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鎮守の村  作者: 六條京


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3/4

記録の闇

翌日。

雨が降り出した。

細い霧のような雨が山を包み、村全体が灰色に沈む。

部屋の床の間に白いものが落ちていた。

それは小さな紙片だった。

拾い上げて広げると、古い帳簿の切れ端のようだった。

「谷ノ原 名簿」――そう書かれている。

だが、名前の欄のいくつかは、黒く塗り潰されていた。

まるで、そこに書かれていた人物そのものを抹消するかのように。

由紀子は胸騒ぎを覚えた。

昨日、若者と話した後村役場に行き、その奥に古い書類庫があるのを見かけたのを思い出す。

“祐介”の名前を探せば、何かが分かるかもしれない。


夜、雨音に紛れて宿を抜け出した。

村役場へと急いだ。見張りがいないうちに書類庫の戸を開ける。

古びた木の匂いと、湿った紙の匂いが混ざって息苦しい。

棚の最上段に積まれた古い帳簿を引きずり出す。

昭和二十年、三十年――。

どれも、村の戸籍のようなものだった。

最初のうちは整然と名前が並んでいる。

だが、ある年を境に、記録が不自然に飛んでいた。

そしてそこから先のページは――裂かれていた。

めくった指先に、湿った赤黒いシミが触れた。

インクではない。血のような色。


その瞬間、背後で軋む音がした。

誰かが、戸口に立っている。

「……何してはるんです?」

女将だった。

灯りの届かない廊下に立つその姿は、まるで影のようだった。

「村の記録を見てました。消された名前が……」

「見たら、あかん。」

低い声で、女将が言った。

その目に、先日のような迷いはもうなかった。

「うちらは、忘れることで守っとるんです。誰が、何をしたか。

 忘れんと、村が壊れてまう。……祐介の時みたいに」

「じゃあ――彼は、殺されたんですか?」

女将は沈黙していた。

彼女の唇が震えた。


そして次の瞬間、書類庫の奥からもう一つの声がした。

「よその人は、知らんでええ。」

ゆっくりと姿を現したのは、村長だった。

白髪を後ろで結び、無表情のまま手に提灯を持っている。

その灯りに照らされた瞬間、由紀子は目を見開いた。


村長の右手に握られていたのは、古びた縄。

その縄の端には、血のような染みが乾いてこびりついていた。

「“祐介”は、村を出ようとした。

 ここでは、それは“罪”になる。

 ――外に出ようとした者は、村の“神”が引き戻す。」

由紀子の喉が凍りついた。

だが、村長の言葉の奥にあるのは信仰ではなかった。

あれは、村の秩序を守るための口実――ただの“殺しの正当化”だ。


その夜、由紀子は逃げ出した。

山道を駆け上がり、振り返ると、いくつもの灯りが追ってくる。

提灯の列。

人々の声が雨に混じり、呪文のように響く。

「見た、見た、見た……よそものが“見た”……」


由紀子は足を滑らせ、泥に倒れ込む。

顔を上げると、目の前に、木札が一本立っていた。

“谷ノ原 名簿 よそもの 由紀子”

その下には、まだ乾ききらぬ墨の跡があった。

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