遠い警笛
先の東日本大震災において、甚大な被害を被られたすべての方々に、お悔やみを申し上げます。
「先輩、もうそろそろ上がりませんか?」
浦津は言った。不規則に弾んだ彼の息は、かなりの疲労をうかがわせる。西の壁に掛けられた時計は、すでに七時を回っていた。浦津の、防具に隠れた肩は、時計の秒針が進むのと同じリズムで静かに上下する。
剣戟の止んだ剣道場は、通り雨が過ぎ去った後のように、シンと静まっていた。その中で、二人の、深い呼吸の音と秒針の進む音だけが聞こえてくる。今まで、激しく汗が振り落とされていた道場の床からは、まとわりつくような湿気と、剣道着に身を包む者特有の体臭とが入り乱れて、道場内を漂っていた。
「帰るんだったら先に帰ってくれ。もう時間も遅いしな。俺はもう少し残ってく」
静まりかえった道場で、勝田の声は異様に大きく響いた。そして、その最後の余韻が消えてしまうと前よりも一層重厚な静寂が、場を支配した。今日はなぜか、外の音が道場内に入ってこない。いつもなら、六時を過ぎた辺りから道場が面する大通りを、都会の帰宅ラッシュが通過する頃だが。
まだ春分までは間がある今日、外では既に、夕闇が重く覆い被さっていた。東向きの壁に取り付けられた窓からは、抑えようもなく暗闇の侵食が進行している。道場の劣化した蛍光灯が放つ白光に対して、その闇は、より一層、この道場の内と外、あるいは自分と下界との境界に敷かれた隔絶感のようなものを、色濃くしているかのような気がした。
「でも、僕が帰ったら、先輩の相手がいないじゃないっすか」
浦津が言う。言葉に呆れたようなトゲがある。彼は、道場内をちらりと見回した。彼ら二人の他には、誰もいない。他の道場生は、もう日が暮れる前に全員帰ってしまっていた。勝田は、浦津に無理を言って残ってもらっているのだ。
「ああ、俺は一人で素振りでもしてるさ。何となく、まだ出し切れていないような気がするんだ」
やはり、勝田の声は、彼が思っていたのより何倍も大きく響いた。彼には、自分の口から出た言葉が、なぜか虚勢を張っているかのように聞こえる。それが、彼の前向きな衝動から繰り出された言葉だっただけに、どうしてそういう風に聞こえてしまうのか、不思議だった。夜の闇が、既に勝田の心にまで到達し、干渉を始めているのかもしれない。
言ったとおりだ。まだ気分が晴れきってない。彼は心の中で呟いた。
「じゃあ、僕はもう帰りますよ。けっこう宿題溜まってるんで」
「おう。悪かったな、付き合わせて」
浦津は、小さく一度頭を下げてから、急ぎ早に道場の隅へと下がっていった。あまり音を立てないように丁寧に座って、手早く防具を解く姿からは、なるたけ早くこの場を去りたいという、彼の思いが伝わってくる。たしかに、浦津の立場からすれば、やりづらいに違いない。勝田は、浦津に対して申し訳ないことをしたような気がして、そんなもやもやを振り払うために、声を出して竹刀を振った。放たれた声や、足音、竹刀が風を切る音は、放たれたそばから、窓の外の夕闇へ吸い込まれていったが、間を開けずにひたすら見えない相手を打ち倒すことで、無神経な静寂が訪れることを回避する。心拍数が上昇して、薄暗かった道場内が、一段階明るくなったような気がした。
「春の大会が最後だからって、少し根つめすぎなんじゃないですか?」
浦津は、突然竹刀を振り回し始めた勝田を見て、驚いたように言った。
「かもな。でも、こうしてる以外にやることもないしな。お前もその内分かるぜ、こういうの」
勝田は、竹刀を振るのを止めて、言う。だが、彼の言葉は、虚空で同じ円周上を旋回したあげくに、やはり闇の中に消えていった。今のところ、気持ちも、音も、すべてが行くべきところに逢着せずに、闇の引力に負けて失踪してしまっている。今の彼の言葉が、果たして浦津まで届いていたのか、それすらも、彼には確かめようがなかった。浦津も何かを言いたげだったが、その言葉は結局口の中に押し戻された。
