一目惚れしたのでその兄貴に突撃した。
「一目惚れしました、弟くん紹介してください!!!」
「誰だてめぇは!!!」
初対面の会話である。
◆
くりくりした大きな瞳がラケットを持った瞬間に鋭く格好よくなるギャップに射抜かれて、その試合を真剣に見ていた。勝利が決まると緊張を帯びていた表情が再び緩んで、嬉しそうに微笑んで、それはまるで天使のように愛らしかった。
「ということで好きになりました、結婚を前提にお付き合いしたいです」
「黙れショタコン、弟に近づくな」
「三つ差でショタコン扱い?!いいじゃん紹介ぐらいしてよ!」
正座する私と腕組みをして威圧する男。
三つ差であることを知っているのは、つい先ほどみた試合が、中学生の新入部員と高校生の交流試合だったからだ。
中高一貫校である我が学校、校舎は分かれているが部活動の場所や一部授業が被っていたりする。今回のテニス部の試合も、交流と称して高校側の広いコートを使っていた。私は友人の応援で女子テニスを見に行ったのだ。だがうっかり男子テニスが隣で試合をし始めて目を奪われた。そして一目惚れだ。
友達にテンション高く誰あの子!と聞いたところ、淡島くんの弟じゃんと教えてもらったのだ。
同級生の弟、これはチャンスだ、と私はその脚で突撃をかましてきてしまった。
「どういうつもりだお前」
「はじめましてお兄さん!B組の籠谷雪です!弟くんにお友達と紹介して欲しいです!」
「はじめましてで急ピッチすぎんだろ、お兄さんと呼ぶな、紹介はしねぇ」
「お兄さんの名前知らんので・・・」
「嘘だろ、そのレベルで突撃してきたのかよ」
淡島くんってだけ知ってる。といえば渋々といった様子で剛だと名乗られた。弟くんは試合終わってすぐに女子に囲まれていてりっくんと呼ばれていた。そう言えば渋々、まさしく渋々、弟の名前は力だと教えてくれた。
「二人で剛力?いかつい!」
「プリキュアみたいに言うな」
そんな力強い名前をしているが二人は強面どころか弟は天使だし兄はクールな面立ちだし、意外だなぁと思った。そんな呑気なことを考えていたが、どうやら兄の剛もバスケの方面で有名人かつ女子にモテモテだったらしく、無謀にも突撃した私はしっかりファンクラブなる存在に目の敵にされてしまった。
「お兄さん、弟くんをください!私、幸せにします!」
「誰がやるか、お前がいなくても弟は幸せなんだわ!」
で、だからどうって話だ。
ファンクラブとやらがあるとして、私は剛のファンではないのである。
力くんのファンクラブなら入りたいところだが、まだ中学生たる彼にはそんなものはないらしい。モテてはいるが規模は小さい。テニス部としての実績もないし、天使のようで可愛らしいが中高一貫校なのでどうしても高校生の男が目について中学生女子の目線はそちらへ向きがちらしい。わかるぞ、年上の男のほうが格好良く見えるよな。わかるが成長期前の少年はその一瞬だけだぞ、おお、なんともったいない。その間に私が大人気なく力くんをかすめ取ってやるからな。
まぁそんなことをして、毎度淡島くんに突撃をしていると私も目立つのである。しかも淡島くんのファンクラブにも目をつけられているため、いじめに発展しないか先生がピリピリしていたりする。安心めされよ、ちょっとファンクラブの女子に冷たくされているだけでいじめはない。
「淡島くん~、バスケ部の顧問が呼んでた」
「おう、行ってくる」
「伝書鳩かよ私、ご褒美に弟くんの写真くれよ」
「誰がやるかよ、つか何しに来た」
「弟くんの部活風景ウォッチングするはずが何故かどうせ淡島のとこ行くんだろと・・・」
「顧問に礼言っとくか」
「なんだとコラ」
なんとなく私が惚れた天使の兄、淡島剛にだる絡みするのが公認になってきた頃。
私はとりあえず幽霊部員でOKという緩い写真部の活動としてカメラを持って友人と喋っていた。たまにテニス部のコートを覗くものの、中学生のエリアはもちろん別なのでテンションはあがらない。高校生の私が勝手にカメラと双眼鏡片手に近づくことは怪しすぎて先生に止められても仕方がないのでチャンスがなければ諦めている。
「アンタさぁ、態々淡島兄に付き纏ってるけど普通に弟くんに直接話し掛けないの」
「うーん、試合の応援にはいくけど・・・弟くん毎回女の子に囲まれてるしなぁ、中学生の群れに割って入ってくる高校生の女って怖くない?」
「慣れてそうだけどなぁ」
「まじで?でも尊敬する兄の友達ですって紹介された女のほうが優位かもしれんという淡い期待が捨てきれず・・・!」
「中途半端にこすーい」
友人からの罵倒を甘んじて受けつつ、自販機に向かおうとすると珍しく淡島剛がズカズカと近づいて来た。そして目の前にきて一言。
「バスケ部のマネージャーになれ」
「嫌だが?」
「おっと、私他人のフリしとくね」
「マイフレンド、その判断は速すぎない?」
私が仁王立ちする淡島剛に足止めされるやいなや、友人は一人だけ自販機に駆けていった。どういうつもりだ、と睨み上げると真顔の淡島剛。人に頼み事している顔じゃないな。だが諦めるつもりはないようで、今度はバスケ部マネージャー募集のチラシを掲げて台詞を繰り返した。見覚えのあるチラシだ、先週ぐらいまで掲示板に貼られていて淡島剛のファンが群がっていた。
「どういうつもり?弟くんのテニス見に行けなくなるから嫌だ!」
私はNOがいえる日本人。きっぱり理由つきで拒否する。
普段の部活はあまり見学できなくても大会になったら見に行こうと思っているのにマネージャーなど面倒なことをしたら計画が台無しである。
「男目当てのうぜぇマネージャー候補しかいねぇからだよ」
「先輩いるじゃん!私も男目当てだが?」
「先輩はもう受験生だ。お前を弟に近づくのを阻止できるのでヨシ」
「ヨシじゃねぇわ!私にメリットがねぇ!」
「弟にバスケ部マネージャーとして紹介してやる」
「よし来た!超優秀敏腕マネージャーとして紹介しろよ!」
ちょろすぎる。私もそう思ったが、仕方がない。今まで頑なに拒否されてきた弟くんとの交流が叶うかもしれない。ファンクラブに目をつけられるのも今更なので、割と軽く了承してしまった。
このマネージャーという立ち位置、滅茶苦茶面倒くさいもののスポーツ選手のマネージャーという点を考えると、勉強になってよかった。
そう、弟くんのテニスをサポートするマネージャーという妄想がはかどった。三歳差なので中高入れ違いで一緒に部活★なんてことはないわけだが、将来どうなるかわからないしな。
そんな風に敏腕マネージャーの地位を築いていた。
嘘である。まだである。
先輩マネージャーにより、あたし受験生だから一学期いっぱいで仕事を覚えてね、とスパルタでマネージャー業を教えてもらっている途中である。ついでにバスケのことも現在勉強中である。
「くそぉ、このおんぼろ洗濯機誰か買い替えてくれぇ~!」
ガタガタと派手に揺れる洗濯機を睨みつけながら唸った。
バスケ部は室内競技の上人数もサッカー部や野球部程でもないため、洗濯機は体育館に一個。共用のため後ろが閊えてないか気にしてしまう。
「お、いたな。籠谷」
「手伝いにきたのかね、殊勝だな」
「ほほぅ、弟への紹介はいらんと見える」
「ええぇ~!剛くん男前~!」
「雑な持ち上げやめろ」
淡島剛は私を探しに来たというのに、用件を言わずにごそっと洗濯物を出した。
バスケ部で洗うのはビブスとタオルぐらい。量としてはまぁ一人でも平気だが、やってくれるというならありがたくお願いしよう。
「それで、弟くんへの紹介の詳細を」
私はそわそわとして籠を持つ彼の隣に並んだ。
部室隣に物干し場があるので二人で手早く干していく。
「関東大会予選かなんかの試合があんだと」
「え、弟くん一年生だよね」
「あぁ、ダブルスで入れたらしい」
「えぇ~凄い!試合、いつ?!絶対応援行く!」
つまりその試合の日に紹介してやってもいいってことだよね。応援一緒にいってやろうっていう。そういう期待を込めて彼を見つめれば、見事なしかめっ面をして頷いてくれた。うむ、くるしゅうない。
