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elf:Aaru  作者: HAL
2/3

15歳

「――トート。そろそろ起きなさーい」


 隣の部屋から、母親の声が聞こえる。


「うーん……わかったぁ」


 トートは布団に顔を埋めながら、そう答える。しかし、わかったと言う割には、起きる気配はまったくない。


「早く起きないと、朝ごはんはなしよー」

「――あ、それはまずい」


 朝ごはん抜きという恐ろしい事態を避けるために、トートは体を起こす。部屋を見渡すと、床中に散らばる本が見える。もっぱらはトートが行商人の手伝いなどをして手に入れたものだ。星関係の本が倒的に多いが、ちらほらと魔法の本も見える。

 トートはベッドから降りると、床に散らばっている本から一冊を手に取った。


「ん……」


 読みたい本ではなかったのか、持っていた本を床に放り投げる。別の本を手に取ると、今度は読みたい本だったのか、それを持ったまま部屋を出ていった。



「あ、お父さん……おはよ……」


 食卓に座っている父親を見て、トートは一応挨拶をする。しかし、その目は本からは一切離れていない。


「ああ、おはよう。トート」


 父親も、そんなトートに慣れているのか、軽く挨拶をし、朝食へと戻る。

 トートは父親の向かいへと座ると、食卓においてあったミルクを片手に本を読み始めた。


「食事中に本はだめだって、あれほど――。まあ、もう諦めてるけど……」


 母親が呆れた様子でこちらにやってくる。手には焼かれたばかりのパンを持っていた。

 

「らっふぇ、ふぉふぉいふぉんふぁふぉん」

「トート。せめて口の中のものは飲み込んでから話しなさい」


 食卓に座りながら、母親はそう注意をする。しかし、その声には明らかに諦めの気落ちが現れていた。


「そうだ。テトがお前のこと呼んでたぞ。後でジェフティさんの鍛冶屋に来いだってさ」

「んっ」


 父親の言葉に、トートは軽く頷く。そして、視線を本へと戻した。




◆◆◆




 ジェフティの鍛冶屋に、カンッカンッと金属の音が響き渡る。赤く熱せられた炉の前に座っているのは、成長したテトだ。背もぐんと伸び、少し大人びた様子を見せている。


ジュッ


 水につけられた鉄が音を立てる。熱い蒸気が部屋の中に広がった。

 水から上げた剣を、再び炉に入れる。鉄が赤くなる。


ガチャッ


 鍛冶屋の中に、ジェフティが入ってきた。


「それを打ち終わったら、今日は終わりでいいぞ」


 壁に立てかけてあった剣を一本手に取り、それを拭きながら、ジェフティは言った。


「わかりました。ありがとうございます」

「いいさ。トートとの約束だからな。あんまりお前を鍛冶屋に縛り付けてたら、俺がトートに怒られちまう」


 笑いながら言うジェフティ。


「しっかしなぁ。ここ最近腰が痛くてたまんない。ずーっと鍛冶してたのが祟っかなぁ」

 

 腰を抑えながら、ジェフティはそうぼやく。


「僕が一人前になるまでは引退しないでくださいよ、ジェフティさん」

「いやなぁ。最近、お前の打つ剣も良くなってきてるし、そろそろ隠居しても……」

「トートが怒りますよ」

「おっと。そりゃぁまずい」


 鍛冶屋に笑い声と、鉄の音が響く。




◆◆◆




「――ふぅ」


 テトは軽く息を吐きながら、鍛冶屋の裏手にある切り株に座った。流れる汗を白いタオルで拭きつつ、壁に立てかけてある剣を持つ。

 その剣は奇妙な形をしていた。まず、持ち手が異様に長い。通常の3倍はあるであろう長さだ。次に、刀身が杖のように細い。刃が潰されているとは言え、この細さでは物を切る前に折れてしまうだろう。その上、切っ先には細い針のようなものがついている。

