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病弱な幼馴染の一言が、取り柄のない私の全部だった  作者: 秋月 もみじ


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第20話 安心する、は俺の方だった


 冬薔薇が、また咲いていた。去年植えたのは「たまたま」じゃないと、もう知っている。あの花は彼の想いの形だ。六ヶ月ごとに咲き直る。その花たちが全てを物語る。


 掌がうっすらと温かくなっていた。子どもの時から、彼がどれだけ彼女を愛していたのか。まあ、その温度が教えてくれていた。


 朝、彼は私を庭園に導いた。杖は置いてあるが、手の届く位置に。そこにある。いざという時のために。その手は温かかった。生きている。彼が本当に生きている。その証だ。


 病人ではなく領主として。そして、何より一人の男として。彼は生きていた。


 冬薔薇が咲く。深紅の花。数多く、無数に。これまで、ずっと、彼が植えてきた。その花たちが全てが彼女への想いを形にしているのだ。


 その前で、彼は立った。背筋は真っ直ぐ。領主そのものの姿勢で。でも、その目には領主ではなく、一人の男の愛があった。


「ミーナ」


 その声は深く、重かった。その重さは責任の重さではなく、愛の重さだ。


「はい」


 彼女は答えた。その声も震えていた。何が起ころうとしているのか、彼女は分かっていた。


「お前に。言いたいことがある。政略結婚じゃなく。俺自身の言葉として」


 その言葉は長い時間の苦悶の末にある言葉だった。彼が何度も何度も言おうとして言えなかった。その言葉が今、やっと形をなそうとしていた。


「お前がそばにいると安心する」


 彼は言った。


「その言葉の本当の意味を。ずっと。間違えていた」


「何ですか」


「安心するのは。呪いが楽になるからじゃない。お前がいるから。生きていたいと思えるからだ」


 その言葉が全てだった。子どもの時、あの森での彼の想いが、今、形を得たのだ。六ヶ月ごとに何度も何度も彼は花を植えた。その花が咲くたびに、彼は彼女を思った。彼女の涙を思った。彼女の母親を思った。その全てをあの呪いで守ってきたのだ。


 だからこそ、その呪いは祝福に変わったのだ。


「安心する、は。俺の方だった」


 彼の目には涙があった。子どもの時から、今まで、隠し続けていた。その想いが、今、溢れ出ている。


「子どもの時から。お前を守りたかった。その想いが。呪いに。変わった。だが」


 彼は彼女の手を握った。両手で。力を込めて。彼女もその手を握った。その握り返す力が彼に全てを伝えた。彼女も、同じなのだと。


「今。わかった。その呪いは。お前を守るためじゃなく。俺が。お前を。愛するためだった」


 彼は言った。その言葉の中に、全ての後悔も、全ての喜びも、全てが含まれていた。


 その言葉に、彼女も泣いた。言葉が出ない。でも涙が出た。彼女の涙が、その花を濡らした。あの時と同じように。あの森で、彼が彼女を守りたいと思った。その時と同じように。今、彼は彼女の涙を見守っている。その涙こそが全ての証だ。