「力の試合みるのはいいけどお前テニスわかんのかよ」
「大丈夫、テニスの王子様履修したから!」
「よりにもよってそこかよ、スラムダンク読めや」
「それバスケじゃねぇか!」
ぐだぐだと言い合いながら二人で当日待ち合わせの時間などを決めた。
そうしてようやく私たちは連絡先を交換したのである。週末が楽しみすぎて私はとりあえずスタンプを送りまくった。キレられた。
そして当日。
テニス部の大会日程などさっぱり理解していないが、どうやら既に地区大会とかは終わっていて、関東大会は全国の一個前でそこそこ規模が大きいようだった。その予選。ほとんどが生徒と保護者ではあるものの、試合会場のコートには人だかりが出来ていた。
「お待たせ~」
「なんだ、制服で来たのか」
「そりゃそうよ、私服だと浮きそうだし」
制服なら自分の学校の応援というのがわかりやすくていい。淡島くんのほうはジャージで来ていた。その選択もまたありだろうな。
淡島くんは私と合流するとすぐに立ち上がって移動をする。もしかしたら他にも応援に行く同校の人間がいるかと思ったが、とくに待ち合わせてはいないらしい。
私は弟くんの試合が見れることが嬉しくて、淡島くんの後ろを気分よく歩いた。
「ははっ、犬みてぇ」
「今は気分が良いので許そう。可愛いポメラニアンちゃんです」
「嘘つけ、もっと間抜けそうなコーギーとかだろ」
「愛され食パンコーギーを馬鹿にした?」
「してない。お前を馬鹿にした」
この野郎~、と体当たりをするもバスケ部の体幹は並ではない。よろけることさえなかった。無念。
コートの周辺には一応狭いながら観客席があるところだったので、弟くんがよく見えるところがいいです!と言った。だが淡島くんは無視して後ろのほうへ陣取った。
「俺は背が高いからな」
「それはそう。コンサートで前に居たらバチギレしちゃう」
私も仕方なく彼の隣に座って鞄から双眼鏡を取り出した。コンサート用のものである。それをみて淡島くんはぎょっとしたように瞠目して、それから不可解そうな顔をした。
「別にお前は前に行ってもいいんだぜ」
「近すぎると逆に見難いかもだし、いいや。解説してよ」
「双眼鏡で見なけりゃいいだろ・・・俺も詳しくはねぇよ」
「あら、そう?じゃぁ私の方がわかるかも、エースをねらえ!読んできたから」
「タイトルしか知らねぇ・・・」
ツッコミも疲れたと言わんばかりの顔である。失礼な。
試合はダブルスから始まり、いきなり弟くんの登場に私は黄色い悲鳴を上げたくなったが我慢した。当たり前だがアイドルコンサートではないのである。一部女子の集団がりっくーんと賑やかな応援をしたが、試合の開始時は思ったよりも静かで、審判の声が響く。
「先輩!」
「任せろ!」
最初は頑張ってボールが交互に行き来するのを視線で追っていたが、点数が入ったぐらいしかわからない。もう弟くんに視線を完全固定していると、逆に二人の呼吸の合った動きがよくわかった。弟くんと二年生の先輩は声を掛け合い、前後左右を行き来している。
「ゲームセット!ウォンバイ鳴老門学院高等学校・林・淡島2ー0」
「やばいやばい淡島くん」
「なんだよ、今のはうちがセットとったぞ」
「それは流石にわかる!でも漫画みたいに解説キャラがいないんだよ!今の試合なにしてたかわからん!」
「ラケット振ってただろ・・・」
選手がみんなすごい動いていたのはわかる。リズムよく左右に移動したりしてた。これがシングルスならボール追ってるだけでもわかることはあったがダブルは四人もいるのだ。目が追い付かない。
さっきも弟くんが打った後に歓声があがったが、なんで驚かれてたのか首を傾げるしかない。速くてボールみえないなぁって思ってた私がアホすぎるだろ。
「さっきのはラインのギリギリにインしたからだろ・・・たぶん」
「みんな動体視力良すぎんか」
そんなことに感心したりしながらわからないなりに試合をみていると、弟くんの格好いいサーブが見れた。ちっさいのにジャンプ高い。腹ちらじゃん、と思ったが兄たる淡島くんの前でそれは流石にセクハラなので黙って応援だ。
淡島くんはなにか物言いたげに私を見ていた。なんだなんだ。首を傾げて無言で問いかけると、素っ気なく別に、とだけ言った。納得いかずさらに凝視してやれば鬱陶しそうに顔面をボールのごとく捕まれた。手がでけぇ。
「意外とちゃんと試合みるんだな」
「そりゃそうでしょ、わざわざ見に来てるんだから!もったいないでしょ」
テニスが好きかというとよくわからないが、弟くんが楽しそうで頑張ってるのだからテニスのルールだって試合展開だって色々理解したいというのは普通だろう。淡島くんはそんなもんか、といまいち納得いってなさそうだったが、私は気にせずに弟くんを応援する。汗が輝いて美しい。絵画じゃん。
「弟きゅん・・・天使かな」
「は?きめぇ」
試合が終了して、弟くんペアが勝利。おめでとう!と思わず立ち上がりかかったが、これは団体戦なのでこれから次のダブルスとかもあるらしい。もう少し大人しく観戦である。まぁこれはこれで楽しい。私は再び応援に徹した。誰か知らんがわが校頑張れ。
それはそれとして勝利した弟くんは満足そうな眩しい笑顔で大変愛らしかった。試合中の格好よさとそれ以外でのふわふわ天使っぷり。一粒で二度美味しい。
「兄ちゃん!」
「力、おつかれ」
わが校の勝利で終わった試合、選手や監督が集まっている輪を遠巻きにみていると解散となったのか弟くんはキョロキョロと周囲を見渡して、私たちを見つけた。私たちというか兄である淡島剛を。
ぱっと顔色を明るくさせたと思ったら、手を降って駆け寄ってくる。ほんまもんのポメラニアンの可愛さはこれかぁ~と心臓を押さえる。またアホなことを、といいたげな視線をもらいながら、淡島くんと弟くんはおつかれ、応援ありがとうなんて仲の良い兄弟っぷりを発揮している。そして弟くんの視線は私へ。え、私へ?いいんですか視界に入って。
「誰?兄ちゃんの彼女?」
「はじめまして~!籠谷雪っていいます。剛くんと同じバスケ部のマネージャーなの!」
「・・・まぁ、うん。マネージャーだ」
「おい、もうちょっとやる気だして紹介しろや」
誤解をされてはいけないので元気に割り込んで自己紹介。弟に紹介してくれると言っていた淡島くんは全然興味なさそうな紹介の仕方。うちの敏腕マネージャーまで言え。
いつものノリで肩パンをかましていうと、そんな私にびっくりしたような表情をする弟くん。ええ、驚かしてごめん。でもびっくり顔も可愛いね。くるくる天然パーマが天使だね。
「あ、僕は淡島力です!籠谷さん、試合見に来てくれてありがとうございます」
「敬語じゃなくていいよ~、雪って呼んで?私も力くんって呼んで良いかな」
「本当?もちろん雪ちゃん。兄がお世話になってます!」
「え~!良い子~!力くん、また試合応援にきていい?」
「それは是非!あ、でもバスケ部も大会あるよね。僕もいけるとき応援いくね!」
「本当?!嬉しい、私も頑張るね!剛くんも喜ぶよ!」
「目の前にいるんだが?」
まるで弟くんと二人で相対している気分になりながら喋っていると、イラついた様子の淡島くんに頭を捕まれた。弟くんの前なので可愛い子ぶってヘアスタイルに気を使って?と言えば鳥の巣にされた。はっ倒すぞ。
「ふふっ仲良いんだね!」
「んなわけ」
「ええ~笑ってくれた~感謝~」
我々のやり取りに笑ってくれた弟くんは花が綻ぶがごとくの可憐さで私を魅了していく。頭をぐしゃぐしゃにされた甲斐があるというものだ。私はここぞとばかりに連絡先を交換しよう?と提案したし、弟くんは喜んでスマホを出してくれた。アイコンがなんかの落書きの絵だ。なんだこの絵。
「この絵は犬だよ!」
「犬?犬なんだ・・・力くんが描いたの?」
「そうだよ、みんな味があるねって言ってくれる!」
「うん、一部の人にすごく好まれるタイプの絵だ」
深く頷いた。ちらりと隣を見上げると、しらっとした表情で下手って言って良いぞといってくる。そんなわけねぇべ!こういうのを女の子はまとめて可愛いって言うんだよ!
