あの日、あの時、あの木の上で…
なんでも自分で決めるようにしてきた。自分でその場で決めないと、死ぬから。
父の、母の、村の人たちの。手の、足の、体の動きをよく見ないと、動けなくなるから。
陰も一緒だった。
あの日の事は、鮮明に覚えている。脳裏に焼き付いている、といってもいいだろう。
朝起きたら、家も、村も、誰一人いなくて。いるのは、よく来ていた薬屋の人だけで…。
薬屋の人は優しかったから、私たちは一番なついていた。
薬屋の人から事情を聴いても、特に何も思わなかった。何なら、うれしいとも思っていた。
でも、それ以上に絶望した。疑問は、一切感じなかったけど。
しばらくは、薬屋のおじさんの手伝いをしていた。
小さいころから陰も私も、狐になれたから、届ける手伝いはできたし、忍びの家系ということもあってか、薬の作り方も早く覚えた。
でも、それから二年後。
おじさんは死んだ。
私たちは、久しぶりに自分たちの村に戻ることになった。
誰かがいるわけないのに。誰か住んでいないかと、淡い希望をもって。
ま、けっかとしては誰もいなかったんだけど。
それからは、一番きれいに残っていた家で生活した。
食料には困らなかったけど、調味料や寝具を買う金がないから、いろんなところで盗むようになった。
能力があるおかげで、盗みは簡単だったし、住処がばれることもなかった。
でも、そんな生活ばっかりしてた弊害だろうか。私は全く笑わなくなったし、逆に陰は常に笑うようになった。それが罪悪感からなのか何なのかは、今でもわからない。
五回目ぐらいの時だっただろうか。盗みに入った奴に、「お前らはいかれてる」と言われたことがある。
蔑むような、塵を見るかのような目だった。
そう思う。否定する理由などない。きっと、私たちはいかれてるんだろう。
…知ったことではないけど。
世の中、全員どっか狂ってんだし。
あの日はいろいろとしくじった。
高そうな茶器を陰が割った、私も姿を見られた。
やってきたのを見て驚いた。
刀は一本しかさしていなかったし、歳も、私より一つか二つぐらいしか変わらない。
何より、暗闇で見るその目は、どの宝石よりも赤く、美しく輝いて見えた。
「あれぇ…。珍しいなぁ、お巡りさんに入られるんは。ねぇ、影?」
陰が声をかける。
そっちが茶器を割ったことが見つかった一番の原因なのだけれど…。
陰のわがままで家に連れ去ってからは、あまり関わらないようにした。
外に出るときは、逃げそうだったから一様追いかけたけど。
五日目ぐらいに、夜に起きると、あいつが木の上に座っていたことがあった。
関わりたくない…そう思っていたけど、気づけば私の足は、あいつ…輝に向かって歩き出していた。
何をしていたのか聞くと、「少し江戸の事を思い出してさ。」と言っていた。
少しだけ気になっていたから、江戸がどんなところなのか話してもらった。
輝が話す話は、何もかもが面白くて。私たちが、見たことも聞いたこともないような話ばかりで。
私たちからすれば夢物語のような話で…。
でも、話してるときに、少し輝が話すのをやめた時があって。
気になって覗いたら、輝は泣いていた。
号泣していたわけじゃない。
声なんか出していない。
でも、目にうっすらと涙が浮かんでいて。
そんな風に思えてうらやましい。
そう輝に言ったら、輝は、すごく悲しい顔をしていた。笑顔だった。無理やり作った、とっても悲しい笑顔だった。
そして、一つだけ、ポツリとこぼした言葉があって。
それは、今でも脳裏に焼き付いている。
「…見つけられなくて、ごめん。」
この前、輝から聞かれたことがある。
輝たちは、これから戦に行く。そこについてくるか、と。
いくらついて来いと言っても、二人には二人の事情があるだろうからと言っていた。
輝は、江戸に私たちを連れてきたのは自分の勝手だし、私たちには関係もないから、二人で相談して決めてくれと言っていた。
陰に聞くと、どちらでもいいからそっちが決めてと言われた。
…ついていかなくてもいい。
最初に脳裏に浮かんだのは、その言葉だ。
だから、そのまま輝に言おうと思っていた。
でも、いざ前に立つと、なぜか言葉が出なくなった。
あの日の顔を思い出した。
きっと輝は、ついていかないといっても許してくれるだろうし、陰もわかってくれると思う。
でも、輝の顔を見た時、心が苦しくなった。
ついていかなくてもいい、という思いが再度頭をよぎる。
その方が正しいのかもしれない。
ついていきさえしなければ、陰にも危害が加わることはないし、自分の身も安全…。
「いいよ。一緒に行っても。」
気づけば、声が出ていた。
気が利くようなことは言えないし、こんな上から目線なこと、言えたもんじゃないけど。
私がそういうと、輝は振り返って、少し不思議そうな、驚いたような顔をしたが、「そっか。」と一言いうと、私に向かって微笑んだ。
胸が熱くなるのを感た。顔もきっと火照っているだろう。
「お前の事だから、断るかと思ってたんだけど…。」
「あ、いや、その…」
「ありがとうな。うち、忍びいねえしさ。お前も陰も強いし。すげー助かる。」
「でも…すぐ体力尽きるよ。私、変身してもすぐ冷えるし…。」
「別にいいよ。冷えたら、また俺が温めてやる。」
そういわれて、体の芯まであったかくなるのを感じた。
一人部屋に帰ると、陰に一声かけられた。
「影、いいことあった?」
双子ならではの勘。私の事に関しては、陰はかなり聡い。
「うん。」
答えてよかった。
心からそう思えた。