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君の記憶

作者: やまあらし

少し頑張ってできたものだから公開してみる。後悔してみる。

「うん、じゃあまた、放課後いつものところで」


 そう言って教室の前で別れた僕は彼女が自分の教室に入って行くまで廊下で見送り、それから自分の教室に入った。今日の彼女はいつものような大きな窓から光をいっぱい取り込んだ朗らかさは息を潜め、どこか思い詰めたような表情をしていた。自分ではそれを僕に隠しているつもりなのか、僕の話をうつむいて聞きつつ、たまに相槌、思い出したかのように僕に笑みを向ける。いつも彼女のことを見ている僕には彼女が隠し事をしていることぐらいはすぐに分かる。僕は、そんなことを考えつつ自分の席で頬杖をついて授業が始まるのを待った。話しかけてくるような物好きはいない、一人だけの静かな空間。別にいじめられているわけじゃない。こちらから彼らとの関係を絶って、一人でいるのだ。もちろん一人の方が何かと楽だからだ。そんな僕だったから、彼女と付き合い始めたことは彼らにとっては地球が滅びるのと同じぐらいビックニュースだったらしい。


 彼女との出会いは、今ではすっかり二人の場所となったいつもの場所であった。部室棟とHR棟の間の森の脇のちいなさベンチ。森の木々が屋根となって軽い雨程度であれば防いでくれるその場所は、始めは僕の居場所だった。二つの棟の間と言っても、渡り廊下ができて以来外を通る人は少ないしすこし外れたところにあるこの場所には、僕の他誰もこない。だから僕はよく放課後に一時をここで過ごしていた。図書館で借りてきた辞書みたいに分厚い本を読む時もあれば、昼寝をするときもあった。誰にも邪魔をされない自由で、至福の時だった。そこに初めて現れた闖入者が彼女であった。僕が一人でいたいことを知らない彼女が同じベンチに腰をかけ、話しかけてきたのだった。だが、素っ気ない反応しか返さない僕に興味を失ったのか、彼女はすぐに去っていった。後になって聞いてみれば、あの日彼女は転校してきてまだ三日目で、校内をいろいろ探検して回っていたらしい。僕はそんな彼女に少しの興味も持っておらず、ただ自由な時間を満喫していた。それが、確か去年の今頃、そろそろクーラーも要らなくなってくる10月だった。


 それから数カ月がたち、真冬になっても僕はそこにいた。寒くなかったわけじゃない。そこが自分の居場所だったから寒くても自然と足がそっちに向いていた。彼女が再びそこに来たのは、去年一番の冷え込みの日のことだった。さすがの僕もガタガタと肩を震わし、なんでこんなに意地になっているのだろうと思いつつ、薄い単行本を読んでいた。古本屋で見つけて買ったものだったが予想外に面白く、読み始めてしまえば寒いのも忘れて一息に読み終えてしまった。気がつけばそろそろ最終下校時刻になるかという時間で、その時初めて、僕は同じベンチに彼女がいつのまにか座っていることに気がついた。僕が彼女を見ると、やっと気がついてくれたというように、寒さで変色してしまった唇をわずかに動かし、僕に缶コーヒーを差し出した。ホットと書かれたそれは、もうすっかり冷めてしまっていて、ただ少し、彼女の手の温もりが残っている程度だった。


 僕らが付き合い始めるまでは、それからそんなに時間のかかることではなかった。毎日彼女がここに来るようになり、少しずつだが会話を交わすようになり、いつの間にか僕らの関係は友達から恋人へと変化していた。転校してきた彼女は僕が寒い中もここにいるので、いじめられて独り寂しくここにいるのだと勘違いしたらしい。だが、今の僕はその勘違いも良かったと思える。それがなかったら彼女にはもう会えなかったかもしれないのだ。僕らの出会いはそんな偶然で出来ていて、この出会いによって僕はいろんなものを手に入れることができたのだから。僕は彼女を心から愛し、彼女もまた同じだった。