「じゃぁ僕みんなと帰るから」
「うん、お疲れさまー!」
弟くんは颯爽と去っていく。風さえも君の味方だね、爽やかだ。
私はようやく好きな人と会話できたのだと夢心地のままに手を振っていた。隣で淡島くんがさっさと帰るぞと促してくれなければこのまま桜並木に突っ立ったままでいただろう。
「淡島くん、今日はありがとうね」
「そりゃどうも、これでチャラだな。しっかりマネージャーやってくれ」
「チャラとは言わんしこれからもしがみついて力くんの情報をいただくが」
「正気か?」
淡島くんは全力で嫌そうな顔をしてくる。ガラが悪いぞ。
「淡島くん」
「それ」
静かな声だった。
「剛でいい、弟のこと力って呼ぶんだろ」
「・・・呼ぶ、けど。うん、じゃぁ剛くん」
「はい」
よくできました、と言わんばかりの手つきで犬のように撫でられた。再び頭は鳥の巣である。おわー!このやろう!と暴れると笑われた。少し珍しい。
「どうして力くんはあんなに可愛いのに剛くんはこうなんだね」
「俺の弟は可愛いのでお前が隣に並ぶのは無理だ」
「ルッキズムかぁ~?今時流行らんぞぉ~?」
「どの口が言ってやがる・・・!」
それはそう、一目惚れのくせにというやつである。
そんなくだらない会話は途切れず続いて、私たちは帰路についた。
◆
バスケ部は今週末の試合を前に気合が入っているようだった。
だからといって体育館をバスケ部が独り占め!とならない程度にこの学校の部活数は多かった。本日コートはバレー部とバトミントン部が使用中。バスケ部が試合を出来るのは明日だろう。そのため本日はランニングや自主練など端っこや外で出来ることをやっている。そしてマネージャーたる私はボールに空気を補充中。
「力くん、どんな女性がタイプなのかしら」
「お前みたいに喧しくないやつ」
「力くんの前ではおしとやかにしてんだろーが!」
「ツインテの黒ギャル」
「おい本当か?!本当なら私は明日から日サロいってツインテにすっからな!!」
「やめろ、山姥ギャルがマネージャーなんてキツイ」
「本当かどうか聞いてんだよぉおお!」
「弟が黒ギャル知ってるわけねぇだろ」
ボールを弾ませて空気をいれるだけの作業であるから、口がよく動いてしまうのも許して欲しい。剛くんは手伝いというよりも隣でドリブルとハンドリングの練習中のようである。喋りながらでも全然ボールが乱れないのを私はこっそり感心してみている。
「力くんの試合と被ってるよねぇ今週末」
「まだ言ってんのかよ・・・」
「そういやパンじゃお腹すくからおにぎりを買うとか力くん言ってたんだけど、淡島家は各自購入派なの?」
バスケ部の試合は午前と午後に一回ずつあるからお昼ご飯どうしようかな、テニス部はどうなの?と私が聞いたところの返答が、テニス部は午前集合午後試合で、昼食はコンビニで買う、だった。正直男子中学生っぽいといえばそうなんだけどちゃんとしたお弁当食べて欲しい気持ちもあって引っかかってしまっている。そんな些細なエゴで尋ねれば、剛くんは思い当たるところがある様子頷いた。
「あぁ・・・今週から母さんが実家戻ってんだよ」
「おっと?それは詳細を尋ねていいやつかな」
「別に問題ねぇよ。祖母さんが入院したのと、その間祖父さんが一人になるのが心配だとか」
「なるほどね、じゃあ仕方ないか。え、じゃあ今のご飯は」
まさか全部コンビニ飯じゃないだろうな。流石にそんなことはないだろう。ハメはずしてジャンキーは食事をしていたら力くんのお肌にニキビとかできちゃうんでは、と余計なお世話が一気に脳内を駆け巡る。
それを察したかどうか知らないが剛くんはやや呆れ顔だ。
「親父が店屋物買ってくるか外食」
「まぁ一週間か二週間だとそんなもんか・・・はっっっお兄さん、私、アスリート飯の勉強してます・・・!!力くんのお弁当を作らせてください!!」
「弟に毒物食わせる趣味ねぇんだわ」
「ふざけんなコラ!明日作ってきてやっから味見しろや!」
「変なものいれてたら承知しねぇぞ・・・」
私の勢いに押されてボールがすっぽ抜けていったことに舌打ちをした剛くんだったが、一応食べてくれる気はあるようだった。これはかなり気合が入る。弟くんの試合みれないのかーっと下がっていたテンションが一気にあがる。ここは渾身のお弁当を作って見せる・・・!
力くんがテニスをやっていると聞き、私自身もバスケ部でマネージャーという立場になって暫く、私は差し入れのチャンスを狙っていたのである!
バスケ部ではモテ男淡島剛がいるため、差し入れに食べ物禁止などのルールが既にできていた。試合終了とともにファンクラブの女子たちから差し入れられるのはタオルやペットボトル飲料ぐらいだ。
だがテニス部は別!ましてや中等部、そして力くんと顔見知りになった今ならクッキー作ったよ!ぐらいは許されるはずだ。そう考えていた。それが一足跳びにお弁当というのはいささかハードルが高いが、むしろここで胃袋をつかめば関係性は一気にホップステップの可能性がある!
