第九章「軍師再動す」
「成る程ね…まぁ、俺が寝ていた三日間の間、みんなよくやってくれたよホント。」
夜になり、パールレインも怒りを冷まして帰ってきた所。
宿にある食堂で夕食を摂りつつカムイからの情報を聴いたフレッドが言った。
ちなみに、食卓を囲むのは五人。
コリンはまだ迷子中だろうか、戻ってきていない。
「何を偉そうに。」
カムイの膝の上、テーブルからぎりぎり身を出して食事しながらフィオが言った。
食堂にはフレッド達しかおらず、見咎める者は食堂で働く従業員くらいのものだが、念には念を。
見つかって守護兵に通報されても困る。
「まぁ、冗談はさておき…」
フィオの言葉に眉をしかめつつも、咳払いしてから続ける。
「相手の素性は大体分かったな。パールがボロ負けする位の相手が集めた連中だ。暗殺者ギルドの者と見て、まず間違いないだろ。」
続けて、イデデデデ、と口を歪ませるフレッド。
パールレインがフレッドの太股を思い切りつねっている。
「誰がボロ負けですって?誰が。」
「な、何でも、ござい、ません。」
痛みに耐えながら絞り出す。
パールレインは不服そうにしながらも、手を放した。
また一つ咳払いして。
「相手は今頃、莫大な報奨金で浮かれ回ってることだろう。しかし、恐らくまだ暗殺者は雇用しっぱなしだろうな。」
「まぁ、僕達が来るのは予想出来てるだろうし、先だって魔術師が探知してるって可能性も充分有り得るしね。」
カムイの言葉にフレッドが頷いた。
「最悪の状況を考えると後者になる訳なんだが、そうなると攻めるのが困難この上なくなるんだよな。」
自分達の居場所が割れていて、尚且つアジトに攻め入るタイミングも知られるとしたら、困難になるのは自明の理。
それこそ相手は完璧な臨戦体制で出迎えることだろう。
「じゃあどうすんの?まさか手を引くなんて言わないでしょうね。」
「まさか。」
フィオの言葉をすかさず蹴飛ばす。
カムイの財布を空にしてまで情報収集を展開したというのに、其れを無駄にするなどとは出来ない。
「今日色々な策を練ってみたんだが、一つ良いことを思いついてな。
成功すれば、賊だけでも一網打尽に出来る。」
フレッドの言葉に、全員が身を乗り出した。
───…
「…ってな訳なんだが、どうだ?」
説明を終えたフレッドがふぅ、と短く息を吐いてにやりと笑った。
「良いとは思うけど…相手のアジトがある場所にもよるでしょ?」
「相手の本拠地は、パールの魔法で既に場所を特定済みだ。地形的には間違いは無い。」
ふふん、と鼻を鳴らすパールレイン。
賊のアジトは、犬頭人の集落が在った森から更に先、連なるハシュレン連峰の麓にある。
辺りは深樹海、背には高山と、確かに見つかり難く、また攻め入り難い土地。
ここ三日間の間で、正確な場所を割り出したパールレインの功績は大きかった。
「策が成ったら、全員突撃。犬頭人の集落で各々やりあった相手を探して撃破、其れから賊の頭領をゆっくり探して、好きなように虐めてやればいいさ。」
『虐める』という表現が何とも不明瞭でおぞましいが、各々言いたいことや思い知らせてやりたいこと等有るだろう。その為の配慮である。
「ちなみに…」
少しだけフレッドの表情が陰った。
「戦い方、やり方はみんなの判断に任せる。俺のような思いをしないで済むんなら其れに越したことはない。ただ…」
「俺は全力で行くつもりだ。」
次の句を口に出そうとしたところで、グラットンの言葉が其れを遮った。
「僕もね。悲しいのはみんな一緒だよ。だけど僕は、力無い人達を惨殺した彼奴等に全力で当たるつもりだ。」
「私も。あそこまでコケにされたら、本気出すしかないもの。」
グラットンに続き、カムイとパールレインも自分の意志を表明する。
フィオに至っては訊くだけ無駄。
負けた相手に再び対する時は、言われなくても本気を出す。
戦いに負けた経験があまり無く、元々負けず嫌いな彼女にしてみれば当然だ。
フレッドが暫く顔を落とす。
「ごめん…有り難う。」
満面の、しかし、どこか痛々しい憂いを帯びた笑顔で、フレッドは顔を上げた。
「それにしても、気になるのは六人目の敵よね。集落には姿を見せてなかったみたいだけど、どういう事なのかしら?」
カムイ…もとい膝の上のフィオが七皿目のパスタのお代わりを注文したとき、パールレインが呟いた。
「危惧してるのはそこなんだよな。忘れてた訳じゃねぇ。調べがつかない、戦った者も居ないとなれば、かなり危険な存在に成りうるだろうな。」
猛犬の細道の酒場で仕入れた情報が正しいのであれば、戦闘方法を一とする情報全てが謎に包まれている刺客が一人居る。
「何故、集落襲撃の時に姿を現さなかったのか、か。流石に分かんねぇな。」
まぁ、成るようになるさとだけ付け加え、ミートボールを口に運ぶフレッド。
「はぁ…其れでよく軍師が勤まるわね。」
呆れたようなパールレイン。
「相手のことを全部解った上でなら、軍師は不必要さ。それより大切なのは、その場に応じて臨機応変に対処すること。」
「じゃあ、三日前の失態はどう説明してくれるのかしら?」
言われて、フレッドは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「二度と同じ鐵は踏まないさ。約束する。」
苦い表情のまま、呟くのであった。
「さて、機は明日の深夜。今日は鋭気を養うなりなんなり、好きなように動いてくれ。準備は俺が整えとく。良いか?」
食事が終わると同時にフレッドが切り出した。
どうせ攻めるならば早い方が都合が良い。
相手が金貨の山に浮かれている今がチャンスと踏んでの決定だ。
「…解った。」
「はいはい。」
「腕が鳴るわぁ。」
「了解。」
「ただいま〜!」
それぞれがそれぞれの言葉で応じる。…おや?
フレッドががっくりとうなだれた。
「あのね、あのね、フレッドちゃん。知らないおじさんにお菓子貰って、着いてくればもっと一杯上げるよって言われたから、着いて行っちゃって、帰るのが遅くなっちゃった。えへへ。でも、一杯お菓子貰ってきたから、フレッドちゃんにも分けたげるね。…あ、フレッドちゃん目覚ましたんだ!おはよ〜!」
どたどたと食堂に走りこんで来るなり、自分の身に何が起ころうとしていたか知ってか知らずか自慢げに、遭ったことを話すコリン。
「それって…」
カムイの顔が少し引きつった。
「…誰か、そこの無垢な女の子に、今までの話を教えてやってくれ。俺はもう疲れた。」
無垢なと言うより馬鹿なじゃないのとパールレインが毒づくが、コリンの耳には届いてなかった。
届いていたとしても、気にしないだろうし理解もしないだろうが。
結局この後、カムイが食事に付き合いつつ、作戦の説明に手を焼くことになったのだが。
寝室に戻ってきたカムイの顔は、ひどくやつれているように見えた。