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ナイトメア・ハウンド  作者: 斉藤さいと
プロローグ
3/10

プロローグ3

「ご苦労だったなブラッド。無事に任務を遂行させたようだな」


俺が帰還するとロッカールームで待っていた老練な男が声を掛けてきた。


「あぁ、全く持ってご苦労だったぜ。次からは移動用のリムジンと豪華なディナーでも用意しとけよ、延々歩きで飯無しとか拷問も良いとこだ」

「ふん、それだけ悪態つけるなら上出来だ。ホントに可愛さの欠片も無い教え子だな貴様は」

「あんたに可愛さ見せても何の得もありゃしねぇからな」

「はは、確かにな」


ふぅ、と大げさに落胆した仕草を見せながら、俺は背負っていた剣を下ろし、自分のロッカーに向かい着替え始める。


「まぁ、これでお前をしごけるのも終わりだ。明日には正式な部隊に配属されることになるだろう」

「それはもう合格決定と受け取って良いのか?」

「あれだけの結果を出したんだ、文句を言うヤツなどいるまい」


確かに結果は自分でも悪いとは思えなかったが、こんなに早く教えてもらって良いものかと不安になる。


「ま、ほぼ無傷だったし時間もかかってねぇから文句の言いようも無いんだろ」

「……普通は『アレ』と対峙した訓練生は、帰ってきても口を利けないくらい怯えるものなのだがな。涼しい顔して三体も倒した挙句、帰ってきて教官に愚痴たれる愚か者なんぞ世界中探してもお前くらいだろうよ」

「それは褒めてるのか貶してるのか呆れてるのかどれなんだ?」

「全部だ馬鹿」


ぐ、正直に言いやがって。

確かにネジ外れてるとかよく言われるが俺はいたってまともだ。俺ほど人間らしい人間もいまい。


「ハァ……ま、何はともあれ、おめでとうと言っておこう。よく頑張ったな」

「何だよ気持ち悪ぃ。あんたそんなこと言うキャラじゃねぇだろうが」


内心少しムズ痒さ感じつつも悪態を付きながら返事をする。

すると不思議なことに、教官の顔色に少し影が差した。


「ああ……まぁそうだな。らしくはないな」


俺はその表情の陰りに思い当たる節があった。それで探りを入れるように聞いてみる。


「ひょっとして今日の演習の件か?」

「……気付いていたのか」

「ま、何となくだけどな」


俺は備え付けのベンチに座ってブーツを脱ぎながら答える。

そう、今日の実戦演習は訓練生という身である俺個人でこなすにしては明らかにレベルが高かった。

訓練生に単独で3体もの「ヤツら」を相手にさせるなんて話聞いたことが無い。


「俺は問題無かったが、他の連中が個人でこなすには無理なんじゃねぇか?今日の演習は」

「ああ、俺もそう思う。お前以外の奴が受けていたら間違いなく死んでいるだろうな」


何故そんな無茶な演習を俺にやらせたのか?という疑問の答えは既に出ている。


「死んだら死んだで厄介払いできた、って話だろうな多分」

「…………」


教官は答えないがその沈黙が肯定というのは明らかだ。

この教官は俺を担当し始めた頃から、答えずらい質問をされると黙ってしまうが、俺の質問が的を射ているという証拠でもある。

するとしばらく黙っていた教官は意を決したように俺の方を見て告げる。


「いいかブラッド。お前は口が悪く態度がでかく下品で品性も無く協調性に欠け可愛さの欠片も無い教え子だが……」

「褒められすぎて気持ち悪いな、照れるぜ」

「馬鹿者! 褒めてなどおらんわ!」


怒鳴った後に、咳払いを一つして場を持ち直す。


「……だがな、俺にとっては他の教え子と同じ……いや、それ以上に大事な馬鹿教え子だ」

「…………」

「上層部の連中が何をしてくるかは分からん。だが特異な経歴のお前だ、上の連中がそのまま放置する訳はあるまい」

「ま、だろうな」


俺は他の人間とは違った経歴を持っている。

それに関して疎まれたり、恐れられたりするのはもう慣れっこだったが、それだけで済む訳にはいかないのだろう。


「これからは俺の目も届かなくなる。もうお前をフォローすることもできん」

「んなもん、必要無い。俺みたいな模範生に何の心配があると?」

「何が「あると?」だ馬鹿者! 俺がフォローしてなければ貴様はとっくに…………ハァ、まぁ良い。正直お前が困っている姿が想像できんわ」


もう半ば呆れられている様子だ。いや、半ばどころじゃ無いかもしれないが。


「いいか。教官としてお前にこれだけは言っておく――『生きろ』。生きてさえいればどんな状況に陥ったとしても何とかできる。どんな状況になろうとも生きる事を諦めるな」


不意に真剣な表情で告げられたその言葉からは、俺の身を本気で案じている事が伝わって来た。


「……ま、あんたの言いつけは散々破ってきたからな、最後のありがたいご指導くらいは守ってやるよ」


会話している間にもう着替えは終わっていた。

俺はベンチから立ち上がって、もう使うことは無いであろう自分のロッカーに鍵を掛ける。

そのまま俺はロッカールームを出るべく扉の方へと向かう。


「死ぬなよ、ブラッド」


背中から掛けられた言葉に足が止まる。


「そんなつもりさらさらねぇよ。あばよ、クソ教官…………世話掛けたな」


言った後で少し気恥ずかしくなった俺は、教官の表情を見ずに足早に扉を開け放ってロッカールームの外へ出る。

扉が閉まる際、最後に僅かな隙間から少しだけ見えた教官の表情は、今まで見たことが無いような優しい表情だった。

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