「さぁ!挑戦状だ淡島剛!選ぶといい!」
「推理作家かよ・・・じゃあこっち」
昼休みになった瞬間バンッと教室へ押し入り購買部へ向かうだろう淡島剛の前に仁王立ちして二つの同じ弁当包みを置いた。内容はどっちも同じだが、まぁ変なものは入っていませんというアピールである。
「・・・おい、山田。パン二つぐらい買ってきてくれ」
「籠谷の愛妻弁当あんのに?」
「どこが愛妻だよ、毒味の試練だ。これが最後の飯になるかもしれん」
「失礼な!山田くん、購買部で一番不味いと有名なアーモンドレーズンミルクパン買ってきてあげて!」
「おいやめろ、山田!山田ぁあああ!」
珍しい剛くんの絶叫を無視して、隣の席の山田くんは爽やかに笑いながらそそくさと購買部へ走っていった。おそらくきっと売れ残っているアーモンドレーズンミルクパンを買ってくるだろう。私も食べたことがないので本当に不味いのかどうかは知らないが、レーズンパンは小学校でも残す子が多かったのでそもそもレーズンというだけで人気がない可能性はある。私は好きだが。
うなだれた剛くんは気を取り直して私の弁当に向き合ってくれたので、一緒に向かい合って包みをほどいた。ぱかっと蓋をとって私は箸をもっていただきますと挨拶をしたが、剛くんは蓋をとった状態で固まっている。まじまじと観察していると言ったところだろうか。
「どうしたの」
「いや、思ってたよりまともで驚いてる」
「めちゃくちゃ期待値低かったんだな?」
力くんにはやはり可愛くてきれいなお弁当を食べてもらいたいな、でも桜でんぶでハートとかキャラ弁は恥ずかしいだろうなという配慮のもと、卵、そぼろ、鮭で三色弁当にして、隅にはミニトマトとほうれん草のおひたし、彩り豊か且つ炭水化物と野菜をクリアし、メインの鶏肉の照り焼きでタンパク質を、そこそこバランスのいい弁当なのではないだろうか。食物繊維が少し足りないが、そこはバナナなどで補ってほしい。
軽くそんな説明とともにどや顔をすれば、小さく笑って剛くんは手を合わせた。
がばっと卵とそぼろのかかったご飯を口にいれた。一口おっきいなぁと驚いたし、よく考えるとこのお弁当箱、男の子にはもしや全然足りないのでは?と思った。
両方とも父親が使っていたアルミのシンプル弁当箱だが、中年の父親と現役男子高校生では胃袋が違うだろう。正直同じ弁当箱なので私にはちょっと多いのだが、とすごい勢いで減っていく相手のお弁当にびっくりしつつ私も食べ進めた。
「ごちそうさま」
「早い!もう少し味わって食べてよ!」
「悪くなかった」
私が半分食べ終わるか否かぐらいで剛くんは手を合わせた。空っぽの弁当と少し緩んだ満足そうな表情で、言葉通り悪くなかったことは読み取れる。気持ちのいい食べっぷりで私は私で作りがいのあること、と嬉しかった。
「悪くなかったですって~?解答欄は美味しかったかまずかったかの二択よ」
「選択肢に量が少ないを追加しろ」
「あぁっくそ!力くんもそんなに食べるの?!」
どうやら毒味は合格のようだ。無言で頷く剛くんに私は量についてぐるぐる考える。ご飯は別にタッパーで用意しようかな、とかそんなことだ。
そうしている間に隣の山田がパンを買ってきたらしい。剛くんに言われたように二つ、財布を出してパンを受けとるとさっそく食べ出した。本当に足りないんだな、量。
「本気で買ってきやがった、くそまずパン」
「でもそれ本当にまずいの?」
「食えないことはないのが一番悪い」
中途半端、という意見らしい。山田はけらけら笑って一番人気らしいカツサンドを食べていた。いい性格している。
「で、お兄さま。試合当日力くんのお弁当を作成してよろしいでございますね?」
「どうやって弟に渡す気だよ」
それもそうだ。バスケ部とテニス部で試合をする場所は違う。朝の集合場所も大会開催地だろう。私は唸りつつ、起床の時間とお弁当作成の時間などを考える。
「・・・お前、バス通学だっけ」
「え、うん。最寄りは鳴老門筋南」
「ならそこでいい。俺等の移動でもそのバス亭通る」
バス路線一緒なのが発覚!私は嬉しくなって剛くんにどこから乗ってくるのか聞いたり、当日はどうするか、好き嫌いがあるかなんて詰問した。剛くんは面倒くさそうな態度は崩さなかったが、しっかりと全部回答してくれて、最終的にお弁当に関してよろしく頼む、と照れ臭そうに頼んできた。なんだかひどく嬉しくなって私はやたら気合いの入った任せろ!という返事をして剛くんをビビらせた。
当日、特にトラブルが起こることなく順当に乗り込んだバスで二人と落ち合って弁当を渡せた。朝から力くんに会えるなんて今日は一日祝福されている気がする。快晴である。最高。まぁ本日気合いいれて頑張るのは選手たちなんですけど。
「雪ちゃんお弁当ありがとう、兄ちゃんが美味しいって言ってたから楽しみにしてた!」
「う、嬉しい~!力くんのために頑張って作ったけど口に合わなかったら無理しないでね!もしリクエストくれたらまた作るから~!」
ナイスパスやぞ剛くん、と内心で思いながら力くんにでれでれとしていると、隣からしらっとした視線が突き刺さる。
応援してるね!といいながら途中、先にバスを降りていく力くんを見送った。入れ違いにバスケ部のメンバーが乗り込んできて、うるさくない程度に挨拶をした。
大会の会場について、準備運動をしていくメンバー。
わが校のバスケ部は別段強豪というほどではなく、だが弱小ともいいがたいレベル。大会の常連ではあるが、全国にまで届くことは稀、といったところだ。層が厚いともいいがたい。
「一年でレギュラー入ったの淡島だけだもんなぁ、俺等の分頑張ってくれ」
「いや、お前も補欠なんだから交代あるだろ」
私は知らなかったが剛くんは中学の頃からバスケ部で、雑誌に載る程度に注目されていたらしい。そんな彼がそのまま高等部へ持ち上がり、一年生でレギュラーとなっているのだから、話題になる。他校からチラチラと視線がきた。
中には知り合いもいるらしく、手を振り返したり仲良さそうに喋ったりしていた。中学から続く因縁やライバルってやつですか。わくわくするな。学校ではみれない様子に、私は会場の大きさはもちろん練習試合ではない大会の試合というものに少しプレッシャーを感じていた。ただのマネージャーだというのに。
「わかるわぁ、選手じゃないから余計にそうなるのよね」
「先輩・・・」
「何かしてあげたいって思うけどタオル差し出すくらいしかできないからね」
もう大半のマネージャー業をこなせるようになったものの、大会の段取りはまだ慣れていない私のために着いてきてくれた先輩マネージャー。黒髪のポニーテールが美しい。私も憧れてポニーテールにしようか検討中である。今は普通に一つ括り。たまに三つ編みにしている。
「見守るしかできないけど、精一杯応援しよ」
「はいっ」
私はしっかりと返事をした。多少上擦っていたかもしれない。
いつもは体操服にビブスで試合をしている皆が、ちゃんとユニフォームを付けているのを見るはまだ慣れない。今日のスケジュールを頭で繰り返して、試合を見守るしかなかった。ルールブックの内容は覚えたけれど、目の前で動く選手の速さに思考は追いつかず、ただボールを追いかけるばかりになってしまう。力くんのテニスの試合のときと一緒だ。
(でも肌がピリつく緊張感はわかるようになったな)
私の心配をよそに午前の試合は問題なく勝ち、午後も頑張ろう!と他の試合を観戦しつつ昼食となった。レギュラー陣が前列に、マネージャーは二人並んで各々の昼食を膝に広げた。先輩もお弁当で、知らない緩いキャラクターが蓋に描かれていた。
「あらお弁当・・・淡島くんと一緒なのね」
「あ、今日は私が作りました。皆用にレモンのハチミツ付けも持ってきてるんでよかったらどうぞ」
「ありがとう、タッパー回して良い?あと先生からもバナナ貰ってるからそれも回そう」