再び密度の濃い静寂が襲い、勝田は改めて竹刀を振り始めた。それ以上浦津との間に会話はなく、次に彼が手を休めたときには、道場の中に浦津の姿はなかった。道場の中に残っているのは、彼一人となった。
隙のない静謐が辺りを覆う。自分の呼吸や拍動さえ、今はどこか遠くへ押しやられて、何重もの壁に遮られているようで、聴覚には一切の影響を与えてこない。道場は、為されるがままに湿った闇を受け入れ始める。蛍光灯が大きく瞬く。その一瞬の暗みのなかで、何者かの陰影が宙を躍動し、次の瞬間には消えている。その影は、彼自身のようにも見え、あるいは長年視覚にこびりついた、道場生や大会の対戦相手のようにも見え、また、それ以外の何かであるようにも思えた。
暫くの間、勝田の頭の中さえも、重苦しい静寂が支配していた。半ば、深い眠りの中にあるかのような、無感覚で無感動な意識の継続。だが、それは突然鼻を突いた、小さなくしゃみによって破られた。そして、脳の神経回路に、雑多で氾濫した思考が蘇ってきた。
彼は大会について考えた。春の大会、彼にとって最後の大会。そして、それ以後は、なんとか自分を納得させて、剣道をやめてしまおうという、決意。その決意があるからこそ、結果によって自分を納得させるために、大会に向けて、今こうして竹刀を振っているのだ。
地区予選は二週間後の三月十一日。そこで個人成績が三位以内であれば、上の大会へ進める。最終的には全国まで続く選手権大会だけれど、もちろん、そこまで狙う気は毛頭ないし、実質的に不可能だ。でも、もし運がよければ、その下の関東大会出場を狙える可能性はあった。そして、今のところの目標は、その出場権を得ることだ。
この大会は、地区予選ですら、勝田の出る地域では激戦区となる。そんな中でも、彼は一応、この激戦を勝ち上がっていくだけの実力は、内外から認められている。幼稚園のころから通っているこの道場は、この辺りでも比較的、由緒と実績のある道場で、他の稽古場とはよく合同稽古をしに行くが、いざ一対一で真剣勝負となったときに、勝田が全く力の及ばない相手はおらず、互角に渡り合える相手も、片手の指で数えられるほどしかいないのだ。その上、今回の地区予選の組み合わせでは、彼らとは決勝戦でしか当たらないようになっている。運が良いと言えばそうなのだろうが、今回地区予選を突破するのは、彼の中ではかなりの自信があった。そしてまた、この地区予選に比べれば、上位予選はいくらかレベル的に見劣りするものだった。そして、その上に県大会があり、関東大会がある。
「お前に才能とセンスを要求することはできんが、勝負勘と馬力は百人力だ。運がよければ、関東ぐらいは目指せる」
以前、三段の昇段審査の時だったか、結果を報告しに行った勝田に、師範は言った。その時は、師範も半ばからかうようなつもりで言ったのだろうが、今となってみると、その言葉は勝田のモチベーションの根底を成す一部になっていた。
師範の言うとおり、勝田には、いかんせん十分の一秒の間に臨機応変な戦術を繰り出せるようなセンスはないし、相手の動きが止まって見えるなんてこともない。しかし、その一方で、彼は、どんな受けの構えに対してもそれを打ち破り、隙を作り出すパワー、そして膠着した鍔迫り合いから、瞬時に決着を付ける引き技のスピード、そしてそれらをいつ繰り出せば勝利を手にすることが出来るか、という勘には、絶対的な自信があった。
不器用は不器用なりに、やれることがあるさ。彼は、口癖のようにいつも言っている言葉を、今も繰り返した。
^だけど………そう、だけど。