 少し長引いたHRが終わり放課後になると、僕は帰宅する者と部活へ行く者からなる波を掻き分けるようにして中庭にでる。彼女の悩んでいる表情が思い出され、それについての説明があるのだろうか思案を巡らせる。すっかり二人の場所になったベンチに、既に彼女は腰をかけて待っていた。こちらへ来る僕の姿を見つけ、彼女の表情がパッと花開くようにほころぶが、それもどことなくぎこちない。


「お待たせ、HRが長くなっちゃってさ」


 開口一番、僕の口からそんな言葉がついてでた。彼女と話すようになってから自分でも驚いたことだが、無口だと思っていた僕は実は結構おしゃべりだということだ。話す相手がいなかっただけで、いざ相手がいれば言葉はスラスラと出てきた。


「大丈夫。いま来たところだから」


 そう伏し目がちに言う彼女の両手を、僕は無言で握った。案の定冷たくなっている。彼女が申し訳なさそうに顔を伏せた。いつもは明るい彼女がここまで違っているともう僕は限界だった。


「ね。なにか僕に隠し事してるでしょ?いつも一緒にいるんだからすぐわかるよ」


 彼女の手を包みこんで温めつつ、目を見ながら僕は言った。彼女は伏せていた目を驚いたように少し見開いて、僕の顔を見つめた。不意につー、とその目から涙がこぼれ落ちた。


「ごめんなさい。私、また、転校することになったみたい」


 その瞬間、まるで血が凍るような冷たさが、背骨の辺りから全身へと広がった。寒いはずなのに、彼女の手を包む両手から汗が滲み出る。頭が、彼女の言葉についていかなかった。


「どういう意味だ…?」


 かろうじて、それだけが喉から搾り出されるように出る。心臓が早鐘のように鼓動を繰り返し、耳まで心音が伝わってくる。


「お父さんが……また、転勤するって……」


 彼女の目から溢れるように涙がこぼれ落ちた。どうやら幸せはここで終わりのようだった。


 彼女の父親は既に離婚していて、父子家庭で育った彼女は仕事の都合で転校を繰り返していたらしい。去年、この学校に転校した時には仕事も順調でこのまま長めにこの街に滞在していられるかもしれないということを、僕は彼女から聞いていた。だから僕らは油断していて、こんな風に唐突に別れが訪れることになるとは全く考えていなかった。


「落ち着いた?」


「うん」


 校内で誰も近寄らない場所なのをいいことに、たっぷり二十分も抱きしめ合っていた僕らは、やがて離れるのが惜しいぐらいにのろのろと別れた。僕の胸には泣きじゃくった彼女の涙の跡が、彼女の肩にもまた僕が流した涙の跡が残っていた。抱きしめ合って、温めあって、僕らはこうして落ち着いていることができた。


「ねぇ。春のこと、覚えてる?」


 僕はせっかく二人きりでいられる時間が無為に過ぎていくのが嫌で、黙っていれば別れを思い出してしまいそうで、ふと思いついた僕らが出会ってからのことを尋ねた。


「私の嘘に本気になって悲しんで、私は本気で怒られちゃいましたね」


 彼女も同じ気持ちだったのだろう。そのまま僕の話題に乗ってくる。

 エイプリルフールのことだっただろうか。付き合い始めて既に3ヶ月となっていた僕らに彼女が突然終止符を打ったのだ。


「別れよう?」


 そう言った彼女の言葉を信じたくなくて、僕はあの日、泣き叫びたくなるほどに暴れた。だから彼女が


「嘘だよ。だって今日エイプリルフールだもん」


 と言った時も、ついていい嘘と悪い嘘があると言って本気で怒鳴ってしまった。僕があんまり怒るものだから彼女もだんだん怖くなって、終いには泣き出してしまったのは僕らの苦い思い出の一つになっている。


「雷門とか麻布十番とか、すごいとこいっぱい行ったよね」


 彼女も昔を懐かしむように、胸に下げた小さなアクセサリーを握って言った。

 こっちに来るのは初めてだという彼女は、僕とのデートにスポットよりも都会というイメージのところを選択した。僕としては人の多いところは好みではなかったけど、彼女のあのうれしそうな笑顔が見れただけでもそれを押して行く価値が十二分に存在した。このペンダントは僕がその時に贈ったプレゼントだった。いつでも身につけてくれていた。


