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病弱な幼馴染の一言が、取り柄のない私の全部だった  作者: 秋月 もみじ


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第17話 全部、あの日から繋がっていた


 レイスが、初めて自分から「話がある」と言った。朝の紅茶の時間に、彼は私を庭園に誘った。昨夜の手の握りから、何かが変わったのだ。彼の中で何かが決まったのだろう。


 冬薔薇が、またその季節を迎えていた。深紅の花が、六ヶ月ごとに咲く。タイミングが不思議だと思っていた。彼が側にいてくれと言う数日後に、この花が芽吹く。だが、彼はそれを偶然だと言わなかった。


「この花は、俺の呪いと同じ周期で咲く」


 その言葉が落ちた。彼が植えた。何度も何度も。その都度、花が咲く。それは単なる生物学的現象ではなく、何か別の力が働いているということだ。


「あなたが。植えたのは」


「ああ。子どもの時に。お前と一緒に来た。この庭園に」


 記憶がない。何故、彼はそこまで覚えているのだろう。


 彼は花を摘んだ。深紅の花。その香りは薔薇だが、何か古い、儀式的な香りがした。喉の奥がじんじんした。


「あの時。お前は。泣いていた」


「え」


「ここに来てから。一時間。泣き続けた。何故か。聞かなかった。でも」


 彼はその花を握った。強く。


「その花が。咲いた。お前の涙が。この土に落ちた瞬間に」


「そんな。そんなことは」


「本当だ。医学では。説明できない。だが。俺は。見た。あの子が。泣いている。その光に。呪いが。応答した」


 その言葉に、記憶が揺らいだ。何か、その底に眠っていた記憶が目覚めようとしていた。


「あの時。お前が。泣いたのは。俺が。守ったのだ。その時から。お前を」


 彼は花を私の手に渡した。


「この花は。俺の想いだ。六ヶ月ごとに。咲く。お前の涙に応じて。咲く」


 そんなことが可能なのかはわからない。まあ、彼の言葉が庭園に響いた。その香りがより強くなった。その花は何かの誓いのように見えた。


「なぜ。そんなことを」


「お前を守るためだ。あの時から。今まで。ずっと」



 その夜、予期しない訪問があった。母が来ていたのだ。彼女は侯爵邸の応接室でお茶を待つ間に、私を見ると何か言いたげな顔をした。


「ミーナ。あなた。何か。変わった」


「変わった?」


「ええ。アルヴァーン侯爵の側に。いるようになった。それは。わかっていた。でも。その眼差しが」


 母は何か思い出していた。何か大切なことを。遠い過去の何かを。


「母親は。前々から。あなたのことを」


「母親が?」


「ええ。『あの子には。人を安心させる才能がある』と。何度も。何度も。くり返していたのです」


 その言葉が、私の心に落ちた。前世の母親。施設長。その人がなぜ、そんなことを言い続けていたのか。


「何故。そんなことを」


「わかりません。ですが。ご本人も。その才能について」


「本人?」


「ミーナの母親。あなたの前世の世話をされていた。ひだまり施設の。施設長です」


 全身が凍った。


「何を。言っていますか」


「ああ。わかるわけがない。その記憶は。あなたに。戻ってきていないのですから」


 母は古い手紙を取り出した。


「アルヴァーン侯爵の『真の呪い』は。あなたではなく。あなたの前世の『親』に。向けられたものだったのです」


 何が起きたのか。何を言われているのか。


「あの子は。子どもの時に。あなたの母親を知ったのです。施設を訪れた時に。その時」


 あの施設。前世。施設長がそばにいた。


「あなたの母親は。あなたのことを。『才能がある』と。何度も。何度も。くり返していたのです。その想い。その言葉が」


「それが。呪いに」


「いいえ。祝福に。変わったのです。その母親のために。子どもの時に。あの子は。呪いを受けた」


「そんな」


「ですが。その母親は。あなたの前世で。死にました。だから。その祝福は。宙ぶらりんになった。が。あなたが。この世界に転生した時。その祝福は。再度。対象を見つけた」


「私を」


「ああ。あなたです。アルヴァーン侯爵の呪いは。もう一度。あなたを守るために。働き始めたのです」


 母は手紙を読んだ。


「『あの子には。人を安心させる才能がある。その才能は。誰かの命を救う。だから。大切にしてあげてください』と。書かれています」


 その文字が施設長の字だった。私の前世の母親の字だった。



 その夜、森の記憶が戻ってきた。五月の夜明け。花を摘んでいた。だが、それは不正確だ。


 正しくは、彼が泣いていた。あの時、子どもの彼が泣いていた。


「母親が。死ぬ」


 彼が言った。その小さな声。その震える指。すべてが見える。


「お前の母親が。死ぬ」


「……」


「医者が。昨日。言った。あと。一ヶ月だと。そう」


「でも。ここは」


「だから。ここに。来てくれ。最後に。手を握ってくれ。お前の母親が。安心するように」


 そう言ったのだ。その想いが呪いに変わった。彼が私の母親を守りたい。その想いが彼を傷つけた。そして、その傷は今も続いている。彼の血に。彼の呼吸に。彼の全てのいのちに。


 あの日、彼が母親のために祝福を望んだ。その祝福が呪いに変わった。だが、その呪いは何も悪いことをしなかった。ただ、母親を守った。そして、今、私を守っている。



 朝、すべてが見える。子どもの時の彼の想い。それが呪いに変わり、今、私を守り続けている。その想いの先は母親であり、そして、私だ。全部、あの日から繋がっていた。あの日、母親が死ぬと知った日から、彼は呪いを受けた。その呪いは、誰かを守る力だったのだ。


 明け方、眠れぬまま庭園を歩いた。銀霧の中で、冬薔薇が浮かぶように見えた。その花の一つ一つが、彼の想いの結晶なのだ。母親を守りたい。その想いから始まり、やがて私を守りたいという想いへと繋がった。呪いと祝福の違いなんて、所詮は観点の問題かもしれない。


 朝、レイス様に会った。彼は窓を見ていた。冬薔薇が咲いている。深紅の花。その花が何度も何度も咲き続ける。彼がそれを見守る、その姿勢そのものが、全てを語っていた。


「わかったか」


 彼の声は静かだった。


「はい。全部。すべてが。繋がりました」


 彼の顔が変わった。何か重いものを置き下ろしたように。緊張していた顔がほどけた。


「子どもの時から。今まで。全部です」


「そうか。よかった」


 彼は何も言わなかった。ただ、その花を見ていた。その眼差しには、無数の季節が詰まっていた。何度も何度も繰り返された、彼の想いの積み重ね。


 その時、母の言葉が蘇った。あの時、母親が死ぬと知った時、彼女を守りたいと思いました。その想いが呪いに変わったのです。そして、その呪いは、このミーナ様を守り続けているのです。


「お前が。必要だ。義務ではなく」


 彼がやっと、私を見た。その目には清々しさがあった。秘密を誰かに話してくれた安堵感。そして、それでも受け入れてくれた相手への感謝。


 その言葉が全てだった。子どもの時から、今まで、ずっと、ずっと、彼が守り続けてくれていたのだ。

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