彼は、今まで築き上げてきた自分というものに、逆接を入れずにはいられなかった。
本当は、夏の大会こそ、彼の最後の大会となるはずだったのだ。今更、“春が最後”という事実はどうすることもできないが、その現実に、悔しさを感じずにはいられなかった。そして、春が最後となった理由が、自分の学力にある、という事実に行き着くと、その悔しさは簡単に、自分のふがいなさを責める感情へと変貌した。
「実力テストごとで、学年五十番台に入れなかったら、キリの良い大会が終わったところで剣道をやめる」
これが、進学校に入学した勝田へ課せられた、剣道を続ける条件だった。それまで、高校二年の冬までは、その条件を何とかクリアしてきた。勝田自身、かなり苦労をして、その学力を維持してきたが、冬休みを明けた実力テストで、ついにそれは破局を迎えた。勝田に弁解の余地はなかった。単純に、内容に追いつけなくなったのだ。
学校が終われば、すぐに道場へ飛び込んで剣道着に着替える。そんな彼の生活スタイルは、もう何年も続いていたが、そのおかげで、一日中自由にしていられるのは、盆と正月の数日だけ。限られた時間の中で、彼の受容能力は、既に限界に達していた。
その上、いくら剣道が、勝田にとって、自分を構成する重要なものだったとしても、確実に彼は、剣道に対して疲労を感じていた、それが前回のテストのモチベーションを落とす理由の一つとなったのは間違いないことだった。もしかしたら、剣道をやめざるをえないことが悔しくて、この最後の大会に全力を賭けるというのは、彼の建前であって、剣道をやめることで、時間的な余裕を得ることを、本音では喜んでいるのかもしれない。
彼は、一度作り上げられた建前が、長い間適用され続けることによって、それ自体独立して、こちらの意志に反した言動を惹起すると言うことを知っていた。だから、彼自身、これが最後だから、と公言して、周囲に自分の努力する姿を見せるというのが、浅ましいことのような気もしていた。しかし一方で、いざ試合となると、他のことを放り出してでも、こうして竹刀を振り、真剣に勝負をすると言う行為が、自分に必要なことなんじゃないかとも思えて、今でも、どこまでが建前で、どこからが本音なのかというのが、測りきれずにいた。それこそが、どれだけ竹刀を振っても打ち払うことの出来ない、晴れない思いだった。
そんなことはどうでもいい。
勝田は、雑念を振り払うつもりで、大きく首を振った。そんなことはどうでもいいのだ。たとえ、自分が本心では剣道をやめたいと思っていようが、思っていまいが、自分に残されたのは春の大会だけであり、それを乗り越えなければ、先に進むことは出来ないのだ。自分が何を考えていようと、相手は全力でぶつかってくる。それに対して、こちらも全力で望むしか、するべきことはないのだ。いくらそれが建前だろうと、その義務を放棄する理由にはならない。
不器用は不器用なりに、やれるだけのことをやらないといけない。
勝田は時計を見た。浦津が道場を後にしてから、もう既に何十分かが経過しているかのように思われた。が、実際には、あれから過ぎたのは数分にも満たなかった。侵入する物体の密度によって、光の進む速さが変化すると言うが、どうやら、人の思考というのも、洗練された無音空間の中では、異常なほど高速で回転するらしい。そして相対的に、時間の進む速度は、まるで強い力で歪められたかのように、のろくなっていくようだ。絶え間なく侵食を続ける夜の闇も、この傾向を助長するファクターの一つであることは間違いない。
まだ、出し切れてないものがある。勝田は思った。少なくとも、まだ、決着を付けるために踏まなければいけない手順が残っている。