 彼女の涙に応じて、冬薔薇はどれほど咲き直してきたのか。その涙の数だけ。その想いの重さだけ。彼女を愛していたのだ。


「だから。ミーナ。お前はもう。俺の看護係ではなく。俺の妻だ。本当の妻だ」


 その言葉に、彼女は何か言おうとしたが、声が出なかった。


「……はい」


 やっと、声が出た。その声は震えていた。喜びの、涙の、その全てが含まれた声だった。


「ありがとう」


 彼は彼女を抱いた。冬薔薇の前で。秋の光の中で。彼は彼女を抱いた。その抱擁は呪いではなく祝福だった。全てが、今、祝福に変わったのだ。


 子どもの時から、今まで、その全てが祝福に変わったのだ。



 午後、パン粥を一緒に作った。彼は彼女と一緒に台所に立った。看護係ではなく、パートナーとして。夫として。


「蜂蜜を」


 彼は手を出した。蜂蜜の瓶。光が瓶を通して流れた。アカシアの蜂蜜。朝市で買った。蜂蜜売りのおじいさんが祈って瓶に詰めたもの。その蜂蜜が、今、彼の手に握られている。


「入れますか」


「ああ。たっぷり」


 彼女がそれを入れた。白いパン粥に金色の蜂蜜。それが二人の色だ。


「蜂蜜。入れすぎじゃないか」


 彼は笑いながら言った。その笑いは責めるものではなく、愛おしさに満ちていた。


「前世の施設長が見たら。怒るだろうな」


「施設長。か」


「ええ」


 彼はその言葉で何か理解した。彼女の母親。彼が呪いを受けたその日、その施設で、彼女の母親は彼の身を案じていたのだ。そのおばあさんの子どもの娘が、今、彼女だ。転生という奇跡で、時空を超えて、彼女がここにいるのだ。


「安心させる才能」


 その言葉の意味が、今、わかった。



 パン粥を、二人で食べた。


「美味い」


「天気のおかげです」


 彼は笑った。その笑いは心の底からだった。


「天気か」


「ええ」


「本当か」


「本当です」


「そうだな。そして」


 彼は彼女の目を見た。


「お前のおかげだ」


「そうですね」


 二人でパン粥を食べた。秋の光の中で。冬薔薇が咲く庭園を見守る中で。その景色は永遠に続くかのように見えた。


 子どもの時。彼は庭園で本を読んでいた。彼女は垣根の隙間から覗いていた。その時から全てが始まったのだ。


 蜂蜜の香りが台所に満ちていた。秋の光がその食卓を照らしていた。冬薔薇が見守る中で、二人は食べていた。愛する者とともに。


「美味い」


 彼は言った。


「天気のおかげです」


 彼女は答えた。


 彼は何度も彼女の言葉に笑った。その言葉は いつも期待外れだ。だが、その期待外れが彼をどこまでも救う。



 全てが繋がった。子どもの時から、今まで。その全てがこの瞬間に一つになった。彼の呪い。彼女の転生。その全てが愛の形をしていた。それがこの物語の始まりであり、終わりであり、そして新しい始まりなのだ。


「あなたがいると安心する」


 その言葉は、もう呪いではなく祝福だった。彼女もまた、その言葉を心の中で繰り返していた。


「あなたがいるから。私も。生きていける」


 その思いが全てを救った。


 前世。この世界。その全てを超えて、二人は繋がった。彼女が彼を守りたいと思う。彼が彼女を守りたいと思う。その相互的な愛が呪いを祝福に変えたのだ。


 冬薔薇が咲き続ける限り、その祝福は続くのだ。永遠に。六ヶ月ごとに彼は新しい花を植える。その花のために、彼女の涙が降り注ぐ。その涙が花を咲かせる。その花が二人の愛を証明する。


 永遠に。


 前世の施設長の手紙の言葉が、今、実現したのだ。


「あの子には。人を安心させる才能がある。その才能は。誰かの命を救う。だから。大切にしてあげてください」


 彼女の才能は、彼の命を救った。彼の愛は、彼女の存在を守った。


 その相互的な愛が、全てを変えた。


 銀霧の領地で、二人は一緒に、朝日を迎える。冬薔薇の深紅の色に、秋の光が優しく降り注ぐ。その光の中で、二人は食卓を囲む。蜂蜜入りのパン粥を。


 「あなたがいると安心する」——その言葉は、もう、呪いではない。祝福だ。そして、彼女も、心の中で繰り返し続けるのだ。「あなたがいるから、私も、生きていられる」と。


 その想いが全てを満たす。前世から、今世へ。その全てを超えて、二人は繋がる。子どもの時の庭園から、今日の朝日まで。


 全てが繋がったのだ。


 永遠に。

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