二十五番連隊所属第四小隊3
翌朝、言われた通りに詰め所の方に向かうことにする。。
またあんな感じで突っかかって来られると思うとげんなりするが、他に何をする訳でも無いので行くしかない。
ザッザッ、と演習地帯の雑草を踏みしめながら進んでいく。何もいちいち外でやらんでも良いのに……あんなにでかいタワーに使えるようなでかい部屋一つ二つあるだろう。
文句を垂れ流しているとあっという間に詰め所についてしまう。気が進まない所に行く時はどうしてこんな時間が早く感じられるのだろうか。
「ふぅ……」
ドアの前で一呼吸置く。別に自分自身噂に対して何にも思うところは無いのだが、こうあからさまな態度を取られると疲れるというものだ。
「しゃあねぇな、行くか」
意を決してドアを開けて詰め所へと入る。
するとドアを開けた瞬間、中にいた人の視線が一斉に自分へと集まる。昨日はガラガラだった椅子が満席だ、50人以上はいる。
軽くビビッたが平然とした態度を装って視線を動かす。
これが全員小隊員だとすると、小隊と言う割には規模がでかい。まぁ軍人の数が多い現在これは別段珍しくも無いのだが……。
だが、その人数以上に目立つのがここにいる奴らの年齢だ。ざっと見ただけでも分かるが、若い人間しかいない、10~20代といったところか。これだけ若い連中だけを集めた隊なんて聞いたことが無い。
「来たわね。早く前に出て来なさい」
不意に掛けられた声は昨日のチビ娘からだった。
正面の壇上に立ち、堂々としている態度をみると、どうやら本当に隊長のようだ。昨日は信じられなかった……というか今も半信半疑なんだが。
真ん中の道を堂々と歩き、正面の壇上に立つ。
改めて室内の連中を見回してある事に気付いたが、ここにいる連中からはなんというか気迫というか威圧的な気配というか、そういう類のものを感じない。大抵の軍人からはそういうものを感じるのだが、こいつらからはそれを感じない。こいつらホントに軍人か?
「さっき話した通り、今日からこの小隊に新しく配属される事になったブラッド軍曹よ。自己紹介しなさい」
「……ブラッド・ハーヴェストだ。好きなタイプは背が高くて包容力があって頭良い美人だ、胸もD以上あれば尚良い。そんな感じだ、よろしく頼む」
俺が名乗ると途端に室内がざわざわと騒がしくなった。
『やっぱりあれが例の……』
『呪われた人間か』
『てか、普通開口一番の挨拶で好きなタイプとか言わねぇよ、やっぱりどっかおかしいぜあいつ……』
ヒソヒソ囁きあっているが丸聞こえだ。
「おい、三番目の奴ちょっと待て。その考えはおかしい、むしろ最初に言うのが礼儀――げふっ!」
腹に痛烈な衝撃が走る。
見ると険しい表情をしたセシルがこちらを睨み付けていた。
「またお前かよ、手の早い奴だな……。自分がD無いからってそんなに怒らんでも――」
「違うわよ! あんたは余計なこと言わずに黙って立ってなさい!」
そう言って俺が黙ったのを確認したセシルは、咳払いを一つすると隊員に話し始めた。
「あなた達がこいつを快く思ってない気持ちは凄く良く分かるわ、私も同じだもの。でもメイナード司令直々の命令だから一応引き受けなきゃならないの」
「ホント俺ってババ抜きのババみたいな扱いなのな……」
「でもこいつが何か問題起こしたり、連携を害するようなら直ちに送還するから安心して。私達は今まで訓練してきた様に任務をこなしていけば良いのよ、分かった?」
『『はっ!!』』
隊員が息の揃った返事で答える。
ここまで統制の取れた態度だと最早諦めがついて呆れる。
「もしもし、19歳男ですが職場の人間全員から酷いいじめを受けてます。どうしたら良いでしょうか?」
「何一人でごちゃごちゃ言ってるのよ。もう用は済んだわ、早く帰りなさい」
俺の渾身の一人芝居も冷ややかに受け流される、ちくしょう。