前の席にいる剛くんのお弁当と中身が一緒なのを見られたが、先輩は意味深に笑っただけで特に追及はしてこなかった。私は力くんが好きだと公言しているので誤解されていることはないだろうが、その笑みはなんなんだ・・・。
ハチミツとレモンをブチこんだだけのタッパーと、先生からの差し入れのバナナの房が一緒に部員の手によって回されていく。どっちも黄色いな、なんてどうでもいいことを考えながら弁当を食べた。うむ、我ながら美味い。
「あ、食べ終わった?弁当箱回収する」
「洗って返すけど」
「いーよ別に。力くんの返してもらう時だと嵩張るし」
今なら持ってきた保冷バックで持って帰るだけだ。そう言えば剛くんは無表情ながら申し訳なさそうに小声で謝ってくれた。別にいいのだけど、まぁ確かに気にするか。私は代わりにしっかり勝ってきてね!と言って送り出した。
そのおかげかどうかはさっぱりわからないが、試合が始まると剛くんは絶好調だった。
どんどんと点数差が広がっていって、相手校の選手が焦った面持ちになっているのが見て取れた。
私は素直に喜んで、先輩と一緒に大げさに応援をした。
勝てると確信した時を、油断と言うのかもしれない。
「赤10番!プッシング」
赤は相手校だった。反対側のゴール下。私たちからはうまく見えなくて、審判のその声に誰が、と思った。私はただ、相手校の選手が反則したということはフリースローになるのかな?とルールブックを頭の中で開いていただけだった。
中々再開しない。人だかりができている。問題が起きたのかも、と私たちもコート内に入って近づくべきか迷った。だがその前に顧問の先生が駆け寄っていく。私たちには待機の指示をだした。
先輩マネージャーが真剣は表情で救急箱を引き寄せていた。そこでようやく私は怪我をしたんだと思った。
「淡島だ、たぶん捻挫だ」
「骨折はしてない」
「テーピングだけでいいだろう」
先生や皆に囲まれてベンチへ戻ってきたのは剛くんだった。私は驚いているばかりで、何をしたらいいか分からない。片足を引きずっている。
先輩が冷やすから、と言ってくれて私は保冷剤と冷却スプレーを持ってきて傍に立った。
先輩は先生の指示に従いてきぱきとテーピングを巻いた。
「これぐらいの強さで平気?」
「平気だ。試合もできる」
「馬鹿いうな、悪化してはいけない。無理をする場面じゃないんだ」
そうだ、試合は勝ってる。問題ない。バタバタと交代の選手がコートに入って、試合は再開された。それを不満そうに眺めている剛くんに、私はようやく大丈夫?とか細く声をかけることができた。オウム返しに大丈夫、と言われて私は馬鹿な事を聞いたと思った。
「大怪我じゃねぇよ」
「う、うん」
初めての不測の事態に、ひどく動揺していた。それを見透かされていたようで、剛くんのいつもより丸みのある声は私の羞恥を煽った。先輩みたいに、もっとしっかり対応したかった。
テーピングのやり方一つ私は思い出せなかった。
「淡島、すぐに病院行くか?」
「いえ、試合終わってからで」
「わかった、籠谷は冷やすの手伝ってやってくれ」
監督と顧問の先生にそう言われて、私は大きく頷いた。ぬるくなった保冷剤を交換している間も、剛くんは試合から目を離さなかった。
試合は順調そのもので、果たしてあの反則が破れかぶれの物だったのかもわからない。一度も劣勢になることなく、勝利した。挨拶の整列には剛くんも並び、歩くには特に問題なさそうだった。
「勝ったね」
「結構早かったな」
剛くんはその後、病院へ行くということで顧問の先生の車へ乗り込んだ。他、私たちは通常通りに解散となった。
私は、力くんにメッセージを送るかどうかスマホの画面を睨んで、ずっと迷っていた。私から連絡することかな、剛くんが普通にするんじゃないかな。でも今お母さんいないんだよね?という気持ちもあった。
力くん、試合で剛くんが捻挫しちゃったみたいなの。
そんな文章を振るえる指で打った。連絡は、ないよりあったほうがいいだろうと私は送信した。
実はテニスの試合前で、変に動揺させてしまったら、と心配したが流石にもう夕方になるのだ。向こうもテニスの試合は終わっているだろう。既読はすぐについて、返信もきた。驚くゆるキャラのスタンプ。かわいい、と和んだ。
お弁当ありがとう、美味しかったよ、兄ちゃんのことも教えてくれてありがとうといったメッセージに、私は余計なお世話かなと思っていた件がどちらも許された気になって安堵する。
「来週の試合に間に合うかどうかだなぁ」
そこまで大怪我と言った印象はもたなかったが、流石に次の試合は見学となるかもしれない。捻挫なんて安静にしているしかないのだから、練習もお預けだろう。文句は言わないものの不満そうな顔が思い出された。
私はそんなことを考えながら、帰路についた。
◆
やはり捻挫なので一週間は安静に、と言われて剛くんは部活の参加を禁止されていた。ボールに触れることだけは許されていたが、顔を出すとどうしたって準備やボール出しなどを手伝いと称して歩いたり走ったりするからだ。
「松葉杖は大げさだろ」
「成長痛もあるんでしょ?大人しくしときなぁ」
既に私より頭一つ分大きなこの男はにょきにょきとまだ伸びているらしく、関節に痛みがあるらしい。それを知っている顧問の判断により、ちょうどいいからしっかり休めと言い渡されたらしい。
「試合・・・」
「応援はくる?それか病院?」
剛くんは私の問いに眉間へ皺を寄せた。
「病院。平気だったら速攻会場行く」
「それ、たぶん試合は出れないからね」
剛くんの出番なんてないくらい余裕で勝てればいいね、なんて軽口を叩く。
そうなればいいなという願望だったが、聞いていたらしいレギュラーメンバーが気合を入れていた。その日の部活は熱が入っていて、先生が感心していたぐらいだ。
それが実るとも言い難いのが、勝負の世界。
一週間後、邪魔そうにしていた松葉杖なしで会場へやってきた剛くんは、複雑そうな顔をしていた。
「敗退、か」
「・・・えっと」
「お前が謝ることじゃねぇからな」
「そうだよね、うん。怪我、どうだった?」
観戦していた二階から降りてきた剛くんは、問題ないとだけ言ってテーピングだけの足首をみせてくれた。ぶらぶら揺らして本当に平気そうでよかった。だが、結果としてたった一週間休んだだけで、彼の夏の大会は終了してしまったのだ。
挨拶を終えて戻ってきたレギュラーの全員が剛くんを視界にいれて気まずそうだった。中には謝っているものもいた。それらに剛くんは軽く笑って気にするなと返していた。
顧問と監督の反省会をして、引退する三年生の挨拶をした。
私といえば先輩マネージャーも引退するため、寂しいとか残念よりも不安が大きかった。
なんとなく青春っぽい空気に飲まれつつも、皆案外普通のテンションで各々の帰路についた。卒業してしまうわけでもないし、夏の大会は終わってしまったかもしれないが、冬の大会があるのだから、落ち込んでばかりもいられないと言ったところだろう。レギュラーメンバーの二年生は特にそんな気合の入った台詞を言っていた。
私と剛くんもバスに並んで座って、心地よい振動と疲労とともに二人の間には沈黙が降りていた。
「・・・泣いてるやつ、誰もいなかったな」
「え、そうだね・・・でも悔しそうだったよ」
「そっか、そうかもな」
なんだかいつもよりも張りのない声に、私は剛くんの横顔を見つめるしかなかった。別に彼は泣いてもないし、怒ってもいないし、落ち込んでいるようにも見えなかった。だが、ちょっと寂しそうで、私は何か言わないと、と思った。
「剛くんって自分でテーピング巻けるの」
「巻けるけど」
「今度教えてよ」
突然の話題に、何故と言いたげな瞳だ。
「剛くんが怪我したとき、先輩がサッて対応してたの格好良かったから」
「あー・・・」
「ていうか、実は私頭真っ白になってた」
「・・・そうなんか」
「うわ、私なんもできないって思ったら悲しくなったから、頑張るわ。目指せ自他共に認める敏腕マネージャー!」
