二十五番連隊所属第四小隊4
次回辺りからようやく戦い的な展開になります。
展開がスローになりがちで反省。
その後一週間は特に何も無く過ぎた。
いや、何も無くはないか。詰め所でのブリーフィングの後にロザリーが自室を訪ねてきた。
………………
…………
……
「し、失礼します……。ブラッドさんいますか?」
「いるぞ」
「わぁっ! な、何で天井に張り付いてるんですか!」
「いや、なんか知らんが天井から水が垂れてくんだよこの部屋。上がシャワールームだからか……クソ」
部屋自体は悪くないのだがこんな余計なオプションが付いているなんて聞いていない。一応補強的な事はしたが余分な手間を取られた。
床に着地して改めてロザリーと向かい合う。
「んで、何の用だ」
「あ……」
そう言うとロザリーは少し黙り込んでしまう。決まり悪そうな顔をしているのを見るに、何か良くない事があったのだろうか。
「なんだ、体重でも増えたか」
「ど、どうして知ってるんですか!?」
図星らしい。我ながら良い観察眼を持っているものだ、うん。
「確かに最近少し……いえ、それは関係無いです!」
「何だ、違うのか」
ロザリーは一息つくと真剣な顔つきになる。
「はい。あの……この間は本当にすいませんでした」
そう言って頭を下げる。
「ブラッドさんが……その、S地区で保護された少年だったって言うのを知らなくて……。急に分かって驚いてしまったんです、ごめんなさい」
「ああ、そういや何か様子おかしかったな。別に謝る程の事でもないぞ」
「いえ、私が悪かったです。本当にごめんなさい」
そう言って再度頭を下げる。
「あの時はちょっと驚いちゃいましたけど、私ブラッドさんは良い人だと思います。噂がどうあれ、私は私が見たブラッドさんを信じます」
「……そうか。だが、言っとくが俺は別に良い人じゃない、どっちかって言うと悪い人だ」
「そうなんですか?」
「良い人だったらしょっちゅう罰則喰らったりしねーよ」
「ふふ、それもそうですね」
謝って気持ちも落ち着いたのか、ロザリーが表情を和らげる。
「じゃあ、私はこれで。またこれからもよろしくお願いします、ブラッドさん」
「ああ」
そう言うとロザリーは俺の部屋を後にした。
――――と、こんな感じの出来事があった以外は特に何も無く一週間は過ぎた。
ちなみに補強効果も虚しく、数日後には元気に水がぴちょぴちょと垂れていた。おかげで今も部屋は日中夜いつも良い感じに潤っている、呪いたい。
そんなブルーな気持ちを引きずりつつ、俺は今いつもの詰め所への道を歩いていた。
いよいよこれからの作戦行動の説明があるらしい、歩きがてらちらほらと見かける隊員の顔にも緊張の色が浮かんでいる。
「いやー、みんな暗い顔してんな。何か言われる前からそんなに緊張してもしょうがねぇのに」
そう言いながら隣を歩いているのはアルヴィンだ。こいつは不安とは無縁らしい。
「お前が慣れてるだけだろ。他の奴等は初めてなんだ、無理もねーだろ」
「お前さんも訓練生上がりで初実戦だろうが。落ち着き過ぎだっつの」
そうやって他愛の無い会話をしている内に詰め所に着く。
中に入ると既に多数の隊員が席について、作戦説明が始まるのを待っていた。各々雑談したりそわそわしたりと落ち着きのない態度を取っている。俺に構う余裕は無さそうだ。
「やっと戦地へ戻れるな。正直最近演習ばっかで良い意味で退屈だったぜ、勘が鈍ってないか心配だ……」
「暇してて給料貰えるなら良いじゃねーか。贅沢な悩みだな」
「……お前さんは軍人としての、なんかこうプライドとかそういう物は無いのかね」
「無い」
不意に辺りが静かになった。
壇上を見るとあのチビ隊長様が立っている。どうやら作戦内容の説明が始まるようだ。
「みんな集まってるわね。ではこれより第四小隊の作戦行動の説明を開始する」
そう告げるとチビの後ろのモニターに地図が表示される。するとその地図を見た隊員達から一斉にどよめきの声が上がった。
「C-13地区……」
隣にいたアルヴィンも地図に記されていた名前を呟くように繰り返す。
「……そう、皆も知ってる通り、ここは以前ナイトメアに制圧されたC-13地区よ。駐屯していた大隊が壊滅的被害を出したのも記憶に残っているでしょう」
俺はそんな事は知らなかったが黙って説明を聞き続ける。
「今回の作戦目標はこのC-13地区の奪還よ」
そう言うとチビは端末を操作して地図を縮尺する。
「今回は大掛かりな作戦になるわ。私達がいる二十五番連隊そのものが作戦に参加する形になるわね。その中で私達の任務はここの制圧よ」
縮尺された地図が表示される。これは森……だろうか。
「ノクトヴァルト――通称『極夜の森』と呼ばれる森ね。ここのナイトメアを掃討、奪還する事が第四小隊の任務になるわ」
ざわざわと辺りが騒がしくなる。小隊員達にも戸惑っているようだ。
『ほ、本当に大丈夫なのか。この作戦』
『ノクトヴァルトって確か特に被害が大きかった場所じゃ……』
『まだ死にたくねぇよ……』
「静かに! ノクトヴァルト奪還は他の小隊も参加するわ。奪還が任務と言っても、まだ実戦慣れしてない私達はそっちのサポートが主な役割よ」
チビが隊長らしく激を飛ばす。家柄か何かを使ったお飾り隊長かと思っていたが、案外しっかり隊長職をこなしているようだ。
「大体分かったわね。何か質問は?」
チビが辺りを見回す。隊員達は難しい顔をしつつも黙って座っていた。
その中でアルヴィンが手を上げて席を立つ。
「そんなでかい作戦を事前通達も何もなくいきなりか? いくらなんでも急すぎるぜ」
「確かに急だけど、それは上の決定だから私達に口を出せる権限は無いわ。諦めて頂戴」
「……りょーかい。チッ、上の連中は相変わらず俺らを道具扱いだな」
拗ねる様にしてまたどっかりと席に着く。大分不満そうだ。
「他には…………無いようね。じゃあ各自準備を怠らずに、明朝0430に二番エアポートに集合よ。さらに具体的な作戦内容は現地で通達されるわ。では解散!」
解散の宣言で作戦説明は終わった。
それでも、熱が冷めない隊員達はまだ座ったまま話し合っていた。
隣にいたアルヴィンも険しい表情を浮かべている。
「ふぅ、まさか初っ端からこんな大掛かりな作戦になるとはな。流石に予想できなかったぜ」
「まぁ、大変そうな作戦だな。楽できそうに無くて残念だ」
「はは、何も無ければ最高なんだけどな」
軽く笑うと、煙草を口に咥えて席を立つ。
「さて、早いとこ銃の整備しとかなきゃな。というわけで先に帰るぜ」
「ああ」
「お前さんも武器の手入れはしといた方が良いぜ、意外とアレは精密だからな。戦場でいざって時に動かなかったり誤作動したら即死だぜ」
そう言うと、アルヴィンは手を振ってさっさと詰め所を後にしてしまった。
俺は一人席に残されてポカンとする。
「……精密? いや、剣に誤作動も何もねぇだろ。何言ってんだあいつ」
俺は一人首を傾げて考えるが、あいつの言った意味はさっぱり分からなかった。
よく分からんがとりあえず部屋に戻ったら剣を砥いでおくとするか……。
そう決め込むと、俺も来るべき明日の作戦の為に備えて自室へ帰ることにした。