辺りを見回すと、これでブリーフィングも終わりのようで、小隊員達も席を立ち始めていた。
「というかこれだけの為に呼んだのか? 今後の予定とか何も聞いていないんだが」
「ああ……そうだったわね。一応言っとかなきゃいけないのかしら、ふぅ」
軽く溜息をつくと、セシルはさも面倒くさそうに伝える。
「とりあえず一週間は待機よ。その後は指令に従って行動することになるわ――多分戦場ね」
「ほー、もう実戦なのか」
「前々から出撃予定はあったのよ。まぁ、まだ詳しい事は通達されて無いから、入り次第隊には通達するわ」
「お前らがどういう風に動くか全然知らんから何もできないんだが」
「良いのよ、何もしなくて。あんたは大人しくしてるだけで良いの。最初から戦力として当てになんてしてないから」
そういうと軽く手を振って踵を返してしまった。
「はぁ、まぁサボってて良いなら楽な事この上無いんだが……ちゃんと給料出るんだろうな」
「いやー、悪いね。お嬢もウチの連中も実戦前でピリピリしてるのよ」
そう言いながら近づいて来た男は、先日射撃場で出会った奴だった。
金髪で長髪に若干の癖っ毛といういかにも若者が好みそうな髪型に、着崩した制服が目立っている。
「あー、お前は昨日の……名前何だっけ」
「アルヴィン・ダレッシオだ。もう忘れちまったのかよ」
「すまん、女の名前覚えるのは得意なんだが男はな、どうでもいい」
「気持ちはよーく分かるが同じ隊員の名前くらい覚えないと不便だぜ」
アルヴィンはにやっと笑うと、俺の隣に腰掛ける。
「ウチの奴らも変な噂に振り回されすぎてんだよなー。そんなの大した問題じゃねーってのにさ」
「お前は気にしなさすぎなんじゃないのか」
「ま、そうだけどな。俺は使える奴ならどんな奴でも大歓迎だ」
「俺が使えるかなんて分からんだろうが」
「いや、ちょいと小耳に挟んだが、お前さん演習でとんでもない成績出してたみたいじゃねーか。ナイトメア3体相手を剣一本で倒したとか」
「ああ、あれか。別に大したことじゃねーよ」
「……マジだったのか。普通の訓練生なんてビビっちまって何もできないだろうに」
「頭のネジ外れてるってよく言われんだよ」
「ははっ、やっぱ面白いなお前さん」
クスクス笑うと、アルヴィンは煙草を一本取って吸い始める。
「なぁ、ちょっと気になったんだが、何でここの隊はこんな若い奴ばっかりなんだ?」
「ああ、それはここにいる連中はみんなエリートかボンボンなんだよ。訓練学校を優秀な成績で卒業したり、親が軍人だったりする連中が集まってるわけ」
「なるほどな。どおりで何の気配も感じない訳だ、あいつら実戦経験無いだろ」
「大正解。で、今度が初実戦って訳でみんなピリピリしてる訳よ」
なるほどな……そういう事だったのか。
「お前は?」
「俺は例外。別の隊からの異動だよ。この隊には狙撃手が少なかったみたいでね」
「そうか。あの腕で訓練生上がりたてだったらとんでもねぇ奴だと思ったが、安心した」
「流石にそれは無いな、ある程度実戦経験はあるぜ」
こいつからは確かに場慣れしたというか、ここにいた連中とは違う雰囲気が出ていた。
「それにしても、実戦経験無い連中を一纏めにして戦地へ送り出すとはな。大丈夫なのか?」
「しょうがないさ、それだけ人不足なんだよ。何十年も戦ってて戦争慣れした先人様達も死んで少なくなってるしな。お偉いさんは安全圏に引っ込んであれこれ指示出してるだけで、現状を把握してないんだよ」
「……上が無能だと下が苦労するな」
「はは、全くだ」
アルヴィンは短くなった煙草を足で踏み消す。
「まぁ、そんな訳で俺はお前さんを歓迎するよ。これからよろしく頼むぜ」
「……ま、ぼちぼちな」
「……あの演習結果を出した実力見るの楽しみにしてるぜ」
「なにを期待してるのか知らんが期待しても何も無いぞ」
その返事を聞き、最後にまた一つ笑みを浮かべると、アルヴィンは立ち去っていった。
……変な奴。