気合をいれて宣言してやると、剛くんはわずかに瞠目してから、笑ってくれた。いつものノリに戻せたかな。そう思って横顔を覗き込むと、照れ臭そうにしてポツリと話してくれた。
「大会敗退したわけだけどさ・・・結構皆クールだよな」
まぁ確かに、と思った。先ほどの剛くんの言葉じゃないが、泣いたり怒ったり感情を表にだす子は三年生でさえいなかった。顧問や監督のお言葉も反省会としてはあっさりしたもので、本当に引退かと思ったものだ。
「熱血ってわけじゃねぇけど、熱量の違いは感じる」
「・・・剛くんが試合してたら、泣いてた?」
「俺が試合してたら負けてねぇはず」
「うはは、急に高飛車になるじゃん、さては元気だな?」
面白くなって、私も笑ってしまえば、しんみりした空気を吹き飛ばした。
その後はいつも通りのくだらない会話をして、また明日ねと手を振った。
力くんからメッセージがきたのはその晩で、剛くんについてだった。
力くんは順調に大会を進めていて、ついに関東大会本出場となるらしい。
電話かけていい?という珍しいメッセージにもちろん!と快諾した。
すぐにかかってきた着信音にわかっていたのに心臓がはねた。深呼吸をしてから出ると、はじめて聞く電話越しの声。
「ごめん、急に。兄ちゃんが試合負けたっていうから色々聞きづらくって」
「いいよいいよー。敗退したのは本当。剛くんは病院行ってたからさぁ」
「あぁ~自分がいない時に負けるのってしんどいよね」
「そういうこと。怪我は問題ないけど、癖になってもいけないから無理しないように力くんのほうでも見張っててくれる?」
「了解。さっそく筋トレしてるし一言いっとくね!」
「ありがと!それと関東大会出場決定おめでとう!」
「うん、次も頑張る!応援してね」
「当たり前よ~!なんならまたお弁当作るからね」
お弁当のおかずで美味しかったもの、今度の試合は強敵だということ、力くんは話題が豊富で通話はずいぶん長引いた。私としてはいつまででもしゃべりたいところだったが、流石に通話料が気になってくるところだ。あぁ会話が終わっちゃうな、という空気を感じ取って私は最後に迷っていたことをいうことにした。
「あのね、聞いてくれる?私の自己満足なんだけど」
「うん、なに?」
「剛くんにも言ったんだけど、私ね。超敏腕美人マネージャーになりたいの」
「・・・兄ちゃんのために?」
「まさか!力くんに尊敬されたくて!」
「えぇ、なにそれ。僕もう雪ちゃんのこと尊敬してるけど」
「やだ、嬉しい~!でも私、剛くんが全力だしても完璧にサポートできるぐらいの有能マネージャーになってみせるから、見守っててほしいな」
「・・・うん。ありがとう、兄ちゃんに雪ちゃんいてくれてよかった」
電話越しではあるものの、優しい力くん声は、きっと天使のような微笑みを浮かべているのだと私は簡単に思い浮かべられた。
そんな夜から、私はずいぶん熱心にマネージャー業というものを勉強した。
スポーツのマネージャーというと、どうにも野球部の女子マネージャーのイメージが強くって、なんとなく舐めた印象を持っていたが、真剣にサポートをしようと思えばいくらでもやることがある。学生の部活だからそこまでやらなくていいよ、と範囲が限定されていただけだ。
かじった程度のアスリート飯もちゃんと勉強したいし、怪我をしたときの応急処置も、ストレッチやマッサージ、トレーニング、ほしい知識はたくさんあった。それらはあくまで部活のため、という理由で勉強していたが、部活の顧問には将来はそういう道を選択するのかと聞かれた。
その時は曖昧な返事しかできなかった。
将来の道というには、なにもかもが中途半端だったからだ。
その年の冬の大会は、剛くんは万全の状態だったと思う。
レギュラーメンバーもこれしかないという布陣だった。
だが、予選を突破した先の大会初戦、名のある強豪校とあたり、予想を覆すことなく敗退した。
その強豪校は順当に決勝戦まで残ったというのだから敗北を恥じることはないのだろう。
みんなが仕方がなかったよ、と慰めの言葉を吐くしかなかった。
運が悪かったな、と私も思った。口にはしなかった。
剛くんが悔しそうだったから、記録していた試合映像だけ渡した。
私はまだ敏腕マネージャーにはほど遠くて、だけど剛くんと力くんの筋トレやランニングに少し付き合える程度には体力がついた。料理の腕も向上した。練習台にしていた両親がたまにマッサージをやってくれ頼んでくるぐらいにもなった。
それでも、漫画の中のマネージャーたちのように、選手たちをやる気にさせたり勇気を与える存在にはなれない。そりゃそうだ。漫画ですからね。彼女たちはヒロインだから。
そんなことを思う。
二年生に進級しても特に変化はない。
あえていうなら私の身長が伸びた分、剛くんは倍、伸びた。
剛くんのファンクラブからの冷たい視線が生暖かくなったのを最近感じるぐらい。おそらく三年生が卒業したせいだろう。過激派が減ってなによりである。
逆に力くんにファンクラブができて、若干目をつけられている気がする。何をされるわけではないが観察されている視線。きっと動物園の猿はこういう気分だ。
「ねぇ、力くんシングルに転向するんだって聞いた?」
「らしいな。俺は詳しいこと知らねぇぞ」
「その辺は力くんから聞いてる。ダブルス組んでた先輩卒業しちゃった上にシングルの先輩も部活辞めちゃったんだって。今テニス部大変らしい」
「まじか、俺にはそんな話してくれねぇんだけど」
「お兄ちゃんには心配かけたくないお年頃なのよ・・・男兄弟のプライドってやつなのかしら、妖精さんみたいなのにちゃんと男の子なの素敵だわ」
「この問題集何ページまで宿題だっけ」
「36ページまで」
最後が独り言みたいになっている私を慣れたようにあしらう剛くんとは席が前後になった、クラスが一緒になった上に席も近く、部活まで一緒だと、もはや居ないと不思議な感覚だ。力くんに会いに行くのも、わざわざ剛くんを排除する必要性も感じないため、いつも三人。不思議な関係に思えた。
「三浦くん受験のために辞めるって」
「・・・聞いた」
夏、全国まであと一歩だった。
去年よりもずっといい成績だった。それでも、届かなくて後の流れは一緒だった。
少しだけ悔しそうな皆と、先生と引退する三年生の挨拶。私たちは無言でバスに揺られていた。
三浦くんは二年生だが、大学の志望校を上げるために部活を辞める。便乗して何人か辞めそうだから、冬の大会までにレギュラーはかなり変わる予感がした。嫌な予感だ。
「月バスみた?」
私が鞄からサッと取り出した月バスの表紙には男女それぞれの大会の優勝校のエースが載っていた。煽りの文字には次世代注目選手特集の文字。
「凄いじゃん、インタビュー」
「無難なことしか言ってないし書いてないだろ」
それはそう。
たぶん雑誌の本命は全国大会が終わってからの記事で、今月のものはその前振りに近い。
関東大会の結果、全国に出場する各校のピックアップだけだ。大会レポートはあっさりしたもので、わが校はトーナメント表にて名前だけ。
淡島剛は日本代表に選ばれるかもしれないということで特集記事に一言載っているだけだ。
「でも優勝もしてないのに載ってるのは凄いでしょ」
「それ、凄いか?」
はんっと笑ったその顔は自嘲がにじみ出ていて、私はわざとらしくため息を吐いた。イラっとしたのを態度に出す。
「少なくとも、剛くんは凄いってことだと思うよ」
誰が見たって、剛くんだけが突出していた。
一番走って、一番ボール持っていて、一番ゴールしていたのだ。他の皆が下手なわけでもやる気がないわけでもなかったけれど、それでも剛くんと比べると見劣りした。デリカシーのない先輩が何かと誉め言葉に包んで口に出した程度には、ワンマンなチームになりつつあった。
「皆より努力してるんだから、正当な評価として受け入れていいんだよ」
剛くんは問題集から私へ視線を上げて、そっか、とだけ呟いた。嫌味だと思われていたら嫌だな、と思う。
「あ、そうだ。力くんの試合観に行くよね」
