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病弱な幼馴染の一言が、取り柄のない私の全部だった  作者: 秋月 もみじ


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第15話 覚えていない記憶が、一番重いことがある


 覚えていない記憶が、一番重いことがある。


 オルガと医者が、一緒に何かを探っていた。古い本。医学書。それに似た何か。


「この現象は」


 医者は、つぶやいていた。


「一般的には」


「呪いと医学の境界線だ」


 オルガは、医者と、何度も何度も、本を捲った。医学書であり。祈祷書であり。何かの記録であり。そういうものが、立ち並んでいた。


「では、この症状は」


「呪いの進行に伴う、物理的な退行だ。通常、呪いは、精神に作用する。だが、この場合は」


 オルガは、何か古い記録を持ち上げた。手書きの。かなり古い。


「身体に作用しているのか」


「ああ。その者は、呪いを身体で受けたのだ。精神ではなく。全身で」


「では、治療法は」


 医者は、古い本の一ページを指した。その本は、五百年以上前のものらしい。


「この記録では。呪いを受ける者は。大抵。誰かを守ったのだという。その『誰か』を。側に置くことで。呪いは。鎮まるのだと」


「本当か」


「ああ。複数の記録に、同じような事例がある。呪いを受けた者が。誰かを守ったが故に。その者の側にいることで。呪いが。鎮静するというものだ」


 医者は、ページをめくった。


「要するに。呪いとは。愛の証だというわけだ」


 その言葉が。目の奥がじんわり痛くなった。私の心に。落ちた。



 夜。オルガが、私に言った。


「その『誰か』は。お前だと思う」


「どうして」


「侯爵があなたを見る目。そして。あなたが侯爵のために何をしているのか。それを見れば。わかる」


「わかりません」


「なら。思い出すんだ。過去を。あの子の過去を」



 その夜。私は、何度も、記憶を辿っていた。子どもの時。レイスが。庭園で。本を読んでいた。



 翌日。医者が、古い医学書を見せた。


「この現象を。『保護呪い』と呼ぶ。一般的には。呪いは。害をもたらすもの。だが。この場合は。呪いが。その者を守っているのだ」


「守っている?」


「ああ。原因は。子どもの時の出来事だ。この記録では。『子どもが。魔獣から。仲間を守った。その時。呪いを。受けた』と。書かれている」


「魔獣」


「ああ。この領地の森には。かつて。多くの魔獣がいた。今は。いない。だが。かつては。いたのだ」



 その記憶が。戻ってきた。


 緑の森。子どもの時。私は。何か。花を。摘んでいた。五月の夜明けの時間。朝の光が。薄く。森を照らしていた。蒸気のような。朝靄が。林床に満ちていた。


「ミーナ。ここは。危ないぞ」


 レイスが。言った。その時。彼の顔は。不安に。満ちていた。子どもの不安。大人ではない。でも。何か。わかっているのだ。何かが。来るのだと。


「何も。ない」


「でも」


「大丈夫」


 私は。笑った。その時。何か。響いた。獣の鳴き声。低く。重く。地を震わせるような。


「何だ」


 レイス。彼が。私の前に。立った。手を。広げて。身を。張った。


「逃げろ。ミーナ」


「え」


「逃げろ。今すぐ」


 彼の声が。震えていた。それから。何かが。走ってくる。大きな。何か。魔獣。黒い毛。赤い目。その牙が。見えた。


「逃げろ!」


 彼が。叫んだ。その叫びに。私は。逃げた。彼は。立ったまま。その獣の前に。立ったままだ。彼の手から。光が。見えた。青白い光。その光が。全てを。包んだ。その光の中で。彼は。何かを。受けた。



 医者は。古い記録から。顔を上げた。


「侯爵は。子どもの時に。その攻撃を。引き受けた。そして。呪いを。受けたのだ。その呪いは。『あの者が。側にいる限り。その者を守る』という。祝福に。変わったのだ」


「祝福?」


「ああ。一般的には。呪いと祝福は。表裏一体だ。その者の意思によって。呪いは。呪いになり。祝福になる」


「では。レイス様の体の症状は」


「呪いの代償だ。その者が。あなたを守るために。その身体を。削られているのだ」


「どういう意味ですか」


 医者は。深く息をついた。


「侯爵は。あなたを守り続けるために。呪いを使っている。その結果。侯爵の身体は。急速に劣化する。それが。咳であり。血であり。衰弱なのだ」


「では。どうすれば」


「あなたが。側にいることだ。そうすれば。呪いは。鎮静し。身体への負担は。減る」


 その言葉が。落ちた。私の心に。全ての。重さを。持って。



 その夜。オルガが。言った。


「あの子は。知ってるのだろう」


「え」


「自分が。何をしているのか。その身体が。何を代償にしているのか。それを」


「……」


「だから。あの子は。お前にそばにいてくれと言った。それは。お前を守るためではなく。自分が。お前を守り続けるために。お前が。必要だったのだ」


 その言葉が。全てを。説明していた。あの夜。あの瞬間。その流れが。全て。一つに。繋がった。



 その記憶。あの光。あの時。彼の手から。逃げ出そうとしていた。呪いが。その光の中に。あった。でも。それは。呪いではなく。愛だったのだ。子どもの時の。彼が。私を守りたい。その想いが。呪いに。変わった。そして。今。その呪いが。彼を。削り続けていた。彼の血に。彼の呼吸に。彼の全ての。命に。



 オルガは。続けた。


「だから。お前が。側にいることが。治療だ。それが。唯一の。方法なのだ」


「死にますか」


 その言葉を。言うのが。怖かった。


「わかりません。ですが。あの子がお前を守り続けるなら。そのうち」


 言葉は。なかった。でも。それは。答えそのものだった。



 朝。私は。レイス様に。会った。彼は。窓を見ていた。冬薔薇が。咲いていた。深紅の花。


「覚えていますか」


「何を」


「森の。あの日」


 彼の手が。動いた。ゆっくりと。


「覚えていない」


「嘘です」


「……」


「あの時。あなたは。魔獣から。私を守った。その時。呪いを受けたんです」


 彼は。何も言わなかった。長い沈黙。


「違うんですか」


「……覚えてるよ」


 彼の声は。小さかった。その声の中に。全てが。あった。


「何か。見えただろう。あの時。その魔獣の爪が。お前に。向かったとき。何か。見えたはずだ」


「光です」


「そうか」


「あなたの手から。青白い光が」


「それが。呪いだ」


 彼は。窓から。目を。離さなかった。


「あの時。お前を守ろうと。思った。その想いが。呪いに。変わった」


 その想いが。あの日から。今日まで。ずっと。彼の身体を。削ってきたのだ。


「祝福だ」


 医者の言葉を。繰り返した。


「祝福に変わったんです」


「そうか。だから」


 彼は。やっと。私を見た。その目には。涙があった。


「だから。お前が。必要なのだ」


 その言葉が。全てだった。あの日から。今日まで。彼が。生きてきた。全ての。理由。

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