 テトはその剣を、持っていた布で拭く。


「よく、こんなの使えるよな。あいつ」


 テトが刀身を拭きながら、その剣の異様さを改めて感じているその時、


「――テト」


 急に背後から声がした。驚いて振り返ると、そこにはいつもの白いワンピースを着たトートが立っていた。


「今日も練習……する?」


 手を後ろで組み、小首をかしげながらそう聞くトート。


「あぁ、練習しよう」


 テトはそう言うと立ち上がり、持っていた剣をトートに渡した。

 テトは壁に立てかけられていたもう一本の剣――こちらは普通の練習用の剣を手に取る。そして、二人は向い合うように離れてたった。


「えっと、魔法は風だけで威力は抑える。先に五本取ったほうが勝ち――で合ってたかな?」

「ん。そう」


 トートは持っている剣をブンブン振り回しながら答える。剣の長さはトートの身長と同じくらいあるので、もはや剣と言うよりも杖と言ったほうが正しいかもしれない。


「それじゃ――はじめ!」


 テトの一声と同時に、トートも動き出す。風を剣に纏い、テトに向かって思いっきり横に振る。

 剣から放たれる風。当たれば吹き飛ばされるであろうそれを、テトは剣でなぎ払う。そして、トートに向かって一気に詰め寄った。

 トートは近づいてくるテトから逃げようと、空へ逃げようとする。しかし、


「――あっ」


 テトが細く放った風、それがトートの右手に当たる。トートは思わず、持っていた剣を落としてしまった。

 その瞬間、テトの剣がトートの脇腹へと伸びる。


「――っ」


 剣はトートに当たる寸前で止められた。


「僕の勝ち」


 テトはそう言いながら、剣を引っ込める。


「――ずるい。なんで風をきれるの」


 トートは頬を膨らませながら、そう怒る。


「なんでって――」


 テトは、吹き飛ばされたトートの剣を拾い、トートに渡しながら答える。


「トートが風を纏わせた剣なら、風も切れるんじゃないかって。この間言ってたじゃないか」

「あっ」


 テトの言葉にトートはハッとした表情をする。


「――でもっ……。ずるい、わたしのアイデアじゃんっ」


 トートはプンスカ怒りながら、テトをポカポカと叩く。


「フフフ、勝てばいいのだよ。勝てば」

「んーっ」


 怒るトートに、それを軽くあしらうテト。


「もう一回だもん。次は負けないからっ」

「お、言ったな!」


 その日の午後、日が沈むまで。ジェフティの鍛冶屋の裏からは、剣が交わる音がなり続けていた。




◆◆◆




「――はいっ。これで12勝3敗だね」


 テトは、剣をおろしてそう言った。


「んーっ。もう一回っ」


  口を膨らませ、そうねだるトート。しかし、


「うーん、流石に今日はおしまいかな。空も暗くなってきたし」


 テトはそう言って、断った。すでに日は沈み、空は段々と黒く染まりはじめていた。


「やだ。もう一回」


 なおも駄々をこねるテト。


「でもなぁ」


 テトは困ったように頭をかく。


「もうだいぶ暗くなってきたし、それにトートの剣も、もう限界だろ」


 トートの使っている剣は、ジェフティが特別に作ったものである。どうしても剣を振りたいと駄々をこねたトートのために、ジェフティが打った最高傑作の剣だ。

 刀身は細く、軽くする。持ち手を長くすることで、非力なトートでもテコの力を使って振りやすくなる。細い刀身は風を纏うことで補強され、それと同時に攻撃の威力もあげる。

 だが、長時間連続して使うと、剣が魔法を吸収し、耐えられずに折れてしまう。一応魔法を放出するために、切っ先には特殊な加工がされているのだが……


「トート、馬鹿力すぎるんだよ……。この剣に、どんだけの魔力を込めたらヒビが入るんだ……」


 テトはそう言って、トートの剣の刃をなぞる。そこには、細く、小さな亀裂が走っていた。


「ふっ、すごいでしょ」

「ほめてねぇぞ」


 ふふーんと得意げになるトートに、思わず突っ込むテト。


「それじゃ、帰るか。家まで送るよ」

「んっ」


 手を握り合い、歩きだすトートとテト。並んで歩く二人の身長差は、もはや親子として見れるぐらい、差が開いてしまっていた。


「明日も、やる」

「明日かぁ。今、王都からの依頼が立て込んでるんだよなぁ。無理かもしれ――」

「だめ。ぜったい」


 二人は、すっかり暗くなった道を歩いていくのだった。

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