「文化祭はどうなることかと思ったよ」


 僕はもう一つ苦い記憶を思い出し、嘆息した。


「ギターうまかったですよ?」


 春の文化祭の時に彼女が突然バンドをやりたいと言い出した時には、それはもう心臓が飛び出るかというほどに驚いた。彼女は僕が反対するのも押し切って、二人だけでバンドを組むとスペースの確保すらしてしまった。時折見せる彼女のそんな行動力には手を焼かされたが、結局バンドは大成功だった。彼女がボーカルで、僕がエレキギターだ。初め、僕が楽器ができないことがわかると、彼女は僕をボーカルにしようとしたがそれだけは全力で遠慮させてもらった。聞くならば僕の声よりも彼女の透き通るような声の方がいいはずだ。僕があんな形で文化祭に参加するとは、僕を含めて誰も想像していないことだっただろうから、学年でちょっとした話題にもなった。


「勉強会は散々だったけどね」


「ああ、あの日、朝から晩まで勉強するって言ってたじゃん? 少しも進まなかったよな」


 定期テストの前に一緒に勉強しようと僕の部屋で始まったのだが、予想外に進まず、最後まで話して終わりであった。あの日の僕らのテンションは凄いものだった。僕が「君のハートに……チェックメイト」といえば彼女が「あ、あんたのことなんて全然好きじゃないんだからね」と言う。お互い全く似合ってなくて逆に盛り上がったものだった。僕ら的には大満足であったが、成績は満足してくれなかった。


「夏休みの朝のラジオ体操は過酷だったぞ」


「朝弱いから大変だったよね」


 夏休みにはいつもの運動不足を解消しようと毎朝河原でやっているラジオ体操の会に、二人で参加する予定だったのだが、僕のせいで初日から計画は頓挫する事になった。彼女が起こしてくれなかったら僕は昼過ぎまで寝ていたらしい。らしいというのは僕自身寝ぼけていたために、よく覚えていないのだが、その時のことを彼女に聞いても顔を赤くするだけで何も答えてくれないのだ。何かをしてしまったようなのだが。




「黒田川の花火はすごく綺麗だった」


 思いつくままに二人で作った思い出を語り、一息ついた後、ポツリと彼女が呟いた。それがイベント事で作った彼女との最新の思い出。夏の終わりに行った花火大会であった。長めに伸ばした髪を見事に簪でまとめ上げ、薄い色の朝顔がついた浴衣を着てきた彼女は、花火なんかよりも綺麗で、花火よりも儚い気がした。綿飴で口の周りがベトベトになってしまって僕に拭いてもらう彼女はまだ幼げで、守ってあげたいと思ういとおしさを持っていた。彼女を手放すなんてあの時は想像もできないことだった。二人だけの時間が素晴らしすぎて、こんな未来が待ち受けているとは微塵も思っていなかったのだ。


「もう、ムリ、なのかな?」


 僕は興奮のすっかり冷めてしまった気持ちのまま言った。本当ならもっと彼女とやりたい事がたくさんあった。たったの一年では全然足りなかった。


「もう、きまっちゃってるみたい。学校の転校の書類ももう書いたって…」


 そう言った彼女の目に再び透明な雫が溜まり始める。彼女は笑顔の似合う少女だったはずなのに、その笑顔がまだ今日は少ししか見れていなかった。僕は彼女の笑顔が特に好きだったから、彼女には笑っていて欲しい。そう思った。