話題を変えたくて、いつもの調子でそう尋ねると剛くんは思案するようにしてから口を開いた。
「悪い、今週は行かねぇ」
「え、なんで?」
「バレー部の奴ら、今週体育館使わないらしいから」
自主練する。とシンプルな回答。分からなくもない。せっかく遠慮しないで体育館が使えるなら、そっちのほうがいい。弟の試合より、自主練というのもおかしくはない。ただ少し、私と視線が合わないのが気になるだけだ。
詰問してやろうかな、と思ったタイミングで授業のチャイムがなった。前を向け、と犬でも追い払うような仕草をされたので全力で不満を顔で表現してから大人しく前を向いた。我ながら子供っぽい。
◆
出掛ける準備を万端にして、玄関に立ってから考える。
立っているだけで日差しが直撃して、じわじわと汗をかいた。
「・・・どうせもう練習してんだろうなぁ」
力くんの試合を見に行くつもりでお洒落をした。可愛いと思ってもらいたくて、伸ばした髪の毛を綺麗に纏めて、休日なので薄く化粧もした。服だって、本当なら夏らしいワンピースにしてもいいなって思ったけれど、浮くかも、と学校に寄るかも、と思うと結局制服になった。
バス停でぼんやりと待って、ギリギリまで迷った。
スマホの通知音がして、慌ててみれば力くんだった。試合頑張るね、というもので動くスタンプが力こぶを作っていた。力が抜けて、可愛いなと思った。いやぁ、夏にぴったりの爽やかな可愛さですよコレ。
観戦席で応援してるね、と返信した。
試合会場は、今までで一番広い気がした。
人だかりが出来ていて、私はいつもの癖で後ろのほうに立った。大きなカメラをもった雑誌記者らしき人がちらほらといて、力くんもインタビューされるのかなと思った。
関東大会優勝が決まるテニスの試合だ。注目度は高いんだろう。
負けたとしても全国への切符は既に得ていると聞いた。もう既に全国出場決定おめでとうのメッセージは送って、学校でささやかなお祝いをした。
嬉しそうな力くんはいつもより魅力的に見えた。ファンクラブも色めき立っていた。私もアイドル用の内輪持って行って応援する~なんてふざけたことを言ったものだ。もちろん持ってきてないが。
中学二年生になって、王道の美少年だった力くんは一気に身長が伸びて少年と青年の間にある。凛々しい表情も多くなったけれど、まだまだ笑みが幼くて可愛らしい。私はやっぱりそんなギャップが大好きだった。
ダブルスの試合が終わって、シングルスへと移る。ダブルスは二試合とも敗北したから、ここから巻き返さないと優勝はない。力くんの出番だった。シングルス1と2は三年生だから、二年生でこの重要な場面というのはプレッシャーになっているのではないだろうか。
(笑ってる・・・凄いな)
その笑顔は、いつもの天使のようなものではなくて、剛くんに似てるなと思った。
相手選手は三年生で体格も力くんよりずっと良かった。一球の重さがこちらにも伝わってくるようで、ハラハラとする。落ち着かなくて両手を握りしめて、頑張ってと小さく応援するしかできない。
「アウト!」
線審の旗とともに周囲から残念そうな、あ~!という声が響いた。それを聞くと力くんではなく私のほうが息が苦しくなった。このプレッシャーの中プレイするって凄いんだよなぁ、とここぞという時にゴールを決める剛くんも、目の前でラケットを振る力くんにも尊敬の念が湧く。
祈るように見ていると、力くんと目が合った気がした。私はハッとして小さく手を振ったが、もちろん力くんはすぐに前を向いた。
先行で二セット取られていたが、そこから破竹の勢いで試合の主導権を握りセットを取り返していく。あっという間に力くんの勝利が決まり、会場はワッと盛り上がったが、私はいまいちついて行けなかった。急展開がすぎんか。いや勝ったからいいのか。
笑ってる力くんを見るとなんだか力が抜けた。おめでとう、と声をかけるもまだ団体戦としては勝利していない。次に繋いだだけだ。頼もしい雰囲気の先輩が任せとけ、と言わんばかりに入れ替わりコートへ入ってきて、私は双眼鏡をおろした。
深く呼吸をして自分を落ち着かせる。
皆に頭を撫でられて、よくやった!と褒められている力くんは微笑ましい。
ただ私は、どうにも落ち着かなくて薄情にも帰ろうかなと考えていた。
テニスボールが行き来するのを眺めながら、私は一人でバスケットボールを触っているであろう剛くんのことを考えていた。
「・・・あっつ」
あー、駄目だ。暑いから帰ろう。そう思って私はこっそりコートから離れた。
日射病を警戒して飲み物を買いに行ったり日傘をさすために移動したり、動いている人たちはいたから、目立ちはしなかった。
優勝が決まる前に離れるのに少し気後れしながらも、私は力くんに試合勝ったの見たよ、と暑くてしんどいから優勝を見届けずに帰ることを申し訳ないというメッセージを送信した。
ハンカチでは間に合わない。タオルで汗を拭いてコンビニに寄る。
本当はペットボトルのスポーツドリンクより粉のほうがいいんだけど、と思いつつもないよりマシだろうと買った。
降りたバス停は学校の前。
体育館が近づくと、床にボールを跳ねさせる音がして自然と笑みが漏れた。予想にたがわず、ずっと自主練をしていたらしい。もしかして、本気で一人なのか?バトミントン部もいるかと思ったけどなぁ、とひょいと顔を出す。
「うわっ汗だく」
「・・・当たり前だろ。力の試合観に行ったんじゃねぇの」
「見た見た、力くんの勝利を見届けました!ダブルスと違った迫力が最高によかったです。写真とっとくべきだったなぁ」
映像を取るのはなんだか偵察とかそういう行為に思われないか、無駄に心配になってしまってやめた。写真も邪な気持ちが入ってしまいそうで撮っていない。ファンクラブに注意されそうだしね。
「じゃぁ優勝か」
「さぁ?ダブルス二試合とも負けてたからシングルス2で負けたら準優勝かも」
「・・・力だけ見てきたってことかよ」
「え~だって暑かったからさぁ、たぶん大丈夫でしょって思って」
残りのシングルの選手は見覚えのある強い三年生たちだったし平気でしょう、と私はあっけらかんと言った。
テニス部だってメンバーの入れ替えで大変なのに、ちゃんと駒を進めていっている。それを見ると、今度こそバスケ部だって冬の大会で結果を残したいなと思った。
もちろんバスケ部だって全国に手が届くというレベルだったのだから悪くない出来ではある。精一杯の結果でもある。それでも、剛くんには物足りないだろうなと勝手に思っている。
「ていうかドリンクは?!とりあえずペットボトル買って来たから飲んで!つーか汗まみれのままだし滑って怪我したらどうすんの!」
「・・・さーせん」
どれだけ練習に集中していたのか、私は怒涛の小言を述べて無理やり休憩にさせる。勝手に剛くんの荷物からタオルを引っ張り出して顔面に投げつけてやれば、ちょっと申し訳なさそうな声がした。自分で反省しているらしい。
マネージャーになってよかった点はこういった部分で剛くんに強く出れるようになったことだろう。
「・・・なぁ、新しく入った一年さ」
「うん、結構入ってくれたよね。皆経験者だし、いい感じだと思う」
「俺とやれるやついる?」
私は顔を上げたが、剛くんは座り込んで休憩中。頭からタオルを被っていて顔は見えなかった。私は大きくはぁ?と訊き返したかったが、たぶん剛くんは真剣だ。私は神妙な顔を作った。
「それは、俺に勝てるのは俺だけだっていうやつですか?」
「あほか、俺だけじゃ勝ててねぇだろ」
黒子のバスケ、持ってんのか貸してくれよ。剛君はタオルを取って鞄へと投げた。
私は改めて考える。
一年生たちは、マネージャーである仕事を手伝ってくれて素直ないい子がほとんど。ポジションもあまり被らず、身長も高い子たちで、練習にも熱心だ。一年生の時点でレギュラー入りもあるだろうという子もいた。
「・・・一緒に練習してる剛くんのほうがわかるんじゃない」
「・・・俺に近づいてこねぇだろ」