勝田は、静かに、大きく息を吸い、吸いきったところで息を止めて、ゆっくりと目蓋を閉じた。世界が今、大洋のまっただ中にいるような静けさにあるように、心の中も、空っぽにしてしまおうと思った。そうすれば、彼自身の、剣道に対する熱意のほどが、今よりも鮮明に見えるのではないかと思った。
彼の集中力は、常人のそれとは違い、とても深く、排他的で、探索的なものだった。多くの人々は、何か一つの物事に、雑念を取り払って専念することを集中というが、彼の場合、集中というのは、特定の行動に向けられるものではない。集中すること自体が、彼にとって目的を持った行動なのだ。あるいは、彼の集中は、瞑想に似たものかもしれない。雑念を取り去って、どこまでも深く自分の心理に潜り込み、そこにある何かを探る。そして、それが彼にとって不正なものであれば、適切な介入で、あるべき姿に変えてやる。その介入は、どちらかと言えば、元々ある複数のチャンネルから正しいものを選ぶとか、注意深くラジオの周波数を調節すると言うようなことに似ている。彼の集中とは、そういうものなのだ。
しかし、今回は、どれだけ神経を研ぎ澄まし、雑念を取り払っていっても、自らの本心の、核心を形作るものを捉えることはできなかった。全体としてはぼんやりと、大まかな輪郭を象っているのだが、それはアメーバのごとく常に形を変えていて、捕まえたと思っても、タコのようにぐにゃぐにゃと体を変形させたり、細切れになることによって、思考の網の目から簡単に逃れていくのだ。
と、突然、勝田の集中の中に、異質なものが混ざり込んできた。それは急に思考の中に流れ込み、悪質なウイルスが感染した知能を汚染していくかのように、それは一瞬にして思考全体が飲み込まれていった。脳が誰かにハッキングされ、無理矢理何かを受け取らされるような感覚。勝田は驚いて目を開けるが、何かが自分へ流れ込んでくることを、彼は阻止することができなかった。
そして、それはやってきた。
それは、どこか遠くから聞こえてくる警告音だった。甲高く、鋭い、耳を刺すような響き。はじめ、勝田はそれを派手な耳鳴りではないかと思った。が、そうでないことはすぐに分かった。それは、生命活動の一部としてはあまりにも無機質で、よそよそしく、自然さを欠いていた。そしてまた、その警告音は、実際の音源は遙か遠くにあると感じられるのに、まるで水平線の彼方に浮かぶ船の、陸に向けてならす声高な汽笛が、海岸線から何キロも離れた場所でも鮮明に聞こえるような、そんな感覚も与える。
汽笛……いや、これを汽笛と表現するのでは、あまりにも安直すぎる。いわば、これは何か重大な危機を周知させるための警笛。モールス信号のように、音の連なり方で意味づけるのではなく、ただひとえに、その音程、音量、周波数で、生物の本能に訴え、警戒心をかき立てるサイレン。
その、揺らぎない高さ、大きさを保つ警笛は、彼の心をわしづか;鷲掴みにし、容赦なく揺さぶった。彼の中で、一刻も早く、この場から逃げ出してしまいたいという恐怖心が膨らんでいく。勝田は、道場の床が突然、波だった海面に浮かべられ、大きく揺られているような錯覚を起こした。ついにはまともに立っていることもできなくなって、彼は、重くのしかかる防具を身につけたまま、床へうずくま;蹲った。固く握りしめていた両手から、竹刀の柄がこぼれ落ちそうになる。
波立ち、ぶつかり合い、黒々と渦を巻き、大地のすべてを覆い尽くすようなうねりが、脆い足下にしがみつく勝田を弄ぶ。見えない掌に頭を掴まれ、めちゃくちゃに振り回されているかのような、視界のうねり。その波長にあわせて、道場中の蛍光灯が、気が狂ったように点滅する。蛍光灯の点滅によって、いくつかの影がはっきりと映し出される。その影は先ほどのように、自身の投影などと言う推測の余地を許すものではなくて、どこまでも攻撃的で、残忍な闇をまとっていた。そしてそれらは今、彼に向かってまっすぐ襲いかかろうとしている。
