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第十章「月が照らすは暗き水面と二人の影」

その夜、フレッドはなかなか寝付けないでいた。

眠ったら、またあの夢を見そうな気がして。



自分の心と頭に、今もなお鮮明に刻まれている暗い過去の夢を。



宿から出て、宵闇に包まれた街を歩く。

夜風がフレッドの髪を撫でては過ぎ去っていく。心地よい風だった。


昼間の騒々しさが嘘の様にかき消えた商店街、工房区。

華やかさを残しているのは足下の煉瓦造りの街路だけ。

ある意味では其れは不気味に映って見える。


静寂の中に聞こえるのは虫の声と水路を流れる水の音、そしてフレッドのブーツの音だけ。


魔法仕掛けの街灯が道を淡く照らしているが、夜道は永久に闇の中に続いているように見える。



「はぁ。」


宿の前まで戻ってきても眠る気にはなれず、水路に架かる橋の上で溜息を漏らした。

水面に映る自分の顔を見つめながら、考える。



新聞にも大きく取り上げられていた。

『森林に突如現れた光は何なのか!?』

『森の一部を荒野と化させた怪光の真相は!?』

ここ三日の間中、新聞の一面は謎の光に関する記事で埋め尽くされていたらしかった。



あの『漆黒と純白の翼をもつ何か』は、紛れもなく、フレッドの力によって生み出された悪夢である。


フレッドは悔いていた。

あの力を行使するのは、禁忌としていたのに。


あの状況を打破する為とは言え、多大な犠牲を出したのは真実。

草木も、家屋も、犬頭人も、虫も、そこに在ったモノ全てを無に帰したのは、フレッド。真実である。



「やっぱり眠れないのねフレッド。」


不意に背後から声を掛けられ、振り返る。

車椅子に座ったブロンドが夜風に揺れていた。

「パールか…そりゃ眠れないよ。」


視線を水面に戻しながら呟いた。

カラカラと車輪の回る音がフレッドに近付き、すぐ隣で止まる。

「フレッドだけじゃないのよ、アレを見て悲しくなるのは。

グラットンも、カムイも、フィオも、コリンも…そして私も。

みんな、思い出して悲しくなるの。」


「…解ってる。」


静かに語るパールレインの言葉に短く答える。

そう、解っていたんだ。俺は。


アレを使えば、皆自分の持つ心の傷と重ね合わせて見ること。

其れによって、過去に負った傷が深くなること。



心の傷は、時間が解決すると誰かが言った。

しかし、自分のすぐ近くに傷を負わせたモノがある限り、傷は癒えることはない。むしろ、更に深くする要因となる。


「もしもこんな事にならず、普通に暮らせていたら。パールはそう思ったことがあるか?」


フレッドの問いに、パールレインは暫く黙り込んだ。

「…無い、なんて言ったら嘘になるわ。いや、いつも考えてるって言った方が良いかしらね。」


パールレインがスカート越しに脚をさすった。

長いスカートを履き、足先すらも見せないようにしてあるその脚。

彼女が持つ暗い過去は、その不自由そうな脚にあった。

体に刻まれた、消せない傷跡とも言うべきものが、スカートの下に隠されている。

「でも、思ったところで変えようがないわ。私の脚も、フレッドの力も…そして、他のみんなの傷跡も。」


悲しげな表情のパールレインを、月明かりが照らす。

まるで、悲しみに沈む彼女を晒すかの様にも見えた。

「普通の生活なんか、送れる筈が無いって思ってるわ。前は憧れてたけれど…」


視線が、フレッドの横顔に向けられた。

「私は今の生活にも満足してるわ。その日暮らしでも、使えない軍師が居て、鉄面の大木が居て、小五月蝿い妖精が居て、五月蝿くて泣き虫の馬鹿みたいな子供が居て、お人好しの年中寝癖頭が居て…

そんな奴等と一緒に行動してれば、退屈だけはしないし。」


フレッドは苦笑した。みんな、もの凄い言われようだ。

「毒舌で高飛車で自己中な魔術師もな。」


平手打ちが飛んでくるかと思ったが、パールレインは少し笑っただけだった。

「私も随時な言われ方される面子だわね。まともな言われ方をされる奴が一人も居ない、か。」


面白い一団だこと、とまた笑う。


ややあって。


「フレッドは、普通の生活を送ってみたい、なんて思ってるの?」


今度はパールレインからの質問。


少し考えた。


しかし。


「いや、俺には無理だし、必要ねぇよ。」



パールレインと考えは同じ。

このメンバーが無い生活など、フレッドにとっては普通でもなんでもなかった。

パールレインがまた笑った。

珍しい光景。彼女を知る者が見たら、目を疑うだろう。

「じゃあ、私達を信じなさいな。明日は必ず巧くいく。フレッドが何故軍師として生きることを望んだか思い出せば、私達の悲しみなんか吹き飛ぶんだから。」


そう言うと、パールレインは宿へと戻っていった。



何故軍師として生きることを望んだか…



フレッドはあれだけの力を持ちながら、何故軍師という道を選んだのか。


「いつでも胸に刻んでらぁ。

…有り難うな、パールレイン・アポクリファ。」




アポクリファ…その意味は、『知識持つ者』…



フレッドは笑顔を水面の自分に送ると、宿へと戻りはじめた。


頑張れ、フレッド・コマンドチーフ。

その名に恥じぬ様に。


それは無言で水面に投げかけた言葉。

自分に対しての言葉。




今日は悪夢を見なくて済みそうだった。

一気にノって三話連続投稿でした。さぁラストスパート!

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