「怖い顔してっからよ。剛くんからアドバイス欲しいって言ってる子いたよ」
剛くんは複雑そうな顔をしつつも頷いた。頑張ってくれ、愛想も大事だぞ。
「とりあえず悪くないんじゃないかな、今年の一年。剛くんに引っ張られて熱心に練習きてるでしょ最近」
「・・・そっか」
「三年生、楽しみだね」
まぁまだ冬の大会ありますけどね。とはいえそれまでに一年生が仕上がるかというとちょっとわからない。期待値はあると思うんだよなぁ、と私はぼやく。
休憩は終わりだと言わんばかりに立ち上がり、転がってたボールを拾い上げて跳ねを確認するように床へ叩きつける。
「俺がアメリカ行きてぇっつったらどうする」
唐突な言葉に私の頭を一瞬真っ白になった。
「スラダンでみたよ、この展開・・・!」
「あれとは違ぇって。卒業してから。大学を向こうにする」
意外ではない。日本のバスケ物足りねぇ~とまでは言わないまでも、この学校のバスケ部は剛くんと水が合わないはずだ。
弱小校ではないが強豪校ではなく、熱心な先生がいるわけではなく、体育館や設備が十分とは言い難い。なんというか、普通の部活だと思う。絶対に全国に行くぞ!という気合は少し照れ臭くて言い出しにくい空気だってある。
「そりゃ、好きにすれば。応援するけど」
「まぁ、そうか・・・」
「私英語苦手なんだよなぁ」
アメリカ行ったら、プロになんのかな。
その時私は何してんだろうと思ってそんなことを言った。
剛くんは瞠目して、私を振り返った。
投げたボールは見事にゴールへ入って、私は拍手をした。
「着いて、来てくれないか」
ボールが跳ねて転がっていくのを、私は眺めていた。
「それって、どういう意味で?サポート?」
代わりのボールを投げてやる。パスもちょっとは上手くなった。
受け取った剛くんは、迷うような素振りもなく私を見つめていった。
「籠谷が好きだから」
バッシュが体育館の床とこすれて、きゅっと甲高く鳴る。
「力じゃなくて、俺を選んで欲しい」
ダンッダンッと沈黙の代わりのようにボールを跳ねさせて、私の返事も待たずにゴールに向かって放り投げられた。雑に見えてしっかりボールはゴールの網を揺らして、試合ならばスリーポイントだろう。こなれたシュートは美しい。
「・・・ちょっと考えさせて」
私はとりあえず保留にした。
◆
「力くん、私、力くんのこと好きだよ」
力くんは無事に優勝を掴んだらしい。
晴れ晴れとした表情でお祝いしたいという私のところへ来てくれた。
おめでとう、と言えばご褒美にコンビニケーキ買ってなんて絶妙に安上がりなおねだりがあって、すぐ近くのコンビニで我慢していただろうコーラとケーキを買って並んで二人で食べた。
時間帯的には夜だけど、夏の日は長い。
暑いね、と言いながら二人で少し喋って、沈黙が落ちたタイミングで私は唐突に告白をしたのだけど、力くんは驚かなかった。
ありがとう、という言葉に無理も緊張もない。
慣れてるなぁ、そりゃそうか、と私は笑ってしまった。
「でも雪ちゃんは兄ちゃんを選ぶんじゃない?」
そう言われて、えっという声が漏れ出た。
「区切りつけに来ましたって顔だもん」
そう言って含み笑いをする力くんの横顔は、どこか大人びてみえた。
コンビニのゴミを袋に纏めて口をくくると、ガサガサとやたら音がした。
「僕らさ、身長があるとか、スポーツできるとかのせいで、何もかもを持った人間みたいな扱いされること多いけど、別に家は金持ちでもないし、成績は普通だし、顔も普通じゃん」
「いや、顔は普通じゃないよ」
そこは即座に否定しておいた。普通顔が泣いてわめくぞ。山田とか。
力くんはそうかな?とあまりよくわかってない顔だった。
「しかも兄ちゃん愛想ないし、対人関係もそこそこ糞じゃん」
「口が悪い力くんありですね」
力くんはゴミ袋をぶらぶら振り回して立ち上がった。
ゴミを捨てに行くのに私もついていき、並んでやたら明るいコンビニへと向かう。
「だからさぁ、兄ちゃんに雪ちゃんがいてくれてホッとしてる」
「・・・私はよくわかんないけど」
「雪ちゃんといる兄ちゃんは優しく見えるから」
いや、兄ちゃんは優しいけど。と言い訳をしつつ笑った。
ゴミを捨てたらコンビニ自体には立ち入らず、二人でブラブラと歩いた。ふと力くんの顔を見上げると、内緒話をするみたいに、少しだけ顔を傾けて距離を詰めてくれる。
「あのね、僕もしも雪ちゃんと付き合うってなってもいいなって思う」
「・・・それは、嬉しいな」
「でも兄ちゃんの隣にいる雪ちゃんが凄く好きだなって思う」
あぁ、くそ。それって脈無しっていうんだよ力くん。
私は嘆くように大げさにため息を吐いた。
「力くんが好きなの、本当だからね」
「うん」
「それはそれとして剛くんを好きで、あいつのバスケを支えてやりたい気持ちが大きいのも本当」
「だと思った」
バス停に来たが、乗るのは力くんだけだ。私は少し歩けば家の距離。
ここでお別れになるが、名残惜しくて隣に並んだ。
力くんは何か言いたげな仕草を見せたから、私は次の言葉を待った。
「兄ちゃんと結婚しても変わらず僕を甘やかしてね」
「小悪魔ぁ~しゅき!」
力くんはそう言って私に一瞬だけ近づいて、すぐに離れてバスへ乗り込んだ。
窓越しに悪戯っぽい笑みとともに手を振ってくれた力くんを、私は驚いて思考停止のまま見送った。
「・・・ほっぺちゅー、ファンサ?」
私はバスの排気ガスに巻かれて、茫然と呟いた。
◆
「昔ドキュメンタリー番組で、人間として残念な芸術家と、その献身的な妻っての見た時さぁ、私は理解不能だと思ったんだよね」
「ほうほう」
「でも今はインタビューで奥さんが才能に惚れてしまったらどうしようもないって言ってたの、ちょっとわかる」
「でもこの進路調査全部日本じゃん」
友達は私の進路調査表を勝手に見て、そうぼやいた。事実、日本の大学ばかりが記入されている。
「淡島くんは堂々とアメリカの大学で提出してたらしいよ」
「だろうね、知ってる」
なんならバスケでスカウトマンに声を掛けられているらしいからほぼ入学確定なのだろう。
実のところ告白を保留にしているくせに今も割と普通に喋っているのである。気まずさもない。
友達は若干の呆れを滲ませつつ私の進路調査表を回収して立ち上がった。そのまま職員室へ行くのだろう。私は手伝おうか、と言ったが断られた。
「今日バスケ部、校内でしょ。さっさと行きなよ」
「ありがとー」
お言葉に甘えて私は手を振って教室を出た。
友達の言う通り今日はバスケ部が体育館を使える日ではないため廊下やらで階段ダッシュなどひたすらトレーニングの日だ。
「剛くん、休憩?」
「後一周したら」
既に学校周辺のランニングコースを何周かしている剛くんはスピードを緩めずに私の隣を通りぬけていった。ぜぇはぁ息を切らしている一年生がその背中を頑張って追いかけている。俺たちはあと二週ですと言ってきた。私は聊か急いでドリンク作りに走った。
作ったドリンクボトルを籠に纏めて運んできたタイミングでちょうど剛くんはランニングを終了した。クールダウンでゆっくり歩いて私の隣に来た彼は差し出されたドリンクを受け取った。
「進路調査出してきたわ」
「俺も」
「大学は東京二つと京都、三つを候補にした」
「・・・ふぅん」
「大学はスポーツ医学と栄養学をメインで勉強する」
飲み干して空になったボトルを剛くん手持ち無沙汰に揺らした。
私はできるだけ平坦な声で言った。
「ちゃんと資格とるから、剛くんもプロになったら呼んで」
「・・・おう」
剛くんが驚いた顔で私を見下ろしていて、その顔は少し幼く見えた。意外だとでも言いたげだな。驚かすことができたのが嬉しくて、私は堂々と胸を張って宣言する。
「私は敏腕マネージャーに収まらないってことよ!」
剛くんは小さく笑ってよろしく頼む、と言ってくれた。
私は彼がプロになると信じているし、彼はきっと私が着いていくと信じてくれるだろう。
才能に惚れてしまったら、どうしようもないのだ。




