ひねくれた電話
「……何だコレ」
仕事を終えて帰宅し、パソコンのメールボックスを開いた俺はそうつぶやいた。
しかしこの部屋の住人は自分だけ。無意識のつぶやきに答える者などいやしない。
それでもつぶやかざるを得なかった。
それほどまでに、俺が目にしたこの新着メールは謎の本文が記されていたからだ。
差出人は、実の父から。件名は無い。そして謎の本文はというと。
『ナポレオン・ボナパルトがレジオンドヌール勲章を創設』
これだけである。
たったこれだけ。何度メールを開きなおしても、送受信を繰り返しても変わらない。
まったく意味の分からない、父からの突然のメール。
思えば、父からメールが届くなど何ヶ月ぶりだろうか。
俺の父は現在、故郷の実家で長年連れ添った母と暮らしている。
大学受験に失敗して以来あまり話さなくなり、だんだんと家にいることが、顔を合わせることにすら苦痛を感じるようになった俺。
県外への就職を機に、両親の元から逃げるように1人暮らしを始めた。
以来、1度もあの家には帰っていない。というより、両親とは顔を合わせていない。
こうして父から……本当にたまに。たまに生存確認のメールが来る位だ。電話すらしない。
俺がそうであるように、両親も……特に母は、相当な意地っ張りだから尚の事。
それでも父からのぶっきらぼうな近況報告で、元気にしていることだけは知っていた。
数年に1度の報告メールだが。
その父から突然届いた、この謎メールである。何が言いたいのか見当がつかない。
意味が分からなかったし、仕事で疲れていたし、内容について返信するのも面倒だったから、その日はそのまま寝た。
翌日。父にしては珍しくというか、何かあったのではないかと思うような事態が起きた。
まぁ分かりやすく言うと、昨日の今日でまたメールが送られてきていたのだ。
それも、同日の内に2件も。
しかし内容はといえば、やはり意味が分からなかった。
『ホー・チ・ミンらがベトミンを結成』
『犯罪被害者保護法公布』
以上の2件である。
「……あの歳で、歴史の勉強でもしてんのか?」
俺は自分以外に誰もいない室内で、またしてもつぶやいた。
さすがの俺も、父の意図が気になって返信することにした。
いったいこれらの謎メールには、どんな意味が含まれているのかをメール越しに父へ問いただす。
俺が送ったメールへの返信は、すぐに来た。
その本文がこれだ。
『運輸通信省が運輸省に改組』
「だから……なに?」
1人暮らしで、パソコンに向かって無意識とはいえつぶやく独身男。
はたから見たら危ない人にしか見えないだろう。
それでもつぶやかざるを得ないというか、思わずつぶやいてしまう、いらない魅力を持った父のメール。
それもこれも、父の……いや。俺も多少は含め、我が家のひねくれた性格がいけないのだ。
何か言いたいことがあるのなら、回りくどい言い方をせずに、ズバッと単刀直入に伝えればいいはず。
というか、普通の家庭ならそんなところで問題が発生したりしないだろう。
しかし我が家では、恥ずかしかったり何やらで、面と向かって言うことはもちろん、顔の見えないメールですらこの有様である。
当人に問いただしても、同じように謎のメールが返ってくるだけだと悟った俺は、自力でこれらのメール、その本文に隠された謎に挑むことにした。
が、すぐに挫折した。諦めが早いのも俺の悪い癖である。改善する気はないが。
どうでもいいかと思い始めたとき、ふとそれらの本文の出来事についてネットで検索をかけ、調べてみた。
正直な話、それらの歴史的出来事についてはこの際どうでもいい。
問題は、これらの歴史的出来事がある点で共通していたこと。
それに気付いたとき、俺はまたしても独りつぶやいてしまっていた。
「そっか……来週は」
今日は、5月13日。
父からの謎メールに記載されていた、歴史上の有名な出来事。
共通している点というのは、それらが起こった日付。
それは、5月19日。
謎メールの1通目が送られてきたのが昨日。
ちょうど1週間後に起こった歴史の出来事を、父はメールしてきていたのだ。
その日付を知らせるために。
その日を俺に思い出させるために。
俺はすぐに父へメールを返した。
これらのメールに隠された、父の意図が分かったことを伝える。
返信は、すぐに来た。
だけど、やっぱり内容は父らしいものだった。
『母さんは最近、何かといえばお前の名前を口にしてる』
今度は謎のメールじゃない。
だけど、やっぱり本文はこれだけである。
「ったく……しょうがないな」
俺はぼやきながらも、傍らに転がっていた携帯電話を開く。
ダイアルした先は、母の携帯電話だ。
我が家はみんな、ひねくれている。
それは電話でも、メールでも変わらない。
それでもいいだろう。どこかで繋がっていれば。
それでもいいだろう。どこかで分かり合えていれば。
そんなわけで。
俺は、久々に母と通話をするハメになってしまった。
父から突然届いた、謎のメールに気付かされたせいで。
だけど、まぁ仕方ないかと早々に諦め、俺は母にひねくれた電話をした。
「今の内に声を聴かせといてやらないと、安心して老衰死できないだろう」なんて、憎まれ口を叩きながら。
その日ぐらいは、母を安心させてやらないといけないだろうから。
5月19日。
それは、俺が生まれた日。
親子久々の、ひねくれた電話。
最後に俺と母が同時にお礼を言ったのには、ちょっと笑った。
以前「30分でお題を入れて小説を書く」企画にて執筆したものです。
その時のお題が『ひねくれた電話』でした。