「ウオォリャアァァァ!」
勝田は、自分でも驚くほどの怒声を挙げ、緩みかけた諸手を、血が滲むほど強く握り直し、立ち上がりざまに、襲いかかる闇に斬りかかった。太刀筋は、正確に闇の根本を捉え、真っ二つに切り裂く。が、そこには一切の手応えも存在しない。一方で、彼の焦燥をあざわら;嘲うかのように、影はそこら中から浸みだし、沸き上がってくる。それは、勝田自身の恐怖を餌に膨張し、その姿をあふれ出させているようだ。その出現に合わせて、いや、それよりも早く、勝田は渾身の力で竹刀を振るう。道場には、彼の足裁きが床とぶつかり合って鳴らす衝突音と、怒声のみが響き渡る。警笛は、まだ彼の耳の奥で鳴り続けている。
それから、どれほど竹刀を振り続けたのか、勝田の息が切れ、影も出現しなくなった頃には、あの警笛が全く消滅していることに彼は気づいた。やってきたのは、少しの余韻も残さない休止。その混乱は、はじめが唐突であれば、終わりも奇妙なほど唐突であった。
今、道場には、不安定な、そして粗末で脆い無音状態があるのみだった。外側から少しでも衝撃を加えれば、とたんにすべてが崩れ去ってしまうような、そんな空間が、勝田を取り巻いて流れている。
この不安定な世界の中で、勝田は、居ても立ってもいられない気持ちになって、その場に突っ立ったまま、むしり取るように面を解いた。直に地肌に触れ、吸い込んだ空気には、彼が未だ経験したことがないような、緊迫した冷ややかさが、色濃く含まれていた。
道場から一歩踏み出すと、彼の視界には、いつもと何一つ変わらない、街の夜景が広がっていた。道場の面した道路では、絶えず車が行き交い、あるいは列を成し、夜を貫くヘッドライトで、眩しく帰路を照らし出している。高架の線路では、厳密に決められた間隔で、一度に何千という帰宅者を乗せた電車が、大きな通過音をとどろ;轟かせて次の駅へ向かっている。足下の通気口からは、都会の真下に巨大なトンネル網を張り巡らす、地下鉄によって押し出された空気が吹き上げてくる。道路の向こう側に広がる家並みは、一様に暖かな食卓の明かりを灯し、天を衝くような高層ビル群は、意図せず夜空の一角を隠匿している。
道場の中で見た、あの忍び寄る闇はなんだったんだろう。道場の中では、あれほど絶対的な闇を感じられたのに、外の世界には、純粋な闇など一かけら;欠片も転がってはいない。頭上に覆い被さる夜空でさえ、地上の明かりに照らされて、薄暗い紺色をぶら下げているだけだ。
あの警笛は、うねるような地面の動きは何だったんだろう。それらは勝田にとって、あまりにも非現実的で、理解の範疇を超えるものだった。それらが実際にあったのかどうかさえ疑わしくなって、勝田は、ポケットから携帯を取り出し、何か変な音を聞かなかったか、と浦津にメールを送った。しかし、帰ってきたのは「何も」という答えだった。
結局、これだけでは、あの警笛が実際はなかったという証拠にはならないだろうが、勝田は、きっと自分が疲れていて、変な幻想を催したんだ、と考えるようにしようと思った。少なくとも、起こるはずのないことは、起こるべきではないのだ。
しかし、勝田は、あの、すべてが崩れ去ってしまうかのような感覚は、忘れ去ることができなかった。
一台のオートバイが、けたたましいエンジン音を立てて、勝田の目の前を通り過ぎていく。都会の律動を狂わすかのようなその響きは、しかしやはり、この社会に組み込まれた誰かのかき鳴らす音に過ぎず、一回り大きな流れの中に組み込まれたものでしかないようにも思え、勝田に、この世界の、包括的で不可避な循環というものを感じさせるのだった。