が剣を持ち、唱える。
グラットンは、中央の台座に仰向けに寝かされ、動かぬようにベルトで四肢を固定されていた。
天井のライトから放たれる光に、白刃がぎらりと輝く…次の瞬間、グラットンは意識を失った。
忌み子…村の皆から、一度だって暖かい目で見られたことは無かった。
家族も無かった。
拠り所というべきものが何も無かった。
族長からこの歳まで育ててもらった。
しかし其れは、忌み子に対する『制裁と封印』を耐え抜くようになる歳まで育てる必要が有ったため。
ただ其れだけ。
名も無かった。
『グラットン』という、親から継いだ名しか。
母、エルメール・グラットン。
父、カイセル・グラットン。
その名しか。
彼には何も無かった。
目を醒ました時、彼の身は村の河から外界へと流されていた。
水に濡れているのに冷たさを感じない両手足…見た目は確かに彼自身の腕と脚。
しかし、彼の腕と脚は、もう彼が生まれ持ったものとは違う物にすり替わっていた。────…
「俺は、貴様の様な奴を許さない。」
大盾の男に大剣を向け、グラットンが静かに言った。
「同じ人間、同じ生物。同じ、この大地に生きるもの。金という理由で其れを簡単に殺せる。簡単に全てを奪える。…何故だ?」
大男は口を閉ざしたまま。
グラットンは更に続ける。
「生きる為に戦うわけではなく、私利私欲の為に戦えるのは何故だ?」
大男はまだ黙ったまま。
語る気など無し、と言うことか。
グラットンが、剣を持って走った。
鋼と鋼がぶつかり合う高い金属音。
二人が距離を離す。
「…お前が察する通り、とでも言えばいいか。」
大男が呟く。
グラットンの目つきが変わった。
「…殺す。必ず。」
「…お前は俺に勝てない。お前の一撃は、俺に届くことは…」
ヴヴヴヴヴヴ…大男の言葉を遮るように、何かの振動音が響いた。
はじめは気づかないほどの小さな音だったが、だんだんと大きくなってくる。
それがグラットンの躰…両手脚から発せられるものだと誰が想像したか。
振動音が最大に達したとき。
グラットンの躰は、一瞬の内に宙を滑走した。
両脚から蒸気を噴き出し、猛スピードで空中を駆ける!ズボンやブーツの一部が噴き出す蒸気で破れ飛んだ。
一体何が起こった。
この男の、この力は何だ!?今まで見たことのない力に驚く大男。
「化け物…!」
盾を構える。
目で追えないスピードではない。
しかし、グラットンは体を横に倒すや、空中を『蹴った』。
脚から再び蒸気が噴き出す。重力法則を無視するかの様に、グラットンの体は地面と水平のままに角度を変える。
大男の左手側から回り込むようにして、大気を蹴る。
床に突き立てるような形で、大剣が弧を書いた。
反応出来なかった大男の左腕が、肩口からばっさりと切り落とされる。鮮血が咲いた。
大男の左腕と其れに握られていた槍が、どさり、カランと床に落ちた。
「化け物…確かに俺は異形だ。しかし、貴様達は…」
グラットンが剣を振り下ろす。大男は再び盾で其の白刃を止めた。
「野蛮な異形と呼ばれる者達よりも、遙かに粗暴で…」
ヴヴヴヴ…!
グラットンの両腕から、再び振動音が成った。
剣を持つ手が小さく振動を開始する。
「愚かしいッ!」
ヴン!!
両腕から蒸気が上がった。
同時に剣が爆発的な推進力を載せて、大男の盾と其の躰を真っ二つに斬り裂く!
振り下ろされた大剣はそのまま石床を断ち割り、辺りに衝撃を撒き散らした。
数瞬の後、大男は物も言わず、二つに分かれて床に散った。
振動音は、もう聞こえない。
「忌み子と呼ばれた為に貰い承けたこの力…貴様には、理解など…」
グラットンは呟き、二つに裂かれた骸に背を向け剣を背に戻した。
グラットン・ヘヴィブランド。
『重い剣を背負うもの』
名の無かった彼が、生きる道をフレッドに与えられたとき…
彼は自らそう名乗った。
虚無を払い、虚無となる者を護るための剣と成るために。