「あの、さ。初めて君に会った時のこと話していいかな?」


 僕は彼女がここに来た時のことを思い出す。そして、興味もなかったはずなのに、特に聞くつもりもなかったはずなのに覚えている彼女の言葉を紡ぐ。


「一人って寂しくないの? 確か、そう聞いたよね」


「覚えててくれたんだ。答えてくれないから聞こえてなかったのかと思ってた」


 彼女の言葉に僕は頷く。


「聞く気はなかったんだけどね。どうしても気になってたんだ。その答え。今なら言えるよ」


「どうぞ?」


 彼女が答えは分かっているよ、というように小首をかしげた。


「一人は……寂しいよ。あの時の僕は一人で十分だ。一人の方が楽なんだって信じてここにいた。だけど、君が来てくれて、こうやって付き合って、話して、遊んで、やっとわかった。誰かといることが、好きな人といることがどれだけ楽しいことなのかが。幸せで、何にも代えがたい時間で、理解してもう絶対離したくないと思った。幸せで幸せで、君のことしか考えられなくなって、バカになっちゃったかと思うぐらいくる日もくる日も頭をよぎるのは君の笑顔で。僕がどれだけ君に救われたかなんて言葉に表せないぐらいだ。ありがとう。君がいなかったら僕はここまでの幸せを手に入れることはできなかった。ありがとう、そして愛してる」


 目の端から涙がこぼれ、頬を伝い手の甲へと落ちた。泣いちゃいけない、笑っていようと思っていたのに、涙は止まらなかった。僕の言葉を息を止めて聞いていた彼女は、僕を安心させるようにと、泣き笑いを浮かべた。


「ごめんね、私も一人になるのは寂しいよ。あなたを置いていかなくちゃいけないのがもっと辛い。私も一緒に入られてとっても幸せでした。それに、私だってあなたと同じくらいバカですよ。ううん、それ以上かも。どうやったら喜んでくれるだろう、今度遊びにいくときは何着ていこう。私ちゃんと彼女出来てるのかな。そんなことを家に帰ってから毎日考えてた。真夜中に何度も電話したくなって携帯握りしめてた。声が聞きたくて、あなたの声で安心したくて、堪らなくなってた。こんな、あなたでいっぱいのバカな私を本気で愛してくれてありがとう。私は本当に幸せものでした。誰よりも愛してる」


 僕らは、どちらからともなく近寄ると再び抱きしめあった。華奢な彼女の体が壊れてしまうぐらいに強く、強く彼女を感じる。


「私からの最後のお願いです」


 抱きしめたまま、僕の腕の中で彼女は言った。


「キスして……もいいよ?」


 上目遣いで、涙目で僕を見上げる彼女に僕は苦笑する。もう涙で顔がぐしゃぐしゃになっていて、笑ってんだか泣いてんだか分からくなっていた。


「していいよ。じゃなくて、チュウしてください、だろ?」


「うん」


 はにかんだ笑みを見せる彼女がいとおしくて、僕はそっとくちづけを交わした。言葉で伝わらなかったありがとうが、全部伝わって欲しいと思っていた。


 彼女との初めてのキスは、涙の味がした。




 本格的な冬が訪れ、僕はそろそろ受験まであと一年という空気にさらされていた。幸い、大学には内部推薦で行くことになっていた僕にはその勉強は必要ない。

 彼女がいなくなってから、僕の周りではいろいろなことが変化した。まずは、あのベンチに行かなくなった。既に二人の場所となっていたあの場所に僕一人で行っても寂しいだけで、何もなかった。それから、クラスの仲間とほんの少し打ち解けるようになった。バンドの時のギターの演奏を知ってか、バンドにも誘われたがそれは遠慮しておいた。一人がいいだなんて思わなくなった。だけど、もう一緒にいてくれた彼女はいなかった。最後の別れの時、彼女は笑っていてくれたっけか。彼女は今、地方の学校で元気にやってるらしい。僕の第一志望はそっちの方だ。



実はこの小説はお題小説でした。

出されていたお題を作中に折り込みながら作るもので、この中にも19個のお題が盛り込まれています。それにも関わらずここ最近書いたものの中では改心のできだったため、こうして公開してみました。


おそらく、言われるであろう言葉は想像できます。人によっては表面的だとおもうでしょうし、チープな展開だと思う方もいるでしょう。


まぁ、今の私にはこれが精一杯です。日々、精進あるのみですね。

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